犬と人の距離を、デザインする。
TGM DOGが見つめる、暮らしの「あいだ」
Edit / Interview / Text:喜多泰之(MILKBOTTLE SHAKERS)
最近、筆者の会社に犬が来るようになった。
犬と暮らした経験がない筆者は、その距離の取り方をまだよく知らない。近づいていいときと、そっとしておく方がいいとき。触れたいという人間側の気持ちと、犬にとっての心地よさは、必ずしも同じではない。
そんな日々の中で出会ったのが、TGM DOGの掲げる言葉だった。
「犬と人の距離をデザインする。」
ブランドムービーには、森に残る切り株や薪を割る手、水面の揺らぎ、犬と人が自然の中で過ごす時間が映る。そこには、いわゆる“かわいい犬のためのブランド”とは少し違う空気が流れていた。
犬と人。家とフィールド。都市と自然。
その境界をなくすのではなく、それぞれの「あいだ」を観察し、整えていく。
犬を入口に見えてくるのは、異なる存在がそれぞれのリズムを持ちながら、どう同じ時間や場所を共有するかということでもある。
TGM DOGは、何をつくろうとしているのか。
ディレクションを担う月田さんと、THE GOODLAND MARKETの事業を担う新山に話を聞いた。

距離は、縮めればいいわけではない
まず聞きたかったのは、TGM DOGが掲げる「距離」とは何か、ということだった。
月田 「“距離”という言葉にまとまったのは比較的最近なんです。でも振り返ると、ずっと考えていたことだったんだと思います。物理的な距離もあれば、地域の距離、暮らしの中の距離、社会的な距離もある。いろいろな距離を考えることが、TGM DOGの目指すところなんだと思っています」
TGM DOGが考える「距離」は、単なる物理的な近さではない。新山は、それを「生き物同士の意思疎通」に近いものだと話す。
新山 「モノだったら、手に入れたらすぐ使える。でも生き物はそうじゃない。ちゃんと意思疎通しないといけない。それが結構、距離なんじゃないかなと思っています」
近ければ近いほどいい、という話ではない。
相手を知ることで、はじめて見えてくる距離がある。
その距離は、家にいるときと外にいるときでも違うだろうし、昨日と今日でも変わるかもしれない。
「正しい距離」をひとつ決めるのではなく、変化する関係を見続けること。
取材を通して見えてきたのは、「犬」と「人」を大きな括りで捉えるというより、目の前にいるそれぞれの存在と、その関係の変化を見続けるという感覚だった。
取材を進めるうちに、TGM DOGが使う「デザイン」という言葉の意味が、少しずつ見えてきた。

「本当に必要なものをつくっているのか」
TGM DOGの話を聞くと、最初から明確な答えがあったように思えるかもしれない。
けれど、スタート地点にあったのはむしろ強い違和感だった。
TGM DOG以前、月田さんと新山はBtoBの仕事で、犬のウェアや関連商品を企画するプロジェクトに約一年間携わっていた。市場で求められるものを考え、商品をつくり、店舗へ届ける。さらに、その商品が売り場でどう扱われていくかまでを見る中で、月田さんの中に疑問が積み重なっていったという。
月田 「一年やってみて、違和感だらけだったんです。“本当に必要なものを作っているのかな”って。正直、作っていて悲しい気持ちになることもありました」
だからこそ、THE GOODLAND MARKETのオリジナルとしてもう一度犬に向き合うとき、月田さんはその違和感を出発点にした。
「そもそも、犬に服はいるのか。」
商品をどうつくるかの前に、商品そのものの必要性まで疑ってみる。
それは、ブランドづくりとしてはずいぶん遠回りにも見える。
けれど月田さんにとっては、そこまで戻らなければ次へ進めなかった。

