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吉本 悠佑 OCT 26,2020

【一人旅のすゝめ】瀬戸美濃・益子笠間編(+番外編:名古屋)


前回の「山口・佐賀・青森編」に引き続きの一人旅レポートです。またいい旅ができました。どうぞ面白がって読んで頂ければ幸いです。

旅のテーマは「焼物」+α

ガンガン攻めてます。焼物の里。実は中部地方にも古い陶磁器の郷が沢山あるんです。

『六古窯(ろっこよう)』という言葉があって「古来の陶磁器窯のうち中世から現在まで生産が続く代表的な6つの窯(越前・瀬戸・常滑・信楽・丹波・備前)の総称」とされているのですが、そのうち2つは東海。瀬戸と常滑ですね。両方とも愛知県。

以前名古屋に住んでいた時もあったのに当時はこうした焼物に全然が興味なくて・・・もちろん瀬戸焼や常滑焼は知ってはいましたが、その時は今とは全然違う仕事(営業職)をしていたので。なんなら瀬戸にも常滑にも営業で行っていたのに。両方とも名古屋から電車で40分程と比較的アクセスいいのに・・・

『立場が変われば、見る物も変わる』

ということで今回は目指せ東海。瀬戸焼とそのお隣=美濃焼(岐阜県)の郷を訪ねた。

瀬戸で出会ったメダカの引っ越し

名鉄瀬戸線で名古屋の中心・栄から尾張瀬戸を目指す。この「名鉄瀬戸線」というのがまた面白い。乗るとバスのように車内アナウンスの宣伝広告がガンガン入る。『次は〇〇駅~。耳・喉・鼻のこと、お困りはありませんか!?△△クリニックならアレルギーから脱毛まで、なんでもご相談下さい!最寄りは次です!』と、なんとも情報量が多い(脱毛?)。なんならもう駅に着いてしまうから時に早口になる。さすが愛知。こうしたディテールにまで、カッコよさとかスマートさを求められることもなく、スーパーのお惣菜コーナーにいるようなどこか“飾らない気持ち”にさせてくれる。それが愛知の魅力。何も変わってなくて、車内でひとり、ジーンとしてしまった。

瀬戸に降り立った。駅すぐの瀬戸蔵ミュージアムで瀬戸焼の歴史に触れ、駅から徒歩で行ける距離に幾つかの窯元があるらしいので散策してみた。

丘陵になっているのか、駅から離れるにつれ緩やかな坂を上っていく感覚に陥りながら、戸建が並ぶ昔からの住宅地の雰囲気になっていき、そして人気が減っていく。
「Googleマップを見るとこの辺りなんだけど・・・」と事前に調べておいた窯元さんを探し求めるが辿り着けない。ウロウロとしていたら軒先にいたおばちゃんが声をかけてくれた。
僕が「ここに行きたくて・・」と言ったら『ここよ!うちよ!』と応えてくれた!よく見たけど看板も何もない。おばちゃんが「今日、休みなのよ~」と続ける。えー!?Googleさんでは営業中と書いてあったのに・・・
そしたらおばちゃんが『見ていく?開けようか?』と言うので、僕はすかさず「いいんですか!?」と間髪を入れず、遠慮しない!

瀬戸焼は元来とってもシンプル・素朴で、日本で初めて灰釉(かいゆう)という人工の植物由来の釉を使った焼物(少し黄緑がかっている)としても知られている。ここの窯元もその製法で今でも作っているという数少ない窯元。

蕎麦猪口と丸皿を購入し、おばちゃんに有難う御座いました~と挨拶すると『はいはい、どうも~。たまたま私が居てよかったわ!丁度、今日はメダカのお引っ越しをしようとしてたのよ(笑)見る?』と言うので、どれですか?と言うと、おばちゃんは軒先にある猫除けのためのすだれをめくる。そしたらなんと!!大きな焼物の鉢の中にメダカの大家族が住んでいるではないか!?こんなに大量のメダカを見るのは久しぶり!というか人工的に飼っているものでは、初めてかもしれない?!

僕がおったまげていると、おばちゃんが手際よく網で藻やメダカをすくいだしながら僕に話しかけてくれた。
『一年に二回、お引越しするのよ。冬はあっち(道の反対側の工房)の日の当たるところ、あれあれ、あの大鉢に入れてやるの。夏はこっち。日が当たりすぎないように。可愛いでしょ?近所の子供らも大喜びするの!お兄さんもご近所だったらウチの子を“嫁ぎ”にいかせたのに!(笑)』と。

僕が「“ぶくぶく”とか要らないんですか?」と聞くと『なくても全然平気よ!やっぱりそこは焼物よね。焼物自体が“呼吸”してるからね』と教えてくれた。

他にもめだかの飼い方を沢山教えてくれた。藻の掃除の仕方。水の替え方。聞いたら鉢で飼うのも意外と面倒くさくなさそう。今日はたまたま年に二回のお引越しデーにぶち当たったのだから、ギャラリーはお休みだったけど(開けてくれたけど!)、いつもながら変なところでラッキーな僕。
聞いたらもう飼い始めて7年目になるそうだ。試行錯誤あったけど、今はその勝手を習得しコロナ禍でも世話が楽しくってしょうがないんだとか!不思議なことにある日気が付いたら小さな“川海老”みたいなのも住んでいたりするようで「どっから来るのかね~。自然ってほんと不思議よね(笑)」と。もっと見ていたくなった。

