みちくさ着物道
【#14】大島紬の職人さんに逢いにゆく<後編>
こんにちは!
前回は大島紬職人の中川裕可里さんの、ストーリーをお届けしました。
今回は、実際に見せてもらった機織りをはじめとする大島紬の製作工程や、彼女が手がけるブランドについてお届けします!
こんなふうに織ってます
大島紬とは、奄美地方に伝わる伝統織物。その歴史はなんと1300年以上にさかのぼり、フランスのゴブラン織り、ペルシャ絨毯と並び、世界三大織物と呼ばれているんだそうです。

私は着物にハマるまでは、その存在をあまり認識していませんでしたが、着はじめてすぐに「なんかすごいものっぽい」ということを知ります。(詳しくはコラム第5回をご参照下さい)。
一方、中川さんが大島紬を知るきっかけは祖母の着物。「18才のときに着付けを習い始めたのですが、着物を持っていなくて祖母に借りたんです。なんの知識もなかったのですが、羽織った瞬間にその軽さとしなやかさに衝撃を受けて。大島紬ってなんだろう?と思ったのが、はじまりでした」。
そこから7年。まさか自宅で大島紬を織ることになろうとは、当時の彼女も想像できなかったでしょうが、実際にここに巨大な織機が!

思わず「なんか団地の一室にグランドピアノがある感じに似てますね」と言うと、なんと彼女、機織りを始める前はプロのピアニストになろうとしていたのだとか。「たしかに弦も糸も張っているし、似ているかもしれないです」。
話を戻して、さっそく工程を見せていただきました。




思わず「えっと、これって10cmを織るのにどれぐらいの時間がかかるんですか?」と尋ねると、
「セッティングも含めて2時間ぐらいですかね」とのこと。…おおお(言葉が出ない)。
しかも中川さん曰く、織りに気持ちが出てしまうので心が安定していないと織れないのだそう。
「そのためにも大事なのは睡眠ですね」。そんな言葉に共感しながらも、せっかちで心が常にざわついている自分には向かないと思いました…(苦笑)。
大島紬の途方もない工程
見学させていただいた機織りだけでも途方もないと感じたのですが、そんなものではありませんでした。
以下、話を聞いて私の脳が再解釈した「大島紬の作り方」です。
まずデザイン(図案)を決めたら糸を準備。と言っても買ってくるのではない、作る…!(それだけで何工程もある)
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準備した糸を図案に沿って染めるために一回織る。これを「しめばた」という。(つまりデータを実際の糸にプログラミングしているみたいなもの?)
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プログラミングした下地「むしろ」を染める。(自然の草木や泥を使い、何度も染めるので時間がかかる)
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染まった下地をもう1回糸に戻す。(マジか…!)
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さらにその糸を織りやすく加工し、下準備して機織りへ。
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検品して完成。
1反の反物ができるまで1年以上かかることもザラで、そりゃ高くなるよね…と思うも、その労力に対しての対価は驚くほど低いのだとか…(泣)。そんな現状を打破するために、若手の人々が立ち上がり「大島紬NEXTプロジェクト」というものを立ち上げ、中川さんも応援しているのだそう。
アクセブランド「-TSURU-」で伝えたいこと
帰郷してから、中川さんは「-TSURU-」という小物ブランドをスタート。

大島紬の小さな端切れをレジンで固めたピアスやヘアクリップは、「着物に興味のない人でも単純に可愛いと思ってもらえる」よう、夜な夜な心を込めて制作。ブランド名には「鶴の恩返し」のごとく、機織りを通じてお世話になった人、そして大島紬へ恩返しをしたいという意味が込められているのだそう。「もともとは職場の人から、家で機織りをしていることから“つるちゃん”と呼ばれ始めたのがきっかけなのですが(笑)、私の気持ちとぴったりだなと思って」。
ブランドと機織り、どちらも楽しいと語る中川さん。「もちろん機織りで生計を立てるのが目標です。でもこのブランドを始めたことで、日々新しい発見や出会いに恵まれて…。がんじがらめだった修行時代を経て、私にしかできないことが見つかった気がするので、これからもこの2軸で頑張っていきたいです」。

ピュアな笑顔の中に込められた強い情熱を感じ、ますます応援したくなった私。いつか彼女の織った大島紬を身に着けたい…!と夢は膨らむのでした。
PROFILE

橘川 麻実 Writer & Editor
ライター歴20年。ストリートファッション誌にてキャリアをスタートし、ファッションの第一線…ではなく第三線ぐらいに地味に生息。足を使った情報収集がモットーです。