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吉本 悠佑 SEP 04,2020

What’s LOVE? -Season 2- 『白昼堂々の男』


※前作〈What’s LOVE? -Season 1- 『私のモテ期を終わらせた男』〉

「25歳」ってのはいいわね。19歳ってのも使えたけど、25歳ってのはもっと使える。変幻自在の時代。

社会に出て三年。先輩もできたし、後輩もできた。自分のお金で飲みに出て三年。上からはご馳走され、下にはご馳走したわ。経済を回している実感。

・・・商社の彼、ティア1の彼、区役所の彼、研修医の彼、そして就活生の彼・・・・25歳という自分を中心に年齢の上下の幅が広がっただけでも世界の広がりを感じられた。そして、ゲイというだけでそういう人が集まるバーやクラブに足を運べば、すぐに色んな出会いが待っていた。

そのメンバーシップを、私はフル活用した。

tweetie

当時はね、twitterがすごい元気だったのよ。facebookは個人情報を載せるからヤダとかでなかなか元気なかったし、instaはまだ母胎。。

twitterの場合、自身の匿名性が確保された上で、未知の人とも超テキトーに繋がり合えるといういう点がゲイカルチャーやサブカルチャーととてもマッチしてた。嫌になったらすぐ切れちゃうイージーさも含め。

twitterの色が“青”だったから私たちはそれを『青アプリ』と呼んだ。私たち“小鳥ちゃんら”は皆そんな青いアプリを飛び散らかした。(※当時、他のゲイ専用マッチングアプリに「“赤”アプリ」「“黄色”アプリ」があって、それと並列させて「青アプリ」って呼んだのよ。)

そんな“小鳥ちゃんら”とほぼ毎晩夜の街に繰り出しては、「最近また“青アプリ”で新しい男と出逢ったんだけど、その人メーカーのエンジニアらしいんだけど、レクサス乗ってるらしいの!国産車だけどお金持ってそうじゃな~い!?」なんてピーチクパーチク。居酒屋、バー、クラブ、24時間の喫茶店・・・そんなところで夜中さえずり合ってたわ。そういう時代。<Season 2>

Competition

でも社会っていうのは、知れば知るほどダメね。色眼鏡をつけてしまったのは、まさにこの時代。世界を知るというこは、何かと何かを比較してしまうということ。

会社/職業/年収/居住地/所有物/身長/体重/ステータス・・・

私もバーやクラブで他人とのコンペに勝てるようにと、一枚ずつ『化けの皮』を身に着けていったわ。

もともと大企業に勤めていたし、名刺を印籠のように毎度出してもよかったけどそれは野暮。バーのママとか交友関係の多いお局さんみたいな人にお近付きになって「こういう会社で働いているんです」と言っておくの。そしたらあとはいろんなとこに顔さえ出せば情報なんて勝手に伝播していくわ。

25歳超えたら私はデザイナーズマンションに住み始めた。スチームサウナ付きの浴槽に入り、ベランダでビル群の夜景をバックにシャンパンを開ける。そんな写真をtweetする。

セレクトショップの店長と仲良くなり、先行予約会の案内状が届く。そういう場にキニナル人を「限定のやつだけど来る?」と誘う。別に来なくてもいいのよ。そのプレミア感が重要。予約の取れない飲食店も、知っている、通っていることが重要。

こうして完成品そのものだけでなく、行為・行動そのものも全て、自分に対する評価・色眼鏡に繋げる。これが『化けの皮』。何枚も何枚も重ね着していた。

そういえばこの頃、のちに沖縄で再会をする彼ともデートしてたわ。数回で終わったけどね。まさかあんな形で未来の再会が待ってるなんて、当時は思ってもみなかったね。

十年後に那覇で偶然みつけた思い出の埃っぽさが、その当時はまだ新品のスパンコールのようにギラギラとしていたのよ?

B&B (Beauty & the Beast)

この頃は、一日が24時間では足りなくなってた・・・!!

