外部サイトへ移動します
落合のダッチワイフ NOV 15,2020

Hey!凡な日々 Vol.37
帰省と宣伝。


はじめに

このコラムを定期的に読んでくれている人に「最近真面目ことばっか書いていない?」と言われ、それがなんだか恥ずかしいことのような気がしてきて、15日公開分のコラムとして冗談のような文章を五千文字程書いていた訳だが、書きながらあまり面白くないように感じていて、先程見返したらあまりにも面白くなかったためにデータごと破棄してやって今に至る。
内容としてはロールキャベツ系男子を目指すべくまず内面の肉食化を図るために草野球チームを結成し日々練習に励むのだが、野球選手として素晴らしい成績を残しながらも外見は草食系でいなければならないということに苦しみ、例えば外見はシマウマだが内面がライオンの動物は肉と野菜どちらを食べるのだろうなどと食生活のことなどを考えながら、最終的に本塁打28打点87得点112という成績を収め草野球チームを引退。ロールキャベツ系男子となった私は、レジにて女子と話している最中に右腕が痙攣を始め、次第に景色が淀んでいき、天井が目の前、天井から一輪の花がぶら下がっているのを見た瞬間に泡を吹いて卒倒したのである。肉体と精神の乖離により全ての実感を失ってしまった私は、自然な手つきでチャーハンを作り出し、それが誠に美味しかった。というコラムを書いたのだが、昨晩の私は錯乱していたのかもしれない。

最近は正直書くことがない。厳密に言えば書くこと自体はあるのだが、書いていても驚きがないため自分で自分に飽きてしまっている。同じことを繰り返している内に、モノゴトを見る視点に癖のようなものが付いてしまったのである。いつまでも変わらないものにあまり魅力を感じないのでこの古臭くなった視点を更新するなり破壊するなりしなくてはならない。古き良きと怠惰の違いが分からないのである。ということはつまり、前回のようなコラムを書けることは二度とないこということで、それはそれで勿体ないような気もするのだが、このコラムの私のアーカイブ欄を見ればその過程は追える訳で、このような環境があることをとても嬉しく思う。なんの話だったけか。とにもかくにも、自然と書きたいことを書こうと思う。

十八年のような二日間

先日久しぶりに茨城にある実家に帰省した。母と会うのは正月以来のことであった。その間に我々落合家は地獄を見た。我々にとってかけがえのない人物が病気になり、足と言語を奪われてしまった。その後天文学的数値ともいえるような偶然に、更なる偶然が重なりまくって、ドロドロとした昼ドラのような展開を見せ、寝たきりになった彼が数十年に渡り私達を騙していたことが発覚。実家も無くなるであろうことが決まり、また一から全てを始めなくてはいけなくなってしまったのである。駅前に迎えにきてくれた母は、私の顔を見るなり泣いているのか笑っているのか分からないような顔をしていた。
この二日間で何をしたのかを詳しく書きたいのだが、書くことができない。その理由についても書くことができない。落合家に何があったのかということについても慎重に書かなくてはならず、非常に鬱陶しい制約がある。来年の暮れ辺りに思いの丈の全てを書いてやろうと思っている。
一つだけ書けそうなこと、ダメだとしても絶対に書いておきたいことがあったのでそれを書こうと思う。

朝の十時頃、私達は車に乗って海を目指していた。車内ではずっと最近母が買ったという米津玄師のアルバムがかかっていて、「感電」と「Lemon」交互に流れていた。このアルバムには二曲しか入っていないのかと問うと、バレた?と言って母は「Lemon」から「感電」へと変えた。後に調べたらそのアルバムには十五曲も収録されていた。後部座席から思い入れのある風景を眺めていたのだが、ずっと「感電」が流れていたため、東京に戻ってから感電を聞くと地元の風景が蘇ってしまい、危うく思い出の一曲になってしまいそうだった。米津玄師を否定するつもりはないが、あの前髪を見ると私の中のおっさんが拒絶反応を起こしてしまうのである。
途中コンビニに寄って、灰皿の前で煙草を吸いながら車の中で私を待つ母と目が合った時、私は立派な成人男性なのではないか、と思ったのと同時に気まずさがあった。

車で走っている最中、あそこ行く?と母が指差した先に山がありその頂上に遊園地があった。小学生の時によく行っていた遊園地である。二十七歳になると、そのような母からの提案に逆にノレるようになる。それは母が死んだときのことを想像できるようになったからだと思う。
二人分のチケットを買い遊園地に入ると平日の午前中だからか誰もいなかった。客だけではなくスタッフもである。
ジェットコースターに乗らなくてはならないと私は思った。絵的にも乗らなくてはいけないし、乗らないと一生後悔することになると直感したからである。拒む母を無理矢理引っ張りジェットコースター乗り場に着くも人がいない。遠くの方から僅かに声がしたのでそちらの方を見てみると、遥か遠く先に五歳くらいの女の子とお母さんがいてその後ろにスタッフがいた。アトラクションごとにスタッフが配置されている訳でなく、毎度乗りたいアトラクションを決めた後スタッフを見つけ呼ばなくてはならないというシステムに気が付いた私は、その遥か遠く先にいるスタッフに向かって「すいませ~~ん!!」と言って手を振った。三十歳くらいのお兄さんは、私達の方を見てから一度も顔を上げずゆっくりと気怠そうにしてこちらに向かって歩いてきた。四分は待ったかと思う。
「すいません。これ乗りたいんですけど」と私が言うと、お兄さんは見向きもせず私達の前を素通りしていった。
剥き出しのジェットコースターに乗ったのは久しぶりだったのだが、あそこまで怖いものだとは思っていなかったので驚いた。
ジェットコースターから降りる時、「めっちゃ怖かった。死ぬわ」「ね!!!!」と馬鹿騒ぎしている親子を見てお兄さんが少し微笑んでいたのが見えた。
広場のようなところで椅子に座り休んでいると、食堂の有線かなにかからアジカンがかかっていた。それはなんか本当にやばい気持ちになった。

プールサイド

私はプールサイドというコンビを組んでいる。学生時代始めた「プールサイドの25Mラジオ」というラジオを今年の春辺りまでやっていた。
向かって一番右が相方の秦 透哉で左はかれこれ何年も映像の編集をしてくれている長尾 優輝(彼もプールサイドの一部)。
会う度に、何かを皆とする度に、俺らはこんなにも面白いのにどうして売れないのだろうと不思議に思っていたが、それは俺がやるべきことをやっていなかったからという至極単純な理由であることに気が付き(ほとんどラジオしかしていない)、先月辺りから重い腰を上げて自己紹介をするための準備を始めることにした。
知らない集団についてツラツラと語れても苦痛でしかないと思うので、まずは見て欲しいと思う。
本日15日の夜に映像が公開されます!!!今後も出続けますのでもし面白いなと思ったら、引き続き見て頂けたら光栄です~。何卒!!
俺達は間違いなく売れます。と思います。

リンクは以下になります。

https://www.youtube.com/channel/UCw53bvSEgfpNeqIpCyj54zw

PROFILE

「お笑い芸人になりたい」と思い、新卒2ヶ月で勤めていた銀行を退社。
プールサイドというコンビ名で活動中。
毎週日曜21時からインターネットラジオ「プールサイドの25Mラジオ」を生放送中。趣味はラジオ投稿。
現在はコンビニでバイトをしながら。日々の生活を楽しんでいる。

FEATUREおすすめしたい記事

page top