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牧野 広志 JAN 20,2020

下町。Vol.25

チャレンジと調和。


河原町三条通りをひたすら西に歩く、

烏丸を越え、新町を越え、西洞院を越えて、堀川通りの向こうに三条会商店街が見えたところで油小路通りを北に行く、

そのまま御池に向かえばコンコン式阿弥町、

そこには、ここ近年イメージで作られた京都が反映する中、そうでは無い京都がある。

このあたりはなかなかお堅い地域と自分の中では認識しており、近くには古くからの呉服関係等々があり、祇園祭になるとこの地域一帯では山鉾も出て「室町やからね」と言う感じを勝手ながら思ってしまっている、

イメージとは恐ろしい、、、。

さて、数年掛かったと言われる必殺プロジェクト、

このプロジェクトに関わった中心人物て誰?

彼らは、なんちゃって京都を作らず、それぞれの思いを形にしたのだろう。

おそらく・・

京都に根を張って街や人、その流れや文化を何年も何年も見て第一線で遊び動いてきた若手?
(若手じゃないか、、、)

彼らが一つのことを成し遂げ次に向かっている風景がある、

一つの思いを形にするて大変な事なんです。

土地を買い上げそこに京都風を作るのは、体力があればできる事、

体力=資金

結果、京都に長く住んでる人や、京都人にはその作られた京都風がいまいちピンとこないわけです、、

「古っ‼︎ まだこんなの作ってるの?」「またこんなか感じ、一緒やん‼︎」と言う言葉を最近よく耳にする様になった、、、。

確かにわからないでもない、、、。

チャレンジ。

チャレンジとは伝統や文化を革命のごとくこの古都に落とし込むこと。

それは、恐ろしくお金の掛かった近代建築や町家をくり抜きまくって作るイメージ京都では無いのです、

それらの物はある日突然バブルが弾ければ、負のレガシーになってしまい、手のつけられないどうしようもなく高い遺産になってしまう。

それがどんどん増えているのが悲しいかな今の京都の現状であろう・・・

そこに、ちょっと待った!とストップをかけたと言って良いのが、
今回私が「これが今の本当の京都でしょう」と言い続けているコンコン。

そう式阿弥町にできた「SHIKIAMI CONCON」。
https://www.concon.kyoto/

二条城南東の式阿弥町にコンテナ19基をぶち込んだ長屋3軒を有する共創自治区、

自治区なんです。

ここは間違い無く決して下町では無い、むしろバリバリの京都なのだ、しかもかなりドッシリ構えた・・

そんな中、地域のコミニケーションもきっちりとり、ハード面だけでは無くソフトな部分もしっかりと抑えている、

町内との人間関係がうまくいかなければ非常につまらない建物やお店やオフィスになってしまう、、

現に今そう言うところがあっちもこっちも増え過ぎて地の人はそのスピードについていけない、、、

そうなると、摩擦も増えたり力技が出たりとなんだか嫌な町になってしまうわけですよ、

このSHIKIAMI CONCONてそう言う部分をうまくまとめて、新しいチャレンジをしている様に思う。

外観ははじめは受け入れてもらいにくいと思いきや、いやいやこれぞ新しい本来の京都と胸を張ってもいい様な雰囲気、

こう言う発想て、伝統と文化を重んじながら綺麗にまとめて新しい街作りに一役買ってる気がします。

町家とお地蔵さんをきちんと残し、町内会長も何かと関わったと聞く、

地蔵盆では間違いなく楽しく盛り上げてくれそうな匂いがプンプンするのですよ、

残された建物とお地蔵さんが生き生きと呼吸している様にも見える。

うまくできてるなー。とずっと眺めてしまう。

長屋の回りを鉄骨でガッチリ固め三階まで作り、その中にコンテナをズラリと並べたこの外観、

無かったな、これて、、

京都らしい、らしい、て何かようわからんけど、こう言う事じゃないて思ってしまう。

ずっといるともういろんな事に飽きちゃったりするよね、と、

またコレ、またこの感じ、みたいに・・・

もう皆んな気付いてるんです、その事に、、

そんな中、昨年の11月ごろに完成したのがこの共創自治区。

いいね。

素直に私はそう感じ、そう思った。
