外部サイトへ移動します
牧野 広志 SEP 19,2018

下町。Vol.6

京都タワーの吸引力と復活の街。


ライジングサン。

見上げれば京都タワー、

下を歩けば酒場横丁、

路地に入れば旅館です。

京都タワーの下の町、

都の玄関口で変わらぬ姿で立ち尽くすミルキーホワイトのモノコック。

いまでこそ綺麗に整備され都会的な雰囲気と綺麗に並んだ飲食店街は入洛する観光客の為に構成された造りであろう、、

いわゆる「おもてなし」である。

そんなに古い昔では無い時代に観光客は京都タワーに登り、展望台から市内を見渡し「都だね~」と言っていたのだろう。

そして庶民はその足下で舌を唸らせていた。

京都駅が綺麗に生まれ変わり屋台が消えたその後も、タワー下に存在し続ける飲み屋街。

必要です!

ここを中心に七条、塩小路、この界隈で仕事をするサラリーマンや自営業、はたまた京都駅を利用し家路に向かう男達にとってのここはオアシスなのだ。(もちろん女性にとっても)

仕事帰りに一杯呑んで全てを忘れたい、
仕事帰りに一杯飲んでその日の自分を褒めてあげたい、

男達は連日の様に酒場に通った。

京都タワーのライトアップは観光客にとって恒例の夜であり、心ときめく思い出作りの一つでもある、

カップルにとってはロマンティックな光りであり、
クリスマスともなるとあの灯台をみてローソクを見るかの如くうっとりする時間でもある、

出張や遠出から戻ってきた人にとっての玄関口は安堵の灯りであろう。

夜、輝くタワーを見て「あ~ 京都に戻って来た~」と、フッと力が抜けるひと時、

その存在は非常に大きい。

タワーを中心に働く者、タワーに向かって家路に帰る者にとってあの灯りは、目印でありロウソクであり、飲み屋の提灯の様な物でもある。

スッと見上げ生唾を飲み、つい帰りに一杯、、
一杯で終われば良いが、なんせ下町的なノリが強い為、ついついハシゴ酒に・・・

さて、名店です。

17時スタートで既に連日満席なのが、皆んな大好きタワー真下の「へんこつ」。
創業50年越え、筆者も大好きな一軒でサルベージを求め入店する。
他のお客さんや、お店の迷惑にならない様、食べたらサッと出て行く、
私なりの礼儀である。

ところでサルベージて何?

その名の通りサルベージです。

底、

鍋底、

鍋底に溜まった崩れた煮込みを、グググッとすくい上げてくれる一皿。

うまい!!

