外部サイトへ移動します
桑原 茂一 SEP 17,2020

Look Book Cook Records No.64


skatan monkey tea room

スカタン猿の茶室4

こなさんみんばんは、

選曲家の桑原茂→です。

このシリーズも四回目になりました。

もう一度、このシリーズの趣旨を解説しておこうと思います。

人にはいくつもの顔がある。

と言って、多重人格のことではありません。

解離性同一症(解離性同一性障害とも呼ばれます)は、かつては多重人格障害と呼ばれていた精神障害で、複数の人格が同一人物の中にコントロールされた状態で交代して現れるものです。

俳優がいくつもの人格を演じるように、

私の画像をAI画伯やFACEAppなどのアプリを使用して、

いくつものキャラクターを創作し

そのキャラクターに自由に発言させる。

分かりやすくいうなら、

小説家が架空の人物を自由自在に動かし物語を作るように、

初代選曲家を名乗る桑原 茂→の
一人お遊びといったところです。

さて、今回はそのキャラたちに、
これまで私が接したインタビューの中から

気になる箇所をCUTUP&コラージュすることで、

明日へ向かう希望の種を選曲してみようという趣向です。

最後まで、お付き合いいただければ幸いです。

では、キャラの成り立ちから始めましょう。

1枚目の画像は、写真家 若木信吾さんが台湾での私を写したものです。

台湾の台北で行われた1万人規模の写真のイベントで

若木信吾さんの展覧会を招聘してくれた時に同行した時のものです。

その画像をAI画伯で遊ぶとこうなるのです。


上級画伯


上級画伯Ro2


新米画伯


新米画伯P06

では始まりです。

CUTUP&collage

「スカタン猿の茶室」

「パンデミック以降の
「自由」を考える」

混迷を極める時代を私たちはどう上手にやり過ごすことができるか?

“ 上手の手から水が漏れる ”

そんな言葉もあるように、日々の手洗いだけは守りたいものです。
今回のスカタン猿の茶室

インタビューのお相手は、ファッション・デザイナー

「ノワール・ヘコキンス」さんです。

これからのファッションについてお話を伺います。

ヘコキンスです。

Love makes the world go round and round・・

アイノ チカマラ ハ セカイ オ クルクルクルクル

アリガト アイ シテ マス

Deon Jacksonn
1966年リリースのヒット曲
Love makes the world go round

誰もが愛を必要としている。

ファッションで愛の大切さを伝える。

とても素晴らしい試みですね。

ジツハ コノウタ

mixcloud ノ PirateRadio デ

シッタ ヨカッタ カルカッタ

This is the first song I knew.

ワタシ オペラ カキマス

マリア・ガラス カキマス

Habanera カキマス

ヘコキンスさん正しくは

オペラ・キキマス デス

さて、

パンデミック時代の

ファッションの役割とは?

1番の問題はなんでしょうか?

“私には“問題”がない。

これは私の人生の奇跡で、

あるのは“解決策”だけなのです、

良い悪いは別として”

ヘコキンスさん

おっしゃってる意味がわかりません。

では、話を変えて、

この夏に地中海の孤島

ヒロポンタニアで行われた

ヘコキンスさんの

ファッションショーのテーマは

「 愛こそはすべて 」

そのテーマを掲げられた理由は

なんだったのでしょうか?

“私の人生は、やり遂げたことを忘れ続けることでできています”

“私はいつか有名になることを確信していました”

ですから

“ダイエットとは、負けている時、

唯一勝つことができるゲーム”

ヘコキンスさん、

今までお答えいただいた、お言葉は、

故カール・ラガーフェルドさんの名言集からの
引用のようですが、
半世紀以上にわたってモード界を牽引してきた生きる伝説
カール・ラガーフェルドさんへのリスペクトだと
理解いたしました。

続いて本題に参りましょう。

コロナ禍でこれまで

「ふつう」だったことが

通用しなくなって久しいですが、

改めて、「ふつう」や「自由」の

意味が問われているように思います。

コロナ以前と以後を比較した場合

人はファッションを身に纏うことで、

「自由」になれたのでしょうか?

それともこれから

「自由」を獲得できるのでしょうか?

