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落合のダッチワイフ DEC 15,2020

Hey!凡な日々 Vol.39
俺のヒーローはバカリズム


異常なアイドル番組「アイドリング!!!」

僕が初めてバカリズムという存在を知ったのは中二の時、升野さんが司会を務めていた「アイドリング!!!」というアイドル番組を見たのがきっかけだった。6号の外岡えりかちゃんがめちゃくちゃ可愛いなあと思って番組を追っかけているうちに、気が付けば升野英知という男の虜になっていた。僕がバカリズムを升野さんと呼ぶのも番組内での主な呼称が「升野さん」だったからである。
そもそも「アイドリング!!!」という番組は他のアイドル番組と比べおかしな点がいくつもあった。メンバーがいわゆる「アイドルっぽい自己紹介」をした時に「なにしてんだよ」という空気の笑いが起こるのもよく考えれば異常だし、番組放送後のオンデマンド(本編終了後の放送)ではメンバーがよく泣いていてその理由が「笑いが取れなかった」「上手く立ち回れなかった」等々であり、あの番組の正解か不正解かの判断基準が「面白いか」「面白くないか」であったような気がする。だからこそ「アイドリング!!!」は他のアイドル番組とは一線を画しためちゃくちゃ尖ったバラエティー番組だったし、それ故に普通のアイドル番組だったらメインになれるような女の子達がフューチャーされにくいという部分もあった。要するにおかしな番組だったのだ。その理由の全てに起因していたのはやはりバカリズムだったと思う。
「アイドリング!!!」の収録スタイルは編集が入っていない完パケというやつで、ほぼほぼ生放送のようなものであった。だからこそ、その場にいる全員が毎回真剣勝負だったし、それが1300回以上も収録されたので数えきれない程の神回とそうでない回がある。企画も物凄く実験的(例えばLINEのトークだけで30分間丸々放送したり)と、始まるまで誰もどうなるか分からないみたいなこともあった。当然だがアイドリング!!!のメンバーは元々お笑い芸人を目指している女の子達ではないので、中学生の僕が見ても分かるような「ああ、今の流れそっちじゃないみたい」みたいなコメントをしたりとハラハラする場面がよくあったのだが、それを瞬間的に成立させてきたのが升野さんだった。
「ぷんすかぷング!!!」という一枚ずつフリップを引き、そのフリップに写ったメンバーが怒った時に言いそうなセリフを音楽に乗せて言うという企画は思い出深い。始まった瞬間にヤバそうな雰囲気が充満していて、升野さんが一度流れを止め「なにこれ?」と入っていくシーンがあった。こうゆうときに「何が悪いんですか?」とか「MCが笑いの流れ止めたよね」と真っ向から対立構造を作っていくのが菊地亜美(朝日奈央とかもそう)で、その流れに他のメンバー達が乗っかっていくことがこの企画の他にも多々見受けられた。この時の皆の探りながらのポジション取りというか全員で作っていく感じの生々しさがアイドリング!!!という番組の醍醐味であり、升野さんの凄さが際立つ場面だった。その後升野さんは「現状映り方としてはいいよ。皆が企画を信じている感じが出てる。」と裏の裏まで言うことでチーム全体でこの企画を乗り越えるという方向に持って行き、部活のような一体感がスタジオを包んだ。そして途中から「ここからが大喜利です」とメンバーを追い込んでいき、鬼の千本ノックのようなことが始まるのだが、そこからこの企画は爆発する。現に本編終了後のアフタートーク的な部分で、「準備したものよりも、追い込まれて出たものの方が爆発力がある」と升野さんが言っていた。
他にも菊地亜美主導の回で企画が上手くいかず、放送後に菊地亜美が泣いてしまうという一幕があった時、升野さんが企画の解体や本来向かうべきだった方向の話などをする場面があった記憶がある。あまり他の番組で聞けることのない升野さんが思うお笑いの話を聞けたり、バカリズムという芸人の地肩の強さを「アイドリング!!!」では見れることが多々あった。
メンバーが泣こうがなんだろうが最終的に必ず「笑い」に到達することが目的であるというブレなさ、一切の感動を許さないそのスタンスと男気に中二の僕は惚れたのである。

