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吉本 悠佑 OCT 09,2020

【一人旅のすゝめ】山口・佐賀・青森編


以前「大切なこと」というタイトルで岡山・備前の陶器の里へ行ってきた経験を綴らせて頂きました。

いつからか私は旅にテーマ性を求めるようになった。遊園地とか水族館とか大勢が寄り付く場所にはさっぱり行かなくなってしまった。行きたくないわけじゃないが、別にいつでも行けるし、いつか大切な人ができて、その相方が行きたいと言い出したら一緒に行こうかなと思って取ってあるだけで。そしてただただ時間が過ぎていっているだけで・・・
「アメリカの敵国が見たい」というテーマ性を持ってイランに出掛けたことはあるが、ハワイには未だに行ったことはない。そんな私にはて、「相方とのハワイ旅行」という大衆的幻想が本当に訪れるかは謎。

密を避けろと言われるこのご時世。それなら『一人旅』をしたらいいのにと心から思う。「ああ、此処から夕日を見たら綺麗だろうな」と想像できたなら、ずっと其処にいればいい。というかそれができたなら、なんて贅沢な事なんだろうか。
いつの間にか『ヒトリアソビの達人』になってしまった自分。

そんな最近の旅を、いくつかレポートします。

山口:萩

岡山・備前に引き続きテーマは『焼物』。
次はどの焼物の里に行こうかと思い立った時「一楽二萩三唐津」という言葉に当たった。茶人が愛した茶器の三大名産地の事である(楽=京都、萩=山口県萩市、唐津=佐賀県唐津市)。であれば3つ全部制覇してやろうと思い立ち、まずは萩を目指した。

夏の萩はとても気持ちよかった。
聞いたら地元のブランド烏賊が旬ということで探し求めてみた。『須佐男命(すさみこと)いか』という剣先烏賊。名前がいい。気に入った。是非ありつきたい。
出てきた尊(ミコト)は一杯丸ごとの踊り食い。活きが良く素晴らしい。透けるほど美しいそのおみ足は吸盤まで柔らかく、ストレスなく味わえる。むしろ食感がアクセントとして又美味。
ミコトと目が合う。もう彼のことをミコトと呼ぶことにした。そしてニッポン人で本当に良かったと思う。外国人の中にはニッポンの生き造りは信じられない、魚と目が合うなんて気持ち悪い、という人がいる(そういう奴に限って冷凍の胡散臭いフィレを好む)が、私含めおそらく多くのニッポン人は、烏賊や魚たちのそのつぶらで輝かしい目を見た時、むしろ安心感を覚えるだろう。有難し。
店員さんに「飽きたら天ぷらか炙りにもできますよ」と言われたけど、いつ飽きるか、いつ飽きるか、と思いながら一口ずつ大事に口に運んでいたが最後まで飽きなかった。誰にも邪魔されずその活き活きとしたマコトを、そのおみ足まで全てペロリいただいた。

宿は、大正時代には遊郭だったという旅館を選んだ。真上から見たくなるほど絵にかいたような“ロの字型”の建物。その中庭を囲んでの木造二階建。亭主ひとりで切り盛りしているという割には、その手入れが行き届いており、その亭主の愛情を端々に感じる。

昼の陽に照らされ文字が浮かび上がる仕掛けもなんとも遊び心に溢れていて雅。これを見れたのも、またラッキー。ミコトの御蔭か?

