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牧野 広志 DEC 04,2018

下町。Vol.11

平な町に誰も気づかない河原町七条。


ワンブロック ワンロード。

マイルドでは無くワイルド、

止まらないフラット、

この町は音で言うなら高音や中音では無くブリブリの低音、

いわゆるマッシヴな町。

根をはる様に意味を持って生きてきた地域住民と人々、

しかし別れは急にやってくる、

彼らの言葉はリリックでありライムあり、そしてフロウ。

灯が減り、また灯りが灯る、、

その間までの限られた空白。

入洛する旅人はこの景色に何も感じない、

目の前には河原町七条のバス停があり、バスを待つ人、人、人・・・

でも誰も後ろを振り向かずジッと通りを見てバスを待つ、、

通りの向こう側、
降りたままのシャッターにも気づかない、
気づかないのでは無く当たり前の風景、、。

七条から塩小路までのシャッターアイランド、

そこは誰も察しないまま消えていく町。

このコラムを書き始めた頃にはまだ建物はあった、壁もあった、シャッターを開けている店もあった、

たった数ヶ月でこの数百メートルには空白が広がっている・・

入洛者は誰も気づかない。

一歩踏み出して見える景色、

そこには紅葉もなければ枯山水の庭園も歴史的な町家も無い、、

今、入洛する人々よ、この何も無い平になった地を歩き景色を見て空気を吸いこの色と匂いを記憶に留めて欲しい。

ただそう思う。
押し付けるのでは無く、この京都を憶えておいて欲しい、
いつか語れる様に。

河原町塩小路から七条の南北通り西側には「きんぎょ食堂」「靴のマウンテン」「シューズショップBON HISHIDA 」この3軒のみが店を開けている、

東側は、「クリーニング ベルおくだ」「鳥井商店」の二軒だけが営業を営んでいる。

が、

この残り数軒がシャッターを降ろす日ももう近いのでしょうか、、、

”ふれあいばし” と名付けられたこの橋に ふれあいは必ず来るのだろう。

さて、

河原町通りを挟んで西側はほぼ地上げも終わり、師走のごとく急ぎ足で建物の解体が進んでいる、

この河原町塩小路北西角地に平成の町家と言われた展示会場が数年あった、

いわゆるモデルハウスの展示スペースである、

そこもすでに取り壊され平なスペースになってしまった、、

この辺りはこうなるとネット柵に有刺鉄線を張って入れない様に囲むか、パーキングにする事が多い、

土地が動くまでなんらかの形で維持するのだ、

一等地の維持、、、

この角地がこの後どう使われるのか非常に興味があり、良い形で引き継ぎ何かをやって欲しいと願う人もたくさんいるであろう。

崇仁、内浜、材木町と呼ぶ入洛はほぼいない、
そうこの辺りは河原町七条、七条と一括りで呼ばれている。

更に数年後にはもっと呼び名が変わってしまうのかもしれない、、、

建物が無くなり更地になった土地を見てそんな事をふと思う。

さてお腹が空いた、
この通りで唯一残っているうまいもん屋へ駆け込む。

なんせ営業時間が短い、、
昼ごろ開いて14時ラストオーダー、、、

カウンター3席、テーブル3つ、
美人で品の良いお母さんがご近所の事を気遣いながら営んでいるお好み焼き屋「鳥井商店」。

七条スタイルのディープ焼き、

そう東九条では無く七条スティーロのいつもの定番、そば入りのスジべた焼き(モダン)。

そばはソースで味付けされた焼きそばをベタに入れる、いわゆるマンボ焼きです。

玉子は当然半熟で仕上げてもらう。

甘ソースをぬってから辛ソースをたっぷりと上から垂らしかける、
粉カツオに青海苔を雑にパパパッと叩きつける様にふりかけて仕上がり。

うーん。やっぱり美味い!

そば入り玉子にスジ入りとフルオプションでも650円と言う安さ!!

今行かんといつ行くん?

今行くしかないと言っていいでしょう。

ここも東側の建て壊し解体が始まれば、この味とはさよならなのかもしれない・・

この町は突然別れがやってくる、、

河原町七条のシンボリック、昭和モダンな建物。

ここはいつまで???

ある日突然白いシートが被されて、そのシートが外された時には跡形もなく平な土地だけが残っている。

そして入洛者は誰もそれに気づかない。

崇仁地区、内浜、材木町、誰もこの呼び名を口にせず、河原町七条と呼び京都ならではの上ル下ルで収めてくる、

ワンブロック ワンロード。

すれ違う地元の人も減った、、

たった数百メートルの一本道は誰の為の道に変わるのだろう、

地域の為か、観光の為か、

噛み過ぎたガムの様に味がない町にはなって欲しくないと願うばかり。

世界のサイバー空間はアメリカと中国に二大化されるであろう、だろう、おそらく、、
京都と言う都市も東京と同じくそのサイバー空間の中をさ迷うのだが、その空間の中では見えにくい場所ほど興味と刺激があり、大切にされ、残さなければならない場所なのではないでしょうか。

さぁて、
通りを渡って旅館の路上奥 内浜の「HIBI COFFEE」さんで自家焙煎コーヒーをTOGO。


TAKE ME OUT!!!

寒空の下、凛とした空気を感じ京都の冬を待つ。

PROFILE

牧野 広志 TRAVELING COFFEE 店主

1966年生まれ。
94年渡仏、90年代をパリ ルーアン リヨンで暮らす。
2002年 帰国後、京都の新しい情報発信空間の提案者として文化と地域に密着中。

-TRAVELING COFFEE -
昭和2年築の木屋町 元・立誠小学校 職員室で営業していたTRAVELING COFFEE が耐震補強工事の為に高瀬川沿いに建てられた仮設の立誠図書館内で営業。
図書館の選書はブックディレクター「BACH」幅允孝氏。
珈琲はブレンド2種類に加え、シングルオリジンは京都府内の焙煎所を毎月選び焙煎家と話し合い常にオリジナルを4種類程オーダーメイド。

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