思い付きだけど、店先に大きな鉢で金魚やきらきらしたメダカがいるお店なんか、あったら素敵だなぁと。ブクブク~とかゴーとかいう耳障りな電子音もなく。でも覗くとそこには確実に小宇宙が存在する。
『また来年おいで!そこの古いギャラリーを改修するから!車で帰るようなら、そんときめだかも分けてあげるよ!』と言われバイバイした。うれしいなー。楽しみがまた一つ増えた。
瀬戸で見つけた、僕だけの、めだか師匠。

美濃・エモザイクタイルの世界

翌日レンタカーを借り、美濃焼の郷(多治見市)を目指した。
まずは多治見モザイクタイルミュージアムというところを目指した。

田舎町に突如現れるこのフォルムは、いざ目前にするとかなりの『不思議感』。タイルも窯業の一種であり立派な焼物。ここら美濃では一大産業なのである。そのタイルの原料となる粘土を切り出す採土場を模したものらしいが、建築士ってやはりこういう物事の捉え方を大きな建築物(カタチ)として表現できるからすごいなーって思う。

久々にヒットした美術館かも。そこまで大きくはないけど、最上階が素晴らしい。何よりタイル愛が素晴らしい。美術館や博物館ってのは何かしらテーマを絞った方がそれが際立ち、見応えや満足度が増す気がする。

タイルのことなんてこれまでちゃんと考えたこともなかったけど、改めて見るとこんなにも『エモい』ものだとは知らなんだ・・・!そっか。僕らはタイルに囲まれて生きてきてのか!特に昭和世代は!エモい!エモすぎる!!

昨今のエモいブーム。銭湯・サウナブーム。今こそこうしたエモザイクなタイルが見直されるべきなのかも!それくらい官能的だった。

美濃焼に関しては織部が特に素晴らしかった。多治見市街にはオリベストリートなる通りがあり、陶器屋が軒を連ねている。カフェを併設しているところもあるので、ぶらり街歩きが楽しい。ここでも器を数点購入。今なら「美濃焼GO」(※)というキャンペーンをしていて、美濃焼をお買い得に手に入れられる。 (※僕が訪れた後、終了してしまいました・・・)

今年は美濃に限らず全国どこの窯でも、コロナの影響により毎年開催されるはずの陶器市が中止となったり、百貨店やギャラリーでの催事がなくなったりと、やはりそのあおりを受けているようで、場所によってはこうして、地場産業である焼物購入に補助金が出るキャンペーンを実施したりしている。
想像すりゃあそりゃあ窯元さんだって自分のクリエイティビティに乗って「新作」を作りたいわけで、“在庫”といっては失礼かもしれないが、やはりこういったところにもある程度の“新陳代謝”が必要なのだろうなと思う。そういう意味でも今はけっこう焼物があちこちで買い時かもしれない。補助金が出なくてもひっそりと陶器市的なセールをしているお店もある。
かと思えば「#おうち時間」などで家飲みが増え、ちょっといいグラスやカップ、家庭用皿を求める個人の需要が増えたそうだ。いいものに触れられるなら、どういう形であれ、それはよきかな。心の豊かさにきっと繋がると思う。

タイルと織部。新旧焼物の協奏がおもしろい、美濃焼の郷なのでした。

魅力のない県で魅力を見つける=益子・笠間

古い焼物の郷は中部以西に多いのですが、“新興”の地域にも行ってみたいと思っていたところに東京での用事ができたので、東京から更に足を延ばして関東の一大焼物産地に行ってみた。

益子(栃木県)へは宇都宮から車で1時間程度。更に笠間(茨城県)へも、県はまたぐが車で益子から20分ほどとアクセスは悪くはない。瀬戸と美濃もそうだったが、県境がどうのこうのではなく『この辺りでいい土がとれたから』という原始的なその起源が、いい。海も一つに繋がっているのに、国同士がいがみ合っている今の世相がばかばかしくなる。

益子・笠間について調べてみると、どうやらお江戸(東京)の発展と共に育ってきた地域のようである。お江戸の何百万人の庶民の生活を豊かにするため、益子・笠間では当初から“日常使い”を意識してきた焼物が多く生産されてきたようだ。茶器など非日常使いを求めた西日本の古き良き窯元とはそこの趣が若干異なる。

逆に言えば『古いしきたりを気にしないでいいエリア』なので、最近では前衛的な作家さんも活躍しているよう。なんじゃこりゃと思う前衛作家さんの作品もあれば、ギャル好みのキャピキャピした器もあるし、かと思えば古典的な器なんかもあり多種多様。そこが益子・笠間の魅力。

