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吉本 悠佑 FEB 03,2020

那覇で昔の男にバッタリ・・・!!


また『事実は小説より奇なり』な体験をしてしまった…

マイルが貯まったので久々に沖縄に行こうと思い立った。那覇は都会で苦手なのですぐに那覇空港を経由し離島に飛び、昼間は砂浜を散歩したり夜は泡盛でゆんたくしたりしてリラックスしていた。ニュースでは『1月で観測史上最高の夏日です』と言っている。沖縄まで気候がおかしくなっているなと思いながらもあんまり深く考えずに今この“真冬の夏日”を楽しもうとついついクースがすすむ。

最後の夜だけ那覇で過ごした。

島料理にも飽きたので内地に住んでる沖縄出身の友人にオススメの店を聞いたらいくつかおいしそうなお店を教えてくれ、そのひとつに久茂地のピッツェリアがあり行ってみたら大当たり!

たかがピザ。されどピザ。

シンプルな物に愛を感じると嬉しく思う。フレンチフライとか。白米とか。

美味しい料理と美味しいお酒。ピザ釜を取り仕切るボス。そこの店の見せ場は焼きたてのピザをサービススタッフの子達が小走りでお客さんのところまで持ってきてくれるところ。店員さんらは決して圧迫はしてこないが「今、食べて!」とチリチリとまだ焼ける音を鳴らすピザからもそう聞こえてきそう。こうしてカウンター越しに一生懸命働く店員さんを見るのは本当に気持ちがいい。

自分もそうだけど飲食の仕事って本当に大変な仕事だけど、改めて人にパワーを与えられるいい仕事だなと〆に頼んだ自家製のほろにがすっぱいレモンチェッロを飲みながらぽわんと思った。

お客さんが引き始めた。まだ10時半くらい。せっかくの最後の夜だし、酔いざましに国際通りを歩きながら桜坂に行ってもう一軒ひっかけようと思った。

ここ数年は本島より離島のほうが好きになり、八重山にハマっていた時は一年で三回くらい行っていた時期もあった。那覇でちゃんと飲むなんて五、六年ぶりかな?と思ったし、一軒目のピッツェリアが最高によかったのでなんだかいい夜になりそうだったのでもう少し夜を歩いてみた。

桜坂

桜坂に着いたけどその複雑な道の感覚をすっかり忘れてしまっていた。Googleマップを開いておいしそうなおでん屋さんを見つけて店の目の前まで行ったけど、開いている扉から中の雰囲気がちらっと見えたけどなぜだかあまりひかれなくて結局入るのをやめた。

もう少し歩いてみたら“おかしなビル”があった。

入口が不明で、わかりやすい雑居ビルのような作りでもなかった。その道沿いに小さくて、でも色使いがカラフルな看板があったので少し“匂った”けど思いきって入ってみることにした。

そしたらそこはやっぱり(!?)、ゲイバーだった。厳密には、ゲイの方がやっているmixバー(男女入店ok)のお店。『さぁ、今日はゲイバーに飲みに行くぞ!』なんて心構えもなく突然“こっちの世界”に入ったものだから、“こっちの世界”には到底慣れている筈なのに入った途端に「あ、僕ゲイなんですけど入れますか?」なんてよそよそしく聞いてしまって可笑しかった。もちろんママ(がっちりむっちりのパパ)は「勿論よ。どうぞ♡」と快く通してくれた。

もう11時くらいになっていたのに店内はガラガラで中には3人くらいしかお客さんがいなかったけど「沖縄の飲み屋はだいたい2時くらいから混みだして朝までやってるわ。今はまだみんな夕飯食べてるか“寝てる”とこよ」と。なるほど。終電のない街らしい。昔住んでいたベルリンのことを思い出した。

ママもお客さんもみんな紳士的で、音楽もうるさすぎず、楽しくお話ができて本当にいい場所だった。『沖縄=みんな騒がしい』みたいなイメージあったけどママも「意外とそんなことないわよ。内地の人の方がコールとか飲み方ハデよね。もちろん人によるけど」と“うちなんちゅ”の飲み事情について語ってくれた。変な先入観を持っちゃいかんなと改めて思った。失礼。

二杯くらい飲んで話をしていたら「今夜はもう“次”に行かないの?」と聞かれたので、たしかに明日の飛行機は午後の便だし、まだ全然酔ってなかったのでせっかくいい夜だし次にも繋げようかなと思った。

