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橘川 麻実 DEC 16,2020

みちくさ着物道
【#13】大島紬の職人さんに逢いにゆく<前編>


こんにちは!

この連載が始まりもうすぐ1年。もともと人の話を聞いて記事を書くことを生業としているため、「コラム」という自分目線の文章に未だ慣れず…。それでも読んでいいただいている皆様、ありがとうございます。

さてそんなコラムですが、今回はとある素敵な出会いがあったので、取材をもとにしたストーリーを(つまり本業に近い形で)お届けします!

意外だった、大島紬の職人さん

先日、横浜で行われたハンドメイドのイベントを訪れた私。

ハロウィンが近かったので、オレンジの着物に緑のショールでかぼちゃ感を出したつもりコーデ

お目当てはインスタグラムで見つけた、大島紬の機織り職人でアクセサリー作家の女性。奄美大島ではなく、神奈川県で活動しているという情報が気になっていたのです。

ブースを訪れると、そこには可愛くて若い女子が…。

祖母から譲り受けた大島紬の羽織を着用。手前の反物は彼女が織ったもの。

あれ、この人が? 失礼ながら勝手に“職人”は、自分より年上だと思いこんでいた私はびっくり。しかも話しかけると、「(私の)インスタ見てます!」と…! そんなセリフを人生で初めて言われて嬉しいやら、恥ずかしいやら。

お話するうちに、本当に自宅で機織りをしているというので「ぜひ取材させてください!」と前のめりでお願いし、ご快諾頂いたのでした。

部屋と冷蔵庫と織機

後日、訪れたのは昭和の薫りがする平屋のおうち。

4畳半のお部屋に鎮座する織機、そして奥には冷蔵庫(!)

「生活感がありすぎてスミマセン」と笑うのは、中川裕可里さん(31)。3年前まで奄美大島で3年ほど大島紬の機織り修行をしてきたのだそう。

逆算すると24才で行ったのか…っていうか、なんで今ここで機織りを…?という疑問よりも先に、彼女は島から帰ってきた理由を話し始めてくれました。

「正直、島にいる意味がわからなくなってしまって…」

強い決意をもって島へ向かった当初は、戻る気はなかったのだそう。そこから3年の月日で彼女が知ったのは、伝統工芸で食べていくことの厳しさでした。

「養成所と機元(はたもと)の2ヵ所で修行をしていたのですが、それとは別にドラッグストアでアルバイトもしていて。平日の昼は養成所、夜はバイトか機元、休日は機元とバイトという生活をしていました。島に来る前に薬局で働いていたこともあり、資格を持っていたんです。それで働いているうちに社員にならないかと誘われて…。島は物価も高いし、少しでも収入が増えるのであればと引き受けたのですが、それが離れるきっかけとなってしまいました」

アルバイトから社員になることで勤務時間と責任が増え、機織りに集中しきれない日々。

「それがプレッシャーとなり、先々を考えたときにずっと島にはいられないなと。自ら望んで始めたことを途中で投げ出すのは本当に悔しかったのですが…苦渋の決断でした。ところがそれを若親方に申し出たら、意外なほどあっけなく承諾されて。後から聞くとかなりショックだったそうなのですが、そのときは自分から言ったのに、見放された気持ちさえしました」

きっぱり未練なく機織りを諦めるつもりだった中川さんですが、事態は思わぬ方向へ。「職場に若親方の奥様がいらっしゃって“機織りが嫌いになったの?”と。そうではないことを伝えたら“じゃあ大親方に伝えてみる”と言ってくださったんです」

そこから約1カ月。「取り掛かっていた最後の反物が織り上がり、大親方に報告したところ『もし続けたいなら、納期を急がない原料を渡すから向こうでも織らないか?』と。まさかそんなことが可能なの?と思いましたが、織機も原料も預けてくれると言うんです。そのとき、未来に一筋の光が見えた気がしました」

離れた土地で機織りを続ける

冷蔵庫のドアに図案が貼ってある家、他にはないんじゃないでしょうか

地元に戻ってきた中川さんは、3ヶ月かけて仕事を探し再び奄美大島へ。「織機を解体して原料と共に送ってもらいました。到着した織機は父親に手伝ってもらって組み立て直して。実際に届くまで入るのか心配でしたが、なんとか入りました(笑)。そこからは平日は仕事、休日は機織りの日々。機織りは音と振動があるので夜はできないんです。なので、平日の夜に大島紬を使ったアクセサリーづくりを始めました」。

そこからは順調に…とはいかず、機織り時間確保のために再び職を変え、約2年かかってやっと1反を織り上げたのだそう。ときを同じくして、彼女のもとに朗報が舞い込みます。「島で織った最後の反物が、本場奄美大島紬協同組合の競技会で賞を獲ったんです。若親方が応募してくれたのですが、私は何も知らされていなかったので驚きと喜び、そして島を離れた今でも機織りができることへの感謝で胸がいっぱいになりました」

奄美大島産の絹糸を使用した「小春日和」という作品。9マルキの白大島を織るには高い技術が必要なのだそう。

そして新型コロナにより、世界が大きく変化した2020年の夏。中川さんは遂に勤めを辞め、大島紬一本の生活を始めました。「機織りとアクセサリーでやれるところまでやってみよう!と腹をくくりました」。島の親方たちもそんな彼女を応援するように、新しい原料を送ってくれ、毎日機織に向かう日々です。

「思う存分に機織りができる今がいちばん幸せ」と顔をほころばせて

…と、長くなってしまったので後編に続きます!

中川さんがこれほどまでに情熱を注ぐ大島紬の魅力とは…。
その途方もない工程や、手がけるアクセサリーブランドについては次回をお楽しみに♪

-TSURU- インスタグラム

PROFILE

橘川 麻実 Writer & Editor

ライター歴20年。ストリートファッション誌にてキャリアをスタートし、ファッションの第一線…ではなく第三線ぐらいに地味に生息。足を使った情報収集がモットーです。

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