DOORS THE ART OF FERMENTATION

vol.1 佐賀と大分

Hakkou avec Kissinue キシダの発酵トラベル

A MAP OF JOUNEY

地図
1日目
長崎空港 → JICON 今村製陶 → 西隆行工房 → 太田重喜製茶工場 → 夕食(佐賀のおいしいものいろいろ&焼き肉・カルビ雑炊) → 嬉野温泉泊
2日目
副千製陶所 → 副島硝子工業 → 昼食(ちゃんぽん) → 黒木昌伸窯 → 麻生醬油醸造場 → 竹瓦温泉 → 夕飯(とり天・だんご汁&大分のおいしいものいろいろ) → 別府温泉泊
3日目
甲斐のぶお工房 → 塚原温泉 火口乃泉 → 昼食(別府冷麵) → 豊後豊岡駅~中山香駅(列車) → 熊野磨崖仏 → 大分空港

くるりの岸田繁さんが九州の佐賀・大分をめぐる旅のテーマは、「ものづくりと発酵食」。
岸田さんは知っての通り、普段はどこかしらにこもって音楽を制作したり、あるいはさまざまな場所へ足を運んで演奏活動をしているわけだが、土地に根を張ってものづくりをしている人たちや、彼らが作るものからどんなことを感じるのだろう。
ライヴでも幾度となく訪れている九州を舞台に、いつもとは違うアプローチでの旅が始まった。

嬉野は「日本三大美肌の湯」と謳われる地。温泉好きなだけに、岸田さんの表情は自然と緩んでいるが、温泉と並んで有名なのがお茶。この地で40年ほど前から茶葉の無農薬栽培をしている「太田重喜製茶工場」を訪れると、太田裕介さんが細い山道を車で上った先に広がる茶畑へ、早速連れて行ってくれた。

「茶畑に入ったのは初めてですが、なんとなく平らな場所というイメージだったので、こんな山の上にあるとは意外な光景ですね」と岸田さん。江戸時代には欧米でも高く評価されていたという嬉野茶。最近増えている和紅茶も、太田重喜製茶工場では30年前から製造している。

「緑茶も紅茶も、原料となる茶葉は基本的に同じです。茶葉を蒸したり炒ったりして加熱し、青い状態にとどめておくのが緑茶。それをせずに水分を抜いて揉み込むことで、酸化させたのが紅茶です」(太田さん)

ちなみに紅茶は「発酵茶」と表現されることがあるが、正しくは発酵ではなく酸化。茶葉が紅くなっていく過程が発酵に似ているため、そう呼んだりもするのだとか。

「僕は茶飲みじじいなので、お茶は大概好きなんですけど(笑)、この紅茶は渋みが強すぎなくて、やわらかい感じがいいですね」と笑う岸田さんに、「うちの紅茶は7品種ほどをブレンドしていますが、緑茶用の品種で作っているので、まろやかな味になるんです」と太田さんが答える。

焼き物文化とともに中国から伝来したといわれるのが、茶葉を蒸さずに高温の釜で炒る「釜炒り茶」。近年は生産量が減ってしまったが、嬉野茶のルーツを残したいという思いで、太田さんは生産を続けている。

「たしかに日本の緑茶とはちょっと違う、中国茶っぽい味わいですね。香りもすごくいい。茶畑を見せてもらったから余計にそう思うのかもしれないですけど、どのお茶も自然のにおいを感じます」(岸田さん)

  1. 1/有田焼「JICON」の今村肇さん。磁土には好まれない土をあえて使うことで、独特の風合いを出しているだけでなく、限りある資源の有効活用も考えている。

  2. 2/今村さんのお子さんが描いたJICONの仕組み。デザイナー・作る人・売る人・宣伝する人がいて、ひとつのブランドになっている。わかりやすい!