「こう言うのを待ってたんだよ」て、

きっともうウンザリしていたのかも、新しくできるありきたりのお金の掛かった物に、、、。

さて、

長屋の町家だけを見ると世に言う京都“らしい”見慣れた景色ではある、、

しかしながら、ここに組み込まれたコンテナは、非常に長屋とアンバランスな組み合わせが良く、何故か自然に調和させている。

これを見た時に、ふと、この町を守りがいがあると感じたのは私だけでは無いだろう。

新たな伝統を作っていく、

アジャスト。

新陳代謝をしながらアップデートされていく街、

時代に合わせて手軽で合理的なものは今の京都には必要では無いのかも、、

何十年も何百年もたって必要になる物が消えて行っている、

一つの例を例えるならカタカナは千年以上も使われてきて必要欠かせない文字になっている。

この様なのちのち必要欠かせない物を無くしてしまう事にストップを掛けなければいけないだろう。

地域食の豊かさもまたその一つである。

作る側はズレたワードチョイスに気をつけなければいけない。

計画経済の順番が逆になれば、全て国民や市民に帰ってくる、これが現実である。

さて、このSHIKIAMI CONCONの中には、
唯一の飲食コンテナが一基だけある。

その名も「TAREL」。

店主はワインのソムリエの資格も持っており、

美味しいワインにコーヒーはもちろん、飲食経験も豊富であり、料理の腕もある、
更にオープンまでの約半年ほど城崎で叩き上げられてきた腕でフードを作ってくれる、

パンも自家製、

皆んな大好き、坂本くん、通称もっさん。

京都の街っ子なら誰でも知る人気者、

通り沿いに面したこの自治区の顔になると言ってもよいお店?(お店と呼んでしまって良いのか。)

道ゆく人、入居者の朝食やランチ利用もでき、近隣住民が通う事で入居者と街をつなぐ大切なパイプ役にもなっている。

これ、これが非常に大切なのです。

共用部でのイベントのケータリング、打ち合わせでの飲み物など、オフィスニーズを満たすことがある意味目的の中心ではあると思うのだが、

実は、地域住民とのパイプ役になると言うところが今のこの街にとって非常に大切なことなのです。

なんとなく物足りなかった町に、コミニケーションの正解はひとつでは無いと言う事を教えてくれる存在になる事を楽しみにしています。

メリットが無いと個人判断すると、そこに実は偶発的に何かが生まれる可能性が隠れており、それこそがのちのちの宝になり自分達や回りの人にメリットを与えてくれる。

はじめからメリットのある事を予測してその場に行ってもそれは個人の欲であり、想像を超える何かは生まれないと半世紀生きてそう感じてきた、、

メリットを求めない行動こそが、本当の生きたメリットを生むだろう。

それがこの地域づくりに参加し、形にできた結果であろう。そう言っても過言では無い。

もっと簡単に言うならば、大袈裟だがメリットの無い事てきっと無いと思う。
なぜなら、それは求める事では無く自然に生まれ分かち合いう力だから、

それを踏まえ作られた物は本当に楽しい。

そう言う人がもっと増えれば京都はおかしな状況からきっと立ち直るだろう、

言い方をかえればデミリットこそ全てのチャンスなのである。

そして街の中心に位置する地域にこの建物ができた事は非常に意味があると思う。

さて、式阿弥町を北へ御池通りを越え次の町に向かう・・・

つづく。

PROFILE

牧野 広志 TRAVELING COFFEE 店主

1966年生まれ。
94年渡仏、90年代をパリ ルーアン リヨンで暮らす。
2002年 帰国後、京都の新しい情報発信空間の提案者として文化と地域に密着中。

-TRAVELING COFFEE -
昭和2年築の木屋町 元・立誠小学校 職員室で営業していたTRAVELING COFFEE が耐震補強工事の為に高瀬川沿いに建てられた仮設の立誠図書館内で営業。
図書館の選書はブックディレクター「BACH」幅允孝氏。
珈琲はブレンド2種類に加え、シングルオリジンは京都府内の焙煎所を毎月選び焙煎家と話し合い常にオリジナルを4種類程オーダーメイド。

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