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落合のダッチワイフ DEC 31,2019

Hey!凡な日々 Vol.24
〜明るく朗らかに〜


明朗快活な店員

バイト先の売店に着く直前、私は気怠そうな顔をする。顔の力を抜き虚ろな目をして店内へと足を踏み入れる。脱力する理由は特にない。強いて言えばロースタータであることを周囲にアピールし続けるためだ。元気一杯なコンビニ店員を見ると毎回鳥肌が立つ。サムい。自分がコンビニで働いているから分かる。ハツラツとした笑顔が浮かぶ訳がないのだ。阿呆かと思う。
「明朗」という言葉は悪意に満ち溢れている。意味は「心にこだわりがない、明るい様子。」である。「明るく」て「朗らか」な人間は、心にこだわりがないというのである。「心にこだわりがない」という表現のえげつなさにゾッとする。
「自分を諦めている人間」という意を出来るだけ遠回しに、帰って欲しい客に対して「お茶漬けでも如何ですか?」みたいな、蓋を開けたら明らかにぶっ刺しに来てるそんな感じの表現なのである。
「感じの良い店員さん」が大好きなお客様がいる。よくいる。このようなお客様の大抵がちょっとした事ですぐに騒ぎ出したり、猿のように喚いたり、悲鳴を上げたり、白目を剥きだしたりする訳だが、実は一番扱いやすくもある。
というのも「明るく、朗らか」にさえしていれば、彼、彼女達はそれだけで充分なのである。中身は虚無だというのに、外側の面、顔の皮膚を上に引っ張りあげて白い歯を剥き出しにさえすれば、お客様は大満足なのである。

私は猿でも阿呆でもない。だから元気一杯なコンビニ店員が嫌いなのである。良く行くコンビニにいつもニコニコしている女性店員がいる。歳は40代くらいだろうか。私は彼女を見るといつも目を伏せてしまう。どっかでコピーしてきた「笑顔」のテンプレートをそのまんま顔面にペーストしてきたかのような、噓偽りしかないあのニコニコが不快で堪らないのだ。私も働いている最中は笑顔を作る。が、「笑顔」のテンプレートをそのまんま貼り付けることはしない。わたくし、中堅大学を出ているもんで、学生の頃は未熟な人間でしたのでレポートを弾かれに弾かれた訳でありまして、そこで他人が作り上げたものをまんま利用してはいけないと習ったのであります。なので、少し工夫をします。ちょっと変えます。
それに比べあの店員のコピペスマイル。その手抜き具合には言葉が出ない。中身が「空虚」であることを隠す努力を怠っているのは、客を舐めているからである。客は舐めても良い。客が神の時代はとうに過ぎた。私が言っているのは、半端な嘘が一番の罪であるということだ。笑いたくないのであれば、少し笑えばいいのである。こうして書いていると、私こそ高度かつ低俗なクレーマーなのではないかと思う。反省。猿。ウキキ。

望年会なんて無くなれ!!

逸れてしまった話を戻そう。とにもかくにも私は脱力的な雰囲気を身に纏いながらレジの前を通り、午前中からレジを打ち続けているおばさん達に挨拶をする。ここでは元気一杯に、誰よりもデカイ声で、運動一筋って感じで「おはようございます!!!!」と叫ぶのである。そうしないと嫌われてしまうのである。生存戦略。

レジの前を横切った後、群れる客の隙間を抜けながら事務所に向かう。ロッカーの前にある椅子にリュックを置き、一畳程の更衣室で着替える。これまで働いていた人と、これから働く人が事務所でごっちゃになっている。最寄りの駅に出来たパン屋が美味いだとか、午前中に「アノ人」が来てやばかったとか、マスクが売り切れたとか、各々が各々と好き勝手に喋っている。割とこの時間が私は好きなのである。
おばちゃん達の世間話を片耳で聞きながら、日課である連絡ノートを開く。
このノートには全員に知らせる必要があること、口頭では済まないことが記されいて、出勤したらすぐに見ることが店のルールとなっている。

「本社で開かれる望年会の出席者は、〇〇、〇〇、落合となります。  店長」

初めてジェンガの気持ちが分かった。奇天烈な抜き方をする友人に「攻めるね〜」と煽った自分を恥じる。膝が崩れたのである。
店長にしなくてはならない質問が二つある。まず一つは忘年会の「忘」は紛れもなく「忘」であり、「望」ではないということ。そして社員でもない私が何故「忘」年会に出席しなくてはならないのかということ。
「分からない(笑)恥ずいよね!!!(笑)」、「シフト的な問題です。」というのが店長からの回答であった。
「嫌です。忘年会ならまだしも、望年会だなんて。誰しもが一番最初に思いつくやつを堂々と押し出してくるようなこんな会社、こんなにもネーミングセンスが乏しい人間がいる会社、それを良しとしている人間達がいる会社、が開く会になんて出れません!!!」と猛抗議をしたのだが、「今年も、ビンゴ大会があるよ。」という店長の言葉を受けた私は、退勤後、押入れの奥からスーツを引っ張り出し、クリーニング店に向かったのである。
というのも去年も私は忘年会に強制参加させられていて、会の終盤で行われるメインイベント「ビンゴ大会」で一万円のおせちを当てているのである。
元旦に到着するというのでおせちの宛先を茨城にある実家にし、帰省した私と母親で仲睦まじく重箱をつつき合ったのだ。あの時の母親の嬉しそうな表情。
去年の忘年会は紛れもない望年会だったのだ。

調子に乗るな!!!

