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河合 桂馬 OCT 02,2019

~On The Road~ 車の生活 Vol.21
どうやって生活しているのか? 【仕事編⑥転職(後編)】

家に住むことを辞め、
車で生活するDJ河合桂馬のVanlifeダイアリー。
(第21話) どうやって生活しているのか?
【仕事編⑥転職(後編)】


アーバンチューブのサイトリニューアルのため、久しぶりの更新となりました。まずは皆様にお礼を申し上げたいと思います。
リニューアルしたこのサイトにて、引き続き連載を継続させていただくことになりました。これも読者の皆様のおかげです。ありがとうございます。
今後もぜひご覧いただけますと幸いです。

前回執筆時はマレーシアに滞在していましたが、現在は日本に帰国しております。
今回の旅では約3ヶ月でヨーロッパ、アメリカ、アジアを合わせて16カ国、26都市を巡り、西回りで世界一周をしてきました。

特に危険な目にあうことも、大きなトラブルもありませんでしたが、唯一、ローマの夜道を一人で歩いていると、背中に小石のようなものを投げつけられ、振り返ると男が黙って佇んでいるという謎の仕打ちをくらいましたが、早歩きで逃げたので特に問題はありませんでした。

帰国してからは妻と二人で車の生活に戻り、約1ヶ月が経ちました。

この1ヶ月で館山→富士宮→四国4県一周→渋谷→茅ヶ崎→三浦→富士宮と回り、次のDJ出演が渋谷のクラブContactなので、現在都内に向かっているという相変わらずの移動生活を続けています。

さて、前回のVol.20では、当時店長を務めていたFREAK`S STORE原宿店に、ヘッドハンティングエージェントからの電話があり、いきなり年収2倍の転職案件を提案され、興味本位で面接を受けたら合格。どうしたもんかと悩んでいたところ、アウトドアブランドのMERRELL(メレル)のプレスのかたから、うちで働かないかというお誘いの電話をもらったというところまでお伝えしました。

お金 or 好きなこと

これは困った。

特に転職を考えていたわけではないのに、いきなり年収2倍の転職案件の面接に合格したかと思えば、もう一社からもスカウトの電話をもらうという状況。

当時の仕事が嫌いだったわけではありません。むしろやりがいを感じていましたし、会社のメンバーにも恵まれていました。しかし「あなたが必要です」と、向こうからオファーを受けると、そこで自分の可能性を確かめてみたいという気持ちが芽生えてしまったのです。

年収2倍の転職先は、外資系アパレル企業のセレクトショップで、レディースのマネージャー。

もう一方は、アメリカのアウトドアブランドMERRELLのプレス職。

どちらも魅力的で悩みましたが、今まで自分が好きなアウトドアにこだわり、アウトドアアパレルカテゴリーを自分の強みとしてきた経緯を活かせるのは、レディースアパレルよりもアウトドア業界であると判断し、MERRELLへ転職の決意を固めました。

面接

スカウトしてもらったとはいえ、最終的には社長の承認が必要ということで、後日MERRELLの本社へ足を運び、社長面接をすることになりました。

面接当日、
応接室に入ってきた社長は白髪で鋭い眼光を持つかたで、かなりの威圧感がありました。

組長のような迫力で

「うちはプレスだけやってればいいという会社じゃないからな」

と告げられ、

私はとっさに

「はい、なんでもやります」

と、FREAK’Sの社長面接の時のような(Vol.18参照)鉄砲玉発言を口にしていました。

すると社長は少し表情を和らげ、

「あとの細かい話は任せる」

と、同席していた課長、部長に告げ退席されました。

社長とのやりとりはこれだけで終わり、面接というよりは、組長への面通しという感じでした。

面接後は課長と面談をし、ここで初めて年収の話を聞き、2倍とまではいきませんでしたが、今よりも上がることは確かということを確認できて一安心。しかし、プレス業務だけではなく営業も兼任する必要があることをその日初めて聞かされましたが、組長の前で「なんでもやります」と鉄砲玉発言したからにはやるしかありません。

部長から聞いた後日談ですが、社長は「なんでもやります」発言が気に入ったらしく、すぐに採用を許可したということでした(笑)。

かくして、新卒入社でお世話になったデイトナインターナショナルを退職し、MERRELLの輸入総代理店である株式会社 丸紅フットウェアに転職をしたのでした。

丸紅

丸紅フットウェアではMERRELLのプレス職と営業職を兼任しました。
前職ではアパレルの販売職とバイヤー業務の経験しかなかったので、初めは勝手がわからず苦労しましたが、先輩方の指導のおかげで色々と学ばせていただきました。

仕事にも慣れ、営業の取引先やプレス業務で関わる出版業界や、スタイリストさんなどともいい関係を構築できていた勤続4年目の4月の人事考課のことでした。

会議室には副社長をはじめ、部長、課長が同席し、昨年度の個人の営業成績とPR実績のフィードバックを受けていました。

最後に副社長から、

「この調子で今期も頑張ってくれ」

と言われた際、すでにある決心をしていた私は素直にハイと答えられませんでした。
するとその様子を察した副社長が、

「何か考えてることがあるならこの場で言いなさい」

と促してくれたので、
私は意を決して本心を打ち明けました。

「退職をさせていただきたいと思っています」

次回Vol.22独立編へ続く

文・写真:河合桂馬

PROFILE

2002年、club青山MIXにてHOUSE DJとしてのキャリアをスタート。
GREENROOM FESTIVALなど全国さまざまな野外フェスに出演し、日本最大級のキャンプフェスGO OUT CAMP最多出演アーティスト記録更新中。近年活動の幅を海外フェスにも広げている。TOYOTA HIACE ウェブCM、KIRIN生茶広告など多数メディアに出演中。

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