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吉本 悠佑 FEB 05,2021

ドイツの兄貴・ミヒャにいさん


たまにドイツのことを思い出す。
今となってはドイツ語を披露する場もほとんどないけれど、ドイツで一番学んだことは“価値観”だと思っているから、それでいい。
『日本人とドイツ人は似ている』とよく言われるけど、ドイツに家出した僕から言わせてもらうと答えは「ノー」。似てないからこそ、よかったのかも。

東ベルリンへお引っ越し

2012年・夏。
知り合いもいないような異国の地で、僕は幸運にも住処を見つけた。
当時勢いがあったSNS『ミクシィ』内の「ベルリンコミュ」(=コミュニティ/書き込み掲示板)で、とある日本人女性による『シェアメイト募集』という書き込みを見つけた。ドイツでは広めの物件に何人かでシェアして住むことは至って普通。僕は日本にいながらスカイプでその女性と面談をし、彼女も僕を選んでくれた。
しかも、前世で住んでいた(と勝手に信じている)東側の閑静な住宅街。大好きなアレキサンダープラッツからすぐ。家賃月300ユーロ=約3万円(当時のレートが1ユーロ=約100円)で電気・ガス・ネット込みという好物件!何より、そこで一緒に住むことになったドイツの兄さんとの、楽しすぎたあの日々よ…

兄貴との出逢い

トランクひとつに夢詰め込んで。いざベルリンへ浪漫飛行!
半年ほど前に観光で五日間ほどしか滞在していないのに、飛行機が着陸体制となり空から街が見えた瞬間、「嗚呼、懐かしい・・!」と久々に地元に帰ったようなあの感情を今でも忘れない。絶対前世になんかあったよね。理屈がなけりゃそう考える方が手っ取り早い。

そこで出逢ったドイツ人の同居人・ミヒャ。
年齢は当時、42くらいだったと思う。あんま覚えてない。というか気にしてない。当時の僕が28だったから「兄ちゃん」と呼ぶにはたいぶかけ離れているけど、そんなことよりも僕は地元に帰ってきた高揚感で胸一杯だった。

Hallo!
初めて会ったその日から、僕らは一緒に住むことになった。(僕とミヒャをつないでくれたミクシィの女性は市内で引っ越しをしたため、その“後釜”として僕が選ばれたのだ。)

ミヒャの第一印象は…ごっついドイツ人!そのまんま!
身長180越のマッチョ。髪が少し薄めでそこだけ年齢を少し感じたけど、スポーツマンシップが溢れ、見た目30代でも全然いけそうなナイスガイ(※ゲイではない)。日本にも留学した経験があって合気道が趣味。だからこそ「次も日本人と住みたい」と僕を探してくれたのだ。

彼の部屋を覗かせてもらうと、ベッドの脇に年季の入った畳が一畳。どこかの柔道場が閉鎖するときに売りに出されていたものを安く買い取ったらしい。「この上でぼーっとする時間がシアワセ」と畳の上であぐらをかいてみせるミヒャ。見た目によらず素朴な兄さんのようである。

公園での洗礼

数日後。やっと荷物も片付き出した頃、ミヒャが「ヨシ(←me)!公園に行こう!」と誘ってきた。
僕はそれまで、日焼けもしたくない、蚊に刺されたくもない、エアコンの効いた部屋でネットサーフィンでもして快適に生きていきたい典型的“文明人”だったので、とてつもなく後ろ向き。しかし友達もまだいないし、断る理由もない。ミヒャの眼差しがルンルン♪に伝わってきたので、しゃーなし行ってみた。

何やら“重たそうな袋”をいそいそと準備するミヒャ...(?)

公園に着いたら既にミヒャの友人が何人か集まっていた。何をするんかなと思ったら、その袋から野球ボールくらいの鉄球が幾つも出てきた!
彼は僕にその鉄球アソビのルールを一生懸命説明してくれたが、聞けば聞くほどつまらなそう。ドイツに来てこれからすることを探すのに忙しい僕だったが、これだけはしたくないと思ったほどだ。(※後で調べたら「ペタンク」というフランス発祥のゲームらしかった)
が結局はミヒャの熱意に押され、強靭なドイツ人達に囲まれた僕は、まさに借りてきた猫のようにしぶしぶ鉄球を投げ続けた。

ただ確かに、ドイツの夏は最高に気持ちいい。蒸し暑くないし蚊もいない。日差しは強く感じたが、さらさらと体の隙間を風が吹き抜けるだけで幸せを感じられた。
日本では真夏の公園で運動しまくるなんてマゾしかいないと思うけど、周りを見渡せば人人人。きらきらとした大きな公園で、子供も大人も。まさに天国。

隙を見ては日蔭に避難する僕を見てミヒャは「女子みたい」と茶化す。(中学生男子か)
二十一時近くなりやっと日が傾き出し、僕は慣れない外遊びに付き合わされ少しスネながら、家路についた。するとミヒャが歩きながら突然振り返り、さっきまでいた公園の、子供達が今も無邪気に遊んでいる小高い丘を指差し「ここは戦争の瓦礫を集めて作られた公園なんだよ」という話をしてくれた。

