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牧野 広志 FEB 19,2019

下町。Vol.14

地域のノイズとアップデート。


「ただ、悲しい話しばかりでは無い事は確かである。

この続きはまたゆっくりと・・・」

と、前回の投げの続きを。

そう下町では開発ラッシュの中、予想を上回る嬉しい話しもある。

例の”崇仁新町”

とにかく話題の地域で話題のスポットが「駄目かも、駄目だ」と言われながら立ち上げられ、そんな言葉を跳ね返し瞬く間に人気となった噂の地は皆さんすっかりご存知かと思います。

そう、
ただの屋台村では無く京都の玄関口を飾るこの町のシンボリック、
間違い無くその立ち位置に入ったと言って良いだろう。

その崇仁新町が2月1日に一周年を無事に迎え、盛大に祝われたのです。

一年間で入場者数は24万人超えと言う数字を出しまだまだ絶頂である。

2月1日当日と翌2日には崇仁新町や地域の方々から振る舞い酒と振る舞い豚汁が出され、焚き火を囲んで暖をとり、ステージでは下京区長や渉成楽市洛座代表理事などのご挨拶もあった。

区長のご挨拶がある時点で立派な観光地の一つであり、入洛者と地域とのコミュニケーションスポットとしての期待度は非常に高いと言っても過言ではない。

ダークでディープなイメージを引きずってきた崇仁地区は、崇仁新町屋台村を手に名実共に間違い無く京都の一つの名物となり、新しい役割を果たす為の地域発信力を身に付けた。

観光客だけでは無く、地元の人から酒飲みからグルメな方までクオリティの高い屋台飯を食いに飲みにジャンジャンやって来る、、

うーん。昔を知る私達世代からは考えられない、、、

と、言うか昔を知る人もたくさん来ている・・・

それだけこの地が実は京都の人達にとって興味深くまた近づきにくい場所であり、だからこそ形を変えて取り組んだことによっていろんな人が訪れた結果なのだろう。

おそらく、皆んなこの場所でのこの様な姿を心のどこかで望んでいたのかも知れない。

町の名前をググれば出てくる記事はかなり強烈であり、起こった事や登場人物も強者揃いで・・・

だからこそ人間の奥底にある心理的な興味を引き出すのだろう、、、。

昔話はさておき、2月で一年たち残すところ後一年半となりました。

この2月の一ヶ月間は祝いの月であり、「崇仁新町1周年記念大感謝祭」としていろいろな行事が行われております。

「冬場は寒いよ」と言っている皆さん、実は屋台村内はそんなに寒くないのだ。

ビニールシートで覆われ、ところどころに置かれたストーブがガンガン焚かれ、
ましてやお客さんの熱気にお店の熱気も加わって予想以上の暖かさ。

グイッと一杯呑んで、あれこれ食べて、残り1年半で終わってしまう事を無念に思いながら楽しんで頂きたいと思います。

入洛者の方も含めいつか、
「あそこ行ったよね」とか、
「ずっとあって欲しかったね」とか、
「え、行った事無かったの」なんて会話で崇仁新町を語って欲しい。

て事は・・・

今行くしかないのですよ。

京都の玄関口を地域で変えたグリーンゾーン。

「何とかなるだろう」とは何もせずに何とかなったのでは無く、何とかなる為の努力をしたからこそ生まれた結果の「何とかなるだろう」である、、

その先頭に立った人や店舗の皆さん、さらには裏方さんや影の人には想像を遥かに上回る努力と精神力が常に重いプレッシャーとなりのしかかった事は確かである。
だからこそより愛される地に変化し続けて行っているのだろうと常々思う。

フィードバックされた本来のワンブロックは、ネオスウジンにアップデートされ今夜もキラキラと輝いている。

この地のノイズがワンダフルノイズに変わった。

そこには言葉とソウルが練り込まれている。

改めて”崇仁新町”一周年おめでとうございます。

PROFILE

牧野 広志 TRAVELING COFFEE 店主

1966年生まれ。
94年渡仏、90年代をパリ ルーアン リヨンで暮らす。
2002年 帰国後、京都の新しい情報発信空間の提案者として文化と地域に密着中。

-TRAVELING COFFEE -
昭和2年築の木屋町 元・立誠小学校 職員室で営業していたTRAVELING COFFEE が耐震補強工事の為に高瀬川沿いに建てられた仮設の立誠図書館内で営業。
図書館の選書はブックディレクター「BACH」幅允孝氏。
珈琲はブレンド2種類に加え、シングルオリジンは京都府内の焙煎所を毎月選び焙煎家と話し合い常にオリジナルを4種類程オーダーメイド。

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