ヘコキンスです。

Love makes the world go round and round・・

アイノ チカマラ ハ セカイ オ クルクルクルクル

アリガト アイ シテ マス

では今度は、川久保 玲さんの言葉を、

一部引用してみたいと思います。

「 少なくともコム デ ギャルソンは
ある不自由、を着る者に
要求することを躊躇しない。
着る人にある種のプレッシャーを
与えても、
それを撥ねのけて着てほしいし、
そういう人のための服を作るのが
コム デ ギャルソンだと
思っていますから 」

THE STUDY OF COMME des GARCONS(リトルモア 2004年)
ERIKO MINAMITANI 著

ステラです。

デザイナーには、

「ふつう」じゃない

スペシャルなことを

周りから求められることがあります。

誰もやっていないことを

しなくちゃいけないとか、

しかし、

人が心地よく感じる物事の条件は

新しく作り出すことではないんです。

これまでの遺産をどうリユースするか?

その再利用の新たな提案こそが

今だと思っています。

「ふつう」は

日常の中に潜んでいます。

そしてその日常も、

非日常の中に紛れ込んでいるのです。

これまで以上に善悪を問えない社会の中で

「ふつう」はそのまま「異常」だと

認識するしかないでしょう。

コロナ以降の「ふつう」は

悪魔のパシリに成り下がったのです・

大事なのは宇宙みたいに

誰も行けないところに行って

何かを見てくることではなく、

日常の中にあるんだけれども、

あまりに当たり前すぎて

みんなが通り過ぎてしまうことに

いかに気がつくかどうか、です。

僕の場合は、スゥ〜〜〜

肉体の交流がないと愛に確信が持てない、うっ、うっ、

スパ〜〜〜ぁだな。

自分で体験していないことは信じないようにしていますよ、スゥ〜〜〜

少なくとも百回程度は交流して、て、て、スゥ〜〜〜

初めてその人の愛が分かるというかな・・スパ〜〜〜

自分で経験しないでイイ悪いを言って欲しくないな

世界はたった50年程度で善悪がひっくり返ることはいくらであるんだから

ハハハハハ ハハハハハ ハハハハゲ

コロナ禍の社会では

誰も明確な答えを持っていないので

状況を体で感じ

新しい生活のスタイルや

働き方を作りながら

考えている状態です

頭の中にある理論的な

アイデアを実際に形にして

最終的に公開する前に

現実世界での影響を

検証することです。

まさに実体験に基づいての

プロトタイピングを

求められているのです

画像に何千という言葉以上の

価値があるのなら

プロトタイピングには

何千回のミーティング以上の

価値があると思います

イイこと、

蒟蒻が美味しく感じられる厚さって、

1ミリ分厚くても、薄くても美味しくないでしょう。

それはみんな感覚的に美味しい厚さを知っていて、

無意識のうちに選んでいるからなんです、のよ。

物事が心地よく感じられるための

条件は既に、みんな感覚的に知っている、と。

ブルース・リーの

「考えるな、感じろ」の世界ですね。

違います。
ファッションと衣服・衣料・
ユニクロとコム デ ギャルソンを
同じファッションという言葉で語ってはいけません。
ファッションの本質は人間の内面を隠す。
または
人間そのものを曝け出すことではないでしょうか?

ファッションは精神活動の鎧と喩えても過言ではないと思います。

ですから、

ある不自由、を着る者に

要求することを躊躇しない。

着る人にある種のプレッシャーを

与えても、

それを撥ねのけて着てほしいし、

そういう人のための服を作るのが

コム デ ギャルソンだと・・・

この川久保さんの発言には、

私は激しく共感しています。

「ふつう」を考え直し、

自分なりの主観をもって

「問い」を創るきっかけに

なっていたら、

少しずつ社会も変わっていくだろうなと。

答えがない今こそ、

自分自身が感じたように素直に動くというのが

一番正しいのではないでしょうか。

私は最近、アルベール・カミュを回想します。

僕の後ろを歩かないでくれ。

僕は導かないかもしれない。

僕の前を歩かないでくれ。

僕はついていかないかもしれない。

ただ僕と一緒に歩いて、

友達でいてほしい。

Don’t walk behind me;
I may not lead.
Don’t walk in front of me;
I may not follow.
Just walk beside me
and be my friend.

