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桑原 茂一 AUG 06,2021

Look Book Cook Records No.76


自転車乗りの恋 その3

「そのままの相手を愛する」

愛するとは、若く美しい者を好んで手に入れたがったり、
すぐれた者をなんとか自分のものにしようとしたり、
自分の影響下に置こうとすることではない。

愛するとはまた、自分と似たような者を探したり、嗅ぎ分けたりすることでもないし、
自分を好む者を好んで受け入れることでもない。

愛するとは、自分とはまったく正反対に生きてる者を、その状態のままに喜ぶことだ。
自分とは逆の感性を持っている人をも、その感性のままに喜ぶことだ。

愛を使って二人のちがいを埋めたり、どちらかを引っ込めさせるのではなく、 両者のちがいのままに喜ぶのが愛することなのだ。

「超訳 ニーチェの言葉」白取春彦編訳(ディスカヴァー・トゥエンティワン 2010年)漂泊者とその影 より

長く共に暮らした愛する馬が治る見込みのない病で苦しんでいる。
愛する馬をそのまま苦しませるより、
おもいきって、ピストルで撃ち殺した方が馬は苦しまずに済む。

このメンタリティをマッチョな男の態度として賞賛される映画をこれまで何度も観た。
そしてその哀しみの選択を行使した勇気を現す表現として、
愛する馬を殺したピストルで自分のこめかみをぶち抜く!
まるで心中か?
そんな大胆な仕草で哀しみを観客と共有したいと映画は訴える。
もし観客が彼のメンタリティを共有出来るなら目頭が熱くなる瞬間でもある。

で、このメンタリティーをそのまま恋愛の現場へ置き換えてみる。
どちらが馬でピストルかは相対的なものだから、ここでは語らないが、
恋愛の現場での自尊心の扱いを誤ると往々にして、
このようなかたちで恋愛の破局を迎えることになる。
( #自分比100% )

ちょっとなに言ってるか分かりません。

はい、では解説します。

病に例えるなら自己免疫疾患になる。
本来なら外部からのウィルスの侵入を防ぐための免疫力がいつの間にか自分自身を攻撃する自己免疫疾患的だということだ。

「自己免疫疾患とは体が自分の組織を攻撃してしまう病気です。原因は不明です。」

つまり、この病の構造は自尊心を盾に鎧に生きる人に発病しやすい。
と私は睨んでいるのです。
( #自分比100% )

つまり自分に起こるすべての問題は
すべからく自分自身から発生するものだから、
すべては身から出たサビ!

強靭な自尊心が愛をてごめ(貞操蹂躙)にするのではなく、
原因と結果からエスケイプして自尊心を守るのではなく、

その真実を真摯に受け入れる思考こそが愛を育てると・・・

緊急時は対処療法から始めるにせよ、
おいおい自然療法へスローライフへ
シフトしていくのが愛ある人生を生きることであり、
脱俗チョウボンではないか、とここはお茶を濁しておく。

愛されただけで十分だ・・

かわいそうだけれど、愛された馬は幸せだったとおもうわ。

女は所在なげに深いため息を吐き

“ 恋愛はもういらない ”

とつぶやいた。

ストップ●

止めた位置に問題があったようだ・・

ではこのシーンを別の角度からみてみよう。
今まさに撃ち殺され悶え苦しむ哀れな馬が天に向かってパカっとその長い足を開いた。
まるで子供が駄々をこねてるかのような異様な馬の姿に私の愉快ダムが決壊した。
たしかに馬は私たち人間に比べればすべてのサイズが大きい。
目も大きい、耳も大きい、口も大きい、鼻はいうまでもない。
しかしそれにしてもそれはそんなに○きかったのか・・・
そう思ってみてみるとピストルの銃身をこめかみにねじり込んだ男の表情も先ほどよりは複雑だ。
うっ、!!
男がおもわず声を出す瞬間!
というみかたもないわけではない。
ひとは愛に真剣であろうとすればする程、
ときにコメディの穴に落ちるのだ。

さて、ここで私の尊敬する脳科学者茂木健一郎さんの著書「クオリア降臨」から
以下のフレーズを引用してみる。

一見喜劇に見えるものの背後に、底知れぬ悲劇の気配が見える時、
人間は他の回路を経由するのでは不可能な形で、世界の真実を見るのである。

で、私はこう書き換えた。

一見悲劇に見えるものの背後に、そこ知れぬ喜劇の気配が見える時、
人間は他の回路を経由するのでは不可能な形で、世界の真実を見るのである。

たぶん、無関係だ。

えっ?何を?