これまで行ってきた各地の古い窯元さんらでは、その歴史に裏打ちされた土地柄、つまり『〇〇焼っぽさ』を常に意識しているように思う。作家さんと話をしても「これは〇〇焼っぽいです」とか、逆に「〇〇焼を求めていらっしゃるなら、これはあんまり“それっぽくない”かもしれません」などと説明してくれた。古い窯元さんでは『〇〇焼っぽさ』というある意味での『解』を背負いながら、守破離というか、それぞれの作家さんがその伝統に対峙している姿が興味深かった。
でもこうして、益子・笠間のように歴史的には”新興”ののびのびした雰囲気も、またよい。

栃木に行ったなら那須や日光もいいけど、益子・笠間も穴場である。いい蕎麦屋、カフェも見つけられた。どこも人が少なく、訪問者ものびのびとさせてもらえる。これから紅葉が綺麗かも。

話は逸れるが僕が栃木を離れホクホクしていた翌日、「栃木県、47都道府県魅力度ランキングで最下位」というニュースが飛び込んできた。嗚呼、また僕が栃木の“いいところ”を独占してしまった・・・と思うのである。皆さん、御免なさい。どうぞ、密な人気県に行って楽しんできてください。僕はまた北関東をウロウロしたい。

番外編:名古屋で哲学する

昔、村上春樹さんのエッセイを読んだとき「名古屋は日本の魔都である」と紹介されていた。『まさに・・・!』と思った僕はすぐさま名古屋時代の同僚・友人にそれを紹介し、皆の失笑を買った。

今回、瀬戸美濃を尋ねる際に名古屋を拠点にしたわけだが、名古屋という街の魅力が相変わらず人に通じない要素だらけで面白いなと感じた。「あまり地方に行くのは憚られるし、飛行機より新幹線がいい・・・」なんていう本州民は、こんな今こそ『普段降り立たない魔都』へと是非ともGoToして欲しい。

実は僕の“マイ・ギネス・都市”は未だに名古屋なのである。京都にはかれこれ5年くらい住んでいるが、名古屋はそれ以上、6年半住んだのだ。未だに名古屋に行くと『ひとりアナザースカイ』になってしまう。それ程に思い入れが強い都市。なので村上氏の言うその“魔都感”は僕なりに熟知しているつもりだ。

東京人からは「のぞみに乗っても降り立ったことがない・・・」と言われ、大阪人からは「名古屋のテレビって吉本芸人ばっかりやん!」と言われ、京都人からは「名古屋のたべもんってなんであんな全部茶色いん?」と言われる始末。

僕自身、名古屋に住んでいる間に関東や関西の友達から受けた『名古屋へ行く行く詐欺』はひどいものだった。二年に一組、友人が来ればいいほう。そして京都はどうだろう?ほぼ毎月誰かしらゲストが来る。しかも日本中のみならず、世界中から。春や秋の繁忙期なんて毎週といっても過言ではない。

それでも名古屋には名古屋の魅力がある。名古屋人に言わせれば「のぞみに乗ったら東京にも京阪にもスグ行ける!」となるし、「テレビは吉本芸人ばっかりでも、名古屋はラジオが面白い!日本初の民法ラジオ放送はCBC(在名ラジオ局)なんだから!」となるし、「味噌煮込みも手羽先もひつまぶしも全部茶色いけど、味も素材も全部違う!」となるのである。

名古屋から伊勢神宮にも飛騨高山にも日帰りで行ける(名古屋に観光資源がないのを名古屋人は知っている)。夜は錦か大須あたりで飲もう。遅く起きたら喫茶店でぼーっと週刊誌を読めばいいし、二日酔いで食べる味噌煮込みランチは最高。乾いた体に赤味噌が染み渡る。まさに啜る界のポカリスウェット。

手羽先は横から食べるんじゃない!ポキッと折って正面からパクっと咥える!そしたら綺麗に、無駄なく食べられる。え?そんな食べ方をどこで学べるかって?そんなもん、世界の山ちゃんの箸袋にちゃんと書いてあるがね!

栄に行けばなんでもある。あべのハルカスが出来るまで栄の松坂屋は日本一の売り場面積を誇っていたのだから。なんでもあるけど、なにもない。それが名古屋の魅力。

晴れた日の空の下。オアシス21という人類の英知を結集させ作り上げた最高の“水たまり”で「これは何のために作られたのか?」を哲学してみるといい。たいていのことに意味など無い。わかりやすくあったとしたら、それは他人から押し付けられたもの。オアシス21にいると、ここにいる意味を見つけた者だけが、それを楽しめるんだと思わざるを得ない。

ブラックホールシティ=名古屋。一見空虚に見えるあの空間に、たまに自分を突き落としてみたくなる。人から与えられた意味でなく、自分だけの意味を見つけに。

つづく

PROFILE

吉本 悠佑 POP-UPイケ麺バー主宰

京都在住『流しの料理人』 Pop-Upイケ麺バーを主宰し各地で手打ちの蕎麦や饂飩を出す傍ら、ライター、金継ぎなどをマルチにこなす。京都の割烹屋・全国の麺処で修業経験有。旅した国は世界40か国近く。大学卒業後、大手の人材会社・広告代理店での営業経験やドイツ在住経験も。gayデス。

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