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落合のダッチワイフ NOV 15,2019

Hey!凡な日々 Vol.21
〜生活の餌食〜


三年前の六月にサラリーマンを辞めてから五ヶ月間、僕は働かずに家でずっと劇的な何かが起こるのをただひたすらに待っていた。しかし家にいるだけでは期待しているような変化など起こるはずもなく、唯一あった変化と言えば金が無くなっていくということだけであった。
毎日苛立ちのみが募る一方で、電子レンジ、ドライヤー、テレビ等の家電家具は無くなっていく。就職祝いに母親から買ってもらった数十万の財布を売ったり、従兄弟に遠回しに金をせびるような電話をしたりと、生命の危機に直面した僕は手段選ばなくなっていった。
あの頃のことを思い出すと、浮かぶ景色のほとんどが灰色でぐったりとした気持ちになる。
貧乏自慢がウケなくなってきた頃、私は再び働き始めたのである。

無職時代。友人宅にて。

つい先日レジの締め作業をしていると突然店長に「おめでとう。」と言われた。丁度今のバイト先で働き始めてから三年が経過した日のことだった。
私は一刻も早くこのバイト生活から脱却しなくてはならないので、「おめでとう。」と言われ複雑な心境にもなったが、店長はそういった私の気持ちを理解した上で「おめでとう。」と言ったのである。
現に彼は以前私に「君はいつまでもここにいてはダメだ。」と言ってくれたことがある。泣いちゃうね。

少ない手取りながらも安定した収入を手にすることが出来るようになり、私はまず引越しをした。ユニットバスに強い憤りを感じていたので、風呂とトイレが別になっている部屋に引っ越したのである。「線が引かれなかったら良いのに」と思うことはいくらだってあるけど、「風呂」と「トイレ」に関しては明確な一本線を引くべきだと私は思っている。
食べるものの質も変わった。ほんの少しだけだが、良いものが食べれるようになった。コンビニで300円まで使えるようになったのである。たまにではあるが外食も出来るようになった。二十六歳男性が何を言っているのだと思われるかもしれないが、それが嬉しくて仕方がないのである。幸せだと思う。そしてその価値観は三年経過した今も全く変わらない。当たり前のことだ。

引っ越す前の家

弱くなった。私は安定した生活を手に入れてからとても弱くなった。かつてはいつ死んでも良いと本気で思っていたのに、今は死ぬことが怖くて怖くて仕方がないのである。もっとお金が欲しいけどそれはプラスアルファのようなもので、ポケットの中がパンパンになったような感覚が常にあって、この生活を壊したくないと僕は身動き一つ取れなくなってしまったのである。
バイト先からの帰り道、重くなった身体を引きずるようにしながら電車に乗って、椅子に座って外を眺める。オレンジ色の日差しが亀裂の入ったアパートの外側を照らして、ベランダにはクッタクタになったTシャツが干されていて、こういった時間が自分以外の誰かに流れていることを知った時、僕は僕以外の人間の生き方や生活に間違いなんてものはないように思ったのである。
「YES」「NO」の境界線がかつてのユニットバスのように曖昧になっていった。

三年も経過してしまった。時間というのは残酷だと思う。久しぶりに実家に帰って母親に会った時、母親はマスクをしていて、そのマスクの位置が通常より少し高く下顎が出ていて、なんかこう切なく思った。
私は日々怯えている。僕より先に死んでいく人達のことを考えると居ても立っても居られないような気分になる。自然の摂理をとても気にしているのだ。馬鹿げていると自分でも思う。
時計の針は常に右方向へと進み、僕もまた同じ方向へと歩を進める。どの瞬間も「時すでに遅し」で、僕が過去に対して出来ることと言えば、歩きながら後ろを振り返ることだけなのである。
僕は暇になると、過去の過ちに足をとられることがある。例えば眠る前とかシャワーを浴びている時、ふとした時間に、人を傷つけたこととか、現在進行形で誰かを騙していることとか、そんなことが脳内でフラッシュバックする。
「許される」にはどうすればいいのか分からず、日々悶え苦しむような思いをし、毎度「僕は許されない」という結論に至る。
許されない僕はこれからどうしていけばいいのだろうかと、分からなくなってしまう。