その通りです。
我慢や躊躇はとかく問題を先送りすることになりがちです。

「 無意味 」

を容認することが生きる上では
なによりも大切な愛の潤滑油かもしれません。

ニーチェはこういいます。

「愛の病には」

愛をめぐるさまざまな問題で悩んでいるのなら、
たった一つの確実な治療法がある。

それは自分からもっと多く、もっと広く、
もっと暖かく、
そしていっそう強く愛してあげることだ。

愛には愛が最もよく効くのだから。

「超訳 ニーチェの言葉」白取春彦編訳(ディスカヴァー・トゥエンティワン 2010年)曙光 より

ここであなたに問いたい。

史上の愛、無償の愛、相手になにも求めない愛…
なぜ人は泉のような原価の無い無限の愛を出し惜しみするやろか?

愛を等価で測ってしまうのは何故か?
自分と同じ分量の愛を相手に求めてしまうのは何故か?
良く聞くのは、両親から無限の愛を与えられて成長した人は、
その経験から愛を出し惜しみしない。とか、
もしそうなら、愛するには、事前に教育と経験が必要ということになってしまう。
泳いだことのない人をプールに放り込めば、
溺れて死ぬか自力で浮かび上がる他はない。
ならば、これまで私は愛のプールに何度となく飛び込んだが、守備よく学んだか?
と問われれば、沈黙するほかはない。

「愛し方は変わっていく」

若いときに心ひかれたり愛そうとするものは、
新奇なもの、おもしろいもの、風変わりなものが多い。
そしてそれが本物か偽物かなど気にしないのがふつうだ。

人がもう少し成熟してくると、本物や真理の興味深い点を愛するようになる。

人がさらに円熟してくると、若い人が単純だとか退屈だとか思って見向きもしないような
真理の深みを好んで愛するようになる。というのも、
真理が最高の深遠さを単純なそっけなさで語っていることに気づくようになるからだ。

人はこのように、自分の深まりとともに愛し方を変えていく。

「超訳 ニーチェの言葉」白取春彦編訳(ディスカヴァー・トゥエンティワン 2010年)人間的な、あまりに人間的な より

さて、この口を大きくあけた女性たちはなにをしているのでしょうか?
愛の未経験者に愛の取り扱い方を教えているようにもみえなくもない。
あなたは途中下車なく最後の目的地まで相手を愛せるか?

「ずっと愛せるか」

行為は約束できるものだ。
しかし、感覚は約束できない。なぜなら、
感覚は意思の力では動かないものだからだ。
よって、永遠に愛するということは約束できないように見える。

しかし、
愛は感覚だけではない。
愛の本質は、愛するという行為そのものであるからだ。

「超訳 ニーチェの言葉」白取春彦編訳(ディスカヴァー・トゥエンティワン 2010年)人間的な、あまりに人間的な より

幕間

京都 そびえたつ夏

なぜ有力者はこのような天に向かって聳え勃つものを建築したり
それに向かってなぜ私はシャッターを押すのだろうか?

話は変わって、8月10日発行 freedom dictionary 201 のこと。

「Editor’s Note freedom dictionary issue 201」
あの頃のDAVID BYRNEと私
David Byrne and me at that time

作品 樫村鋭一

アメリカン・ユートピアをご覧になったでしょうか?
負の面ばかりが露出する日本という国で暮らす私には、
この映画の存在ほど心躍ることはなかった。
あれはNEW WAVEの時代というのか、今は亡き評論家の今野雄二さんの縁で知り合ったデビット・バーンのその後の生き方の集大成ともいうべきこの映画に接し、作品の崇高さに、人間という存在の美しさに涙のダムが決壊いたしました。
音楽の力は、それが一瞬であれ、思っていても口に出せないことを吐き出させてしまう。
未来を諦めてはいけない。希望も可能性もないのではなく、自分自身が作り出す物だと・・
デビッドは音楽でそのことを伝えてくれた。
あらゆるプロパガンダの中で音楽が最も私を鼓舞する瞬間でもある。
以下の文言はデビットバーンを特集した201号の編集後記を再録します。