・・・“朝”の男、ランチの男、アフタヌーンティーの男、ディナーの男、呑みの男、呑みの男(その2)、そして夜半の男・・・一日に6件とか7件のデートをこなしてたケダモノ。ただ、そこには優先順位をつけてた。「夜要員>メシ要員>昼要員」ってとこかしら。酒も飲まずにデートするとかありえない!私をシラフにさせるなんて、重罪よ?

夜の街に繰り出す前にはねぇ、コンビニに寄ってね、ちっちゃい瓶を4本買うの。「ウコン系」「睡眠打破系」「コラーゲン系」そして「ファイト一発!赤まむし系」・・・!!!それだけでお会計数千円。いいランチが食えるわ(笑)

ゴミ箱に空き瓶全部ぶちこんだら、気合入れてi-Pod片手に夜の街へ繰り出してたわ。Hey! Taxi!!

起きたら見知らぬホテル。見知らぬ男。そんなこともあったわ。

Infrastructure

そんなある日、青アプリに『今日は珍しく仕事が早く終わりそう!外がまだ明るい!百貨店が開いてる!(笑)』なんて18時ごろtweetしたら、まだ会ったことない男から『俺も仕事終わります。よかったら夕飯でも行きませんか?』とリプライがきた。

どうせ、昼から夜までは仕事、夜から朝まで飲み、のリズムでできてた私は、夕飯相手がいたらよかった。年上っぽかったのでおごってくれたらラッキーぐらいだった。アプリに“顔出し”してなくてビミョーだったけど、まぁ『刹那』にはもう慣れてる。

現れた男は背も低いし、スーツは着こなしていたけど地味。靴も鞄も物持ちはよさそうだが地味。時計は悪くない、収入はある。。。その頃になれば、その人の所有物を見ればその人の業界がだいたい解った。そんな“アソビ”を小鳥ちゃんらとも常にしていたもの。
彼とのtwitterのやりとりはそれまでになんとなく盛り上がっていたので、どっかの古臭い企業にお勤めなんだろうなと察しはついていた。

彼はさらっと名刺をくれた。(いきなり身分を明かす人も珍しい・・・)

そしたらなんと!私が当時、営業として担当していた大手インフラ系企業の経理マンだったのだ・・・!!!!

私は心の中で(まじかよ~~~、クライアントとかムリムリムリムリ!しかも経理部とか・・・価値観まじで合わなそう・・・)と思った。地味。地味。地味。地味・・・!!

彼がパッと自分の名刺を出すもんだから、悪い人ではなさそうだし、私も正直に「実は広告会社勤務で、今、あなたの企業を担当してて・・・」と言ったら、『あ、そうなん?めんどくさいでしょう?うちの会社(笑)いろいろすいません』と言った。

私は営業という仕事にも、自分の会社にも、特に“誇り”なんて感じていなかった。会社は立派でも自分という人間は全然立派だと思ってなかったし、仕事だってたまたま第一営業部に配属されたからトップクライアントを担当しているだけで、本当は人事部とか、外に出ない、エアコンの効いた仕事がよかった。それでも営業マンとしてひとつだけ信念があって、それは『どんなことがあってもお客さんのことは愛する』ということだった。
だから作業として面倒なことは多々あったけど、私のいたチャラチャラした広告会社に比べたらその得意先業は全くの真逆で、この上なく地味だったけど、それでも人の良さ・素朴さを持って、皆、私の粗相も最後は温かく許してくれた。そうしたマイルドな担当者さんたちに、私はいつも感謝でいっぱいだった。

「あそこの事業所、この前初めて行ったんですけど、すっごい不便ですよね~」とかマニアックな話を私がふると、彼は『そうなんです。俺もたまに行くんですけど、すっごい不便ですよね~(笑)でも、あそこの近くに“キタナシュラン”みたいな町中華があって、みんなそこに行くことを楽しみに行くんです!よかったら行ってみてください』とか丁寧なリコメンドをくれた。まるで、特に賞も取らなかったような地味な自由研究の発表が、知らない誰かに褒められただけで、ほくそ笑んでいる小学生(高学年)のように。
この人はきっと、自分の会社のことが、自分の仕事が、自分の置かれている今の環境が、“地味”に大好きなんだろうなと思った。
私とは全然違う。真逆。

