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水野 春奈 JAN 21,2020

知ってたらちょっと嬉しい“日本”の何か
第1回「嗚呼、憧れの富士山~脚力も持久力もないけれど」


2020年より、コラムを書くこととなりましたライターの水野春奈です。職業はテレビなどに関する文章を書いたり、寺社仏閣の広告を作ったり。昨年は「セーターブック」についてコラムを書き、その勢いでラジオに出演したり、週刊文春に出たり…なんてことも(あいにく文春砲ではない)。ちなみに愛するものは白いご飯と仏像と薄い顔の男性でございます。

こちらでは、気になっている日本の伝統や文化、そこに関連する何かについて好きなように書きたいと思っています。「決して日常生活では役には立たないけど、知ってたらちょっとうれしいこと」的なもの、を。

で、まずは日本人が大好きな「富士山」について書こうかと。

あなたにとって富士山とはどんな存在? 霊峰富士、世界文化遺産、一富士二鷹三茄子、銭湯の壁…。新幹線や飛行機に乗るとついつい写真を撮ってしまいません? なんだかやっぱり特別な存在。夏の富士登山は行列ができるほどの人気っぷりで登山経験者も多いはず。最近では海外からのお客様も増え、富士山人気はとどまることを知らぬ、といっても過言ではない。

空から富士山を見ることはたまにある。そしてついつい撮影する。

しかし、私は富士山に登ったことがない。なぜなら、ないのだ「体力」が。登山など夢のまた夢である。そもそも体力作りをして登山に挑む、みたいなストイックな性格ではないし(むしろずっとソファで寝ていたいタイプ)、持ち前の貧血(ヘモグロビン不足)ゆえ、「富士登山? 何それおいしいの?」みたいな感覚であることは確か。

人間、ある一定以上の歳になってくると何故か、やたらと山に登りたがる傾向が強めになる(この現象に名前をつけたいレベルで)。かつて、意中の男性に軽登山デートに誘われたが、己の体力のなさを自覚していたので、涙ながらに(泣いてないけど)、お断りした過去さえある。途中でついていけなくなる恐怖ゆえ、山登りイコール恐怖。どこかの山頂でカップヌードルを食べたり、シャウエッセンを茹でたりしている友人のインスタグラムをただぼんやりと眺める人生。

「日本人だったら一度は登っておきたいよね、富士山」そんな言葉を何度、耳にしたか。
わかる、わかるよ、その気持ち。日本のシンボルですもの、富士山。

富士山は江戸時代から大人気だった。そりゃあれだけの浮世絵に書かれたり、高層ビルなどの建物がなかった江戸時代は、都内から見ることができた富士山。そりゃ浮世絵にも描かれるし、街中から富士山を見ることができた“富士見町”“富士見ヶ丘”みたいな地名もわんさか。「富士山は東京の山だ」と、かなり図々しい主張をする人もいたそう(そんなことにしたら、静岡県民も山梨県民も怒るだろうに)。

一体どれだけの枚数の浮世絵に富士山は描かれたのだろうか。(葛飾北斎 「富嶽三十六景 凱風快晴」)

そして、江戸時代の人たちも皆でお伊勢参りをしたり、富士山に登ったり、実は今とそんなに変わらないことをしていた。今と異なるのは宗教的な要素がやや強めだったこと。それらは「講」と呼ばれ、寺社や山を参拝するための団体。「伊勢講」「富士講」といった用語が日本史の教科書に出ていたことを思い出してほしい(無理かもしれぬが)。昔の人の多くは、はるか遠くの富士山やお伊勢さんに憧れていたのだ。

しかし、庶民が富士山を登拝するには時間もお金も必要。そこで東京のさまざまな場所に作られたのが、富士山の縮小版ともいえる「富士塚」。その多くは山頂まで約5~10メートル。なので、登るのも超簡単。一合目から山頂まで細かに示されたものも見受けられる。まさに“行ってないけど、行ったことになる”というもの。

――時を戻そう。
東京からのお伊勢参りは正直、脚力がなくても、新幹線と近鉄特急に乗ればできちゃう令和の世。しかし、富士登山はどの時代になっても体力がないとできないもの。残念ながら、ここは不変。なので、私も“行ってないけど、行ったことになる”をしてみようかと。

次回は実際に東京で富士山(富士塚)に登ってみようかと思っている。いざ実行。

「山、舐めてんのか」と言われるレベルの軽め装備で、冬の富士登山を。~つづく~

PROFILE

水野 春奈 Writer & Editor

テレビ情報誌記者を経て、仏教美術を学ぶため京都の大学に社会人入学。長年にわたり、寺社仏閣や歴史にまつわる広告などの編集制作を手掛けつつ、エンタメ関連の執筆も多数。趣味はストイック寺めぐり、新宿三井ビル会社対抗のど自慢大会鑑賞、特技はイントロクイズ。好きな食べ物は白米とタマゴサンド。

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