つい最近、「アイドリング!!!」がもう一度だけ放送された。メンバー皆が大人になっていてびっくりした。アイドリング!!!は僕の青春の全てだったので、なんか泣きそうになった。

バカリズム単独ライブ

僕は「アイドリング!!!」を見ながら升野さんの単独ライブを見るようになっていた。TSUTAYAで最初にレンタルしたのが「宇宙時代」だった気がする。その後も「生命の神秘」「科学の進歩」「勇者の冒険」だったりとにかく片っ端から見た。そのどれもが初めて体感する笑いだったし、笑いの中に美しさのようなものを感じた。それが升野さんがこだわっている「様式美」のようなものを感じとったからだと思う。中学生の僕はバカリズムの笑いが分かる(多分、分かっていない)自分に自惚れたし、升野さんの存在を誰にも内緒にしようとも思った。単独ライブを録音し、音声を聞きながら登校していた記憶がある。それくらいに大好きなのだ。
バカリズム単独ライブのなにが凄いかというと、どれもネタが被っていないということがまず挙げられる。土台、フォーマットからして違う。暗転して次のネタが始まるまでにここまでワクワクさせる芸人は他にいないと思う。普通の芸人であれば一生かけてやっていくであろう一本ネタ(例えばトツギーノとか都道府県の持ち方)を、次々とやる。
またコントがものすごく立体的なのも魅力で、それはピンであることを最大限まで活かした結果と言葉では簡単に言えてしまうが、やろうとしても普通はできない。升野さんはネタ(主に長尺)の途中で自らナレーションをすることがある。これをすることで状況を一気に省略し大きな展開を生んでいくだが、これもピンだからこそできることだと思う。

好きなコントとか、あのネタのここがとか、たくさん書きたいことはあるけども僕はこのコラムで升野さんのネタに対し素人レベルの分析をしたい訳でなく、升野さんマジかっけえ、ということを書きたいだけなので割愛しようと思っていたのだが、少しだけ凄さを伝えたいので書くことにする。

バカリズムの凄いところの一部分

芸人バカリズムは発想力が凄いとよく言われるが具体的にどの部分が凄いかというと、思いついたことを最大限の笑いに出力できるというところだと思う。例えば医者に扮した升野さんが、MCの口調で診察をするという「MC医者」というコントがある。恐らく着眼点は「MCの口調がなんか面白い」というところから始まっていると思う。そのMCの口調が面白いということが最も伝わりやすいシチュエーションとして升野さんが選んだのが病院である。「できるMCの口調」で患者を淡々と手際よく裁いていくこと(コント内でクイズ形式の診察が始まったりと、「もし医者がMCだったら」という発想で展開されていく訳で超面白いのだけど、僕が触れたいのはそこではなく根本の部分)で笑いが生まれる。MCの口調を大きく分かりやすくするのではなく、もう一つのシチュエーションを組み合わせることで、異常な空間が生まれその中でリアリティのある(自然な)MCを演じればそれがボケ(不自然)になるという構造になっている。理想的な形をしたコントだと思う。
茂木健一郎の本の中で「0から1というものはせず、発想とは組み合わせと締切から生まれる」というようなことが書いてあったのを読んだときに升野さんを思い出した。

また見ている側にとって升野さんが狙っているところが見えにくいというのも、升野さんの作るコントの一つの特徴だと思う。
「女子と女子」という升野さんが一人で何役もの女子に扮して会話をするというコントがある。女子あるあるのようなものを(店内のBGMに対して「この曲よくない?」とかすぐに自撮りをとるとか)過剰に演じる。このネタは生で見たのだが会場が笑いで揺れていたのを覚えている。
自分でも最初は気が付かなかったのだが僕らがこのコントを見て笑っている部分は「女子あるある」の部分(も含まれはいるけど)ではない。「「バカリズム」が女子を過剰にまねている様」に笑っているのである。そして後に升野さんが「人が誰かの真似をするときにやる馬鹿にした感じが面白いと思って作った」というようなことを言っていた(気がする)。このように元の発想の部分がずっと奥にあるのだ。

