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落合のダッチワイフ JAN 15,2022

Hey!凡な日々


コンビニで、常連客かと思われるおばあちゃんが五十歳くらいの男の店員に向かって「あら!いたのね!背中だけだったから分からなかったわ。」と言った。店員は「いや~~背中だけで分かってもらえないうちは、僕もまだまだっすね~~!!!背中で語れてないってことですから。いや~僕もまだ語れてないか~~!」と言った。声がでかいな、と俺は思った。おばあちゃんは「いやいや、背中だけじゃ分からないわよ!」と言った。これは自虐に対するフォローである。この類の会話には落としどころというものが存在していない。「いや、背中で語れるようにならなきゃダメなんですよ。」「違うのよ。背中だけ見えてたって分からないもの。」というラリーを続ける二人を横目に、僕はコンビニをあとにした。

昨日はめちゃくちゃ寒かったのに、今日は春のように暖かい。ふとドン・キホーテに行きたいなと思った。国道沿いにある田舎のドン・キホーテ。ふと「ドンキ行きてえ」と思う時は、自分が感傷的になっている時だ。多分、夕方のこの感じにやられているんだと思う。遠くで見える淡いオレンジ色の空が、自分が今いる場所に向かって紺色の夜空を伸ばしている。「うんこみたいな比喩乙。」俺の頭の中で、サンタの帽子を斜めに被った水色のペンギンが囁く。俺は夕方になると、時にいつまでも貧乏な状況、世の中がクソであること、二人目の父親がくも膜下出血になりその後遺症で、言語障害と半身麻痺を患ってしまったこと、その父が十年以上浮気していたことが最近発覚したこと、母親が今年自己破産したこと、等々の明らかに最低なできごとを心地よく感じてしまうことがある。つまり不幸な自分を愛でることでエモーショナルな気分を作り出し、精神的に生温い空間に引きこもってしまうのである。俗に言われる「エモい」という言葉は現実や痛みへの麻痺であり、他者への想像力の欠如を意味する。ヤワな「自己肯定」を推進する文章やイラストがSNSで腐るほど蔓延しているが、これは現実で戦うことに疲れてしまった人への麻酔であり、自殺のススメであると俺は考えている。
そしてかく言う俺も、ふと魔が差してしまい、頭の中で「不幸な自分」を作り出し、自ら麻酔を打つことで空虚な自己肯定に走ってしまいそうになる。
そんな生温い虚構で塗り固められた日常に亀裂をいれ、そこから救いの手を差し伸べてくれるのが「激安の殿堂 ドン・キホーテ」である。
裂け目から薄っすら聞こえてくる、ドン・キホーテのテーマソング。
「ボリューム満点激安ジャングル」という歌詞は、「エモい」と対極に位置する。網膜に焼き付くような蛍光色で書かれたぷよぷよした文字、市場を度外視した価格破壊、店側の「意地でも空間を埋めてやる!」という強い意志すら感じるの商品の数、これらは直視せざるを得ない圧倒的な現実そのものであり、エモーショナルに浸っていた俺の頬を殴ってくれるのである。
戦う意志を取り戻しに俺は土曜日ドン・キホーテへ行くことにした。
ちなみにドン・キホーテの歌詞の中で最も好きな部分は「衝動的でも得したね。」である。
店側が前提として「衝動的」であることを、ネガティブな意味で捉えている点に俺は強い好感を抱く。

今回でこのコラムはVol.63となる。つまり63本書いてきたということだ。始まりは2018年の12月くらいだったと思う。
「Hey!凡な日々」はこれで幕を閉じます。
そのうちどうせ売れるから、そしたらもう一回ここでコラムを好き勝手書きたいと思います。
これまで僕のコラムを読んでくださった皆様、並びにURBAN RESERCH MEDIAの人達、マジでありがとうございました。

PROFILE

「お笑い芸人になりたい」と思い、新卒2ヶ月で勤めていた銀行を退社。
プールサイドというコンビ名で活動中。
毎週日曜21時からインターネットラジオ「プールサイドの25Mラジオ」を生放送中。趣味はラジオ投稿。
現在はコンビニでバイトをしながら。日々の生活を楽しんでいる。

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