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落合のダッチワイフ MAR 15,2020

Hey!凡な日々Vol.29
~観察日記~


私には気になる人がいる。付き合いたいだとか、触れてみたいだとかそういった恋愛感情の類とは違う。ただひたすらにその人から目が離せない。
最近、その人のことを観察することを辞めようと思っている。
理由は、嫌われたからだ。
その人は私に好意があると思っていた。だから嫌われていると知った時、正直残念な気持ちになった。
だけども、その人が私を避けたいと思っているのであれば、私もそれに従おうと思う。
私が初めてその人に会った時、私はその人が望んでいることを叶えるために存在しているような、そんな気分になったからだ。
とは言え、こちらにも意地と執念がある。ただでは引き下がれない。その人への最後の抵抗として、このコラムに私とその人がいたことの痕跡を残しておこうと思う。
その人がまた私を必要とした時、この文章がきっとお互いの役に立つような気がするから。

観察1

その人の身長は167センチ。その人から直接聞いたので間違いはないはず。実際の所165センチではないかと思ったけど、それを口にしたらその人はきっとムキになるだろうから口を閉ざした。その人はいつも他人から見てどうでも良いようなことでムキになる。それが可愛い。それが可愛いというのはその人自身も分かっていて、自覚的にそうゆう態度を他人に取っている。何気ないことを大切に思う繊細な自分をアピールしたいと本人が口にしていたことがある。身長は167センチだと平気で嘘を付くのに、自分の根の部分に関してはペラペラと自ら喋り出す。そのバランス感覚が見ていて不快になる。逆張りの一言で済む。
その人は頻繁に髪型を変える。センター分けにしたり、前髪パッツンにしたり、2ヶ月に1回はイメージチェンジをする。髪を切る前と切った後の印象の差が開いていればいる程、その人はさも髪を切っていないような顔をして出勤してくる。それならそうしていれば良いのに、周囲に反応される前に「どう?どう?」と自ら聞いて回る。誰にも気づかれなかった時のことを考えて怖くなったのだろうか。
「誰をイメージしたの?」と職場の人に聞かれていた。誰もイメージはしていないとその人は答えた。嘘だ。私は知っている。その人は毎回美容師さんにとあるバンドマンの写真を見せ、「これと一緒にして下さい。」と言っている。その人が私にそう言っていたので、間違いはないと思う。その人は途中まで私のことを「良き理解者」だと思っていたらしく、私には何でも本当のことを教えてくれた。特にバイト先からの帰り道が多かった気がする。
「アンニュイな感じにしたくて」「モテたくて」と自ら公に言わなくていいことは堂々と言うくせに、「美容師に写真を見せてから切っている」という他人からすれば死ぬ程どうだっていいことを本気で隠し通そうとするのは何故なのだろうか。
俗っぽい人だなと思う。

観察2

最近彼は勤務中よく店を抜け出す。紙コップに水を満杯に入れ、こぼさないように慎重に歩きながら、店員達に何も言わずにトイレへと向かう。そして2分後に手ぶらで店に戻ってくる。うがいをしているらしい。6回のうがいを1日に5回計30回はすると言っていた。寝る前もするらしい。話題のウイルス対策とのことだ。「怖いの?」と聞くと、「怖くない。うがいをしているから。」と言っていた。帰り道、いかにあのウイルスが「平気」かということをその人は私に説明してくれた。何遍も何遍も同じ話を帰り道にされた。きっと怖いのだろうなと思った。
その人は「世間」に怒っていた。「どいつもこいつもヒステリックにマスクをしていてみっともない!」とマスクをしながら憤っていた。その人は絶えず「世間」を意識し、「世間」の反応とは真逆の反応を周囲に見せた。常にマスクをし、うがいを30回もしながら。
自分は「一般的」ではないということを、そのような手段でしか表現できないその人の根底奥深くで横たわる図太く安っぽいその価値観は見ていて滑稽で仕方がなかった。その人もそのことは良く分かっているようだった。
だから「怖くない。うがいをしているから。」なのだろう。
口には出せないけど、その人はやっぱり普通の人だと思う。もしも口に出したら、「そうだよ。」とあっさり認めるだろう。どこまでもつまらない人だと思う。
自分が「俗」であることを認めるためにも、私が不要になったのだと思う。

