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落合のダッチワイフ OCT 15,2021

Hey!凡な日々Vol.57
とあるタクシー運転手を探しています。


え、斬撃を飛ばすタイプの刀なん??

起きたら遅刻寸前で、僕はタクシーに乗ってバイト先へと向かうことにした。
目的地を告げると運転手はこちらを一度も振り返らず、そして一言も発さずに車を発進させた。よく見ると運転手の耳にはブルートゥースイヤホンが刺さっていた。
目的地に到着し「クレジットカードでお願いします!!!」と元気よく丁寧に発言した。まともに返事ができないような人間に、一体どうしてこのような低姿勢を貫くのかというと、どっかでキレようと決めているからである。
こちらが怒りの感情を相手にぶつけた時に「そっちの態度だって!!!」みたいな切り口で返されないための足場づくりをしているのだ。
「100対0で現状向こうが悪い」の関係値をキープするためだったら、俺は靴だって舐める。舐めた分そいつの、なにをされても仕方がないゲージが蓄積されていくイメージだ。
「クレジットカードでお願いします!!!」と言った時「どうかお願いだから悪態をついて下さい」と心の中で叫んでいた。より被害者になることでいざ怒るぞ!って時に余計な理性が働かないで済む。
たまにこのようなことをした時に「かしこまりました!!!」と最後だけきちんとやってくる阿呆がいる。一番最低な野郎だ。
こっちはもう刀に手をかけていたというのに、面を食らってしまってゆっくりと鞘に納めることになる。「最後だけちゃんとやるな!」という理由で刀を振り回してもいいっちゃいいのだけど、斬撃を飛ばしたあとにどうもこちらの気分が悪い。

キングオブコントの1回戦通過者としての実力

その点このタクシー運転手は合格であった。
「クレジットカードでお願いします!!!」という僕の発言に対しての返しが食い気味の「現金ないの???」であったからだ。その瞬間僕は「おーけいおーけい」と心の中で何度も唱えていた。これは怒りの「おーけいおーけい」である。自分を落ち着かせるための「おーけいおーけい」でもある。もう少し具体的に言うと「はいはいはいはい。そうきたのね。はいはい。その感じね?分かるよ?うんうんうんうん。おーけいおーけい。」だ。
仮に俺がその場で現金7億円持っていたとしても「現金ないの?」はあまりにもおかしい。持っていた「とて」なのである。理由は僕がクレジットカードを使いたいと言っているからである。ちなみに乗車する前にクレジットカードが使用できることを目視で確認している。
「現金はあるんですけど、クレジットカードでお願いします。」と言うと、運転手は無言で掌を差し伸ばしてきた。この時、実際の所持金は1メーター分も持ち合わせておらず、325円くらいだったと思う。それなのにも関わらず7億円持っている顔で「現金はあるんですけど!」と言えた自分は本当にすごいと思う。コント師を乗せたのが不運だったな。演技はお手の物さ。

阿呆

運転手の掌に馬糞でも置いてやればよかったのだが、残念ながら車内に馬がいなかったもので、想像力を働かせ(言葉で伝えてくれていれば僕がわざわざ想像力を働かせるためのエネルギーを使わないで済んだ)自分が置かれている立場や、状況を冷静に鑑み、そこにこれまでの経験してきたことや、価値観等々を反映し、最終的に導き出した答え「運転手の掌にクレジットカードを置く」をした。
運転手は左で僕のカードを持ちながら、右手で端末の操作をしている。端末の操作を終えてから、僕にカードを手渡すよう要求すればよかったのになと思った。運転手はカードが差し込まれたままの端末を運転席と助手席の間の平らなところに置いた。俺は、平らなところに端末が置いてある~~~!!!と見たままのことを思ってじっと見ていた。運転手は前方を眺めている。無言の時間が続く。4桁のパスワードを押せばいいということは序盤から分かっている。でも僕はこの運転手がなにか言葉を発するまでは微動だにすることができないと思った。今のところなにもかもが僕きっかけで始まっているからだ。考えたら「どこまで?」とかすらこいつは言っていない。目的地も、支払い方法も、カードを掌に乗せるのも、なにもかもセルフでやっている。もしかすると目的地までの運転も俺がしていたのではないだろうか。