作品 樫村鋭一

私たちの多くは、私(David Byrne)が思うに、その世界に満足していない。
では、別の試みがあるか?このアルバムでみなさんに質問してみよう・・
AMERICN UTOPIA albumクレジットより
As I (David Byrne) think, many of us are not happy with the world.
So is there another attempt?
This album asks about that.
From AMERICNUTOPIA album credits

David Byrneの音楽のすごいところは、その試みがある程度成功することである。
少なくとも私は未来へユートピアへ向かって個人的な歩みを始めてみようという気になった。
The great thing about David Byrne’s music is that the attempt is somewhat successful.
At least I was motivated to take a personal step towards the future and utopia.

その衝動がこのDAVID BYRNEの特集です。
From that urge, we featured DAVID BYRNE.

あの頃のDAVID BYRNEと私
David Byrne and me at that time

あの頃という表現は、実は私が人生としっかり向き合っていなかったという意味です。
当時の写真を見返すとその事実をはっきりと悟るからとても恥ずかしい。
This nostalgic photo shows that I’m not serious about life …
Looking back at the photographs at that time, I can clearly see that fact, which is very embarrassing.

ここで紹介する写真はプライベートなものばかりだから当然解説不可です。
Of course, all the photos introduced here are private and cannot be explained.

出来れば見なかったことにしてほしい。(特に関係者の皆様)
if you can. I didn’t see it. I want you to think so.
Especially, I would like to ask the people concerned.

じゃなぜ見せるのかと言われれば、
So why do you want to show it?

DAVID BYRNE・インドネシア・バリ島学術調査旅行へ同行した幸運を自慢したかったからです。
I wanted to brag about the good luck that I accompanied on the DAVID BYRNE / Indonesia / Bali academic research trip.

ただ生きているだけの私の人生にも楽しかった思い出はあります。
I’m just alive
Nevertheless, I have fun memories.

で、So,

映画 「 AMERICN UTOPIA 」は私に生きる意味を問いかけた。
The movie “AMERICN UTOPIA” asked me what it means to live.

そのことを深く考えてみました。
I thought about it deeply.

私の答えは・freedom dictionary & 選曲。
My answer is ・ freedom dictionary & song selection.

I will continue.

選曲
album『Remain In Light』
Listening Wind

以上、編集後記より。

さて、このデビッドさんを特集したfreedomdictionary201 入手ご希望の方はこちら。
https://dictionary.thebase.in

また、この特集2には、私のリスペクトする10名の作家が
デビッド似顔絵を描いてくれました。

メンバーは、

ヒロ杉山 益山航士 樫村鋭一 福津宣人 伊藤陽一郎 浦正 植田工 伊藤桂司 
yumakishi ミック板谷

更に、海賊船 PirateRadioでの選曲は以下の方々が登場します。お聞き逃しなく!

再び、自転車乗りの恋 3へ

私の京都での暮らしも、半年が経過した。
ワクチンを接種したことでおもってもみなかった経験をしているが、
ようやく目処が突いてきた。痛み止めだ。
飲めば痛みは止まる。薬が切れれば熱海がぶり返す。
そのリズムを楽しむしかない。
どんな高揚も感動も浴びたままでは一夜の花火だ。
恋を一夜の花火にするもしないも自分次第。
恋する人を笑顔にする喜びが私の生きる力だと明日も自転車を漕ぐ。

海はどうして消えたの?

これは、世界的な大ベストセラーSF小説「三体最終章 死神永生 上」 から拾った言葉だ。

おまけに、もうひとつ、

自然は、ほんとうに自然なのだろうか?

この世界的な大ベストセラーSF小説三体の凄みはそこなんだ。
これまで想像すらしたことのない問い。
えっ?的思考をいきなり世界のどん詰まりに暮らす田舎もんにぶつけてくる。
日本語への翻訳他の問題で、情報化時代の僻地と呼んでもいい。
日本に暮らす私は同時多発的世界的タイミングで見れば10年遅れで、
このスパーSF小説読むことになる。

“ なんやったら中国語の原文でも英語版で読んでもいいねんで、”

なんて墓穴を堀りそうだから、田舎もんでいいのですが、言いたかったことは、
読書力の差異は不問の上でだが、10年遅れで認識する私は発行当時読んだ人々の認識との大きなずれはないのだろうか?
なんといっても、これはSF小説なのですから・・