観察3

その人が唯一狂っているところは、神経にある。「世界」と「脳」を赤白黄色のコードで繋ぐ。そこに映し出された映像が「現実」だとする。その人が見る「現実」のほとんどはフィクションで出来ている。配線が合っていない。本来赤を差すべき所に黄色が差さり、黄色を差すべき所に白が差さっている。虚構の中を生きている。
何故私がそのようなことを知っているかというと、その人が見る「現実」に触れたことがあるからだ。
私とその人はバイト先からの帰り道、途中にある喫煙所でよく煙草を一緒に吸う。その人は煙草を吸い終わった後、指先で煙草の先端を灰皿に永遠と押し潰している。「もう、消えてない?」と聞くと、「ああ、そっか。」とかなんとか言って、灰皿の中に煙草を慎重に落とす。私が喫煙所を出ようとすると、その人はその場に留まり灰皿を見つめている。「何してんの?」と聞くと、「煙が見える。」とその人は答えた。私が見る「現実」だと煙は見えない。だけどその人の「現実」だと煙は立ち上っているらしく、その人は背負っていたリュックサックを体の前に持ってきて、チャックを開け手を突っ込み550mlのペットボトルの炭酸ジュースを取り出し、中身の3分の2程度を灰皿の中へと流し込んでいた。
安心したその人は「行こっか。」と言って、喫煙所を出たがその後2回は灰皿の方を振り返っていた。指先が真っ黒になっていたのを見た時、私はその人を始めて怖いと思った。そしてその人にとってそれが「現実」に他ならないことを知り、改めて私が必要なのではないかと思った。

観察4

その人は自称「人見知り」だった。天才感を出しているのだろう。とにかくその人は自分が繊細な生き物であることを周囲にアピールすることに命を懸けているように見えた。
だけど、その人は人見知りとは真反対の所にいた。バイト先での人間関係も良好、同じ建物の中で働いている私達とは別の職種の人達にも顔が効く。その人と帰る時、職場を出るまでに最低3人から声を掛けられる。誰にでも分け隔てなく気さくな振る舞いをするその人を見て、私は心底気持ちが悪いと思った。そのことはその人に直接伝えた。その人も「気持ちが悪いよね。」と言っていた。本音を言っているように見えた。
その人は天真爛漫な性格で、実際に気さくで、周囲に危害を与えないような雰囲気がある。問題はそれらを自覚している点にある。自分を安っぽく見せ、ハードルを下げることで「ノリが良い」と思わせる所から始め、早い段階で自分の根深い部分を開示することで、安心して相手に舐めてもらうという方法で人と表層的なコミュニケーションを取る。人を小馬鹿にしているのだろう。
自分でそのような短い時間で効果が発揮される浅い関係値しか築けないやり方をしてきたクセに、向こうから「なんか疲れてない?頑張れ。」「今日残業?身体壊さないようにね。」等々の、言っても言わなくてもいいような、むしろ何も言っていないのと同じようなことを言われると、イライラして仕方がないとその人はある時の帰り道口にしていた。全てお前のせいだ。

観察5

その人は訳が分からなくなってしまっているようだった。これまで築いてきた浅はかな人間関係を自ら壊す作業に取り掛かっていて、話し懸けてくれた人達がその人に反応しなくなった頃、引き算で起こす「変化」が如何に無意味であるかを知り、如何に自分が陳腐で俗でみっともないかを学んだ。自暴自棄になる快感は得をしないからといって、自暴自棄になれないところがその人のダサいところだ。
驚いたのは、「これまで築いてきた浅はかな人間関係」の内に私が含まれていたことだ。
その人に、日常的な景色が如何に鮮やかであるか、それをどう表現すべきかを教えたのは私。どれが大切でどれがいらないか、何をしたらカッコよくて、何をしたらダサいか、あなたが好きなもの、嫌いなもの、お笑いも、映画も、本も、この文章だって、全部私がその人に与えたのに。
「鬱陶しい。」それだけの理由で、僕は私が必要じゃなくなった。
全ては僕が僕自身の手によって選んできたもので間違いはない。
僕は僕の頭上、斜め右上にある飾りを不要だと決めた。

PROFILE

「お笑い芸人になりたい」と思い、新卒2ヶ月で勤めていた銀行を退社。
プールサイドというコンビ名で活動中。
毎週日曜21時からインターネットラジオ「プールサイドの25Mラジオ」を生放送中。趣味はラジオ投稿。
現在はコンビニでバイトをしながら。日々の生活を楽しんでいる。

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