外部サイトへ移動します
河合 桂馬 NOV 20,2019

~On The Road~ 車の生活 Vol.22
どうやって生活しているのか? 【仕事編⑦独立】

家に住むことを辞め、
車で生活するDJ河合桂馬のVanlifeダイアリー。
(第22話) どうやって生活しているのか?
【仕事編⑦独立】


前回の投稿から約1ヶ月半が経ちました。前回滞在の都内から、
長野→山形→鳥取→長野→京都→神戸→長野→山形→渋谷と移動して、現在は那覇空港にて羽田行きのフライトを待っています。
毎年沖縄県の恩納村で開催されるGO OUT CAMP RYUKYUのDJのために訪れたのですが、11月だというのにセミがないていたり、Tシャツ短パンで原チャリに乗っている人がいたりと、やはりここはいつ来ても南の島の楽園ですね。

さて、前回のVol.21ではFREAK`S STOREから丸紅フットウェアに転職し、転職して3年が経ったある日の人事考課にて、副社長に退職希望を伝えたところまでをお伝えしました。
今回はその続きをお伝えしていきたいと思います。

なぜ脱サラしたのか?

人事考課にて、副社長から今期も頑張ってくれとの言葉をもらいましたが、すでに考えに考えを重ね、退職することを決意していた自分の口から「はい、頑張ります」という言葉が素直に出てこず、その様子を感じ取った副社長に促され、退職希望の旨を伝えたのでした。

それでは、なぜ退職を決意したのかというと、

「DJを本気で頑張りたいから」

これに尽きます。

自分が二十歳の大学生の時にDJを始め、大学卒業時には、フリーターをやりながらDJをやるか、新卒として社会人になるか悩んだ挙句、社会人を選択し、就職活動をしたことはVol.18に詳細を書きました。

社会人をやりながらもDJは趣味で続けていて、不定期でクラブイベントや、野外イベントへDJ出演をしていました。

それじゃあ、仕事しながらDJも本気でやったら良いんじゃないか?
そう考えた時期もありましたが、それでは、

「DJの上手なメレルのプレスの人」

という枠組みから離れられず、いちアーティストとは見なされないという状況があることに気がつきました。そして、会社が副業禁止であったという理由ももちろんありますが、
「DJの上手なサラリーマン」には、ギャラは支払われないのです。

趣味か仕事か

例えばこういうことです。

パターン①
今日は、広告代理店に勤務する、料理がものすごく得意な男友達のホームパーティーに招かれました。その友達はとても食材にこだわり、魚介類は当日の朝に漁港へ買いに行き、ファーマーズマーケットでオーガニック野菜を調達し、調味料は旅行で訪れたマヨルカ島の塩や、インドで購入したスパイスなどを揃えました。ダイニングルームは北欧家具で揃えられ、自慢の調理道具で料理をし、作家さんの器に綺麗に料理を盛り付けていきました。グラスにはフランス産のビオワインが注がれ、料理とお酒を堪能しました。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、夜もふけてきたので、友達にお礼を告げ、その日は終電で帰宅しました。

パターン②
今日は、最近脱サラして居酒屋をはじめた男友達のお店に飲みに行くことにしました。その友達は開業資金に多くをつぎ込んだため、仕入れ予算があまりなく、魚介類や野菜は、近くのスーパーのおつとめ品を仕入れ、調味料は友達からのお土産でだいぶ前にもらった雪塩や黒糖などを駆使していました。店内は空のビールケースの上にベニヤ板を渡したテーブルと丸椅子で揃えられ、100圴の皿とビールジョッキに無造作に突っ込まれた割り箸で料理をいただきました。甲類の焼酎を、パックで煮出したウーロン茶で割った濃いめのウーロンハイをグイッと3杯飲み干しました。
夜もふけてきたので、友達にお礼を告げ、その日は終電で帰宅しようとしましたが、友達がすかさず伝票を持ってきました。支払いを済ませ、家路に着きました。

さて、パターン①は一切支払いが発生していませんが、こういうことはよくある自然な流れです。もし会費制のパーティーであれば、先に金額を伝えることが当たり前ですし、もし会費を伝えられていなければ、帰り際に会費は?と聞くのもなんだか野暮な感じがするので、ここは気持ちよくごちそうさまと伝えて帰宅するのが大人としてはナチュラルです。

さて、パターン②は、明らかに食材のクオリティー、お酒のクオリティー共にパターン①よりも低いのですが、最後に支払いを済ませるのは当然の流れです。

なぜなら、パターン②の友達は飲食店が本業だから。

これと同じことは色々な業種にも当てはまると思います。
カメラマン、歌手、デザイナー、芸人、作家などなど、、、
そしてDJも例外ではないのです。

つまり、趣味としてやっている人は、いくら実力が高くても、お金をもらうことは難しいということであり、逆に腹をくくってその仕事を本職でやっている人は、クオリティーがどうあれ、仕事の対価を得ることが自然になるわけです。

というわけで、自分は

「本職DJ」

になりたかったのです。

丸紅フットウェアへ転職後も仕事は楽しかったですし、給料も良く、土日祝日休みで、有給休暇もしっかりと消化できる素晴らしい労働環境でしたが、
サラリーマンを7年経験してもなお、大学卒業時に湧き上がったDJへの道が諦めきれずに、本気でチャレンジしてみようと一念発起し、退職をしようと決意したのでした。

妻に感謝

「会社を辞めてDJになる」

初めて妻に告げたのは、その人事考課の約1年前でした。
初めはもちろん反対。
お世話になっている先輩がたにも相談しましたが、ことごとくみんなに反対されました(笑)。

しかし、妻と約1年かけて何度か話し合ううちに、想いを理解してくれて、ついに妻から退職のOKをもらいました。

退職の決意をしたのは良いものの、なかなか会社に言い出せずにいたのですが、
そんな矢先の人事考課での出来事だったのです。

本来であれば、まずは上長に伝え、そこから順を追って上に伝えていくべきではあったのですが、このチャンスを逃してしまうといつまで経っても打ち明けられないと判断し、いきなり副社長に退職を打ち明けてしまったのでした。

桂馬「退職をさせていただきたいと思っています 」

すると副社長は静かに尋ねました。

副社長「理由は?」

桂馬「DJへの道が諦めきれず、仕事を辞めて、本気でチャレンジしたいと思っております」

副社長「嫁さんは納得してるのか?」

桂馬「はい、1年前から説得してOKをもらいました 」

副社長「そうか。人生一度きりだから、やりたいことをやるのは良いことだな。応援してるよ。嫁さんに感謝しろよ」

そう言って人事考課は終わり、後日、同席していた課長、部長と今後のことを話し合いました。
キリの悪いタイミングで退職するのは嫌だったので、仕事の引き継ぎをしっかりとできるよう、一年後の3月末に退職ということで許可していただきました。

そして、2015年3月末をもって、丸紅フットウェアを退職しました。

次回Vol.23 「DJで食えるんですか?」

文・写真:河合桂馬

PROFILE

2002年、club青山MIXにてHOUSE DJとしてのキャリアをスタート。
GREENROOM FESTIVALなど全国さまざまな野外フェスに出演し、日本最大級のキャンプフェスGO OUT CAMP最多出演アーティスト記録更新中。近年活動の幅を海外フェスにも広げている。TOYOTA HIACE ウェブCM、KIRIN生茶広告など多数メディアに出演中。

FEATUREおすすめしたい記事

page top