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落合のダッチワイフ MAY 15,2021

Hey!凡な日々 Vol.47
史上最低の日


とても悲しいことがあった。家に帰って横になりながら落ち込んでいることに快感を覚え始めた頃、「俺キモっ、使ってない方の頭を使えや」と自分に言い聞かせ、無理矢理カレーを作ることにした。カレーを作ると気分が盛り上がるのだ。がしかし、途中で何を思ったかバターの代わりにマーガリンを大量に入れてしまい、カレー風味のマーガリンが出来上がった。俺はそれで本当にダメになってしまい、マジで寝た。ふて寝すると決めて、ふて寝した。

というか今日は本来とてもハッピーになる予定のはずだった。母親が55歳の誕生日を迎えた。去年の5月から母親は未曾有の不幸に襲われている。大切な人が重すぎる病にかかったり、その人から裏切られたり、家を手放すことになったり、何もかもが滅茶苦茶。
がしかし我々は強い、あまりにも強すぎる。二人で遊園地に行ってジェットコースターに乗ったり、アウトレットで逆に服を爆買いするなどをして、どうってことねえか~この野郎~邪魔したらマジで殺すぞという気持ちで、現実を打ち砕いてやったのである。
俺はこれまでになく母の誕生日を嬉しく思った。母がここまで生き抜いたことを誇る。だから俺は誠にハッピーな気分だった訳だ。

がしかし、そんな俺の浮かれた気持ちを地獄の底にまで叩きこんだ阿呆がいる。それが誰かは分からない。誰でもないのかもしれない。
バイト先で昼のレジ点検をしている時マイナス千円の違算が出た。どこかで打ち間違えたのではないかと、早朝からの会計データを調べたがこれといったものは見つからなかった。普通だったらここで終わる。上司に連絡して必要となる手続きを適当に済ませて終了となる。はずなのだが、俺はこの日何故だかこの件を簡単に終わらせる気がしなかった。刑事の勘というやつだ。
妙な履歴があった。俺が11時にレジを通したはずの「あんぱんとエビカツサンド」の会計を13時15分に誰かが無かったことにしている。具体的に言うと「レジマイナス」という動作を誰かがしたのである。このことに気が付いたのは13時30分のこと。
俺は「誰かレジマイナスした?」とその日職場にいた自分以外の5人全員に聞いた。全員が首を横に振った。その時に俺は「あ、始まった」とマジで思った。自分を含めた6人全員が容疑者となったのである。
レジマイナスを行うためには、レシートに印字されている合計金額と4桁の取引番号を入力する必要がある。つまりは明確な意思がないと行えないのだ。にも関わらず15分前のことを「覚えていない」で突き通そうとする犯人は実に浅ましい人間だ。犯人が嘘を付いたことよりも、騙そうとした時の「嘘のクオリティが低い」ことの方が許せなかった。そして俺は何よりも悲しかった。なんか残念だったのである。
皆が各々自分の仕事に戻り始めた。「落合君それ終わったら品出ししてね」とおばさんに言われた。気を逸らせようとしてくるお前が犯人か?と激詰めしてやろうかと思った。「それ終わったら」の意味が分からない。俺は終わらせない。
スタッフ達が自分の仕事に戻り始めたのは、これ以上詰めて事件の真相を明らかにすることよりも、数時間前の平和な日常を早く取り戻そうとしたからだ。この中の誰かが明確な意思で「レジマイナス」を行い、たった15分前の出来事を「知らない」の一本、ゴリゴリのストロングスタイルで突き通そうとしているのに、こちらから引く意味が俺には全く分からなった。
バイト先で俺は「社会一般常識がない」とされている。なので「社会人としてどうなの?」とか「常識的に考えてさ」とよくお叱りを受けることがある。「一般常識」をたった一つの正しさとして生きているこの人達が、目の前で起きたこの非常識なできごとに対し、どうしてこうも簡単に目を瞑れるのだろうか。6人で店を回すためには、1人の犯人を5人側に迎え入れなくはならないということか。犯人より汚い考え方だ。
レジマイナスが発覚してから一時間後。最早誰もそのことを口にしなくなっていた。マイナス方向の同調圧力が店内に漂う。気持ちが悪い。
レジマイナスをした時スタッフの名前が残る様になっている。レジのデータ上レジマイナスをしたとされているバイトさんが、浮かない顔をしている。彼女ではないことはその場にいる全員が分かっていた。というかその段階で俺は容疑者を数人に絞れていた。
自分の名前が印字されてしまっているバイトさんの気持ちはどうなる。
俺はこの店が一生回らなくなってもいいから、犯人を見つけ出しそいつをこの店から追い出してやろうと思った。このまま泣き寝入りすることだけは絶対に考えられなかったのである。
俺は復讐を胸に誓った刑事のようにこの事件に異様な執着を見せ、とにかく星をあげたい一心で、レシートを片手に一人一人に取り調べを行ったが結局尻尾は掴めなかった。

