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橘川 麻実 APR 08,2020

みちくさ着物道
【#7】 コミュニケーションとしての着物


こんにちは!
こんなご時勢ではありますが、4月になり新しい環境に踏み出した方も多いのではないでしょうか。

けっきょく花見はできなかったのですが、新しいデニム着物で「花見したかったコーデ」を家で着ました

出会いの季節は、コミュニケーション力が問われるとき。

私は初対面でも自分からガンガン話しかけちゃうのですが、着物を着るようになってから、逆に知らない人に話しかけられることが多くなりました(主に酒場で笑)。

着ているだけで話しかけ(られ)る、きっかけになるだけでもすごいのですが、着物パイセン(←擬人化)のコミュ力は時空も超える、今回はそんなお話です。

「おばあちゃんのおばさん」の帯

私が子どもの頃、祖母はふだんから着物を着ている人でした。なので私は「“おばあちゃん”という人は着物を着ているもの」と認識していたように思います(サザエさん家も、ちびまる子ちゃん家もそうだし)。

そんな祖母も歳とともに着物を着る機会は減り、和箪笥は長らく開けられることもなかった(と思う)のですが、いきなり私が「キモノ着る!」と言い始めたことを母づてに聞き、たくさんの半幅帯を送ってくれました。

これ以外にもいっぱい送ってくれました

いろんなタイプの帯があったのですが、その中に寿司屋の湯呑みたいな謎の帯がありました(右端)。

「手ぬぐいみたいでけっこう汚れているし、芯もヨレヨレだし…これは使わないかなぁ…」と思っていたのですが、祖母が言うには「これは“ばば”からもらったモノで、こういうのが粋だ」と。

“ばば”というのは祖母の叔母にあたる人なので、私にとっては大大叔母さんです。長生きだったので、私が社会人になる頃まで健在でしたが、あの“ばば”が締めていたとなると相当古いことは間違いない。しかも下町両国に暮らしていたのでまさに粋なイメージ。

私の中に「“ばば”とおばあちゃんが締めていた帯を私も締めるなんてエモい!」という気持ちがムクムクと湧いてきました。

がしかし、それにしてもそのままではちょっと……ということで、ネットで見つけた帯の仕立て屋さんに修理を依頼。

まるで新品のようにうやうやしい感じで送られてきました

さらに短くなってしまいましたが、浴衣になら締められるようになりました。

那須塩原の老舗旅館「和泉屋」さんにて。自前の浴衣を持っていく気合(笑)

先日、松たか子さんがアカデミー賞授賞式に出席したときの着物が、先祖代々の逸品であることが話題になりました。そこには到底及びませんが、ウチのような庶民の家でも世代を超えて同じものを身につけることができる、それが着物なのです。

「知らない人」の想いとともに

着物は“血の繋がり”を呼び起こすだけではありません。

ある日、仕事で知り合った方から「お話したいことがある」と改まったお誘いを受けました。喫茶店でお話を伺うと「“おばあ”の着物をもらって欲しい」とおっしゃいます。ご自分が引き継いだ着物だけど、着る機会がないから私にくれると言うのです。「そんな大事なものを私なんかがもらっていいのか…」とも思ったのですが、是非ということで、ご自宅へ。

“おばあ”は、その方の祖母で仕立て屋さんをしていたとのこと。いろいろ拝見して数枚選ばせてもらったのですが、とある未着用の着物を出したとき「○○○」と、その方の名前が入っていたのです。

“おばあ”が孫のために仕立てた着物……それを見た瞬間に、まったく知らない人である“おばあ”の気持ちが、時空を超えてその場所にやってきて、心がフワッとあたたかくなりました。(もちろん、その着物は置いていきました)。

そのときいただいた着物たち
ツバメが素敵な1枚を着てみました

こういう話が生まれるのは、「着物」という服がずっと変わらない形で存在するからこそ。例えばTシャツなんかもストーリーが生まれやすい服だと思いますが、生地的な意味で着物ほど長生きできないし、宝石やバッグだとなんか直接的というか“お金”感が出ちゃう気がします。

私がいま楽しんでいる着物も、いつか誰かがもらってくれるのかしら…なんて、始めたばかりなのに思ってみたりもしながら、引き続き着物から生まれるコミュニケーションを楽しんでいきたいものです。

次回は着物を始めて生まれた新しい“欲”のこと。お楽しみに!

PROFILE

橘川 麻実 Writer & Editor

ライター歴20年。ストリートファッション誌にてキャリアをスタートし、ファッションの第一線…ではなく第三線ぐらいに地味に生息。足を使った情報収集がモットーです。

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