「ブーメラン」というネタがある。銀行強盗にやってきた気弱な男がブーメランで従業員を脅そうとするのだが、誰にも相手にされない。男は持参してきた資料をカバンから取り出し、いかにこのブーメランが危険かという説明を始める。オチの部分で、誰にも恐れられなかった男は怒って銀行をあとにして、すぐにまた戻ってくる。そして「みんなでちゃんと話し合って意見がまとまったら呼びに来なさい!!」といって暗転する。まるで授業中に怒って職員室に戻っていってしまった学校の先生のようだ。
この最後のセリフで、升野さんが銀行強盗という設定と掛け合わせたのは「必死に説得するも周囲に全く伝わっていない人」なのかなと思った。「拳銃がブーメラン」であること以上に、拳銃がブーメランであるからこそ説得力を失った男の言う、「自分が言うこと聞かないからそれが周りに伝染してってんでしょ!?」「なにわらってんの?なにがおかしいの!?」「分かりました、じゃあいる人だけでやります!」というセリフが笑いになる。ああ、すげえ~~。
升野さんのネタの立体感というものは、こういった二重構造のようにも見える部分から感じ取れるのではないかと僕は思う。

見ている側の次元をずらす、ヤバ過ぎるコント「40LOVE~幸福の類~」の話

僕がここ数年で一番ヤバイなと思ったのは「類」というライブの中の「40LOVE~幸福の類~」というコントだ。明転、窓から差し込む夕日に照らされた男が地べたに座り、蝉の鳴き声が聞こえる部屋で、客に背中を向け一人カップラーメンを食べている。何故「客に背中を向け」という表現をわざわざしたかというと、その後男は振り返りカップラーメンを食べるのを辞め、立ち上がってから客に向かって話し始めるからである。升野さんのネタの中で登場人物が、舞台に向かって話すことはよくある。例えば自己紹介「40歳、独身、名前は○○です」とか、時間を飛ばすためのナレーション「その後私は~~等々」だ。だがそのどれもが客という存在を客自身に意識させてこなかったと思う。この「40LOVE~幸福の類~」というコントでは確実にこの升野さん演じる若林(以下若林)という男は客に向かって話しかけている。だからこそ背中を向けているところから始まって、振り返り、客と目が合ったことで若林はカップラーメンを食べるのを辞めた。何よりもの証拠として若林は口に含まれているカップラーメンを呑み込んだあと「あ、すいません」と言っている。ここだけで僕はご飯を二合イケる。
若林は「自分は結婚願望があるが、中々厳しい。だから私はもう結婚は諦めることにした。だからと言って私は幸せを諦めた訳ではない。物理的な結婚を諦めた代わりに精神的な結婚をすることにした。」と始める(ここでも「こいつ何言ってんだと思われたでしょう」と客に言葉を投げかけている)。ここから客は若林が見えないシノという女の子との生活を一方的に見せられることになる。ここで、客に話しかけたことが効いてくる。このコントがこれまでのネタと違うのは、升野さんにも「シノ」という女性が見えていないという点にある。当たり前の話だが、実際コント中(これまでも)に升野さんは相手を見えていない、が見えているように演じるし、客も見ようとする。このコントは升野さんが見えていないということが、客にも共有されているのである。よって、升野さんが普通にコントをするだけでこのネタは「見えない相手を見えている風に演じるコント」になり、コント自体が持つごく当たり前の性質そのものがボケになるのである。途中、若林はシノとの生活が上手くいかなくなり他の女性と遊び始める。ここで若林は「がしかし、私は不倫をするつもりはありません。」と客に言う。ここで笑いが起きないのがこのネタの凄いところである。僕もこのセリフを聞いたとき「流石に不倫はしないかあ」くらいのことを思っていた。がそうではなく、元々シノなんて人間は存在しないので不倫もクソもないのだ。これは「架空OL日記」にも通じることで、圧倒的な内部のリアリティ(セリフとかその空気感)によって、そもそもがイカれた設定であるということを誰もが忘れてしまっているのである。恐るべきバカリズム。