「まだ言ってんの?」という声が聞こえた。
それで俺は方向性を変えることにした。多分このまま事件は未解決のままとなる。だとしたら、せめて犯人が今日家に帰った時ここ数年で一番最低な気持ちになるようにしたい。そのためには俺がこの場でもっと大暴れして、犯人の罪悪感を高めなければならないと考えた。
そこで俺は全員(バイトさんを除く)を呼び出し、

「事件を捜査している刑事を咎めるのではなく、犯罪をおかした人間を責めろ」
「もうこの中にはいないみたいだからハッキリ言うけど、今黙ってる奴は本当に人として間違ってる。どうしようもない。」
「今ここにいる人間全てを明日から30%ずつ疑いながら生活することになってしまった。それも犯人のせい。」
「皆このことに触れたくないみたいだけど、俺は明日から毎日この事件について調べます。」

ということを言った。そしたら色んな人から個別に「お願いだから止めて。」「もう止めよう」と言われた。
「ここにいる全員が嫌な気持ちになったとしても、それは俺のせいではなく、過ちを犯したたった1人の人間のせいだ。俺は犯人を含めた6人で犯人捜しをしたかった。」
と訳の分からないことを言って、店を後にした。

家に帰ってから、自分が怒りより悲しい気持ちが強いことが分かった。皆のこと大好きだったのに、って感じだ。
数時間後母に誕生日おめでとう電話をした。我慢できなくなり、先程の話をすると(銀行で勤めていることになっているから、コンビニに置き換えて話すねと言ってまんま話した。)「許してやりなよ」と言われた。
母が言ったのは、犯人がどうしてその場で言えなかったのかということだ。やはり家族だなと思った。俺達は弱い人に勝てない。相手の気持ちを考え過ぎる。
だからこその抵抗だったのである。俺はどれだけ相手が弱い人だとしても、自分に被害が出た場合は容赦なく叩き潰せる人間でありたいと最近思っている。でなければ足元をすくわれてしまう。

あれから10日経過した。バイトさんにはごめんねと謝った。やはり大分気にしていたみたいだった。怒りが継続しないのが悔しい。
犯人はきっとというか絶対お金を抜いてはいない。これだけは確かだ。根拠もある。言えなかったのだろう。その気持ちも分かる。分かった上で俺は追求したいと思った。でももういいです。俺はもう誰のことも疑っていない。話していれば分かる。それが先程言った根拠だ。あの日にいた5人と喋った時、「この前の犯人があなただとしても俺はいいや。」と全員に思えたからよかった。俺は許す。 

PROFILE

「お笑い芸人になりたい」と思い、新卒2ヶ月で勤めていた銀行を退社。
プールサイドというコンビ名で活動中。
毎週日曜21時からインターネットラジオ「プールサイドの25Mラジオ」を生放送中。趣味はラジオ投稿。
現在はコンビニでバイトをしながら。日々の生活を楽しんでいる。

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