夜になると妖艶な雰囲気がゾクゾクっと楽しい。その回廊のどこかに、足をだらんと中庭に遊ばせ、浴衣を緩く羽織った遊女がこちらを手招きする。そんな幻想がひろがる。
その晩泊っていたのは私一人だけで、私のためだけに亭主が共用の岩風呂を沸かしてくれた。温泉でもなんでもない五~六人が入れそうな室内風呂であったが、ここで昔あんなことやこんなことを楽しんでいたと思うと、また妄想が楽しい。

そういえば昔、とある霊感のある方に、私の幾つかある前世のうち一つは遊女だと言われた。当時はこういったところに勤めていたのだろうか?いいマスターのもとで働けたなら、どんな仕事でもきっと幸せ。
妄想を掻き立ててくれた宿。今後も亭主の元気な姿を願う。

佐賀:唐津・伊万里・有田

私は佐賀をナメきっていた。心からお詫びしたい。陶磁器大国・佐賀に。

まず向かったのも、また古き茶器の町・唐津。萩も唐津もなぜ茶器の郷となったかというと、豊臣秀吉の朝鮮出兵のあの頃、朝鮮から連れてきた陶工達によって窯元が立ち上がった歴史を持つという。が、二都市とも似て非なるもの。見比べることができ大満足。

そして現在、より有名なのは伊万里焼や有田焼ではないだろうか。これらも含め佐賀県内の焼物について話をし出したら切りがない。とにかく“大国”なのである。

例えば「陶器」と「磁器」の両方の郷が佐賀には存在する。陶器は土物と言われ唐津が有名、磁器は石物と言われ伊万里・有田が有名。この三都市が車で1~2時間ほどの距離に点在していて、これだけの近距離で現在も陶器・磁器の両方が存在感を放っている地域というのは全国的に見てもかなり珍しい。※ちなみに備前焼・萩焼は陶器、金沢の九谷焼は磁器、というようにたいていの産地においては陶器or磁器どちらかが有名だったりする。

そしてひとえに伊万里焼といっても、その様式も様々である

例えば「古伊万里」は、江戸時代に作られた海外向け・豪華絢爛スタイル。ヨーロッパの貴族達を魅了し、宮殿に置かれた。ティーカップなどで有名なドイツのマイセンもこの古伊万里の磁器の美しさを模して立ち上がった背景を持つ。

※伊万里焼のメッカ「大川内山(おおかわちやま)」

対して「鍋島焼」は江戸時代の国内向けの品、鍋島藩主(佐賀藩主)が将軍や他大名に献上したもの。色絵付けの派手なデザインのものもあるが、シンプルな青白磁や余白を楽しむ琳派のようなデザインなど、ニッポン人としてはこちらのほうが馴染みを感じる。

更に言えば、現在、その生産体制も様々である。小さな個人経営のような窯元も多々あれば、商社主体の大量生産体制を築き上げてきた窯元もある。こうした量産体制が悪いわけではない。結婚式の引き出物やちょっとしたギフトなどで贈答される有田焼は、こうした企業努力によって出来たものが大半であり、今でも私たちはしらずしらずのうちに有田焼に触れているのである。

※有田焼の焼物団地。様々な窯元が生産販売体制を整えている。

磁器の原料となる石を求め採石場にも向かった。現在はほとんど使われていないそうだが、ニッポンの磁器の歴史がまさにここから始まったと思うと胸が熱くなった。実際暑かった。そして私はハッと思い出した。そういえばタモリさんもこんな旅をしていたなと!ブラタモリ、帰ってから見直そう。伊万里・有田特集。

青森:南部地方

今回私が頂くのは「南部藩」であって「津軽藩」ではない。『青森=リンゴ』だなんてまだまだ旅の変態度が低い。リンゴは津軽。では南部は・・・?

青森県を初めて訪れたのは約十年程前。友人の結婚式で八戸へ。
その時は青森市内・八戸市・十和田湖辺りを訪れたが、自分的には八戸が気に入ったので、またこうして訪れることができたのはとても嬉しい。