その夜はぴりぴりと肌が焼けたのを感じながら、兄貴と一緒にビールを飲み、疲れてよく眠れた。

夏は湖

ミヒャは失業者で、だいたい毎日、飲むか、映画観るか、筋トレするか、彼女と遊んでいた。
ある日、彼が以前、この人の下でPM(プロジェクトマネージャー)していたと見せてくれたwikipediaの写真にはタトゥーばりばりのいかにもクセの強そうなオッサンがいた。どうやらドイツの秋元康か北野武的な有名仕掛け人らしい。その人の下で働きすぎて、病んで、今は人生の療養中なんだとか。
ドイツでは失業保険は細々とでも半永久的に出るらしく(羨ましい!)、贅沢しなければそこそこ生活できるという。PMはもう嫌だから次は何しようか考え中~、と至って呑気なミヒャ。まぁ奇しくも僕も療養中だったので、似た者同士、今思えばだらだらとした部室のような共同生活だった。

夏のある日。
ミヒャが「ヨシ!湖に行こう!」と言い出した。(次は井の頭公園の女子高生か)

その頃には「自然に身を任せるドイツ人生活」にも徐々に慣れ、日焼け止めも塗らなくなったし、暇な日は公園でビールを飲んでいた。海じゃなく湖?ってとこが引っかかったけど、そこはまぁ海なし県・ドイツ。(実際には北部に海はあるが、ほぼないに等しい。)

鈍行列車で1時間くらい。対岸がギリギリ見えるくらいの大きな湖。
「もう鉄球アソビは勘弁よ」と思っていたら、なんと本当にいそいそとボートを借り出したミヒャ!そしてひょいとTシャツを脱ぎだす。本当に二人乗りボートに乗るはめに。

しばらく漕ぐとちょうどボートを横付けできそうな湖岸に着いた。そこに降りるとミヒャは真っ先に全裸になって子どものように湖にダイブ!「ヨシも来いよ!」とまたルンルン♪で言うけれど、こっちは毛の処理もしてない華奢なアジア人よ?みたいなこと言うと、ちぇっ、とバタバタと波を立ててどこかへ消えていった。

僕はというとボートで夏の風と、太陽を感じながらのっぺりと酒を飲んでいたら、ハダカのお兄さんお姉さんがどこからともなく出てくる、出てくる!気付いたら、あちこちにアダムとイブがうようよと・・・!!
『そっか。この人たち、アダムとイブなのよね。“楽園”を追い出されたから、普段はいやいや服を着ているのね?本当は生まれたままの姿でいたいのね?エンジョイ、裸裸裸(ラララ)』

ミヒャに限らずドイツ人はすぐ脱ぎたがる。
湖畔に生い茂る緑を眺めながら、私もそろそろ“茂みの処理”をしないとねと悟ったわ。

冬はサウナ

冬になり、今度はミヒャが「ヨシ!サウナに行こう!」と言い出した。

うちにバスタブはあったけど、シャワーで済ますことが多かった(ケチなドイツ人は「水道光熱費がもったいない」とバスタブにお湯をはらない)ので、僕も珍しく「サウナはいいねぇ」と食い付いた。

近所のサウナに行ってみたら、更衣室は男女別々なのに、中は混浴&すっぽんぽん!またも、アダムとイブが大量発生!(それなら、更衣室の意味なくない?)
混浴って日本ではオジサン・オバサンのイメージあるけど、ドイツでは堂々と若いアダム&イブが入ってくるわ、くるわ。久しぶり!元気してた?とご近所さんの集いの場。
サウナ慣れしてない僕を、ミヒャはプロレスラーのように水風呂に沈めた。(今度は大学生の合宿か)

水風呂の後は体を拭き、全裸の上にバスローブを着て、暖炉の前で30分ほど休憩。(←バスローブの正しい使い方をここで初めて知る!)そしてまた、サウナ→水風呂→休憩。これを3~4回繰り返すと、気づいたら2~3時間は経っていた。何よりその日は朝までずっとポッカポカで、寝汗が高熱時くらいびっしょり出たこと!

初めてサウナの正しい入り方を教えてくれたのも、ミヒャにいさんだった。

Tシャツ・ミヒャ

ある日、ミヒャがほくほくとした顔で帰ってきた。
「ヨシ!このTシャツ、いくらだと思う!?」

そんなこと言うってことは、安いんよね?ええっと、、、3ユーロ?