優しいママに「どんな店がいい?」と聞かれたので、ぎゃーぎゃーしていなくて、30代中盤の僕がお邪魔してもゆっくりお話できるお店がいいです、と言ったらいくつか近所のゲイバー(gay onlyの本当のゲイバー)を教えてくれた。ママの話を聞いてなんとなくそのひとつに行きたいと思い、その店でのチェックを済ませた。

ご丁寧にもママが「近所だから送ってあげるわよ」と言ってくれ「ちょっとお見送り行ってきま~す」ともう一人のスタッフに言い残し、一緒に外に出てきてくれた。

僕が吸い込まれるように入ったそのおかしなビルは、桜坂でも有名なスナック・ゲイバーがたくさん入るビルだったようで、僕は本当に何も知らずに入ってしまったし、そのことをママも笑っていた。

でもその老朽化と、不法建築の“継ぎ接ぎ”の歴史の中で大きくなってきたそのビルは、もう今年の夏で解体が決まっているそうだ。今はみんな次の店舗を探しているそうだが「そこはウチナンチュ。『次見つけなきゃ』とか言いながら動き出してるやつなんて全然いないわよ(笑)」と言っていた。

そんな話をしながら、ママはそのおかしなビルを、道とは反対の奥にずんずん進んで行き、中二階の踊り場みたいところに突然お店が現れたり、半地下に下がったかと思ったらそのまま目の前に道が現れたり、かと思ったら隣のビルとの隙間の緑に繁った木から星空が見えたりして、そんな迷路の先に次のお店があった。

ママがカランカランとお店を開けて中のスタッフに軽く「お客さん!よろしくね!」と言うと「楽しんでね!またね♡」と僕に目配せして自分の店にいそいそと帰って行った。こういうサッパリさが、またいい。

その店の第一印象は、ドアの大きさの割に中は意外と天井が高くて、奥行きもあって、小綺麗なカウンターに店員さんが三人と、カウンターにはさっきよりも多くお客さんが六人ほどいるかな…

と思った瞬間、僕は度肝を抜かれた。

昔の男?

僕は店内を一回りパトロールした瞬間、その男に確実に見覚えがあった。そういうときって「そうかな?違うかな?」と迷うもんかなと想像していたけど、いやいや、そういうものはゴロゴロバチーンと雷のように僕の感覚に走ってきた。

向こうは気付いていない様子だった。
ちなみに“昔の男”と言っても“オフィシャルな契り”を結んだ関係ではなくて、もう十年以上前に数回デートしただけの男。つまりは軽い関係の男。

だから別にバレても笑い話で済むことなんだろうに、僕は妙に緊張してしまった。ここ数年は好きな友人らに囲まれて生きてきていたので、こんな変な汗は久々だなと思ってドキドキした。

幸いにも僕は“その男”から遠い席に通され、目の前に20代の店で一番若そうな店子さん(スタッフさん)が「いらっしゃいませ♡何にしますか?」と来たので、とっさに並んでいるお酒のボトルの中から、その日の午前中まで宮古島でよく見ていた馴染みのラベルを見つけ『菊之露。ロックで。』と頼んだら「え?あ、はい」となった。後で聞いたら菊之露はその店で一番アルコールが高いお酒で普段あんまり出ないそうだ。

僕はしばらくその若い店子と話したけど、どっから来ただの、仕事は何をしてるだの、初めて行った美容院ぐらい中身のない会話に僕の気持ちは上の空で、正直この一杯を飲んだら帰ろうかと思った。

でも店自体は悪くなかったし、むしろ僕の“要望通り”のゲイバーだった。

騒がしくなくて、でも多少賑わっていて、変な酔っ払いやうっとおしいお客さんもいなくて、それぞれの距離感が保たれている。もう0時を越えていたけど沖縄時間的にはまだ浅いようだ。お通しの中にビスコを見つけ、ちょうど乳酸菌が取りたいと思っていたので食べたら泡盛と妙にマッチしておいしくて、また心地よくぽわんとしてきた。

僕は店内を見回すフリをしながらその男を見たけど、連れの男達と仲良くしゃべっているばかりで目が合うことはなかった。むしろ僕がその子を目で追ってると思われてはいかんと思い自制した。周りはgay only。『あんた、あの子イケるなら紹介するわよ』と言わんばかり話の早い“同業”の集まる店。

