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落合のダッチワイフ SEP 15,2020

Hey!凡な日々 Vol.33
~人見知り・廃品回収~


自分は人見知りなのだろうかと、たまに考える時がある。
「私、俺、僕、自分、人見知りなんですよ~」
と言う人達を見ると、身体の奥底がゾワ~っとする。直観的にこいつらとは違うと思いたくなる。
がしかし、数年前は僕も良く口にしていた気がする。
いつだったかは忘れたが、僕は人見知りではないことが分かった。
それを手放した結果、恥ずかしながら「自分らしさ」のようなものを失った気分になって、もう一度人見知りになりたいとすら思うようになっている。偏屈でなければ、弱さを出発点にしていなければ、私には何も無くなってしまうと焦る。それがしょうもないことだということも良く分かっている。だけども、洗濯物を干したり、便座に座っている時、なんやねん、と思う時がある。恥ずかしい話だ。

鬱屈した日々、とある木曜深夜1時

上京する直前、母親と家電量販店に行った。冷蔵庫、炊飯器、電子レンジ、そのどれもがどれでもよかった僕は、母親に全てを任せ、店内をフラフラしていた。機械がたくさん並んでいるコーナーになんとなく行きたくなるくらい暇で、その時にラジオを手にした。確か3000円くらいのSONYのラジオでそんなに欲しくもなかったのだが、高価な家電を立て続けに購入している今の母親であれば金銭感覚が麻痺しているだろうと思い、ないよりあった方がいいかと考えた僕はラジオを母の元へと持って行った。

特に入りたい大学でもなかったし、高校でもそれなりにイケていた(高3の時に高2の女の子にチョコを貰ったり、一年生がいるクラスの前を通るといつも同じ女子生徒二人が僕を見てハシャイでいた実感があることを根拠に)ので、憧れのキャンパスライフでもないし、大学でひと花咲かせるつもりもなかった。
入学して二週間が経過した頃、友達がいないことに気が付いた。
入学説明会の時にTwitterやらなんやらのSNSですでに知り合っている人達が、所々で固まっているのを見た。純粋に気持ち悪いなと思った。笑ってることとか、笑い方とか。ただ僕のように一人で座っている人達とも仲良くはなれない感じがした。
若干心が折れてしまった僕は、普通にしていれば自分のようなまともな人間がその内話しかけてくるであろうと高を括り、何もしないでいたら、何も起きなかったのでとても驚いた。
疲れ切った僕はとある金曜日の夜に実家に帰り、土曜日の昼に母親と海を見に行った。確か水族館にも行った。何かを察した母は、海以外の場所で「大学はどう?」と聞いた。僕は「まともな奴がいない。」と答えたはず。あの時「友達が出来ない。」と正直に答え、自分に対して素直になれていれば友達はすぐに出来たのかもしれない。

「友達が欲しい」けど「まともな奴がいない」そんな鬱屈を抱えていた木曜深夜1時過ぎ、ラジオを持ってきていたことをふと思い出した。段ボールから取り出して電源を入れる。ザーザーという音しか聞こえない。窓際に置いて誰かの声が明確に聞こえるまで、適当に周波数を合わせてみる。おぎやはぎの声が聞こえたその時にここしかねぇと思った。

人見知り大流行時代

ラジオの中には僕と同じような悩みを抱えた人が大勢いるように思えた。大学に通っている最中にどうしようもないような気持ちになっても、アイツらも今そうしてるはずだとか思って、深夜まで耐え忍んだりしていた。
この頃バラエティー番組で「人見知り」を自称する人が増えたように思える。「鬱屈した感情を元に独自の視点で笑いを取る」というやり方を知った僕は、その目線を至る所に向け、閉鎖的な空間へと自らを無理矢理押し込み、他者を受け入れず、誰とも分かり合えないことを一貫した自己・自我としていたと思う。
単なる気難しい奴でいればいいのでそれは簡単なことだった。

時間が経つにつれ「人見知り」を自称していた人達が、メインストリームへと駆け上がっていくのを目撃した。次第に皆がやっていたあの目線をテレビで見ることは無くなっていったように思えた。
今では「自分人見知りで~」から入る話なんて、僕は聞く気にもならない。
カチっと「視点」が切り替わる音が聞こえただけで、照れ臭くなる。
皆が強くなったのか、元々強かったのか、なんなのかは知らないが、大学を卒業するくらいの時、自分だけ取り残されたような気分になったのは確かだ。

さっささと手放せや

社会人になってからも新卒の同期達とは気が合わなかった。僕は相変わらずの気難しさで彼らを否定し、心底馬鹿にしていた。デリカシーのない上司も阿呆そのものだったし、飲み会は楽しかった。そう飲み会は楽しかった。普通に楽しかった。飲み会はクソでなければならなかったはずだ。
そしていつしか自分は、否定的な目線を他者に向けることを辞めていた。その理由は単純でそれ以上の奥行を感じられなかったからだ。
確信したのは数年前の6月。新卒二か月で仕事を辞め精神的にドカーンとなっていた時、見かねた知人がバンドや芸人が出演するサーキットイベントに誘ってくれた。
芸人達が大きな会場でトークをしているのを見た。その中にお笑いとは違う畑の大御所感満載のおじさんがいて、オチもついてそろそろ締めるという時に彼が暴走し空気が止まるというシーンがあった。その時ある一人の芸人が彼を制さずに生かした。大御所の暴走を暴走したままにし、それを受け入れるスタンスを取ったことで、お客さんが彼の暴走を笑いとして受け入れた。
その直後知人に「今のだよ。」と言われた。彼は僕の面白くないところを確かに知っていたから、そこに確かな意味が込められていたのを感じた。客も大御所も芸人も全員笑っていたのを見て、僕は成程なと思った。更にその先があると確信した。
また否定して潰すより、肯定して潰す笑いの方が意地が悪く面白いとも思った。