  3. 3/JICONの工房。

  4. 4/有田焼の作家・西隆行さんの工房近くにある公園。有田町の南山地区は、有名な柿右衛門窯など古くから窯元の多いエリア。西さんの工房の裏庭を少し掘っただけでも、陶片や窯道具がごろごろ出てくる。

  5. 5/西さんの工房2階には、「型打ち成形」に使うさまざまな型が。

  6. 6/嬉野温泉「大村屋」のラウンジにあったレコードコレクションのなかから、くるりのアルバム『ソングライン』を発見!

  7. 7/ゆるゆると更けていく、嬉野の夜。

  8. 8/居酒屋で新鮮な魚をたらふく食べてからの……焼肉屋。

  9. 9/温泉にゆったり浸かってからの……布団へダイヴ。温泉旅館での正しい過ごし方。

太田重喜製茶工場 Ota Shigeki Seicha Kojo

  • 1/山の上にある茶畑で太田裕介さんと。 2/芳醇な香りがする紅茶。 3/砂糖を入れずストレートで楽しみたい、優しい味わいの和紅茶。 4/釜炒り茶(右)と蒸製玉緑茶(左)。嬉野茶は丸みを帯びた形状をしているため「ぐり茶」とも呼ばれる。

お茶の産地として知られる嬉野で、5代にわたって栽培してきた農家。全園無農薬栽培を始めたのは、太田裕介さんの父の代から。その後、お客さんからの要望で、紅茶も作るように。
「紅茶が輸入自由化される1971年以前は、紅茶を作っている農家も結構あったらしいのですが、うちが始めたのはその流れが途絶えていた頃で、商品化に3年ほどかかりました。すべてのお茶にいえることですが、農薬を一切使っていないため、うま味よりも香りのほうに重点を置いて作っているのが特徴です」
最近はキンモクセイや梅の花のほか、レモングラス、カモミールなどのハーブをブレンドした紅茶も人気。

  • 佐賀県嬉野市嬉野町大字岩屋川内甲938
  • 0954-42-3110
  • 8:00~18:00
  • 日曜・祝日

今回の旅のもうひとつのテーマである「発酵」についても、少々触れておこう。実をいうと岸田さんは、臭かったり、酸っぱかったりするものに目がない、発酵食品好き。

「京都っていう土地柄もあると思うんですけど、お漬けもんとか納豆には昔から親しんできましたし、酒を飲むようになってからはさらにいろんな発酵食品が好きになって、世界中のヤバいやつも結構食べてます」

その愛情はかなりのもので、単に味が好みなだけでなく、工程自体にも魅力を感じているようだ。

「発酵って、もともとうまいものから、さらにうま味を引き出すような魔法の力を感じるじゃないですか。それによって、オリジナルを超えてしまうものもたくさんありますよね。音楽を作るときも、何かしらのモチーフみたいなものが必ずあって、それをいかに料理して、新しいものを生み出すかだと思うんです。作り手が意識していなくても、記憶や興味の奥のほうにある素材が引き出されるところは、発酵と似てますよね」

発酵食品というと珍味系をイメージしがちだが、味噌と醬油も日本の風土に根づいた、伝統的な発酵食品。大分県九重町の「麻生醬油醸造場」で製造現場を見せてもらった。

「最近はステンレスタンクに仕込むのが主流ですが、うちは今も杉樽を使っています。樽も呼吸をするので香りがよくなりますし、角が取れてまろやかな味わいになるんです」
と三代目の麻生隆一朗さん。醬油作りは、まず小麦と大豆と麴菌で醬油麴を仕込み、それに食塩水を混ぜ合わせたもろみを1年ほど熟成させる。
九州で多い麦味噌の場合は、小麦ではなく大麦を使って麦麴を作り、同じように樽で寝かせる。その際、温度を上げて発酵を促し、短期間で商品化することも大手メーカーなどでは珍しくないようなのだが、ここでは冬に仕込みをして、人工的な温度調節をせず、春夏秋と季節のめぐりに合わせて、ゆっくり熟成させていく。
麴菌はカビの一種だが、麻生さんいわく、酒蔵でも味噌蔵でもいい蔵には黒いカビが生えるのだそう。その話を聞き、絶賛発酵中の味噌樽を覗き込んだ岸田さんは、思わずひとこと。
「これはたまらんです。我が家も黒カビでいっぱいにしたい(笑)」

