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牧野 広志 DEC 17,2018

先斗町。Vol.2

ろーじの目線。


先斗町の細い ”ろーじ” を歩けば抜け道として使える。

ただ、ろーじ を抜けても先斗町のメインを通らなければまた ろーじ には入れない・・・

リスキー、

そう、今、先斗町は世に言うインバウンドの波により南北数百メートル 幅2メートルほどの通りに凄い数の入洛者で溢れているのです。

オーバーツーリズム、

ここ最近良く聞く言葉だ。

良しも悪しも、

入洛する観光の人々にとって先斗町は花街であり、舞妓さんや芸妓さんにバッタリ合う事の出来る町、

ちょっとウキウキする町、

先斗町をゆっくりと左右見ながら多国籍な言葉が飛び交う、どの発音も楽しそうに聞こえてくるのは私だけだろうか?

いやいや、間違いなく楽しそうである。

先斗町通の西側にある細い路地 ろーじ に興味を抱き入って行く人々、通り抜け出来ずユーターンしてきたり、それでもその異空間は独特であり笑顔の一言、

そこでバッタリ舞妓さんにでも逢おうものならテンションはマックスであろう。

さて先日、先斗町のろーじでも有名なオムライスの名店が長い歴史に幕を閉じた、、

どこで知ったか、その細い路地には大行列が先斗町通にまで伸び、抜け道として日頃使っていた路が身動きできない状態になってしまった、、、

名店がなぜ暖簾を下ろしたのか・・・

私の友人の焙煎士もそのオムライス店にコーヒー豆を卸していたのだが、、、

非常に残念でならない、、

22年間オムライスを作り続けた65歳になる「京都オムライス ルフ」店主は、体力の低下で第二の人生を歩みたいと語っている。

今、先斗町には(京都には)予想を上回る入洛者が毎日の様に訪れている、

嬉しい悲鳴でもあるが、中にはマナーの悪い人も当然いるわけです、、、
基本的に皆さん良くマナーを守り花街である事を理解し、楽しんでくれてる様に思います。

ただこの嬉しい状態が毎日の様に続いてもいろいろと問題も起こるであろう・・・

行列過ぎてオープンからクローズまでずっと休み無く料理を作り続けなければいけない、、

お店をやっていれば当たり前の事だろうが、急に爆発的に人がやって来てもある意味大変であるし、その大変さはお客さまに伝わってはいけない。

来てくださるお客さんにできるだけ満足してもらえる様に全力で気持ちに応える、

それが楽しみであり喜びでもある、

そしてそれが何よりも務めであるのだ。

が、しかし、

インバウンド効果、

元々長年この町に住んでいる方々にこのインバウンド効果はどこまで必要なのだろうか?

その効果により家賃や土地が高騰し商売や生活が逆にやり難くなるのでは?

とか、疑問に思うこともあり、

ナーバスな問題でもある、、、

常連さんがお店に行き難くなっているのも確かである、

いつもの様に予約も入れずふらっと寄って軽く食べれたお店が、
常に満席で予約が無ければ入れないとか、、、

えーーー!マジか!!と言う事がたまにある・・・

それでお店が繁盛し続けて行けるのなら有難い話であり、私も気持ち良く「また来ますね~」とにこやかに笑顔で暖簾を後にする。

さて、この社会現象はいったいいつまで続くのや??

先斗町と言う花街は今大人気なのだ。

先日、あるお茶屋の舞妓さん(正式には芸妓さん)が、いつもの様に私のところにコーヒーを飲みにやって来た、

「私、先日、舞妓から芸妓になりましたん」と、
芸妓さんになる為の見習い期間である舞妓を卒業した事を改めてご挨拶に来たのだ。

なんとも嬉しいご挨拶。

舞妓さんを無事卒業し芸妓さんになる事を決め更に芸に磨きを掛け花街を守っていくと言う心強いお言葉。

先斗町花街はそう言う言葉と気持ちによって守られているのですね。

私から彼女への言葉は「舞妓さんを卒業し芸妓さんになって今を生きる事が大切ですね。」と。
彼女は「はい。おかぁさんに奉公します。」と、
ここまで育ててくれた女将さんやお父さんにこれから本格的な芸の世界で恩返しをすると、親孝行しますと笑顔と優しい言葉でお店を後にした。