八戸のどこがいいといえば飲み屋街の「横丁」文化が素晴らしい。八戸には何軒もの飲み屋が集合した「横丁」が市街地にいくつもある。ハシゴ酒が楽しい。

話は逸れるが、私は東北新幹線の盛岡以北に萌える。東海道新幹線や山陽新幹線というのは、東京・名古屋・大阪・博多という大都市の点を繋げる大目的のために作られた。だから途中駅のアゲ度が正直あまりない・・・。
が、東北新幹線というのは、当初、盛岡が終着駅であり、そっから先はまだまだ“陸奥”であった。盛岡に降り立った人々は、盛岡を拠点に以北開拓のビジネスを進めた。そして盛岡が栄えた。
やがて東北新幹線が八戸まで伸び、今度は八戸が終着駅として、新たな陸奥開発の拠点として栄えた。そして新青森へ。私はこの盛岡~青森のあたりの『徐々に伸びていった感』が好きで、かつての終着駅=開発活動拠点の名残というか「新幹線がうちの街まで伸びた!」という喜び・活気みたいなものが、今でも探せばちゃんと残っているのである。『伸びた!』というのが重要であって、「どうせ通るならここにも駅を作れ!」といって作られた駅とは、まったく趣が異なるのである。

昼間は八食センターで海鮮ランチを楽しんできたので、夜は肉が食いたいと思い、ホルモン焼屋に行った。青森ではホルモンといえば牛でなく豚ホルモンだそうだ。

そこで亭主・奥さんと話していると『青森県には国宝が3つあるんだが、その3つ全部ともこの八戸にあるんだよ!』と自信満々に言われ、やはり津軽との確執と共に、南部の誇りを感じられ、安心した。どちらかというと八戸の人は盛岡に親近感を持っている。同じ“南部藩”だからだ。
個人的にその自慢の仕方が独特で面白かった。そうか!これからは八戸の人をアゲるのには「八戸には国宝が3つもありますしね!(青森市には県庁はあっても国宝はないですもんね!)」と言えばいいのか…!なるほど。やはり旅は勉強の連続である。

そして翌日、その国宝土偶を見に行ってみた。(ちなみに国宝指定の土偶はニッポンに5体あるそうだ。ぜひこれもコンプリートしてみたい。)

想像以上に立派な博物館。今回の南部旅行に関しては、萩や佐賀のような「焼物巡りの旅」とは全く別物だと思っていたのに、まさか“土物”がこうしてまた私を呼んでいるなんて。うふふ。

展示されている多数の縄文土器。どれもその芸術性に圧巻。

私はイスラムのモスクといい、縄文土器といい、こうしたクールな『幾何学模様』と出逢うと「もし自分がタトゥーを入れるなら・・」と想像するのである。
逆に言うと、私がなぜタトゥーを入れないかというと、理由は2点あって、①ニッポンではタトゥーを入れると温泉に入れないから。②デザインとは一種の“流行”であって普遍的にかっこいいデザインに出逢えるのは稀だから。というもの。
①に関しては、今後ニッポン社会の偏見がなくなっていき、タトゥー持ちの人でも温泉に入れる社会になることを期待したい。それがあるだけでその人の行動を断固拒否するようなことは、個人的にはいけすかん。
が、②に関しては全くもって個人的な感性である。というのは、タトゥーのデザインも服装や髪型のように“時代”によってその嗜好が変わりゆくとしたなら、今カッコイイと思っているものでも、時間が経てばダサイと思ってしまうのは嫌だな、という話。
しかし、モスクや縄文土器などの幾何学模様を見ていると、それは何百年・何千年も前のデザインのはずなのに、いまだにカッコイイと思えるものがあるから不思議。
もし私がタトゥーを彫ることになったら是非こういったデザインを参考にしたいと、縄文土器を見てまた妄想が膨らむ。

ということで私はこんな視点で一人旅を楽しんでおります。
次はどんな妄想に出逢えるかな?

つづく

PROFILE

吉本 悠佑 POP-UPイケ麺バー主宰

京都在住『流しの料理人』 Pop-Upイケ麺バーを主宰し各地で手打ちの蕎麦や饂飩を出す傍ら、ライター、金継ぎなどをマルチにこなす。京都の割烹屋・全国の麺処で修業経験有。旅した国は世界40か国近く。大学卒業後、大手の人材会社・広告代理店での営業経験やドイツ在住経験も。gayデス。

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