せやから、みなさん、

広い意味でのデザイナーに、

なっとぉくれやす

あんさんの専門分野で、

「一番うみゃー刺身蒟蒻」に近づけるための

最後の1ミリを導き出すのが

デザインというものやと

思いますなっし〜

ヘコキンスです。

これは机上の空論に

なってしまうかもしれないけど

将来 僕がある物語を書いて、

それを35ミリの映画という形で

物語ろうと思った時に、

200万ドルの予算がかかるとしたら、

そして自分では200万ドルが

集められないとしたら、

16ミリでやると思う。

16ミリのお金も集められないなら

8ミリでやるだろう。

8ミリもだめなら、

僕はとにかくその物語を書くだけだ。

他の人が映画化できる

可能性だってあるんだからね。

自分の語りたいことを

守る方法はいくらだってあるのさ。

ヘコキンスさん、

そのグッとくる台詞は、

イメージフォーラムインタビューでの

ジム・ジャームッシュ監督のセリフです。

以下の画像はジム・ジャームッシュ監督の最新作です。

ポスターはなんと

あのRockn’Jeiiy Beanさんです。

フェデリコ・フェリーニ監督へ

質問です。

貴方はある映画で、

自分が作ろうと思った映画が

どんなものか分からなくなってしまったことがあったとか

「ふつう」や「自由」の意味が問われている今日

そうした事態にどう対処したら良いか

お聞かせ願えませんか?

確かにあの時、

私は出口なしの状況に陥った

が、その時、

私は不意に映画の核心に踏み込んだ。

今、自分自身に起きていることを

語ればいい。

どんな映画を作ろうとしていたか

分からなくなった

映画監督の話を

映画にすればいいのだ。

ところで精神分析は、

人間が自己を知るのを助けることで、

より多くの幸福を

もたらしたと思いますか?

その質問には答えられないね。

幸福という言葉で

何を言いたいか分らないからだ。

ただ精神分析は

学校で教えるべきだと思う。

他の科学に先がけて

教授すべきだと思う。

というのは、

人生の様々な冒険の中で、

何よりも試みる価値のあるのは、

自分の内面に飛びこむ旅、

自分自身の知らない部分を

探究することだと思えるからだ。

それにはありとあらゆる

危険がともなうが、

これほど魅力的で、

驚異に満ちた、

英雄的な冒険は

ほかには存在しない。

アンジェリーナです。

パリのアンジェリーナのモンブランが恋しい。

つまり私の言いたいことは

ファッションの都、

パリは不滅だということです。

何があってもコロナを

克服すると思います。

何故なら、今、パリの街は

鬼は内 福は外 服は外

うちから外へ

お店の中で食べるよりは

広々とした空気の良い公園や

広場へ向かっているそうです。

飲食店も店の外へ広げられるように

政府もパリで暮らす人々を

励まし援助しているようです。

愛を育む街、Paris

ファッションが

パリで再び蘇ることは

間違いないと信じています。

1965年発表 → 1968年5月

五月革命の数年前にヌーヴェルヴァーグと称された映画

ジャン=リュック・ゴダール (Jean-Luc Godard)監督は、

1965年に、映画「気狂いピエロ」を発表した。

ワタシは、1968年5月の五月革命の数年後に

この映画を観たが

全くと言ってイイほど

何が行われているのか

分からなかった。

なんか、カッコイイ、それだけ。

覚えているのは、このフレーズ

また見つかった。

何が?

永遠が、

海と溶け合う太陽が。

“人々のフランスへの視線、

そしてパリを取り巻く

空気の中にあるもの、
それはパリへのラブレターです”

故カール・ラガーフェルドの、この言葉にあるように、

パリに住む人々は

ファッションという言葉を

パリの宝だと思っている

のではないでしょうか?

鷺 慎太郎です。

素敵なアンジェリーナ、

私もparisに恋しています。

でもアンジェリーナのモンブランは大きくて甘すぎるから

一人では食べきれない

だから、あなたに愛の言葉を贈りたい。

美しい・レンブラントの絵画のような映画

「シェイクスピアの庭」を

ご存知ですか?

英国の偉大な劇作家・詩人

ウィリアム・シェイクスピアの真実

原題は『ALL IS TRUE(すべて真実)』

Amazonプライムで観れます。

以下は私の心に刻まれた台詞です。

吾らは夢と同じ糸で織られているのだ。

ささやかな一生は眠りによってその輪を閉じる。

We are such stuff as dreams are made on, and our little life is rounded with a sleep.

福田恆存訳

コロナの時代に現れる天才とは

どのような人のことだろうか?

