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奥田 慶 OCT 10,2019

Vol.6 Storm in September


9月8日-夜-

ものすごい雨が降りました。
友人の家で寝ているとそれ(停電)が。
消えた電気は、すぐに復旧したため
僕の気持ちは「ああ、軽い停電で済んだなぁ」
と思ったその時です
一瞬にしてしてまた電気が消え、視界はすぐに暗闇となりました。

正直なところ、
僕は寝ぼけていたので、朝になれば停電はすぐに解除されるだろうと思い
朝起きて見て、電気がつかないことに正気に戻り、
さらに
友人の家に愛犬と一緒に宿泊していた僕は
自宅が心配になりました
朝食をとるにも
電気がつかない、コーヒーも入れられない。
ひとまずコンビニへと車を走らせ、セブンイレブンへ。
信号も全て止まっている。。。。。

脳内で思い出すのは、そう。。
3·11を思い出すような風景でした

友人宅は匝瑳(ちょうさ)市にあったので、
そこから自宅まで30分かけて帰り、
海側を走るか国道バイパス沿いを走るか迷いながらも、様子が気になって。
海沿いを走ることにしました。
しかしこの選択はミスだったと言うことにすぐ気づきました。
大木が倒れ植物の葉っぱはバラバラになり道路を塞いでいました
トレーラーや大型自動車は通れなくなり、
立ち往生していましたが僕の車は何とか片貝に戻ってくることができました
僕のジムニーは風で15メーターほど
元に停めてあった位置から動いていました。
さらに悪いことに、隣に停めてあった妻の車に激突していました

とにかく信号も電気も全くつかないその日は、水だけが出ていましたが
明日から断水と言う噂も流れている始末。
電気もつかないと言う事は愛犬の空調さえ確保できない状態で
ガソリンスタンドも止まっている。。
「どうしたらいいんだ」と考え街を徘徊しましたが、埒も開かず。
近所のカインズホーム(ホームセンター)に行けばペットも入れると思い、
カインズホームの前を走っていると、そこにはすでに行列ができていました
いろいろ考えた結果、
少し離れた場所に電気が通っている場所があったので
成東方面にあるホテルに一晩泊まることに!!

。。いわゆるブティックホテルというやつです。
こういう状況なので仕方ないかなということで泊まりました(苦笑)

相棒を連れてとりあえず安全な場所を確保する僕とは裏腹に、
妻の会社はまだ対応が遅くそんな中でも仕事のよう。
日本の会社はまだまだ従業員の最優先とはいかないようだ
(もちろんそういう会社ばかりではないが)
「災害になっているのに、家族も一緒にいられない」
そんな悲痛な思いを胸に
一晩を過ごしどうしようと考えながらまた車を走らせる
シーズンが終わり、片付けを始めかけていた海の家も
全て吹き飛ばされている

いつもの海岸。
尋常ではない力でガードレールは曲がってしまったことは一目瞭然だった
停電は少なくとも1日で終わると思いましたが、、
時間が経つにつれて
“これは時間のかかるものだ”
と言うことに気づき、
北茨城にしばらく宿泊しようと思い車を走ることにしました
道中、成田までガソリンスタンドは行列の山
「ちょっとやばいかな?」
と思ったところで空港通りの近くに空いてるスタンドがあったのでそこで給油して車移動のライフラインを確保。
そこから東関東自動車道に乗り日立まで行く。
嵐の初日から、この地を出た方が良いと考えていましたが、
「少し対応が遅かったな」
車を走らせながら、後悔のようなうまく言えない気持ちに苛まれていた
南風に気づき、「この風向きなら」と思い、
河原子(かわらご)海岸にとりあえず行くことに。
環境に悪いのですが、
愛犬の空調を確保するためにアイドリングして(本当は良くないとわかってはいますが)
クーラーをかける命より大事なものはないし。
(本当は良くないとわかってはいますが)
普段からサーフボードを車に積んでいるので、気持ちをなだめる意味も込めて
こんな時にも限らず海に入ってみた。

時間が経つに連れて、知り合いの状況なども徐々に明らかに。
今回の災害で発電機を持っていた仲間たちは何とか対応してるような感じでした

河原子で海に入っていると、
僕が見慣れないせいか、いろんな人に話しかけられた。
「千葉に住んでいること、愛犬のこと。もちろん避難してきたこと」
もちろん、ここの人たちは、そこまでの被害だと思ってはおらず、一様に驚いていました。
もちろん、一番驚いているのは当事者の僕であるが。

しばらくして、妻の会社でもようやく安全の確保というお達しが出た時には
気づいたらもう一晩、愛犬と共に過ごしていた。

停電や断水がもうちょっとしたら解除されるという情報をもらっていたので
1日北茨城でサーフィンをしてからゆっくり千葉に帰ろうと思っていました。
普段、サーフトリップだと
これくらいの移動や環境などもろともしないのだが、
今回だけは、災害情報や心のどこかでずっとある不安が頭によぎり、非常に長く感じ、そして疲弊した。

帰る時に少し安堵したのか空腹になって食べた海鮮丼屋さん。

今回、都内の関係者や仲間友人に頼る事は一切しなかった。
正直こんな時に「泊めててくれ」
って言えないのか僕の性格なんです 笑
本音は全く逆でしたが。
正直いうと少し台風を甘くみていたせいか、自分にとっては驚きの方が多かった。
本当にここだけの話だが、
被災初日に片貝の港が非常にグッドウェーブだったのを知っていたのは
僕が知る限り僕ともう1人だけだった(その時はそこまでの被害になるとは知らずにみに行っていました)
自然の脅威を感じたこの1日半であったが、
サーファーとして自然の中で楽しむことを、趣味であり、、また生業としてる自分にとっては
短くも特別な感情を持った時間であった。

-今回被災した皆様の早い復旧を願っています-

この記事が掲載されるのは10月になると思いますが皆さん千葉南まだ復旧してない場所もございます。
一人ひとりのできる形で構いませんので、ご協力の方よろしくお願いいたします!!

PROFILE

奥田 慶 trouble surfboads 主宰

静岡県浜松市出身、千葉県市川市育ち
現在は千葉県・片貝にてSurfboad Shaperとして活動

Surfboadがどのように作られているかなど、僕の自己紹介を含め、こちらのコラムで毎月ご紹介させていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。

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