終盤若林は、シノの浮気現場を自宅で目撃してしまう。シノの不倫相手はテニスのインストラクター。若林は怒り、怒った時に拳から煙が出る。ここからはピンネタの真骨頂である。ツッコミが不在であることで、ボケがどこまでもいけるし、元々架空であるという地点からスタートしているので、客はどんな突拍子のないことでも受け入れられる準備ができている。この先の展開は殆ど漫画で最高なのだけど、まだ見ていない人へのお楽しみということで興味のある人は見て欲しいと思う。公式からこのネタがYou Tubeに上がっているのでリンク張っときます。
最後のオチも本当に素晴らしい。再び外から蝉の泣き声が聞こえる。あれは笑いにとって必要なものではないが、コントにとっては絶対に必要だったと思う。そういうところに僕はまた痺れるのである。
因みにYouTubeだとないが、DVDだとこのコントの直後にココ・シャネルのある一言が真っ暗の画面に出てくる。そしてEDまで行ったときに僕は泣いてしまったのである。

「40LOVE~幸福の類~」

かっけえスタンス

升野さんが昔、ブラマヨの番組に出た時「単独ライブを毎年やれなくなったら芸人を辞める」と言っていた記憶がある。僕はこの発言にかなり痺れた。
僕はネタにこだわっていた芸人達が、MCになりネタをやらなくなっていくのがとても寂しい。面白いものを作ってそれを見せたかった人達がどうして大勢を仕切ることに命を懸けているのかがさっぱり分からない。
一時期、妬みや嫉みと言った斜め視点の笑いがバラエティー番組の中で流行った時期があると僕は思う。その時に升野さんだけが違ったのは弱さを武器にしていないところだった。そういった強さに僕は惹かれる。つい最近升野さんが出演したラジオで、自然な流れから自身の弱さ(そこまでじゃないけど)について話す一幕があった。SNS等で「やっと人間っぽいとこが見えた」とか「親しみやすい印象を受けた」等々のコメントを見た。これはバカリズム云々関係なく、芸人の話になるが、売れるために必要な「親しみやすさ」というものを僕は本来芸人にとって余計なものだと思うし、そうゆうものを求めて他人に「次元を下げるようなこと」を要求するのは本当に滑稽かつ最低なことだと思う。反対に自分にとって想像もつかないような存在に対して「天才」という一言で片付けるやり方も嫌いだ。それはその人が積み重ねてきた時間を無視をしていることになる。誰も自分のために生きていないと僕はここでコラムを書きながら再認識しようと思う。
ああ、話が脱線してしまったが、とにかくバカリズムはつええのである!

バカリズムのオールナイトニッポン○○

升野さんがオールナイトニッポンGOLDのパーソナリティーを務めると知った時、僕はラジオにネタを送るのにハマっている時期で、めちゃくちゃに燃えた。
頑張ってネタを沢山送った結果、第一回目で読まれることができたのだが、それと同時に「落合のダッチワイフ」というラジオネームのせいで出禁になった。このラジオネームが升野さんの何かしらに引っかかるのには理由がある。それはそもそも「落合のダッチワイフ」という名前は、昔、升野さんがなにかの番組で「落合の嫁」という響きっていいよね、みたいなことを言っていたとこから取ったからだ。「出禁になってからもネタは読まないけど送るかどうかは任せる」と言われ、読まれないネタを数ヶ月送った挙句、「このノリに飽きた」という理由で出禁が解除されたり、コーナー外のトークでふとラジオネームを出してくれたり(ハガキ職人が一番うれしいやつ)と色々思い出はある。一番嬉しかったのは升野さんが出演しているBSのテレビ番組でにネタを送った時、コンプラを気にして「落合のワイフ」という名前で送っていたのだが、升野さんが「落のダ」と言い掛けたことだ。
升野さんのラジオで多く採用してもらえたのは、僕が面白いと感じることの大部分に升野さんからの影響があったからだと思う。

僕は今秦透哉という男と「プールサイド」というコンビを組んでいて、最近ではYouTubeに映像コントを出している。なんかきついなあって感じた時は、升野さんのことを思い出して、あんなに売れている人が異常な作業量をこなし、自分に挑戦し続けているのだからと、自らのケツを叩いている。メッチャ頑張って早く会いて~~~。

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プールサイドのコント映像です

PROFILE

「お笑い芸人になりたい」と思い、新卒2ヶ月で勤めていた銀行を退社。
プールサイドというコンビ名で活動中。
毎週日曜21時からインターネットラジオ「プールサイドの25Mラジオ」を生放送中。趣味はラジオ投稿。
現在はコンビニでバイトをしながら。日々の生活を楽しんでいる。

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