  1. 10/各工程が分業制になっている副千製陶所の職人たち。

  2. 11/水玉模様の茶器は、定番の「紺地に白」にこだわらず、新色を展開するなどして、進化し続けている。

  3. 12/昔の窯に使っていた煉瓦を再利用した「トンバイ塀」と、陶板の壁画。肥前吉田焼の吉田皿屋地区にて。

  4. 13/ホームから海が見える、日豊本線の豊後豊岡駅。

  5. 14/運行中、最前部の“指定席”で前方をじっと見つめる岸田さん。

  6. 15/途中下車した駅のホームで。

  7. 16/佐賀市内で食べたこってり系のちゃんぽん。

  8. 17・18/小鹿田焼の集落の中央にある共同窯。10軒ある窯元のうち5軒が、この登り窯を使っている。「袋」と呼ばれる小さな焼成室が8つあり、近くで見るとかなりの迫力。

  9. 19/黒木・昌伸窯の昌伸さんご家族と。夫婦揃ってくるり好き。

麻生醬油醸造場

  • 1/熟成中の味噌。 2/もろみの搾りかす。通常は廃棄するものだが、十分おいしく、岸田さんは商品化を希望。 3/市場には出回らない、もろみを搾っただけの生醬油を味見。表情から感動の度合いがわかるはず。 4/樹齢と寿命が比例するといわれる、杉製の樽。

江戸後期に酒蔵を興し、醬油と味噌の醸造元としては70年近い歴史を持つ。
「私の祖父は、太平洋戦争に出征して食糧難を経験したそうです。日本の醬油や味噌はこの先、何百年経ってもなくならないものだからと、戦後に製造業を始めたのが、弊社の源流になります」
以来、作り方や道具を大きく変えることなく古式製法を踏襲し、天然醸造にこだわっている。現在代表を務めるのは、30歳の麻生隆一朗さん。
「ヤマフネ醬油」というブランド名で知られる一般的な醬油や味噌のほか、九州の甘口醬油、鍋の素、焼き肉のタレ、マヨネーズと味噌をトッピングした調味料など、アイディア商品を展開している。

  • 大分県玖珠郡九重町右田2582-2
  • 0973-76-2015

陶磁器、ガラス、木工など、ほかにもさまざまな工房を訪ね、ものづくりを見せてもらった。「肥前びーどろ」というガラス器を作る副島硝子工業では、高度経済成長期に一度は工場を畳もうとしたものの、職人の胸の内を知り、なんとか踏み止まったという話を聞いたり。

小鹿田焼の工房では、窯出し作業がようやく終わり、1カ月ぶりにろくろの前に座った黒木昌伸さんが、「久々に土を触ると手にくっついてこないんです。普段は土のほうからくっついてくるのに……」と言うと、岸田さんが「その感覚、わかります。来週からリハなんですけど、楽器触っとかないとあかんって、急に焦ってきました(笑)」と大いに共感したり。

「我々の仕事はいろんなところに行くんですけど、その土地に根ざした仕事をしてらっしゃる方と接する機会がそんなにないので、ほんまに新鮮でした。特に伝統産業っていうのは、効率が決してよくないから、必要のないものとして扱われることもあるだろうし、便利なものが溢れているなかで、その価値が一見わかりづらかったりしますよね。だけど工程を見せてもらったり、話を聞いたりして、どれだけのエネルギーがかかっているかを知ると、やっぱり見方が変わってくる。たとえば自分が作った音楽を『こうやって作ったんです』ってわざわざ言おうとは思わないし、わかってもらう必要はないけど、伝わると嬉しいもんですよね。九州は面白い場所だと改めて思ったし、何かを守ったり、作り上げたりしている人っていうのは、みなさん、強い思いを持っていますね」