その彼女が先斗町の ろーじ から美しい着物姿でお座敷に向かう凛とした姿勢と目元を見るとこの町の真の奥深さが見えてくる、

そう思うと今このインバウンドと言われる時代に乗って、乗りこなし、次に向かう扉なのかもしれないと改めて思った。

この後やってくるであろう出来事に心の準備が必要であろうと、、

それを教えてくれたのが、先斗町の老舗の女将さん方々であり、先日の芸妓さんになった彼女の言葉でもある。

住んで、関わらなければ聞けない本当の気持ちと言葉、

その気持ちと言葉でこの町に来てくださる入洛者をおもてなししなければいけないと初心に戻った瞬間。

「今」

自分は「今」なになのかを語るにあたり、必要な事はなんなのかと教えて頂いた花街。

一つ一つの言葉としぐさには世間さんには見え難い京都の真のディープが隠れている。

ディープな場所では無く感覚的ディープ自体が存在する、

それは悪くネガティブでは無く、良い意味でのポジティブなディープなのだ。

年を取れば取るほど大切な物は増えてゆくのでは無く減ってゆく物である。

その減っていく中には文化もあれば、建物や食べ物もある、さらには命もあるだろう。

街はどんどん新しい出来事で溢れかえりいろいろな事柄と事情が増えていく一方である、

本当に大切な物はどこに?

それは町にある。

一言で言うならば、距離の取り方が難しい町にある。

そんな町だからこそ下町や上とはまた価値観が違い、そこが魅力にもなっているのでしょう。

平成最後の年末からお正月を迎える先斗町花街はきらびやかであり、遠くでお稽古の聞こえる町であり、
インバウンドの拍車が止まらない町でもある、

ちょっと目を離している隙に老舗が姿を消していく、

そう言う波がこの町にも来ているのは確かである。

京都の文化「門はき」「打ち水」伝統のライフスタイルは今も至る所で見られる、
もちろん先斗町花街でも、

この当たり前の伝統文化を続けて行く事が、
今、インバウンド、オーバーツーリズムのトップランナーを走る京都が迎えている一つの局面でもある。

その波は下町や静かな町にまで良くも悪くも多大な影響を与えている、

先斗町のれん会もまたこの波をいろいろと考えている事かと思います、、

暖簾を守る大切さ、暖簾に込めた気持ち、近くで交わっていればひしひしといろいろな思いが伝わってくるのは当たり前であろう・・・。

さてさて、小腹が空いたのでちょっと たこ焼き を食べに、

先斗町16番路地にある創業56年の「黒兵衛」さん。

現在二代目の女将さんは、先斗町歌舞練場で踊っていた踊りのプロ、

美しい着物姿と髪型で魅了したに違いない、、

こちらでサクッと頂く たこ焼き は回りカリカリ中とろり、
ソースをつけなくてもお出汁の味がうっとり美味しいのです。

食後は先斗町北のどんつきにある創業44年のエスプレッソ珈琲「吉田屋」さんへ、
キュッと気付の一杯。

今年もいよいよあと少し、

鴨川と高瀬川に挟まれグッと冷え込むこの地、

ご挨拶を大切にする町で今日も暖簾を潜り暖かい言葉で年を終える。

PROFILE

牧野 広志 TRAVELING COFFEE 店主

1966年生まれ。
94年渡仏、90年代をパリ ルーアン リヨンで暮らす。
2002年 帰国後、京都の新しい情報発信空間の提案者として文化と地域に密着中。

-TRAVELING COFFEE -
昭和2年築の木屋町 元・立誠小学校 職員室で営業していたTRAVELING COFFEE が耐震補強工事の為に高瀬川沿いに建てられた仮設の立誠図書館内で営業。
図書館の選書はブックディレクター「BACH」幅允孝氏。
珈琲はブレンド2種類に加え、シングルオリジンは京都府内の焙煎所を毎月選び焙煎家と話し合い常にオリジナルを4種類程オーダーメイド。

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