どうすれば良いか分からなくなった僕。

以上のようなことを考えていたのはつい二か月程前のことである。
僕は過去を振り返りそして自分自身に傷つく行為を、一種のアイディンティティのようなものとしていた。私は繊細で傷つきやすく、感性が豊かで人とは違った思考回路を持つと、自らに誇示していたのである。
そしてこのようなことをしていないと、自分を表現することが出来ないと思っていたのも事実である。現に私は上記で書いたようなウジウジとしてシミったれたコラムを得意としている。文字が進むのである。
でもいつまでもこのような甘ったるい所で足を止めていたくはないし、僕にはもっと欲しいものがあるし、人間多少なり「知るか」と思っていないとやっていけない部分があるのだ。
このような結論に僕を至らせたキッカケがある。
バイト先のおばさんに「この日熱が出そうだから、シフトを変わって欲しい。」と突然お願いをされたことがあり、私は奇妙な理由だなとは思ったが、奇妙な理由であれど、むしろだからこそ、私に頭を下げなくてはならないような事情が彼女にはあるのだろうと考え、確かにあった自分の予定をバラシ、シフトの交換をしたのである。
その日の帰り道、電車の中からいつものオレンジ色の団地を見ていた時、「は?」と私は思ったのである。「熱が出そうって何だ?」と。聞いたことねえよと。
そして「僕の予定はいいのか?」という風に思った時、私にも私の生活があることを三年振りに思い出したのである。
先程上記で書いたように「私は、繊細で傷つきやすく、感性があまりにも豊かで、他人と一線を画す思考回路を持ち、顔が綾野剛に少し似ていて、頭脳明晰で、やっぱり顔が綾野剛に少し似ている」というのは完全なる事実ではあるが、そんなイケてる自分をもっと大切にしなくてはならないと思った。
他人に譲るのはそれが出来てからなのだ。

僕が綾野剛の時の写真。(綾野剛になるまでの経緯はこちらのコラム)

文芸雑誌を読んでいた時、新人作家の小説に寄せられた書評の中に、確か「主人公は感性が豊かなのではなく、単純に頭が悪いように見えしまう。解決策はすぐそこにあるのに、何故それを素通りしていくのか。」みたいなことが書いてあり、その一文を見た私の全身には衝撃が走り、これまでの他人に向けた自傷行為のような自分の行いを悔い改めようと誓った。
私は良く「情けない自分」「ダメな自分」を書き、同情を誘うようなことを無意識的にすることがある。意識的にしてしまうこともある。
読んでくれた人達に「私も落合さんと一緒です。」と思われ、安心してもらいたいのかもしれない。でもそんなのは何の生産性もない。とは言っても「タメ」になることは基本的に好きではないし、生産する必要もないけれど、「いつまでもここにようね。」と書くよりは「先に行ってるぜ。」って書きたいし、突き抜けたいのである。
僕は物事を深く考えることで誰も達していない領域まで行けると信じては疑わないけれど、それは「悩む」ということとは別次元の話だと思う。
問題のないことに対して「どうしよう」と頭を抱えることで文字数は稼げるが、狭い世界から出ないしそこには発展も何もない。反対に「大丈夫じゃね?」とすることで、つまり様々な要因をすっぽかして結論至ることで、「大丈夫」の三文字で済んでしまうこともあるが、もっとその先があるはずだと漠然としてはいるが僕はそう信じている。

この前「今が幸せすぎて、失うことが怖い。」と言ったら、「そんなことを君に求めてない。」と言ってくれた人がいた。
僕は幸せで、不幸になる必要などはなく、夕方に見る団地の風景がいつまでも変わらずにあることを信じて生きたいと思う。
俺は自力で生活をする。

PROFILE

「お笑い芸人になりたい」と思い、新卒2ヶ月で勤めていた銀行を退社。
プールサイドというコンビ名で活動中。
毎週日曜21時からインターネットラジオ「プールサイドの25Mラジオ」を生放送中。趣味はラジオ投稿。
現在はコンビニでバイトをしながら。日々の生活を楽しんでいる。

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