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吉本 悠佑 MAR 19,2020

『35歳定年制』から考える年齢論~リクルートとゲイにおける命題~


36歳になり、もうどうあがいても過ぎてしまったことなのですが、否応なしにこの制度を意識してしまうお年頃になりました・・・

『35歳定年制』

なぜ今回、このテーマを取り上げようとおもったかというと、私が所属していたリクルートグループという会社も、僕が所属しているゲイというコミュニティも、『35歳定年制』を強く意識させられるものだったから。

私は奇しくもそれら両方に関わってしまったので、『35歳までになんとかしろ!』という脅迫観念の中、これまでかなり生き急いできた気がしています。35歳を越えた今では、ひとりで蕎麦打ちにハマっていたりするからもはや「人生の楽園」のような様相。リタイア後ですか?はい、もはやこれは『余生』。

では、年齢を意識するとはどういうことなのか。今一度考えてみたい。

年齢を忘れさせる西洋人・年齢を思い出させる日本人

私は年齢のことをあれこれ言うのは好きじゃない。よく「西洋人に年齢を聞くのは失礼にあたる」と言う日本人がいるけど、ドイツに住んだ経験のある私が思うに、それは少し解釈が違うと思う。

西洋人の多くはベースとして『何歳になっても(自分の人生なんだし)自分のしたいことをすればいい』という考え方なので、年齢を聞く行為とはそれ自体が失礼なのではなくて、その人が普段意識していない年齢を“思い出させる行為”としてあまりするべきでないし、そもそも意味を成さない。というのが私が捉える西洋的年齢論。

私自身その西洋的な考え方にはとても賛同しているので、自分も30を超えた頃からうまく年齢を忘れるようになった。そうしたら気持ちや行動が想像以上に楽になった。

逆に日本人に「何歳ですか?」と聞かれると恐怖さえ感じる。「30歳=結婚してる?」「35歳=子供いる?」「40歳=持ち家ある?」などと、どんどんチェック項目が始まるからだ。そういった質問に一個ずつ正直に「まだです」と誠実に答えているのに、そこから話が続かなくなるのもどうかと思う。話の展開の少なさよ。役所の窓口担当者か。

私はサバを読んでいるわけではなく、時々、本当に自分の年齢を忘れる。今年は子年の年男(兼年女)なのでキリよく『36歳』という年齢がすぐに出るが、32~34歳ぐらいのときは本当に年齢を聞かれても「ええっと、30は越えたけど35まではいっていないそのあたりです!」と答えていた。年齢の数えなんて四捨五入ぐらいで十分。それによって何か大きく変わることはない。ただし、占いの時だけはちゃんと自分の年齢を思い出すようにしてます。

リクルートにおける年齢論

『35歳定年制』・・・最近はそこまで言われなくなってきたようですが、私が在籍したリクルートグループはそうしたDNAがすごく強い会社だった。「さっさと学んでさっさと出ていけ(=次のステージにいけ)」という考えが根底にある。

前提としてこれは強制ではないし、昨今の多様性の中で35歳以上の方で活躍している人もいる。もちろん定年までリクルートにいてもなんの問題もない。ただ“若い組織”を維持するためのひとつの人事戦略として、そして従業員一個人に対するメッセージとして「せっかくの一度の人生、いろんな経験してみたら?」ということなんだろうと私は解釈した。

そしてリクルートでは年齢より年次、そして年次より実績で上下関係が決まる。(ちなみに関西支社では“面白さ”も重視される。マネージャーによっては「売れてて面白くないやつ」より「売れてなくても面白いやつ」が重宝される。実際、僕は売上は微妙でしたが忘年会ではひっぱりだこでした。笑)
新卒で入社しようが中途で入社しようが同じ『一年生』であって、見渡せばそれを楽しむ人ばかりだった。そこから一年生・二年生・三年生・・・と年次が上がっていくわけだが、それだけで昇給・昇格するわけでなく、そこからはあくまで実績によってその人の居場所が決まる。

私はもともと年齢だけで上下を決める安易な区分けが嫌いだった。そのせいか学生時代には先輩方に嫌われた記憶もある。

こうした「実力主義=怖い」と思っている人が多いようだけど、私からしたら年齢が上というだけで誰にでもへつらうような「年齢至上主義」の方がよっぽど安直だし、本質的でなく、怖い。 私はもともと年齢だけで上下を決める安易な区分けが嫌いだったし、そのせいか学生時代には先輩方に嫌われた記憶もある。 世界の何処にいても年上でもf*ckな人もいるし、年下でもrespectできる人もいる。それは年齢という衣ではなく、その人の魅力そのもの。

SPIでそんな私の信条を見抜いていたのだろう。そういう面でリクルートの採用の鋭さは今でも感嘆している。

ちなみに国内の企業で比較論をするなら、その後転職した大手の広告代理店はそれはそれはヒエラルキーのしっかりした会社だった。年齢、年次、新卒・中途、経験部署、更には学閥・・・