怒るか/怒られるか

「暗証番号」
と運転手は言った。痺れを切らしたのだろう。
「は?」とか「あ~ありますよね。あの4桁の。それがなにか?」とか「暗証番号!」と俺も言ってみたりとか、切り返し方は無限にあったのだが、ここは素直に「はい。」と言って4桁の数字を押した。この「はい。」がかなり悔しくてよかった。ここで丁度ブチ切れていいラインに達したことがよく分かった。運転手が俺のカードを右手に持ちながら、領収書が発行されるのを待っている。この時怒鳴ろうか、冷静に詰めていこうか僕は悩んでいた。ふと車内の時計が目に入った。時刻は始業開始の2分前だった。
僕は運転手が「どういうつもりなのか」ということを聞きたかった。
「理由がどうあれ自分で選択した結果、タクシー運転手になるという決断をして今ここでハンドルを握っている訳ですよね?ふてくされたような態度をとるのはおかしいし、ここまでの道中で僕がとった行動に否がないことが明らかであるということ、僕が乗車した瞬間に悪態をついていたことから、あなたの対応が悪い理由に僕は一切関係がないことが明らかなんですよ。ということは」の時点で僕はもう遅刻しているに違いない。一方的に怒って降車することは考えられなかった。僕が話したいことは、最低でも運転手と6ラリーは言葉をやり取りする必要があった。めちゃくちゃ悩んだ末に「店長に怒られたくない。怖い。」という理由で僕は無言を貫くことにした。
でもせめて、僅かなる抵抗はしたい、なんだ、なにかこいつに不快感を与える方法はないか、考えに考えた末、これから手渡されるであろうクレジットカードをもの凄い勢いで取るというのをやろうと思った。
カードが手渡される瞬間、僕は一瞬手首を捻ってカードを縦にしてから全力で引き抜いた。そのまま人差し指を切断してやるイメージだったのだが、結果的に彼は無傷であった。が、彼はここで初めて僕が何か理不尽なことに対して「抵抗」をしてくる人間だということに気付いたのだと思う。
その証拠に降りる瞬間に、振り返り僕の目を見て「ありがとうございました!!!!!」と言ったのである。
僕は咄嗟に「いえいえ!!こちらこそ!!!」と返して、バイト先へと向かった。

伏線回収

その日のお昼、スタッフのおばちゃん達に今の話をすると「車内のどこかに運転手の名前が書いてあるはずだから、携帯で写真を撮ればよかったのに!」と言われた。
ああ、そうか、その手があったのか。とても悔しい。
僕は人から見た目で舐められる傾向にある。運転手は無意識か意識的にか「こいつになら悪態をついてもいいだろう」と考えたに違いない。僕が般若のような面をしていたら、あいつは即座にブルートゥースイヤホンを窓から投げ捨て、背筋を伸ばしていたに違いない。
運転手に「理不尽なことをしても彼ならなにも言えないだろう」と高を括られたことが心の底から許せない。人に理不尽なことをした時に、抵抗してくる人/してこない人というジャッジがあること自体が不快極まりない。
こういうことでヘラヘラしたくない。「笑い」にもしたくない。僕にとって「お笑い」は目的であって現実から逃げるための手段ではない。
知らない人と接するということが、如何にリスクで満ち溢れているかを彼に教えたい。迂闊な態度を取ったことを後悔させたかった。
本当に残念でならない。

運転手が「ありがとうございました!!!」と言った時に僕は「いえいえ!!こちらこそ!!!」と返事をした。自分だけが後味の悪さを背負う形で降車をしたのは、その場で終わらせる気がないということを彼にお知らせするための、僕からの決意表明である。運転手さんは気付いてくれただろうか。僕は現在、毎月1500円を貯金している。タクシー乗り場から駅までは1メーターで着く。つまり1回の乗車につき500円である。僕は毎月3回あの時間帯のあの場所でタクシーに乗ることにしている。そして毎回後部座席から運転手の左耳を確認している。
彼を見つけるまで僕はこれを永遠とやる。バイトを辞めたとしても、月に3回は必ず乗りにこの場所へと僕はやってくる。
運転手はもう忘れているであろう。仕事終わりに滅茶苦茶に美味いビールを飲んだり、部屋でゴロゴロしながらテレビを見ていたら、そのままリビングで寝ちゃったりして
「いやあ昨晩ソファーで寝ちゃってね、やっぱ布団で寝ないと疲れ取れないっすね!」
「そりゃそうだよ!!」
(一同)「アハハハハハハ」
みたいな楽しいひと時を会社で過ごしている間にも、僕は運転手を探している。
いつか電話のベルが鳴る。それは僕のタイミングで決める。
このようなことが世の中には沢山ある。そう考えると僕は怖くて夜も眠れなくなるのだ。

PROFILE

「お笑い芸人になりたい」と思い、新卒2ヶ月で勤めていた銀行を退社。
プールサイドというコンビ名で活動中。
毎週日曜21時からインターネットラジオ「プールサイドの25Mラジオ」を生放送中。趣味はラジオ投稿。
現在はコンビニでバイトをしながら。日々の生活を楽しんでいる。

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