で、読み始めたばかりだから、小説の中身は話しませんが、
私の人生の折り返し地点あたりから今も気になっている安楽死の問題がずばり描かれている。

五つの質問にYESを繰り返せば、
静かに痛みも何もなくこの世からおさらばできるというおはなし。

個人的には大賛成です。年齢制限はあってもいいと思いますが、
痛みと暮らす人生なら、大きな意味でね、安楽死を選ぶのは人間の尊厳のような気がする。
もちろん、私の個人的な要望だから、宗教も含め是非も善悪はここではスルーさせていただくが。で、この小説の感想はしばらく時間をいただくとして、

この赤い鳥居が見える美術舘で、狂気を孕んだ日本画家に遭遇したのです。

甲斐庄楠音(かいのしょう・ただおと)

なかなか数奇な人生をおくった方のようで、あの溝口健二が監督との縁で、
映画の時代風俗考証家として活躍する。
「雨月物語」がヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞を受賞、自身はアカデミー衣装デザイン賞にノミネートされる。

女人讃歌―甲斐庄楠音の生涯 単行本 – 1987/8/1
栗田 勇 (著)

早速、Amazonから届いたので、今読んで、瞬間感想を記そうと思う。

では、その間、この番組をお聞きください。

幕間 選曲。

moichi kuwahara PirateRadio Love Makes the World Go Round 0911 530
https://www.mixcloud.com/moichikuwahara/moichi-kuwahara-pirateradio-love-makes-the-go-round-0911-530/

この著者の栗田勇 さんが日本画家・甲斐庄楠音さんの同性愛についてこう記している。

一般の男女にとっては、肉体の欲求と精神的渇望は肉欲という形で一体化している。
肉の渇きと精神の渇きは同じ渇きであり、肉が満たされるとき、精神もみたされて、
肉と精神は、いわば即時的に融合し、欲望は消えさり、意識は消えてゆく。
しかし、同性愛にあっては精神的な渇望は肉の欲望によって、完全に満たされることはない。
あるいは肉欲が、不自然なために、つねに精神は渇きつづけているのである。
一口で言えば、精神は肉体のなかで眠ることなく、いつも肉を肉として意識しつづけているのである。肉体と精神はひとつの身体のなかで二つの原理として別々に働かざるをえない。
さらに、肉欲が弱ければ、生理的、社会的な条件の枠に多くの場合はとじこめられて、自然の性にしたがうはずである。だからホモセクシュアリティには、その条件をすら振り切るほどの激しさがつねにつきまとうのである。ホモセックスが、しばしば、ふつうの性愛よりも過激なのはそのためである。そして、男らしさは意識的であるために、いっそう自然の男よりおとこでなければならないし、女らしさもまた、純粋に女以上に女らしさが強調される。
さもなくば、とうてい同じ性の人間が、男・女として異なった性を演ずることはできないからである。

「女人讃歌―甲斐庄楠音の生涯」栗田勇著(新潮社 1987年)

女装を好んだといわれる甲斐庄楠音

私が魅了された日本画家甲斐庄楠音さんの生まれは明治二十七年、
お亡くなりになったのが昭和五十三年。
1990年代後半、時代のスピードの推移を犬の成長に喩えたドッグ‐イヤー【dog year】
そこからすでに2021年の今日、多くの意識が変わったであろう。
ここで著者が記したホモセクシュアリティに関する考察には時代のズレを感じるが、
私は同性愛者ではないのでここは沈黙させていただく。
しかし、SF小説で未来を探るのも、隠れた天才の過去を探るのも、
結果、私とはなんぞや?を追い求めることに変わりはない。
しかも男の本質には、世間が自分をどう見ているか?からは、どうも逃れられないらしく、
それを確認しながら自我を認識すると聞いたことがある。
ひとからどうみられようと知ったこっちゃない。の虚勢はまたしても崩れそうだ。
願うならば、恋する京都で性を生をまっとうしたいものだ。

画像・文 初代選曲家 桑原茂一

PROFILE

初代選曲家、毎週金曜日夜11時 Mixcloud PirateRadio(海賊船)、
Editor-in-chief launching1988年 free paper dictionary → 2020年 freedom dictionary on going

https://www.mixcloud.com/moichikuwahara/

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