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牧野 広志 OCT 23,2020

下町。Vol.31

レペゼン消えゆく希望の団地


崇仁新町が夢の中、

京都の表と裏を繋いだ食と文化の名所となり、短い期間でありながらより深い時間を生んだ屋台村、

行動の善悪がはっきりとしないぐだぐだの世の中に左右され幕を閉じた。

その影で、いや本来ならこちらが本筋、、、
静かに幕を閉じ誰もが気付かないうちにシートが張られ重機が入る、

解体する為に作られた理想の打ち上げ花火、

今までの様に人がたくさん歩いていれば、誰もが解体されていく姿を目にし、いろいろな事を耳にしただろう。

消えていく見える文化、

消えゆく通りの文化とコミュニティ、

ずいぶん昔に決まってたとはいえおそらく言い方を変えれば絶妙のタイミングで解体が始まったのではなかろうか、一部の人にとっては、、

近辺を通るバスには観光客も乗っておらず、歩いている人もいない、

周りはホテルだらけだが当然宿泊客もおらず静まり返っている、

目の前の行列のできるラーメン屋には行列は無い、

通りにはいつもそこをなんらかの形で通る人のみであり、工事が始まっても気にかける様子もない、

簡単に言えば誰にも気づかれず文化の象徴が消えたと言うことだろう。

もし、これが昨年であれば周りは観光客で溢れ、その中で解体工事が進みたくさんの人の目につき嫌でも何故解体され、そこに何があったのか耳に入るであろう、

そして過去に何があり、それで何が起こってしまったのか、忘れていた闇の闇が再び耳に入り騒がれ間違った真実がメディアに載ってしまったかもしれない、

本当は知って欲しかった、いや知って欲しくなかった、二つの意見に分かれる地域、

日本最大級とまで言われたこの複雑な地域は原則一代限りと言われ住む人達に一部の幸せを与え先の不安も与えたと言ってよいのかも、

ただ昭和の時代にこの京都から徒歩数分と言う好立地を頂けた事は幸せと言って良いのかもしれない、、、

問題は時間が経つにつれて、忘れていた事も思い出してしまったり、一部の人によって嫌な思いをしてしまった事も事実であろう、、

ただ今となっては遠い昔話にして、新しい未来を見つめている人々がベストである。

さて、不安とは何か、、

一代世代と言われそこに住み独自の強いコミニュティで何があっても立ち向かい常に明るく前向きに過ごして来た日々の団地が解体されていく姿を毎日目の前で見ていること、、

やっと無くなるのか、と思う人もいれば、
やはり住み慣れた地が無くなっていく悲しさ、

ご近所みんな誰もが顔見知りであり、挨拶で始まり挨拶で終わり、今失われてつつある当たり前のコミニケーションが強く根強いていた地域が高齢者を中心に薄れて行ってしまっている現状、、
こうした不安は今まさにじわじわときているのだろう。

団地を中心に周りには下町グルメも揃っていた、
その代表が解体された団地一階にあったマンボ焼きの「山本まんぼ」だろう。

筆者が通っていたころは、タカバシの下と言うこともあり、当然地域の人やそこにまつわる人達がサクッと食べに来て、ビール片手に鉄板焼きとか、そんな光景であった、

が、

近年は雑誌やメディアの影響もあり観光客で賑わう事も多く、暖簾をパッと開くと店内はいっぱい状態、正面のタカバシのラーメン屋二軒に引けを取らない人気ぶり、、

そんな大好きな雰囲気を持つ「山本まんぼ」も解体されすぐ近くの新しい建物に移転をする事となった、

ここ近年の 山本まんぼ は我々にとってはバリケードと呼ばれており、東九条 正確には西九条の「お好み焼き あらた」と同じく観光の方や地域以外の方が食べに来てくれるお店、

ぐっと奥行ったなかなか一般の方々が行きにくいであろうと思う店舗、まぁ地域の方々にとっては荒らされたくは無い小さなお店のバリケード役になっていたと勝手に思っていた次第です・・・

うまいのよ「山本まんぼ」。
レペゼン希望の象徴、
今の若大将や店長もいい感じで下町感全開で筆者は移転して新しくなってからもオープン初日から通ってます、、

移転と言っても同じ高倉塩小路の交差点をちょっと北に行ったところで、
前の団地から200メートルほどしか移動してないんですけどね・・・
高倉通りに面した新しい建物の一階路面で我々にとってさらにバリケード感を強めております。

さて、話は戻りますが、、

消えゆく昭和の希望の団地。

筆者から言えば、新聞にテレビ欄が無くなる感じ・・

自分の中にできたコンプレックスとは何かと考える、、

常識の範囲て非常に大事で意外とその地区地域によって常識的に範囲が微妙に違ったり、

その範囲が人によっては居心地が良かったり悪かったり、こう言う中で生活し生きていくて言うのが難しいのか簡単なのかは、

それは、その人の飛び込み方次第であろう。

この地域に住み守ってきた人達は車で例えるなら、ターボが違う。

新しく引っ越して来た人達はまるで代わりになる街があるかの様にそこに住んでいる、

実は無いんですよね。おそらく。今は・・

虫の声や風の音、自然の音は情緒である、
町の人の話し声や遠くで聞こえる物音も耳をすませば情緒である。

その団地が消えてしまった事は未来があるとは言えやはり寂しい次第です。

私の目の前で春から暑い夏に工事は更に続いた・・・

PROFILE

牧野 広志 TRAVELING COFFEE 店主

1966年生まれ。
94年渡仏、90年代をパリ ルーアン リヨンで暮らす。
2002年 帰国後、京都の新しい情報発信空間の提案者として文化と地域に密着中。

-TRAVELING COFFEE -
昭和2年築の木屋町 元・立誠小学校 職員室で営業していたTRAVELING COFFEE が耐震補強工事の為に高瀬川沿いに建てられた仮設の立誠図書館内で営業。
図書館の選書はブックディレクター「BACH」幅允孝氏。
珈琲はブレンド2種類に加え、シングルオリジンは京都府内の焙煎所を毎月選び焙煎家と話し合い常にオリジナルを4種類程オーダーメイド。

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