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落合のダッチワイフ JAN 15,2020

Hey!凡な日々 Vol.25
〜エスケープマイルーム〜


「家の鍵は閉めた、それは確かだ。だがしかし鍵を閉めた記憶があるか、鍵を閉めた感じがするか、そう問われると我々は時としてNOと答えることがある。」

これは私の言葉です。我ながら何かしらの核心を突いた名言だと思っています。
一度逸らしまして、明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願い致します。今宵もMAC BOOKは凍てつき、指先ひんやり、あ〜でもないこうでもないと頭を抱えながら日々精進、マジバイト頑張る!改めまして、人呼んで落合のダッチワイフと発しやす。

時をかける俺

僕は自宅に閉じ込められている感覚に陥る時がある。誰かしらが私の外出を阻む訳ではない。自分自身で自分の足を引っ張っているのだ。
そろそろ外出しなくてはならないなと思い、リュックにバイト着を詰め、髪先にウェットな整髪料を少々、ゆるふわな俺が仕上がった所で、冷蔵庫から麦茶を取り出し一息。時計を見る、二十分以内に部屋を出なければならない。アウターを羽織って、リュックを背負う。定期入れと煙草をポケットに入れる。あとは玄関に向かい靴を履けば良いだけ。残り十八分。余裕である。玄関に向かい靴に足を入れた時、声が聞こえる。どのタイミングでその声が聞こえてくるかは分からない。がしかし、それは決まって外出する直前に聞こえてくる。声の正体は僕である。
内なる声が言う、「コタツは切ったか?」「はい、切りました。」「本当に切ったか?」「切りました。切ったからここにいるのです。」「切った記憶はあるか?」「あります。」「それは昨日の、コタツを切った記憶とは違うか?」「多分違います。」「多分で大丈夫か?そのちょっとした気の緩みで火事が起きたりは大丈夫か?」「はい、大丈夫です。」
気が付くと、私はコタツの前にいる。全敗である。勝ち負けだと思っている。これは「僕VS内なる僕」であり、今のところ内なる僕の全勝なのである。彼の声を無視出来れば僕の勝ちなのだが、未だに言うことを聞いてしまっている。
コタツは切ってある。「コタツは切ってありました!!」と彼に伝わるように心で精一杯叫ぶ。敬語である。彼は言う、「ドライヤーのコンセントは抜いたか?」「タコ足延長コードのパチパチは全て消したか?」「元栓は締めたか?」「コタツは切ったか?」
全ての確認が終わった頃には時計を見た時からかなりの時間が経過してしまっているなんてことがしばしばある。
やっとこさ靴を履く。「コタツを切ったか?」まだ言うか。流石に無視である。冬の彼はコタツをかなり気にしているようだ。火事が怖いらしいのだ。それは僕も同じである。

等価交換

僕の注意力は日常的に散らかってる。通信簿にはいつも「注意力散漫」と書かれていた。しょっちゅう物を無くすし、忘れ物も多い。あまりに酷いので、僕は注意力を一点に注ぐことを途中で諦めたことがある。その代りこれから勃発しまくるであろう「注意力が散漫したことで招かれる不幸」をすでに受け入れ、その不幸に対する「耐性」を強化していくという方向に突き進むことにした。簡単に言うと、「物を無くしても気にしないメンタル」を養うということだ。そして僕は社会の壁とぶつかることとなる。
「社会」というのは自分のミスで他人に迷惑が掛かるように出来ている。サラリーマン時代も、今のバイト先でも、自分のケアレスミスで多大なる損失を生んできた記憶がある。
他人に嫌われるのは僕の気分が悪いので、ここ数年は自分が「注意力散漫」であることをより深く自覚し、「自分を常に疑う」という心持ちで日々生活を送ることにしたのである。その結果、業務上や日常生活でのうっかりミスは激減した。
がしかしである、ここでデメリットも生じた。
世の原則、それ即ち、等価交換。私は、「集中力」を得た代わりに、「自らへの信頼」を支払ったのである。
その結果として上記のループである。自らに「コタツを切ったか?」と問い、切ったのにも関わらずそれを否定し、確認し、コタツを切ったことへの精度を上げる。「「精度」という表現で合っているのか?」「合っていません。」
注意力を欲しくば、自らの信頼を払え。コタツを確実に切った、と言い切るにはいつまでも電源が切れているコタツの前で私は立ち尽くすしかないのである。