  1. 20/大分県由布市にある「塚原温泉 火口乃泉」は、強酸性の名湯。もうもうと噴気が立ち昇る火口を間近で見ることができる。

  2. 21・22/急な石段を上った先に鎮座している、平安時代後期の作とされる熊野磨崖仏。旅の最後に訪れた、九州の雄大さを実感できる場所。

  3. 23/別府温泉にある、堂々とした木造建築の共同浴場「竹瓦温泉」。砂湯が名物。

  4. 24/そのおいしさとオリジナリティに、冷麵の概念を覆される別府冷麵。旧満州からの引揚者が、和風にアレンジしたのが始まりといわれている。

  5. 25/路地が多く、レトロな雰囲気が今も残る別府の温泉街。

  6. 26/由布岳周辺に広がるススキ野原。

  7. 27/「塚原温泉 火口乃泉」のお地蔵様。

JICON 今村製陶

  • 1/今村肇さんとショップを担当する奥様の麻希さん。ショップ兼工房の前で。 2/手になじむ面取りカップ。 3/素焼き(左)と本焼き(右)をした状態の花瓶。 4/店内の一角には石膏型が。

佐世保の三川内焼から始まり、350年以上続く有田焼の窯元・陶悦窯。
「JICON 磁今」はそこから独立した今村肇さんが、手工業デザイナーの大治将典さんを迎えて立ち上げた磁器ブランドだ。いわゆる有田焼らしい青味がかった艷やかな白ではなく、温かみのある「生成りの白」で絵付けもなし。ミニマムな装飾をまとったフォルムの美しさに、ほれぼれしてしまう。
「自分にとってゼロから生み出すのは喜びじゃなくて、苦痛なんです。だけどデザイナーの提案を形にしていくのはすごく楽しくて。JICONを立ち上げる前は、何を作ればいいのかわからなかったけど、今は作りたいものがいっぱいあって困るくらいです」

  • 佐賀県有田町岩谷川内2-4-13
  • 0955-43-4363
  • ショップ「今村製陶 町屋」
  • 11:00~17:00
  • 火曜・不定

西隆行工房

  • 1/西隆行さんが手にしているのは、有田焼の伝統的な「型打ち成形」に使う型。ろくろの上にこれを置き、粘土を乗せて成形する。 2・3/釉薬の自然な流れに遊び心を感じさせる「SHIZUKUシリーズ」 4/大胆な色づかいで、食卓が明るくなりそうな「マーブルシリーズ」も一点もの。

有田焼の窯元が集まる、佐賀県有田町の南山地区に工房を構える西隆行さんは、建築関係の仕事を経て陶芸の道へ。有田焼は分業制が基本だが、すべての工程をひとりで行っている。代表作は今にも流れ落ちそうな釉薬が、絶妙な位置でピタリと止まった「SHIZUKUシリーズ」
「釉薬を筆で厚めに塗るんですけど、窯のなかでどう流れるかはあくまでも経験と感覚です。同じものはひとつとしてなく、量産もできません。自分みたいな個人の作家だから可能な技法といえますね」
釉薬のかかっていない下の白い部分は、磁器では珍しい焼締に。土そのものの滑らかでマットな質感と、雫が作る涼し気な表情が印象的だ。

副千製陶所

  • 1/代表の副島謙一さん。 2/「そえせん」という看板の文字も磁器製。 3/水玉模様は「搔き落とし」という技法を用い、ドリル状の道具でひとつずつ彫っているのが特徴。鮮やかな濃紺を出すために、化粧土を塗っている。