犬を知ることから、暮らしを見直す
TGM DOGが次に向き合ったのは、商品を考えることより先に、犬そのものを知ることだった。月田さん自身も、犬への見方を大きく変えていったという。
月田 「一番変わったのは、犬を“犬という動物”として考えるようになったことです。まず犬のことをちゃんと知ろうと思って、勉強しました」
それまでは、どちらかといえば「家族」という人間側の括りから犬を見ていたという。
犬の身体や行動、歴史、人との関係。
ブランドや商品の事例だけを見るのではなく、犬という異なる生き物をできるだけ多方面から知ろうとした。
これは、犬を家族として大切にすることを否定する話ではない。
むしろ、「家族」という人間側の言葉だけで相手を理解したつもりにならないために、いったん犬そのものへ立ち返ることだった。
人間の世界の中に犬を当てはめるのではなく、共に暮らす異なる存在として、犬の側から世界を見直してみる。
犬という自分たちとは違う存在を知ろうとすると、それまで当たり前だと思っていた人間側の暮らし方や道具、場所、時間の使い方も、少し違って見えてくる。
そのとき、TGM DOGのものづくりにはひとつの軸が生まれた。
月田 「シンプルに“犬にいいこと”を軸にブランドをつくろうと思ったんです」
そこで、犬にとって心地いいことと、人間にとって心地いいことがぶつかったら、どちらを選ぶのか、と尋ねた。
少し意地悪な問いに、答えは驚くほどシンプルだった。
月田 「まず、犬にいいことを考えます」
ここで大切なのは、人間を無視するということではない。
ものづくりの判断が曖昧になったとき、まずどちら側から考え始めるのか。その起点を犬の側に置く。そこから、人間側の都合や習慣も見直していく、ということだ。
ブランドステートメントは「Shared by Dogs & Humans」。
“共有する”とは、犬と人が同じになることではない。
人と犬を、ひと括りのチームにすることでもない。
一人ひとり、一頭一頭が違う存在のまま、場所や時間、道具や経験を共にしていくことなのだ。

なぜ、THE GOODLAND MARKETが犬を扱うのか
新山に「なぜ今、THE GOODLAND MARKETで犬なのか」と聞くと、返ってきたのは犬市場の話ではなく、セレクトショップそのものへの問いだった。
新山 「セレクトショップの価値って何なんだろう、ということはずっと考えています。商品を仕入れて並べるだけじゃなくて、もっと情緒的な価値を高める提案ができないか。ライフスタイルを編集する中に、犬と人の暮らしもあるんじゃないかと思ったんです」
犬の服をたくさん並べれば、“ドッグカテゴリー”はつくれる。
けれどTGM DOGがやろうとしているのは、カテゴリーを増やすことではない。
犬が暮らしの中にいることで、人がどこへ行くか、何を使うか、時間の流れまで変わっていく。
その変化まで含めて、これからの生活を考えること。
それなら、THE GOODLAND MARKETがこれまで扱ってきたファッションや生活道具、環境やものづくりの延長線上に、犬との暮らしも置くことができる。
そして、そのディレクションを月田さんに託した理由もまた、単に犬に詳しいからではなかった。
色や素材、細かな仕様まで悩み抜く姿には、つくり手の情熱が表れる。月田さんのものづくりを見て、新山は「この子しかいない」と感じたという。
知識だけではなく、つくることへの姿勢を見ていた。

商品をつくる前に、暮らしを見に行く
犬について学び直しながら、TGM DOGは国内外のさまざまな事例をリサーチしていった。
その中で心が動いたのは、犬と人が自然の中で遊び、暮らしている風景だったという。
そこで見に行こうとしたのは、「犬との暮らしの正解」ではない。ひとりの人と一頭の犬が、どんな距離で、どんなリズムで日々を過ごしているのか。その具体だった。
TGM DOGが探し始めたのは、商品をつくる人でも、ブランドを宣伝する人でもなかった。犬と人がどんな距離で日々を過ごしているのか。そのリアルな暮らしを見せてもらい、ブランドの最初のフィールドワークを一緒につくってくれる人だった。
犬、アウトドア、仕事、自然、二拠点生活。いくつものキーワードから探していく中でたどり着いたのが、八ヶ岳の麓で犬と暮らす吉野さんだった。
森の中で犬と過ごす一枚の写真に、月田さんは強く惹かれた。
オンラインで初めて話したとき、月田さんがつくっていた初期資料には、すでに「暮らしの距離」という言葉が書かれていた。その言葉を吉野さんが「いい」と言ってくれた。
月田 「そのとき、この言葉は絶対に大切にしようと思いました。もう、この方にお願いしたい、と」
興味深いのは、その次に取った行動だ。
まだ商品はできていない。
それでもTGM DOGの最初のフィールドワークとして、月田さんは撮影チームとともに八ヶ岳へ向かった。
商品を撮影するためではない。
吉野さんの暮らしを、観察するためだ。
月田 「たぶん、商品も作っていないのに先に撮影に行くって、謎な動きに見えたと思います。でも、まずはリアルな吉野さんの暮らしを自分たちで観察したかった。そこで見たものを、私がプロダクトに落とし込もうと思っていました」
一般的には、商品ができてから、その世界観を表現するために撮影へ行く。
TGM DOGは逆だった。
先に世界を見に行く。
そこで起きていることを観察し、記録し、そこから商品を考える。
ブランドムービーが“広告”というよりドキュメンタリーのように見える理由も、ここにある。

