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落合のダッチワイフ JUL 15,2021

Hey!凡な日々
Vol.51 雑記


昨日はコントの撮影、今日はロケの撮影で数時間後にはバイト。身体の至るところが軋むように痛い。軋むように痛いという表現はもうベタなのだろうか。分からない。
とにもかくにもこのようなコンディションなのにも関わらずなぜコラムを書いているかというと、今日のロケの合間に佐野のアウトレットに行ったからである。そこでURBAN RESEARCHを見かけてしまい、その瞬間に今日がコラムの納品日の前日であることを思い出してしまったのだ。それからは「コラム何書こう?」で頭がいっぱいでロケに全く集中することができなかった。無念。

昨日見た「キングオブコントの会」という番組の中で松本人志が演じたコント「管理人」のことを書こうと思う。あのコントが頭から片時も離れない。ちなみに今これを読まれている方は7月を過ごしているだろうが、僕は今6月を過ごしている。なので、「管理人」にくらってしまった直後にこのコラムを書いている、ということだけは一応ここで言っておきたい。どうして?

昨日「管理人」を見た時、僕はめちゃくちゃに大爆笑したし心の底から震えた。感動もしていた。やっぱり松ちゃん(ファンとしての呼称)はやばい。何度も何度も見直した。
松ちゃんが帰ってきた!!と思ったのは、僕だけではないはずだ。
高校生くらいの時に僕はTSUTAYAで「ごっつええ感じ」を借りた。悲しさとか虚しさの中に笑いが含まれていることを多く学んだし、それが自分の好みの笑いであることにも気が付いた。コントは「爆笑」という一方向だけを目指さなくてもいいのだとも思えた。それから「HITOSHI MATSUMOTO VISUALBUM」を買って松本人志が作るコントの虜になった。僕はダウンタウンではなく、松本人志の影響を受けている。

「管理人」の話に戻る。僕が面白いと思うことが全部詰まったコントだった。そして自分が松っちゃんからたくさんのことを勝手に教わってきたことを再認識した。
ここがどうであそこがああ、とかそんな分析じみたことをここに書くつもりはないが、特にやばいなと思ったのは、小峠さんが玄関を開け手紙を書いている松ちゃんの背中を見たところだ。切ない音楽が流れ、松ちゃんの手紙の内容が松ちゃんの声によって読まれる。しかし手紙を書いている松ちゃんの口は実際に動いていない。つまりあの場にいた小峠さんも当然手紙の内容(情緒たっぷりの文章)が分からないはずなのである。なのにも関わらず小峠さんはゆっくり玄関を締めて、全てを悟ったようななんとも言えない表情を浮かべる。僕はここで大爆笑した。若手がやりがちな「え、どうゆうこと?」みたいな、一度コントから離れて俯瞰でツッコムということはせず、それまでツッコミであったはずの小峠さんがあそこで受け入れるというのがめっちゃ凄いなと思った。あそこで視点が一気にひっくり返る。

若干ずれるのかもしれないが、「ようこそ映画音響の世界へ」という映画を思い出した。作中で「トップガン」に出てくる戦闘機が飛ぶ音についての話がある。当時、実際に空を飛ぶ戦闘機の音を生で聞いてみたところ、想像より迫力がないということになり、最終的にライオンの咆哮など様々な音を混ぜたものを「戦闘機が飛ぶ音」とした、みたいな内容だったのだが、そこでものすごく重要なのが「リアル」と「リアリティ」の違いである。
「実際のところ」が映像表限の中では必ずしも「リアル」になる訳ではないということだ。小峠さんのあの表情は「リアリティ」であったし、見ていて違和感がなかった。

それと管理人から明太子を貰えると聞いた時の、松ちゃんの「いいんですか?」があんなにも面白いのはどうしてなのだろう。「いいんですか?」という発言の前に絶妙なタメがある。そのタメは日常会話としては遅いが、ツッコム程の間でもない。だけども会話のボールを投げた側からすると、ボールをしっかりは捕るが、捕る直前までボールが飛んできている方向を見ていない感じがする。投げてから受けるまでの間に、受ける側が持つ異質な世界観が垣間見える。
松ちゃんは「いいんですか?」という一言だけでその人が持つ狂気を演じていた。
本当にすごい人だ。
「キングオブコントの会」を見て思ったのは、やっぱりコントが面白い人はそもそもの人が面白い。どうしてかさまぁ~ずを見ると特にそう思える。

話は一気に変わる。まじで。
最近自転車を漕ぐのが怖くなってきている。誰かを過って轢いてしまった時のことを想像するだけで体調が悪くなる。僕はなにか未来のことを考える時、感情も一緒に引っ付けて思考するクセがある。なので事故を起こしてしまった時のことを想像すると、感情まで地の底に引きずられてしまう。そしてこの思考法が一種の「体験」になってしまっているということが最近になってようやく分かって来た。
スポーツ選手が本番前に頭の中でシミュレーションしておくといいのは、身体を動かすということ以外本番同様の動きができるからだという話を聞いたことがある。僕がやっているのはまさにこれなのではないかと思う。自転車事故など引き起こしてないのにも関わらず、自転車事故を感情ごとシミュレーションして最悪な気持ちになる。要するに事故を起こしたこと以外は、実際に体験してしまっているのだ。だから僕は自転車に乗ることがトラウマになってしまっている。
僕は不確定なことにいつまでも怯えている。未だに車に乗っている人のことが信じられない。自分と他人の人生を一瞬で無に帰してしまうかもしれないリスクを無視して、利便性を優先していることが考えられないのである。いずれ車の事故を起こすかもしれない可能性を抱えたドライバー達と、事故が起きないかもしれないのにそれを気にして車に乗らない僕。どっちが阿呆なのか考えたのだがあまりよく分からなかった。
「こんなことを書いている君は、自分が死ぬことについてどれくらい真剣に考えているのだろうか?不確実かつ確実にやってくる死についてどう思うんだね?」と自分に問いただしてみたところ、俺は「俺は死なない」と回答していて、やっぱり人間はなんか1+1みたいにいかないのだなと思った。テキトーな生き物だなと思う。その感じがコントに滲み出たら最高だなと思う。最近台本をきっちり再現し過ぎることが絶対に正しい訳ではないような気がしている。

PROFILE

「お笑い芸人になりたい」と思い、新卒2ヶ月で勤めていた銀行を退社。
プールサイドというコンビ名で活動中。
毎週日曜21時からインターネットラジオ「プールサイドの25Mラジオ」を生放送中。趣味はラジオ投稿。
現在はコンビニでバイトをしながら。日々の生活を楽しんでいる。

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