彼はご丁寧にも『今日は急なのにありがとうございました。明日も平日だし、また今度ゆっくりと…』と言い、21時頃には会食を終えた。私にとっては“これからの時間”なのに、まぁいいわと思って別れた。

彼は定刻のバスで郊外へ帰って行った。
私はタクシーで数分の夜の街へ消えた。

Mr. Bright

彼からメッセージが来た。
『今度、一緒に美術館に行きませんか?』

そういえば広告会社に勤め、会社内にはクリエイティブな雑誌や書籍が山ほどあったのに、私はそんなものに全然触れていなかった。

彼の提案してくれたのは、私がずっと気になっていた郊外の現代美術館だった。彼が車を出してくれるというので、話に乗った。彼の車の“査定”もしたかったし。

久しぶりに休日をちゃんと午前中に起きた。彼は国産車で現れた。
久しぶりに美術館の営業時間に其処に行けた。私はお茶を濁した。

郊外の緑いっぱいのカフェ。そんなんに慣れてない私が「お茶したの、久しぶり。私ってさ、500円あったらコーヒーじゃなくて生ビール飲みたいんだよね」と茶化すと、『俺もお酒は好きです。君ほどじゃないですが(笑)今日はお茶で我慢してくださいね』と言った。私は、分かった、と言い、大きなガラス窓の外の燦燦と降り注ぐ陽と緑を眺めた。

『夜は実家に行かないといけなくて…昼だけでも付き合ってくれてありがとうございました』と彼は夕方まだ明るいうちに私を見送った。私は急に手持無沙汰になった・・・

その翌週も『会いませんか?』という連絡が来た。
私は大きなコンペを控えており、週末にも関わらず、東京本社で会議があり、夕方の新幹線に乗らないといけないけど、それまでなら空いている旨を伝えたら、『そしたら少しだけでも会って下さい。駅までは車でお送りしますので』と返信が来た。

キャリーケースもあったし、荷物の“運搬”には車のほうがいいと思い、私は了解した。

東京に着いたらすぐに会議に出る予定だった私は、スーツで出掛け、キャリーケースを引いてマンションを出たら、そこにはラフな普段着の彼が待っていた。『今日は他に予定がなくてこんな恰好でごめんなさい』と詫びた彼は、私のキャリーケースを車のトランクに載せてくれた。
『スーツもやっぱり素敵ですね』と彼は言ってくれた。昼間の私を、正直直視しないで欲しかった。

私は既にコンペのことで頭がいっぱいで、東京での会議の進め方とか、勝ち方とか、根回しとか、そして顧客の事とか、そんな事でたぶんピリッとした顔をしてたと思う。
でも、彼の車でJR新幹線口に向かう車の中、いつもならタクシーで行くのに、今は、これからコンペで発表するクライアント企業の人が運転手をしている車に乗っているとか思ったら、急に可笑しくなった。
彼にその話をしたら『そうですね。可笑しいですねね。俺には何もできないけど、頑張ってきてくださいね』と笑った。

晴れて澄んでいたように思う。夕焼け。同じ筈なのに、飲みに出歩く時の夕焼けと、タクシーで独りで戦いに行く夕焼けと、誰かに見送ってもらう夕焼けってのは、全て違うんだなと、初めて気付いた。

赤茶けた空を見つめる私に、彼が言った。
『もしよかったら、俺と付き合ってもらえませんか?』

衝撃が走った。とっさに出た一言が・・・
『え!?いや。こんな白昼堂々、何を!!?』

彼が私に好意を抱いていたことは気付いていたし、いつかこうなるとは思ってたけど、まさかこんな白昼(私にとっては夕方も“昼間”!)に!?そのシチュエーションに驚いたのだ。