切り株の断面に、「共有」を見た
八ヶ岳での散歩は、一時間ほど続いたという。
吉野さんは、ただ犬と歩いているだけではなかった。
森を見ながら、木々の変化や鳥の痕跡に気づき、それを話しながら歩く。
犬もまた、その時間の中にいる。
月田 「都会だと、スマホを見ながら散歩している人もいると思うんです。でも吉野さんは、森そのものを観察しながら歩いていた。毎日の散歩が、すごく豊かな時間に見えました」
その散歩の途中で、月田さんの目を止めたものがある。
ひとつの切り株だった。

切り株の断面には苔が生え、微生物による分解が進んでいた。木としての役割を終えたあとも、そこには別の生命が関わり、新しい循環が始まっていた。
ただの年輪ではなかった。
月田 「森って、この木の断面ひとつも、いろいろなものが共有し合っているんだなと思ったんです。一つのものを、誰のものでもなく共有している。それが、今回観察した中で一番ぐっときたことでした」
“Shared by Dogs & Humans”。
ブランドが掲げていた「共有」という言葉が、その瞬間、森の中の具体的な景色として立ち上がった。
その観察は、やがてTREE RINGという意匠へとつながっていった。
自然の形を装飾として借りるのではない。
そこで見た関係や循環を、暮らしへ持ち帰る。
フィールドで得た観察が、家で使う道具へと姿を変えていく。
冒頭のブランドムービーに映る切り株や水面も、月田さんの話を聞いたあとでは、単なる風景とは違って見えてくる。
“かっこいい”より、考える余白
TGM DOGのキービジュアルには、犬と人がぴたりと寄り添う写真ばかりが並んでいるわけではない。
犬が手前にいて、人が遠くにいる。
ピントがずれる。
身体が重なったり、離れたりする。
撮影現場では、もっとファッション的で、分かりやすく“かっこいい”写真も撮れていたという。
それでも月田さんは、別の写真を選んだ。
月田 「単純に、かっこいいことを伝えたいわけじゃないと思ったんです。それより、少し余白があって、見た人が考えられる写真の方がいいなって」
この言葉は、TGM DOGそのものをよく表しているように思う。
ブランドが答えを先回りして教えるのではない。
見る人が、その間にあるものを考えられる余白を残す。
距離について考えるブランドだからこそ、写真にも距離がある。

手間がかかるものづくりを残す
フィールドで得た感覚を商品へ変えていくとき、TGM DOGが選んだのは、効率の良さだけでは測れないものづくりだった。
手ぬぐいを手がけるのは、大阪・堺の竹野染工。
今回の手ぬぐいでは、TREE RINGやRIPPLEと名付けられた柄を、ロール捺染によるリバーシブル染色で表現している。
月田さんが惹かれたのは、技術の珍しさだけではない。
古い機械や道具を使い続け、手間を惜しまずものをつくる姿勢だった。
月田 「新しい機械で速く、効率よくつくることだけには、あまり魅力を感じなくて。道具を大切にしながら、今も手間をかけてつくっている。その姿勢がTGM DOGと合うと思いました」
一方、タオルで組むのは大阪・泉州の神藤タオル。採用したのは「INNER PILE」だ。両面のガーゼにパイルを挟み込む構造で、表面のやわらかな肌触りと内側の吸水性を両立する。
日常の中で犬にも人にも使える、“共有する道具”として選ばれた。
新山は実際に使ってみて、その良さを実感したという。
新山 「犬の寝床に敷いてもいいし、人が使っても気持ちいい。犬のため、人のためと分けなくても、どちらにも気持ちいいものってあると思うんです」
そして話は、ものづくり全体へ広がっていった。
新山 「面倒くさいとか、手間がかかることの方が、結局残っていく気がするんです」
古いから守るのではない。
新しいから選ぶのでもない。
残したい手間や技術を、今の暮らしの中で使われるものへ変えていく。
そこにもまた、過去と現在、つくり手と使い手の間にある“距離”を整える仕事がある。

