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吉本 悠佑 DEC 23,2020

『人生を狂わせた七日間』 Belin, Kapitel-3


『人生を狂わせた七日間』 Berlin, Kapitel-1
『人生を狂わせた七日間』 Berlin, Kapitel-2

四日目(Donnerstag)

トルコ人街で朝を迎えた。宿を変えた。
午後にはブラジル大使館での“審判”が待っていたので、それまでは宿でダラダラしようと決めていた。

眠気覚ましにと近所をほっつき歩き、トルコマーケットを見つけた。朝食を買おうと中に入ったらいろいろと安い。ビール。野菜。フルーツ。謎の肉達。トルコってイスラムなのに、メシが旨い上に、酒が飲めるのは最高。そう思ったのは数年前に行った本場Turkey。
ここ“飛び地”でもそれが味わえるのはとてもいい。歩くことは、いい発見。

また慣れながらも億劫な通勤をし、大使館には定時に着いた。
一番の番号表を受け取り、そして再び窓口に辿り着いた。

「Mr. 〇〇ね?(僕の顔を確認。)はい。パスポートとビザ。中ね。」

なんと!一発でドイツを離れられる“確約”がとれた・・・!
なんとお礼を言ったらいいのやら!後ろには既に次の人が待っているのに、僕はなんとかその御礼を言いたくて、

「ダンケシェン!オブリガード!サンキュー!アリガトウ!アリガトウ・・・!!」

窓口の女性が如来像であるかのように、僕はしっかりと合掌し、何度も何度も頭を下げた。
観音様は苦笑いし、いいからいいからと私を追っ払いながら、次の待ち人に力強く言う言葉が本当に格好よかった。

「Next!」

僕は外に出、寒さも忘れそのビザを何度も何度も見返した。
名前・日付・そして「Issued In BERLIN」。

僕は舞い上がった。
外に出るとアレキサンダープラッツのテレビ塔が見えた。
その淡白な体に、僕は今すぐにでもハグとキスがしたかった。

と同時に、冷静に考えた。これで僕は『ベルリンを出る予定』を持ってしまったのだ。
こうなったらベルリンを思いっきり楽しんでやる!そう決めた僕は、一目散に壁に向かった。

イースト・サイド・ギャラリー。

見知らぬ壁。

そして壁。

世の中にはいろんな壁がある。明るい壁。暗い壁。
しかし、ベルリンの壁はもう崩壊している。通り越せる。

西へ、東へ。壁を越えて考える。
この自由な世界に、僕は生まれた。

カースト制もない。冷戦もない。共産も資本も全ては幻想。
日本には天皇陛下が象徴としているだけ。

僕は死者の碑へと近づく。
具体的な顔がある。壁を超えようとして殺された顔。
年齢。理由。名前。モノクロームであっても全ては事実としてそこに在った。赤子もいた。

僕は東にいたのかもしれない。そしてその向こうにいる、昨日までご近所だった大切な人。家族・恋人・親友に会いに行く際、国境警備隊に殺されたのかもしれない。
真冬でも手入れされた国境の芝生。その上で、今泣いた。
そして何度でも壁を行き来して確かめた。射殺されない時代に立っていることを。

僕はすぐに今夜の宿を取り、ドイツ鉄道のスケジュールを変更した。
大切な約束を思い出したのだ。

気付くと僕はまたGay museumに来ていた。
昨日とまた同じ道。真っ暗の道でも、僕は歩ける。

「ここは西か?東か?」

封鎖されていた国境上の地下鉄駅は全てオープンとなり、西へ、東へ。自らを移動させる。

ドアを開けると、そこは広いバーになっていた。
怖くもない。聞く。
「ゲイパーティーはどこですか?」

そこの奥に地下に続く階段があるの。その先・・・

Enjoy.

手首にスタンプをもらい地下へと進む。
働き蟻になったように擦れ違うギリギリの狭い螺旋階段を下り、僕はその巣窟へと向かう。

酒を頼み、一人でせっせと体を揺らし、そして待つことをやめた。
声をかけた人はタイ出身で、ベルリン自由大学で獣医学を学ぶ医学生だった。
僕らは楽しく酒を交わし、お腹が空いたら外に出て、寒い中で体を揺らしながらケバブの行列に並んだ。そしてビール瓶をラッパ飲みし、二人で夜食を頬張った。

・・・ところ変われば〆も変わる・・・
しょっぱいラム肉と、野菜と。少し絞ったレモン汁が、また次の一口へと誘う。

僕らはまた螺旋階段を下ると、顔見知りの働き蟻に出くわした。

「あら!あんた、昨日の・・・!?」

上の学芸員だった。

「相方見つけたの!?よかったわね♡私はちょっと上で飲んでくるわ。ここ、ウルサイ!(笑)じゃあ、楽しんでね!」

Enjoy.

ある蟻は僕に葉っぱを勧めてきた。「それがなくても私は酒とセックスだけで生きていけるの」と答えると、その蟻はいいねえ~と言い、去っていった。

Enjoy.

踊り飽きたら飲み、喉が潤ったら話し、いい音が鳴ればまた踊る。その繰り返し。
誰も何も咎めない。それぞれのループがずっと続く夜。

Just enjoy.