俺の秘策!!神龍と1つの願い

コタツを切った感が安心のレベルまで到達した頃、私は最後にして最大の難所へと向かう。玄関である。
鍵穴は上下に二つある。まず上を閉める。そしてドアノブを引いて閉まっていることを確認する。そして下を閉める。またドアノブを引き、閉まっていることを確認する。そして最後にもう一度、ドアノブを引く。これは上下の鍵穴に対する一回である。計三回、ドアノブを引かなくてはならない。
これが内なる自分に課された「鍵の閉め方」である。
僕はこのコラムで何度か書いたように、遅刻常習犯である。寝坊をしないようスマホには出勤の二時間前から、出勤してから三十分後までのアラームを十分感覚で設定している。完全に目が覚めた時に、これらのアラームを全て解除する訳だが、時として忘れてしまうことがある。
下の鍵穴に鍵を差し込み手首を捻った時、アラームが鳴る。近所迷惑にならないよう私は慌ててスマホをポケットから取り出す。全てのアラームを解除し玄関に目を向けると、下の鍵穴には鍵が刺さったままになっている。鍵を抜き、ドアノブを引く。玄関は閉まっている。「これは上の鍵穴による効力ではないだろうか?下の鍵は開いてたりしないか?」と内なる声は言う。アラームに気を取られてしまったため、下の鍵を閉めたかどうかの記憶が曖昧になっている。恐らく閉めたのだが、絶対とは言い切れない。記憶を手繰り寄せている暇があるのなら、もう一度確実な施錠運動をすれば良い。
下の鍵を開け、上の鍵も開ける。ドアノブを引き、玄関が開く。もう一度一からやり直し。
この「正しい鍵の閉め方」に五分程時間を持ってかれることが多々ある。
結局家から出るまでに計二十分はかかったりするのだ。馬鹿馬鹿しいと自分でも思う。スムーズな外出を僕は望む。そのためには、注意力をドラゴンボールのように方々へと散漫させなくてはならない。せっかく頑張って集めた注意力だが仕方がない。私の願いは、ギャルのパンティをもらうことでも、オラとフリーザ以外の人達をナメック星から地球へと飛ばすことでもない。
ただ一つ「一般的な外出」なのである。

とことんやろうぜ!消えゆく時間に残った二人 内なるお前がNO.1だ

昨日、1月7日。目を覚ますと、やけに外が明るい。朝番では決して見ることのない光が部屋を煌煌と照らしているではないか。遅刻だ。先日社員さんから「次はないですよ。」と言われた。普段はタメ口なのに。絶対に定時で出勤しなくてはならない。時計を見る。煙草を吸う。冷静な頭であらゆる手段を考える。
まだ希望がある。自転車を爆漕ぎして駅まで行き電車に乗る、バイト先のある駅に着いたらタクシーで店へと直行。そうすれば間に合いそうなのだ。が、それは内なる僕からの言葉を全て無視することが出来ればの話だ。
火蓋は切って落とされた。奴に勝つにはここしかない。僕は覚悟をして、リュックを背負い、髪をゆるふわにし、麦茶はカットで玄関へと向かった。靴を履く。
「コタツは切っ」
「うるさい!!」とピシャリ!そのまま玄関のドアを開け、上を閉め、下を閉め、ドアを引かずに自転車置き場へと急いだ。自転車を漕いでいる最中、上下を閉めた後ドアノブを一度は引いても良かったのではないかと少し考えた。
電車に乗っている時、彼はありとあらゆる言葉を使って私を家へと引き戻そうとした。冗談じゃない。電車を降りてタクシーに乗り、見事営業開始二分前にバイト先に着くことが出来た。
開店から一時間して売店が落ち着いてきた頃、私はどうにかして早退出来ないかと考えるようになっていた。何故ならば、私の住居が全焼していたからである。コタツは燃え盛り、その燃え盛った火を電源が入ったままのドライヤーが煽る、トースターに入ったままの食パンは原型を失い灰と化し、リビングを舞う。
全く業務に集中出来ないまま気が付けば退勤時間となり、急いで家に帰ると、玄関は閉まっていたし家は燃えていなかった。驚きである。

昨日の初勝利を胸に抱きながら、本日もまた朝を迎える。
リュックを背負い、髪はゆるふわ、麦茶を飲み、靴を履く。彼の言葉は今の僕には届かない。ゆったりと流れる時間を味わいながら、歩いて駅へと向かう。途中の赤信号で足を止めた時、ふとまた彼の声が聞こえる。
私はまたコタツの前に立っている。

PROFILE

「お笑い芸人になりたい」と思い、新卒2ヶ月で勤めていた銀行を退社。
プールサイドというコンビ名で活動中。
毎週日曜21時からインターネットラジオ「プールサイドの25Mラジオ」を生放送中。趣味はラジオ投稿。
現在はコンビニでバイトをしながら。日々の生活を楽しんでいる。

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