手放したら手放したで

僕は極端な人間なので、斜に構えることを辞めようと決断した日から今日に至るまで、物事を出来るだけ肯定的に捉えるようにしてきた。これまで否定してきたような人達にも確かな考えや正義のようなものがあり、寄り添ってみたら大抵のことが許せるようになった。
「人を許す」という行為は気持ちが良かったので、あらゆることに余裕な態度を取り続けることが出来た。
その結果、僕はこだわりのない人間になってしまった。何が嫌なのかあまり分からないなと思うことが多々あった。

先日バイト先のおばさんに、「人に合わすことばかりで、芯がないよね」というようなことを言われた。もの凄いことを言いやがる。
人見知りを手放した僕は、自分でも驚く程のコミュニケーション能力を発揮した。いや元々分かっていた。現在病院の売店で働いているが、病院の端から端まで歩くだけで最低5人が手を振ってくれる。恐らく院内で一番顔が広いと思う。
「誰とでも喋れるよね」「ノリがいいよね。」とよく言われる。僕は「ノリがよい人」や「誰とでも喋れる人」があまり好きではない。なんじゃこりゃ。

「人見知り」についてもう一度考える

「人見知り」とは行動ではなく、思考の話なのではないかとふと思った。
思弁的、つまりは経験や実体験に基づかない警戒心のことを指すのではないだろうか。
見知らぬ人と接した時に大いにそれが発揮されるのは当然である。
何も考えずに見知らぬ他者の内面へと土足で足を踏み入れる方が、コミュニケーション下手に違いない。
警戒する思考を持ちながら、相手にとって適度な距離感だと思われる行動・発言が出来るのがベストだ。自身が抱いた何の根拠もない警戒心に負けるなということである。殻を突き破らなくてはならない。
がしかしそんなことは容易ではないし、そもそもここまでする必要があるのかどうかすらも怪しいとも思う。
そこで僕は「無邪気」「天真爛漫」という演出を自らに施した。「警戒心」を放棄したように見せかけることで、相手の「警戒心」を捨てさせるという技である。警戒心がない相手との会話はとても楽だ。警戒されなきゃ、こちらも警戒する必要がないし、いざとなれば一方的に警戒すればいい。とにかく文脈の読み合いというか、無駄な読み合いが省ける。
がしかしこれには相手に舐められるというデメリットがあることに最近気が付いた。
イヤホン、ペットボトル、貯金箱、紙袋、小銭、カーテン、おしぼり、おかき。
「警戒する必要のないもの」をつまり僕が完全に舐め切っているものを今ざっと上げてみたのだが、要するに「無邪気」とか「天真爛漫」ってのはこの類のものに分類されてしまうことがあるのだ。

「芯がない」「誰とでも喋れるよね」「ノリが良いよね」と言われ「そんなことないっすよ~~」と受け身を取る度に、これでいいのか?と自問自答をする。人に合わせる度に何かを支払っているような気分になり、かと言って自分を貫けば貫いたで相手をなぎ倒してまでこだわる必要があったのだろうかと頭を悩ませる日々が続いている。
ありのままの自分とやらを出したろうか、ボケ、ほいだら大変なことなんで、とか言ってみる。
僕は一体どこにあるのだろうか。とにかく僕は阿呆なのだろう。

原点回帰

もう一度何が自分にとって不快なのかを考える。
大学一年の春、説明会の会場にいた学生達、「ワンチャン(ワンチャンスの略、機会があるかもね!という意味)」とかいう気色の悪い言語を連発することに抵抗感がない価値観、薄い茶髪にくねらせた前髪、軽薄丸出しの表情筋の使い方、消費者の鏡ような感性、やはりまともな奴はいなかった。
新卒で務めた会社の連中はどうだったか。あいつらは滅茶苦茶つまらないことで毎日笑っていた。「謝っときゃいいんだよ。」と教えてくれたあの上司の一言があったから、二か月で退職したのだ。
今はそれを態度や言動に移さないだけ。ただそれだけのこと。
母親に「大学はどう?」と聞かれたあの時、「友達が出来ない。」と答え、自分に対して素直になれた結果、すぐに友達が出来ていたとしたら今よりも遥かに面白くない人生を歩んでいただろう。連中を拒絶して良かった。
ただあの時の発言を訂正できるとするならば、「まともな奴がいない」ではなく、「まともな奴はほどんどいない」と答えるのが正解であった。
大学を卒業し、引っ越しの準備をしていた時のことを思い出した。
窓際に置いたラジオを4年振りに動かした。
そこには長方形の跡が出来ていて、その周りには埃がたまっていた。
その、幅140×奥行50mmのまっさらな四角が俺の精神的な原点であるに違いない。

PROFILE

「お笑い芸人になりたい」と思い、新卒2ヶ月で勤めていた銀行を退社。
プールサイドというコンビ名で活動中。
毎週日曜21時からインターネットラジオ「プールサイドの25Mラジオ」を生放送中。趣味はラジオ投稿。
現在はコンビニでバイトをしながら。日々の生活を楽しんでいる。

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