その言葉以外見つからない・・

この味を求めて来店する人も多いだろう、

価値ある一品である。

こう言ったお店が昔は何軒かあったのだが、時代と共に無くなってしまい非常に残念でしかない、、

失礼な話ではあるが、つい数年前まではこの辺りは寂れた街になりかけていた、

が、

徐々に整備され、

そこに、大手カメラ屋ができこの一帯は息を吹き返したと言っても良いだろう。

暗いイメージだった七条警察署も綺麗になり、、

それまで七条通に飲食店はさほど無く素通りの道でもあった、

ここ数年で一気に店が増え、最早この界隈で働く人達の数に対して絶対的に食が少ないとまで言われる様になった、

七条通は勢い止まることなく堀川通まで飲食店が伸び続けている現状である・・

烏丸通を一本東に渡った路地、旅館街。

この街は、タワーを中心に東西に飲み屋と旅館が立ち並んでいる、

寂れかけていた旅館街も見事に復活を遂げ、大小いくつもの宿で賑わいを取り戻した。

すっかり綺麗になり、坂本龍馬の顔ハメまで置かれている次第である・・・

とにかくまだまだ店が足りないそうだ、、、

ここから先は物件探しの雨霰である。

何か一つのきっかけでその街は外部を取り込み秒速で仕上げてくる。

気がつけば昔の面影を少し残しながら変化し、
場所によっては昔の面影すら消え全く新しい街に生まれ変わっている。

求められる物や事に応えているのか、
それともそれを求めさせているのか、、

フォーエバーなのだ・・・

振り返ると、ここ何年も京都タワーに入る事てもうさほど無かった。

そのタワーも新しく息を吹き返し、外観はいつでも私達を迎え入れてくれるあの形と光りを保ちながら、中は近代化され、そこに若者達が戻ってきたのだ。

観光地からも取り残されつつあった京都タワーがまた新たに人を惹きつけるシンボルとなり、玄関口を照らしてくれている。

地下に出来た飲食街、展望台は定期的にDISCOに変身する。

インプットしてきた知識はアウトプットされ、
そしてアウトプットした事がインプットに繋がり、

同じ世代の狩人達によってシンボルは新しい象徴に生まれ変わった。

外見こそ昔のままホッとする柔らかさを残し、
内面は新たな魅力を出す場所へと変化を遂げている。

まだまだ可能性をたくさん持っているのだろう。

今は無きよく通った店、

木津屋橋通を西へ室町角の雑居ビル地下、
細い人一人通れるか通れ無いかくらいの急な階段を地下に降りる。

小さく狭いカウンターの店、

白センマイを求めてその滑り落ちそうな階段をゆっくりと降りる。

それだけを食べに通っていた。

「今日は白センマイもう無いでぇ」と言われた時のショックは鈍器で頭を殴られた様な勢いである・・

その言葉だけは絶対に避けたいと何度足を運んだ事だろう。

さらに、タワーから少し北に行けば、

七条通の「リド食堂街」は今も現役です。

ある意味、昭和の代表と言って良いこの地域の食堂街、

100年近い一軒の木造住宅一階に細い路地、
その両サイドにお店がずらりと並ぶ、
時間は確実に昭和で止まっている。

だからなのか気持ちが安らぎまた行きたくなる、

リドに構える、チリトリ鍋の「門」はまさにそんな一軒である。
レバーから始まり、白、赤、と続く、
白とはホルモン盛り合わせ、赤とは赤身の盛り合わせ、
チリトリに肉と野菜を入れ、後はグツグツと煮焼き。

大将が長箸で突きながら仕上げてくれ、
程よいところで「どーぞ」と食べて良しのゴーサインが出される。

ふーっ。クセになるねー。

最後は、このチリトリに麺を入れて仕上げ、

苦しい・・

でもやめられないチリトリ鍋。

カウンターだけの細い細い店、

暖簾を潜れば大将とバッティングしてしまいそうなくらいの至近距離、

イスに座れば背もたれは入り口の引戸、

酔ってもたれようものなら確実にドアは外れそのままひっくり返るだろう、、

横並びで食べる熱々のチリトリ鍋は問答無用で季節無視。

気絶しそうな状態でリド食堂街をハシゴする・・

昭和て素晴らしい。

そして、この地域にはまだまだ住んでいる人もおり、リドの横にはしっかりと祠にお地蔵さんが存在する。

無くなりつつあるディープキョート。

もう一度、京都タワーを振り返り、

匂いの記憶を閉じた瞼に焼き付ける。

アナザーキョウト、

いま灰色に騒めく町は、

いくつもの夜を跨ぎ、

煌めく街に生まれ変わる。

まるで、ブルースリーの様に・・

さて、昭和老舗の喫茶「ポコ」でコーヒーを一杯頂いて帰ろう。

PROFILE

牧野 広志 TRAVELING COFFEE 店主

1966年生まれ。
94年渡仏、90年代をパリ ルーアン リヨンで暮らす。
2002年 帰国後、京都の新しい情報発信空間の提案者として文化と地域に密着中。

-TRAVELING COFFEE -
昭和2年築の木屋町 元・立誠小学校 職員室で営業していたTRAVELING COFFEE が耐震補強工事の為に高瀬川沿いに建てられた仮設の立誠図書館内で営業。
図書館の選書はブックディレクター「BACH」幅允孝氏。
珈琲はブレンド2種類に加え、シングルオリジンは京都府内の焙煎所を毎月選び焙煎家と話し合い常にオリジナルを4種類程オーダーメイド。

FEATUREおすすめしたい記事

page top