僕は嵐の中にいるのかなと思ったけど、その客船の中は妙に静かで、不法建築だろうが今年なくなるだろうが関係なく、この日をしんみりもせず楽しく営業しているのがむしろ素敵だなと思った。

僕はおかわりの菊之露ロックを頼み、「あ。あともうひとつビスコありますか?」と聞いたら若い店子が笑顔で僕にビスコをくれた。しかも違う味だった。またおいしかった。

しばらくするとひとつのグループがチェックをし帰ってしまったので、僕と“その男”の間にちょうどぽっかりと数席が空いてしまった。僕はやべーと思ったけど、案の定、ママが「あんたもこっちおいでよ!席詰めて!ほら♡」と言うので、なんと僕は“その男”の真横に座る羽目になった。

何を言われるかと思ったら開口一番『こんばんは!初めまして!』と言われた。目をちゃんと見たら彼のほっぺが少し赤らんで見えた。きっと本当に忘れてるんだろうなと思った。

僕はその男と人生で二度目の『初めまして!』をし、十数年ぶりに乾杯をした。

「今は沖縄に住んでるんだけど、昔は●●に住んでて…」などと彼は饒舌に自己紹介を始めた。僕は「へー!そうなんですか!」と反応しながらも、僕自身も昔その街に住んでいたので勿論その事を知っていた。

どこに住んでたの?仕事は何してるの?と聞かれたので、さすがに同じ街に住んでいたとは言わずに、そこだけは嘘をついた。でもその他は全て本当のことを言った。「昔はスーツ着て営業してた時期もあるんですけど、いまは京都で飲食をしてて・・・」

彼は「へー!おもしろいね!」なんて返してくれて逆に面白かった。だんだんと彼をおちょくりたくなってきた。

彼がその街で実家に住んでいたこと。愛犬がかわいくて仕方なかったこと。家業の配送屋の手伝いをしていたこと・・・そんな話を僕は人生で二度目に聞いた。十数年経ってもそのストーリーが全然変わっていなくて、『この人、嘘をつくタイプの人じゃないんだな』と思ったら、妙に安心した。

聞いたら五年前くらいに沖縄に移住して、今はなんと飲食の仕事をしているそうだ。

僕らは飲食業の話になり、僕は「今は自分のお店を持ちたくないんです。お店を持つ=縛られると思ってしまうから。今は“流し”の形がちょうどいいんです」と言うと、彼は「私は自分のお店を持てたことで安心した。お客さんが来ても来なくても、毎日同じ時間にお店に出るリズムがちょうどいい」なんて話をしてくれた。

初めて会った当時とは、お互いに住む街も仕事も変わってしまったのに、今は奇しくも同じ飲食業という仕事を営んでいる。考え方が違ってもお互いの今をリスペクトしあえているから楽しく会話ができている。それは当時できなかった話。

たぶん彼にとって僕はどうでもいい男だったのかもしれないし、僕の印象が当時とあまりに変わりすぎて認識できなかっただけかもしれないし、単に酔っていただけなのかもしれない。僕は結果としてどれでもよかった。

むしろひとりの人間ドラマを、十数年前に一度見たはずの『初回』から、その後のまだ観ていなかった『続篇』まで一気に観賞できたような気になれて楽しかった。

最後、彼は僕を見送ると言い店の外まで一緒に出てきてくれた。『ねぇ…どこかで会ったことあるよね?』みたいな話になるのかなと少し戸惑ったけど彼は「楽しかった!お仕事がんばってね!」と僕に握手を求めた。

僕の肌に触れ、その感覚で当時のことを思い出したりしないのかな…?とこれ以上の不思議を想像したけど、念のため2回ぐらい握手したけどそんなサイコメトリーなことは起きなかった。

彼は僕のホテルの方向を指差し、気持ち良く手を振り、またそのおかしなビルへと消えて行った。

真冬の那覇の魔法。

PROFILE

吉本 悠佑 POP-UPイケ麺バー主宰

京都在住『料理しない料理人』 Pop-Upイケ麺Barで自身手打ちの蕎麦や饂飩を出す、枝魯枝魯“若女将”、ライター業、金継ぎワークショップなどをマルチにこなす。旅した国は世界40か国近く。大学卒業後、大手人材会社、大手広告代理店での営業経験や、ドイツ在住経験も。gayデス。

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