私の敬愛する天才の言葉を

聞いてみよう。

ジョン・KUWABARAです。

あなたは自分を天才だと思いますか。

ええ、天才というようなものが

あるとすれば、

私は天才です。

自分のやっていることが、

かなり超越したところでのことだと

認識したのは、

いつごろですか。

私のような人間は、

自分が持っている

いわゆる天才的な才能に、

十歳とか八歳、九歳ころに

気づくのですが

「天才である自分を

なぜ誰も発見してくれないのだろう」

と、

私はいつも不思議に思っていました。

なぜ私を、

アート・スクールに

入れてくれないのだろう。

なぜ芸術家としての

訓練をうけさせてくれないのだろう。

なぜ自分が、

ほかの人たちとおなじように、

くだらない人間になっていく

よう強制されてしまうのだろうか、

などと私は考えました。

それで一九六四年にLSDを

始めたわけですね。

LSDは、どのくらいつづきましたか。

私は、千回ほどは

トリップしたでしょうね。

いつもLSDを

食べるように飲んでいたことが

ありますから。

バッド・トリップは、

なん度もありましたか。

ええ、それはもう、

たくさんありました。

それが理由でLSDを

やめたことだって

あったほどですから。

ある時期に、

あなたはドラッグとかかわりあい、

ドラッグ・ソングを

つくるようになったのですね。

LSDを飲むのがこわくなりますか。

ええ、そんなふうになります。

どのくらいの期間だったか

おぼえていないのですが、

そして、ヨーコに会う寸前に、

また飲みはじめたのです。

LSDを飲むことについては、

自分のエゴを

破壊しなければいけない、

というメッセージを

私はあたえられていたのです。

だから私は、

そのとおりにしていました。

そして、その破壊された自分を、

マハリシのころから、

すこしずつ、二年ほどかけて、

つくりなおしていきました。

私は自分のエゴを

破壊してしまっていて、

自分にはもうなにもできないと

信じていたのです。

私は、ほかの人たちには、

やりたいようにやらせ、

言いたいことを

言わせておきました。

ただ好き勝手にさせていたのです。

そして、私は、

まったく存在しないに等しい、

くずみたいなものだったのです。

そして、

ロサンゼルスからかえってきた

デレク (テイラー。アップルのプレス担当)

が、彼の自宅で私にLSDを飲ませてくれ、

彼は、そのとき、

私にこう言ったのです……

「きみは、だいじょうぶなのだ」。

そして私がどの歌を自分でつくったかを教えてくれて、

「きみはこれをつくり、こういうことを言ったのだ、きみには知的な能力があるのだから、

怖がることはない」と、言ってくれました。

次の週に、こんどはヨーコといっしょに行ってまたトリップし、

彼女が私の内面を完全に満たしてくれ、自分はたしかに自分なのだ、

だいじょうぶなのだ、と認識させてくれたのです。これが決定的な転換になり、

私は再び闘いはじめ、また、へらず口をたたくようになっていったのです。

たとえば、私にはこういうことができるのだ、とかあるいは、

私が求めているのはこれなのだ、私は欲しいものを手に入れるのだ、

私をおさえこもうとするな、などと言いはじめたのです。

そして、そのような状態に、いま、私はあるわけです。

「自分が六十四歳になったら」どうなっているか、想像できますか。

とてもできません。アイルランドの海のちかくとか、

そういったところに住んでいる、すてきな老人夫婦に

なっていたいと思うのです――

狂気のスクラップ・プックをながめて暮らすというような。

回想するジョン・レノン―ジョン・レノンの告白(草思社 1974年)
ジョン・レノン著 片岡義男訳

パンデミック以降の世界は、
これまで以上に愛について

深く考えるようになると

思っています。

そう思った理由の一つが

映画の存在です。

監督 マリエル・ヘラー

主演 トム・ハンクス

「幸せへのまわり道」

実在の人物・ミスターロジャースを

描いた映画です。

そのドキュメンタリー

「ミスターロジャースの
ご近所さんになろう」

こちらはアマゾン・プライム・ビデオで観れます。

未だに自分自身を愛することが上手ではない私が

こうして推薦するのもなんだかですが、

人は自分を愛することから始めなければ何も始まらないようです。

つまり自分自身を、

そして他人を、

ありのまま

受け入れるということです。

その二つを受け入れること

ができれば、

幸せはそんなに難しいことではなく、

幸福を探す任務は

終了するとのことです。

では、今回はこの辺で、

映画「シェイクスピアの庭」の

一節を記して次回へ向かいましょう。

終わらせてくれて・ありがとう

我々を形作っているものは

夢と同じもの

眠りによって締めくくられる

選曲家 桑原 茂→

PROFILE

初代選曲家、毎週金曜日夜11時Mixcloud PirateRadio(海賊船)、 創刊1988年 free paper dictionary編集長

FEATUREおすすめしたい記事

page top