売ることの、その先へ
もちろん、ブランドである以上、商品は売れてほしい。
新山もそれは率直に口にする。
ただ、TGM DOGが担う役割は、売上だけではないとも話した。
新山 「売れてほしいのは、もちろん売れてほしい。でも、これがあることで『THE GOODLAND MARKETって、こういうことをちゃんと提案するんだ』と思ってもらえたら、それもすごく大事だと思っています」
新山は、既存の市場の流れにそのまま乗るのではなく、少し違う角度から別の選択肢を差し出すことも、TGM DOGの役割だと考えている。
犬の服を増やすのではなく、犬を入口に、自分たちの暮らしそのものを一度考えてみること。
その小さな視点の転換が、THE GOODLAND MARKETらしい新しい提案になる。

犬を入口に、暮らしを考える
TGM DOGは、商品を販売するだけで終わるつもりはない。
今後はTALK SESSIONやBOOK / MOVIE SESSIONなどを通して、犬と暮らすさまざまな人の経験に触れられる場をつくっていくという。
吉野さんのように自然の中で暮らす人だけが、正解なのではない。
都市で働きながら犬と暮らす人もいる。
異なる仕事、異なる地域、異なる生活のリズムがある。
月田 「いろいろな人の暮らしを覗けたらいいなと思っています。“自分と同じような仕事をしている人は、犬とどう暮らしているんだろう”とか。犬を飼っていない人にも、そういうものが見える場所にしたいんです」
犬を飼っているかどうかを、入口の条件にはしない。
犬という自分たちとは違う存在から暮らしを見てみると、人間にとっての「当たり前」も少し違って見えてくる。
目の前にいる、自分とは違う存在とどう過ごすのか。犬は、その問いを考えるひとつの入口になる。
さまざまな暮らしを覗くことで、それぞれが自分なりの距離や関係を考えていく。
最後に、この記事を読む人に何を考えてほしいかを聞いた。
月田さんの答えは短かった。
「まず、犬目線をもっと。」
犬と暮らしている人も、暮らしていない人も。
「人」「犬」という括りより先に、目の前の相手をひとつの存在として見る。
一度、自分の高さからではなく、相手の高さから世界を想像してみる。
近づく前に、知る。
何かを与える前に、観察する。
犬との距離に、ひとつの正解はない。
家と外で、街と森で、その日の気分や身体の状態によっても、距離は変わる。
だからこそ、その変化を見続ける。
TGM DOGがつくろうとしているのは、犬との距離をただ縮めるための道具ではない。
犬と人が、違う存在のまま、それぞれのリズムで一緒に暮らしていくための余白。
そして、その関係から自分たちの暮らしをもう一度考えるためのきっかけなのかもしれない。

PROFILE
月田翔子
TGM DOGのディレクションを担当。犬向け商品の企画・ものづくりに携わった経験を起点に、「犬にいいこと」を軸として、犬と人それぞれの関係や暮らしを見つめ直す。ブランドコンセプトからフィールドワーク、プロダクト開発、ビジュアルまで横断して関わる。
新山浩二
株式会社アーバンリサーチの設立期から、店舗、バイイング、商品企画・製造、新規ブランドの立ち上げなど幅広く携わる。2022年に「THE GOODLAND MARKET」を立ち上げ、2026年4月よりCBU(カンパニー・ビジネス・ユニット)責任者。40年以上にわたる現場経験をもとに、小売の枠を超えた新たな価値づくりに取り組む。
Instagram
TGM DOG 公式Instagram @ tgmd_official
月田翔子 Instagram @ shokotsukida
【取り扱い店舗】
※ 店舗での商品販売は10月開始を予定しています。
THE GOODLAND MARKET 堀江店
住所:〒550-0015 大阪府大阪市大阪市西区南堀江1-20-9
TEL:050-2017-9002
営業時間:11:00〜19:30 / 定休日:第2・第4水曜日
THE GOODLAND MARKET ニュウマン高輪店
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営業時間:11:00〜20:00 / 定休日:不定休