僕は今を楽しむことを忘れていた。
この生まれたての、零れ落ちたてのラッキーを、謳歌することをすっかり忘れていた。

五日目(Freitag)

朝起きると記憶がなくなっていた。
頭を抱えながら眼鏡を手に取る。体がどこかヤニ臭い。

ぼぅっと手元を見ると“入国スタンプ”が残っていた。
どうやら僕は昨夜、これでちゃんと東西を行き来していたようだ。

トルコ人街で買った安いフルーツとサンドウィッチを抱え、引きずる体を持ち上げながら、ベルリン中央駅から高速鉄道に乗った。

ニュルンベルク。

着いた頃はちょうど、日の傾くころ。
ドイツいちと言われるクリスマスマーケットをひとり歩き、そして考えた。
ナチスの街。戦犯裁判の街。この街の直近百年史も又、しっかりと重い。
しかし、その随一と言われるクリスマスマーケットはディズニーランドなんかよりも俄然本物らしく綺麗で、大人達までもが子供たちのようで、平和とはこういうことを言うのだと知った。

僕はひとり、屋台に並んだ。
そして慣れたように頼む。

「ヤガーテー・ビッテ」

はしゃぐローカル。ついでに観光客がうざい。
そして僕は恋しくなった。ベルリンのあのダサいおばちゃん達が。
観光客なんていない。煌びやかさもない。あのアレキサンダープラッツのゆるいクリスマスマーケットの方が、僕は好きだ。

六日目(Samstag)

ニュルンベルクを離れた僕は再びドイツ鉄道に乗り、ノイシュバンシュタイン城への観光の拠点となるフッセンという小さな村を目指した。
一度、乗り換えでアウグスブルクという駅で降り、そこで日本人を見つけた。岐阜在住の二人のエンジニアだった。
当時名古屋に住んでいた僕。奇しくも東海という共通項がドイツの片田舎で生まれたことは可笑しくて、年の差なんて忘れ、駅舎で笑いあった。
東海でまた会おうと僕らは誓い合い、別れた。その前に正直に言った。
「一旦名古屋には帰りますが、もしかしてベルリンに住むかもしれません。」

すると二人のうちの一人が「いいなぁ、そんな人生・・・俺もしたかったよ!」と。

Just enjoy.

フッセンに着き、僕は田舎の愛らしいプチホテルに荷物を置き、ノイシュバンシュタイン城に向かった。
超絶つまらなかった。ポスターの方が美しかった。電光掲示板が次のグループを案内していてうっとおしかった。
もう二度と来ないと決めた。

七日目(Sonntag)

フッセンの宿ではびっくりするぐらいぐっすり眠れた。
ベルリンの高揚感がまだ残っていたが、絵本の中のスイスやオーストリアの山岳地帯ようなフッセンの空気はとにかく澄んでいたのかもしれない。
酸素カプセルの町。僕は古城には興味なかったが、フッセンにはいつかもう一度ぐっすりと眠りに来たい。こうして世界中の町に再び来る目的を、ひとつひとつ確かめる旅。

そしてこの旅最後のドイツ鉄道でフランクフルト空港を目指した。

遅めの朝焼けとともに、真っ白な世界が現れる。
どこまでも雪雲は途切れない。走り倒す田園風景。

このまま行けば定刻通り次の場所へ向かう。それは本当に僕が求めていた未来なのか?
ビザさえ取れなければ、まだまだ出会えた人がいるかもしれない。
それはベルリン人かもしれないし、岐阜人かもしれない。はたまた僕がまだ見聞きしたことのない場所から来た人かもしれない。

そう想って数時間、車窓をずっと眺めていた。
ココロココニアラズ。

時間の経過がゆっくりだったのか、魂が本当に抜けていたのか。
いつの間にか雪が止み、雲が消え始めていたことさえ、気付かなかった。

そして僕の周辺だけに、確実に、青空が顔を出した。

『よかったら、おいでよ』

それは「来い」でも「来れば」でもない。
大切な時はいつも自分の意志が問われる。

Just enjoy, if you want.

ビザを提示しゲートをくぐり搭乗する。
降ろしてくれ、頼むから降ろしてくれ。

頬を涙がつたい、小さな窓にへばりつき、エンジン音にすすり声がうまく掻き消される。眼下に広がるのは僕の求めるベルリンではなくフランクフルトの町。分かる。違いが分かる。

時間だけは搭乗者全員に平等に流れ、雲を越えると間もなくして、最初に見たベルリンの街のような優しいオレンジ色が空いっぱいに満たされた。そして月と日付変更線が現れた。

口ずさむ。忘れないように口ずさむ。

Eins・Zwei・Drei・・・Bis morgen・・・

楽しくて悲しくて泣き疲れて。目を覚ますと眼下に陸地が見えた。また同じように、その大陸がさっきまでのものと違うことが分かった。
土。光。家。人。見えるはずもないものが見え、そこが僕の住むところではないことを悟った。これまでの予定通りの人生を悔やんだ。

サンパウロに定刻通り着いた。
そしてベルリンに移住することを決めた。

時計はもう八日目。

華麗なる転落人生のはじまりはじまり。

‐完‐

PROFILE

吉本 悠佑 POP-UPイケ麺バー主宰

京都在住『流しの料理人』 Pop-Upイケ麺バーを主宰し各地で手打ちの蕎麦や饂飩を出す傍ら、ライター、金継ぎなどをマルチにこなす。京都の割烹屋・全国の麺処で修業経験有。旅した国は世界40か国近く。大学卒業後、大手の人材会社・広告代理店での営業経験やドイツ在住経験も。gayデス。

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