望年会当日、私は早朝から夕方まで働き、そこから会場へと向かう予定だった。今年もフラッシュモブダンスがあるらしかったが、本社から送られてきたダンスの練習動画を今年は開きもしなかった。このコラムで去年の望年会で行われたフラッシュモブダンスについて書いた記憶がある。私は練習に練習を重ね、本番当日もきっちりと踊りきったはずである。最初は馬鹿にしていたのだが、本番前この余興を考案したOさんと会話をした時、彼がどのような気持ちでフラッシュモブダンスに臨んでいたかを知って、決して馬鹿にしてはいけないと思った、本番後Oさんと握手をした、みたいなことを書いたような気がする。今でもその通りだと思う。
がしかし、二回目は阿呆の極みである。同情の余地はない。今回の考案者もOさんである。何を、いや何に味を占めているのだろうか。毎年恒例のフラッシュモブダンスなんて聞いたことがない。サプライズを恒例にしてどうする。
「今年はダンスのレベルを上げました。予定が合えばそちらの店舗まで足を運びますので、空いている日がありましたら、云々」というOさんからのメールを、私がそっとゴミ箱に突っ込んだのは内緒の話だ。

ビンゴどうなりました?

昼の十三時。遅番のおばさんの顔面、真っ青。明らかな体調不良である。全身から「早退〜。早退したいよ〜。」というオーラが出ている。まだ出ている。ずっと出ている。彼女は待っている。
その証拠に「俺が代わりに出ようか?」と私が言った瞬間に、早退オーラが消えた。
「いいの?」
早い。早すぎる。「え〜悪いよ。」「いいよ。出るよ。」「でもお。」「いいから、後は任せて帰りなって。」が一般的な相場である。
「望年会出たくないしいいよ。」というと、「確かに。落合君ラッキーじゃん!」
みたいな事まで言われ、結果的に私はその日望年会は欠席、店にて十九時間労働をすることとなったのである。
後日店長に「うまく逃げたな(笑)」と言われ、損をした気分になった。

望年会の次の日、出席者であった社員のおばさんに、開口一番ビンゴの景品はどうだったかと聞いた。任天堂スイッチがあったと聞いて、がっくし。僕が行っていたら当たったような気がしたのである。とは言ってもビンゴカードはすでに各々の席に配布されているので、誰がやっても同じなのだが、それでもなお、自分が行ったら何かが変わったと思う。

「誰か当たりましたか?」
「誰も当たらなかったの。」
「あ!でも落合君の席に置いてあったカードが当たったのよ!!」
「マジですか!??」
「キッチン用品!中にチョコが入っていた!」

「ありがとうございます!」という言葉が喉を通りかかった所で、私は本能的に口を強く結んだ。会話の節々に違和感がある。
落合君の席に置いてあった、中にチョコが入っていた、おかしいではないか。何故落合君のビンゴカードだと言わない、何故中にチョコが入っていることを知っているのだ。おかしいではないか。社員のおばさんはすでに作業に戻っているではないか。「その景品がこちらです!」がないのは何故だ。
勇気が出た。ここまで至らない人間でも、こうして僕より長生きして、僕より金を稼いで、僕にタメ口を使う訳だから、人生楽勝なのではないかと、勇気が出たのである。
がしかし、こうしてコラムを書いていると案外そうではないのかもしれないとも思い始めた。

図太い神経

例えばこの社員のおばさんが望年会についてのコラムを書くとする。

「望年会に行きました。つくえの上にはたくさんの数字が書かれたカードがあって、マイクを持った男の人が数字を言って、その言った数字が自分のカードに書かれていたら、カードに穴を開けるゲームがあります。穴が一直線になったら、キッチン用品とチョコが当たってうれしかったです。〜完〜」

というような文章が出来上がるのではないだろうか。もしかしたら、ビンゴ大会のことすら書かないかもしれない。アンテナが根元から折れているのである。自分の内面にあるフィルターがスカスカなので、引っ掛かりがなく、文字が進まないのではないだろうか。
私はここまでで既に四千文字近く書いている。自分の感性が豊かだと言いたい訳ではないが、社員のおばさんよりは物事に敏感であることは事実だと思う。敏感であるが故に、反射神経の優れたバッターがボール球につい手を出してしまうようなことを日常生活でしてしまうことがある。
彼女と私の立場が逆であったとして、欠席した彼女のビンゴカードが当たり、その景品を私が持ち帰ったとしても、彼女はなんとも思わないはずである。
が私は違う。強く憤る。苛立ちが止まらず、それだけで一日が台無しになったりするのだ。

図太さとはなんだ。私は彼女を羨ましく思う。逞しく見えるのだ。
彼女のようなぶっとい神経を持ち合わせながら、ありとあらゆることに敏感でいたいと思う。
そんな文章を来年はここで書けたら良いと思う。

心ここにあってなお、明るく朗らかに過ごせますように。
みんなも、そういれたらいいね。
来年もよろしくっす!!!

PROFILE

「お笑い芸人になりたい」と思い、新卒2ヶ月で勤めていた銀行を退社。
プールサイドというコンビ名で活動中。
毎週日曜21時からインターネットラジオ「プールサイドの25Mラジオ」を生放送中。趣味はラジオ投稿。
現在はコンビニでバイトをしながら。日々の生活を楽しんでいる。

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