いい社会見学でした。

様々な経験のある人を単なる「年増」と見るか「魅力的」と見るか。人が変われば見方も変わる。

ゲイにおける年齢論

さて日本のゲイ市場にも『35歳定年制』がまとこしやかに囁かれている。ざっと言うと…

10代・・・宝物。
20代前半・・・かわいい。
20代後半・・・全盛期。
30代後半・・・いい兄貴。
定年後(over35)・・・誰?このオッサン。

私自身、ゲイ専用マッチングアプリのユーザーであるが、年齢を『36歳』と更新してからパッタリとメッセージが減った。きっとフィルターにひっかからなくなったのだろう。(僕も20代の頃はなんとなく“年齢フィルター”を『対象:18~35歳』としていた。そう、これは企業のリクルーティング活動における「なんとなく35歳までの人材を採用したい」に似ている・・・!)

そういえば、どこかのゲイ兄貴が言ってたけど・・・

『20代は何もしなくてもモテる。そっからはゲイは年代を重ねるごとにひとつづつ身に着けないとダメ。30代で筋肉を身に着け、40代で不動産を身に着け、50代でいい保険を身に着け、60代で退職金を得、そして70代では・・・病気を得ないように注意しなきゃね!笑』

そう、日本におけるゲイの年齢の概念とは、実はめちゃめちゃ保守的なのだ・・・!

ゲイというと「クリエイティブな仕事をしていそう」と思われがちだが、実際、僕の周囲のゲイ友達には手堅いサラリーマンが多いし、30超えたら年齢をカバーするかのようにジム通いに精を出したり、マンションを買ったり、財形貯蓄形保険に入ったりして、しっかり財テクし、備えている人は少なくない。

結婚できないニッポンゲイ達にとって自分自身を守るこうした取り組みは大切なんだろうし、こうしてひとつひとつ“身固め”していかないとパートナーを見つけること自体難しくなっていく。人の『スペック』ってやつだ。でもこのスペックは社会が勝手に決めつけている。私のように35歳での「フリーランス」なんていう人種はびっくりするほど理解されない。みんな結局、相手には安定した職業を求めているのだ。年齢を重ねれば重ねるほど。
察するにこの問題はover30未婚女子にも同じことを突き付けられているのだろう・・・!だからこそ、ゲイと未婚女子はアライアンスを組む。(笑)

でも大丈夫。シャンゼリゼ通りを和装でもしてクールジャパン前面で練り歩いたら道端のムッシュから「マドモアゼル?お茶でもいかが?」と声をかけられるわ。そう、熟年未婚者にとって「国内マーケット頭打ち→海外へ活路」という手法も一つ。日本国内の未婚者マーケットと製造業はこうした意味で似ている。

私なんか今でも西洋に旅行に行ったら20代後半くらいに見えるらしいし、時には中東出身の大学生に『君、何学部?』と聞かれたことがある。満面の笑みで「経済学部♡」と答えたことがある。嘘はついてない。卒業してもう15年ほど経つだけ。

まとめ

僕はこうして『“35歳までに”何か成し遂げろ!恋も今しないとどうせ売れなくなるぞ!』という“ケツ”の決められた環境にいたので、20代はモーレツに働いたし、とにかくモテようと出会いを求めたし、同棲もしたし、海外にも出た。最初はリクルートという会社やゲイというコミュニティから突き付けられたこうした『命題』をなんとかクリアしていくことで35歳の定年を迎えたわけだが、35歳という年齢まで“生き急がせてくれたこと”に今では感謝している。おかげで35歳までに『第一の人生』を終え、今では『第二の人生』に突入している。

このまま男の厄年である42歳(←一応体は男の子なので厄年は男で計算している)を大病や怪我もなく無事に乗り越えられたなら、その先は『第三の人生』を楽しみたいなと思っている。それはまだ詳細未定だが、想像していることは幾つかある。

「もう次のステージにいくの!?」と言われるかもしれないけど、世界の変化がこれだけ激しい中で人間の生き方だけ何十年も変化しないほうがおかしいと思う。

人生をあと何回楽しもう?それを決めるのはもはやリクルートでもゲイでも社会でもなく自分。

京都のとあるお寺で開催された「死に化粧体験イベント」での私。テーマは『髙島屋の紙袋』。棺桶にも入った。何度でも蘇る。
PROFILE

吉本 悠佑 POP-UPイケ麺バー主宰

京都在住『流しの料理人』 Pop-Upイケ麺バーを主宰し各地で手打ちの蕎麦や饂飩を出す傍ら、ライター、金継ぎなどをマルチにこなす。京都の割烹屋・全国の麺処で修業経験有。旅した国は世界40か国近く。大学卒業後、大手の人材会社・広告代理店での営業経験やドイツ在住経験も。gayデス。

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