夜の街を徘徊し、ピーチクパーチクと色恋をしてきた私にとって、それは逆に絶対に『ない』ものになっていた。きっと夜、何処かで、オシャレを決め込んで、オシャレな料理や酒を楽しみながら、ふわふわと「今夜は疲れた…」とか「じゃあ、家にシャンパンが冷えてるよ…」とか、そういう状況下でこういうことはするもんだと思い込んでいた。身勝手に。

それなのに、彼は、私が仕事モードが入り始めた、見せたくない“昼間の顔”を見せたその瞬間に、『告白』をしてきたのだ。

『昼間だからこそ、伝えたかったんです。すぐに答えはいりません。東京から帰ってきて、君のタイミングがいいときでいいので、連絡をくれたら嬉しいです。待ってますから。お気をつけて』

行ってらっしゃい。
行ってきます。

Bachelor

東京での仕事を終え、夜は新宿二丁目に繰り出した。“東京小鳥組”と再会し、恒例のtweetが始まった。

私は『断ろうと思ってる!だって地味の極みなんだもん!』と言い訳をし、彼らは「へ~」とか「相変わらずモテるわね、姫♡」とか言ってきやがった。
そのうちのひとりが「でも珍しいパターンよね。昼間のあんたを見て、ちゃんと明るいうちにバイバイするなんて。そんなゲイ、なかなかいないわよ~」と言ってきた。

もうどうにでもなれ!と思った。しばらく私には”公式の彼”もいなかったし、付き合って嫌なら別れたらいいし、再会した時の直感で決めたらいいと思った。今は大きなコンペのメドが立ち、スッキリした気持ちでただひたすら大好きな仲間とピーチクパーチクしたかった!

「わかった!じゃあ今夜はバチェラーパーティーね!シャンパンおごるから!!」と女王。「よっ!ド派手好きの名古屋嬢!!!※」とブスども。独身最後の夜、いよいよ到来!?
(※当時、私は名古屋在住)

私はシャンパンを開け、ゴーゴーボーイのパンツに札をありったけ挟んだ。彼らの股間が目の前で舞い躍る。こんな遊びもお金さえあればすぐできるのに、目の前の股間ボーイズは私のことなんて全然好きじゃない。
変なの。

Sunny

帰った私は、真っ先に彼に会いに行った。
彼の最寄り駅まで行ったら、彼が既に車で迎えに来てくれていた。

「付き合ってみますか?」
『本当!?ありがとうございます!』

「でも出張うまくいったし・・・まずは酒がたらふく飲みたい!」
『わかりました。そうですよね(笑)』

・・・まずはお礼を言いたい。俺のことをちゃんと考えてくれてありがとう。夜の君も素敵だけど、昼間のスーツの君も、とても素敵だと思います。これからも、どうか、宜しくお願いします・・・

彼は腕を広げ、私はそこに吸い込まれていった。

===
彼の家で目が覚めた。
見知っている彼。

広いベランダに出てみると、郊外の見晴らしの良さが、私のふたつの目尻にまで優しく届く。少し遠く丘の上には、蔦の生えた半分みどりの給水塔。ムーミン谷にありそうな赤茶けたとんがり屋根。 そこへ向かう小鳥たちは、本物の青いさえずり。

朝だ。

ここから4年間、また違った景色が始まる。

to be continued…

PROFILE

吉本 悠佑 POP-UPイケ麺バー主宰

京都在住『流しの料理人』 Pop-Upイケ麺バーを主宰し各地で手打ちの蕎麦や饂飩を出す傍ら、ライター、金継ぎなどをマルチにこなす。京都の割烹屋・全国の麺処で修業経験有。旅した国は世界40か国近く。大学卒業後、大手の人材会社・広告代理店での営業経験やドイツ在住経験も。gayデス。

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