「バカな!10枚=10ユーロ♡」

一枚・百円。しかもミヒャにいさん、全部同じカーキ色・・・。

ミヒャには筋肉があるからTシャツだけで決まるからいいよね。そこはゲルマンが羨ましいよ。
毎日、同じミヒャ。それはそれで、安心した。

ストール・ヨシ

秋。僕がストールを巻いて語学学校に行ったらイタリア人の友達に「なにそれ~!いいね!見せて見せて!」と褒められた。色がいいとか、素材がいいとか。

機嫌良くと帰ったらミヒャに、
「ヨシ、今日そんな寒い?」と聞かれた。

寒いから付けてんじゃないよ。秋のオシャレ!と言うと、
「ええ~、ストール巻くとか女みたい!しかも紫とか。ないない」としかめっ面された。

もう中学生ミヒャと、ファッションの話はゼッタイしない!
僕はスネて部屋に戻り、ストールを脱いだ。

スピリッツ・ミヒャ

ミヒャにいさんとは一緒によく飲んだ。普段はビールやワインが多かったけど、ベロベロになったミヒャがご機嫌になると時々、自分の部屋からとっておきのスコッチウイスキーを持ってきては僕に振る舞ってくれた。

真冬はウォッカの季節。温かい部屋の中で、冷凍庫でキンキンにひえた霜の降りたウォッカを飲む。こたつで雪見だいふくの気分?(外は寒いのに、温かい部屋の中で、とっておきの冷たいものを体内に取り込む、あの幸せ)

僕がたまに飲んでいた安物ウォッカ「ゴルバチョフ」(もはや名前からしてやばめ)に比べたら、ミヒャの持ってくるウォッカのおいしいこと、おいしいこと!「水みたい」という誉め言葉は、日本酒の為だけじゃない。いいお酒はアルコールを感じさせない。鰊の酢漬けの缶詰とパンでもあればもう十分。

それまで『雑味』ってなんのことかよくわからなかったけど、ウォッカほどシンプルな蒸留酒を飲み比べることで、初めてわかった気がする。

いい酒は『雑味なし。うまみあり。』
悪い酒は『雑味だらけ。うまみなし。』
うまみは時に香り(フレーバー)というかもしれない。

ポーランドのウォッカ。フィンランドのウォッカ。フランスのウォッカもおいしかった。
ミヒャにいさんとのしっとりした時間。パーティードリンクからの卒業。

世界のこと

こうして二人で深酒をしてると、たまに稲川淳二みたいな顔になるミヒャ。

「正直さ、この世界を誰がまわしてると思う?僕らだよ。ヨーロッパではドイツ、アジアでは日本。それが二つとも戦争に負けた国っていうのが皮肉だよね。でもいいと思う。フランスはファッションとグルメ(だけ)の国。イギリスはスーツ着て不味いメシを食う国(ドイツ人はイギリスよりはメシが美味いと思っている)。イタリアは古代ローマ帝国の(=終わった)国。ギリシャはヨーロッパ発祥の地だけど今や破綻状態。東欧は・・・」

と欧州各国をディスりだすが、こうなったらドイツ人とソウルメイトになれた証。

最初はオイオイと聞いていたが、それでも最後にいつも言うのは、
「それでもヨーロッパはみんな“兄弟”。それぞれいいとこ悪いとこあるから喧嘩もするけど、今が一番『平和』だと思う。こんな時にベルリンを選んだヨシは、見る目ある!」と僕をがっしり掴む。泥酔してパワーが調整できていない。ちょ。痛い痛い。

ボケた老人ぐらい同じ話を何度も聞かされたけど、いつも悪い気はしなかった。
他のドイツ人の友人も「お金を出すのはいつもドイツ」「移民を受け入れるのはいつもドイツ」とよくグチっていたけど、それでも最後は「それでもヨーロッパは何百年何千年も戦争ばかりしてきたし、つい最近までもあったし、もうこりごり。今も問題はあるけど、安心して生きていられる今が一番いい」と言っていた。

皆まるで自分がその戦争に参加したかのように語る点が日本と決定的に違うなと思った。これが「戦後教育」ってやつか、と。

シラフのミヒャに「ねぇねぇ、日本と韓国はなんでいまだに“Dokuto”を奪い合ってるの?」と聞かれたことがある。僕が適当に「ほら、海洋資源とかあるから、どっちの島かハッキリしとかないと…」と言うと、ミヒャは「そんなもん、日本と韓国で共同所有して、共同開発して、そこで得た資源は分け合ったらいいんじゃないの?もしドイツとポーランドの国境で油田が見つかったら、そうすると思うけどな」と。

窓辺のラジオからは今日も、極東で人も住んでいないような島を奪い合っているというニュースが聞こえてくる。

スーツを着た子供ではなく、Tシャツを着た大人。そして時々裸。
また会いたいなぁ。ミヒャにいさん。

PROFILE

吉本 悠佑 POP-UPイケ麺バー主宰

京都在住『流しの料理人』 Pop-Upイケ麺バーを主宰し各地で手打ちの蕎麦や饂飩を出す傍ら、ライター、金継ぎなどをマルチにこなす。京都の割烹屋・全国の麺処で修業経験有。旅した国は世界40か国近く。大学卒業後、大手の人材会社・広告代理店での営業経験やドイツ在住経験も。gayデス。

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