肥前吉田焼は嬉野温泉から車で10分弱のところにある、日常使いの器をメインとした産地。お茶で有名な土地だけに茶器を製造する窯元が多いのだが、副千製陶所の看板商品といえるのが、旅館や食堂などでよく見かける紺地に白の水玉模様の急須や湯のみ。
「戦後、肥前吉田焼や隣の波佐見焼などで作られてきた柄なのですが、使ったことがないような若い人でも懐かしさを感じるみたいですね」
また工房内には、使うぶんには問題ないものの、ちょっとした窪み(えくぼ)や黒い点(ほくろ)などで規格外になってしまった商品を低価格で販売する〈えくぼとほくろ〉のコーナーも。工房見学も随時受け付けている。

  • 佐賀県嬉野市嬉野町大字吉田丁4116-14
  • 0954-43-9704
  • 〈えくぼとほくろ〉
  • 9:00~16:00
  • 日曜

副島硝子工業

  • 1/息子の正稚さんは、ふたりいる職人のうちのひとり。 2/竿を付け替える工程。 3/副島太郎さん(右)と双子の次郎さん(左)。 4/宙吹きならではのラインが美しいグラス。ショップも併設。

佐賀藩のもと、幕末に生まれた技術を唯一受け継いでいる副島硝子工業の「肥前びーどろ」。型を用いず、竿に巻きつけたガラスの原料を空中で膨らませる「宙吹き」で成形していく。ガラス器づくりはスピードが命。真っ赤になったガラスは、炉から取り出した矢先に冷えて固くなるので、手際のよさが求められる。
「できあがったら徐冷窯に入れて、1日かけてゆっくり冷ましていきます。ガラスは陶磁器と反対で熱いうちに成形して、冷やしていく過程で強度ができてくるんです」と代表の副島太郎さん。2本のガラス竿を巧みに操る「ジャッパン吹き」は、日本全国ここでしか見ることができない、宙吹きの超絶技法だ。

  • 佐賀県佐賀市道祖元町106
  • 0952-24-4211
  • 9:00~18:00
  • 日曜・第2 第4土曜

黒木昌伸窯

  • 1/蹴ろくろをリズミカルに回して徳利を作る、黒木昌伸さん。小鹿田焼独特の黄色い土は、唐臼で2週間ほどかけて細かく砕き、さらに1カ月以上の時間をかけて作られる。 2/窯入れの準備をしている共同の登り窯。 3/工房横にあるショップ。

「飛び鉋」「刷毛目」「櫛描き」など独特の技法を持ち、ひと目でそれとわかる小鹿田焼は、大分県日田市の山間にひっそりと佇む皿山という集落で作られている。窯元の数は現在10軒。長男が家業を継ぐ一子相伝のルールがあったり、川の流れを利用した唐臼、足で蹴って回すろくろ、登り窯などをいまだに使っていたりなど、昔ながらのやり方を忠実に守り続けている稀有な場所でもある。近年の民芸ブームで、新たなファンを獲得しているようにも見えるが、黒木昌伸窯の昌伸さんいわく、「完全手作業なのでやれることの量は変わりませんし、忙しさも変わりません」
300年の伝統を受け継ぐとはそういうことなのだろう。

  • 大分県日田市源栄町181
  • 0973-29-2403
  • 9:00頃~17:00頃
  • 不定

甲斐のぶお工房

  • 1/作家の甲斐暢夫さん。 2/木は国産ミズメなどを使用。 3/工房横のショップ〈匙屋〉 4/ヤスリをかけて成形する様子を見て、「手で動いていらっしゃる……」と岸田さんも感心。

大分県産の竹と国産の木を使ったカトラリーを中心に制作している、湯布院の甲斐のぶお工房。竹製のカトラリーというと和風なイメージがあるかもしれないが、甲斐さんが作るそれらは、どことなく洋の雰囲気もあり、現代の食卓に溶け込むような佇まい。
「日常の道具なので、使いやすいことが一番です。持ったときに指になじんで、口の中に入れたときに違和感のない形にこだわっています」
素材の性質に合わせ曲線や厚さを微妙に変え、最も心地よい形を生み出す様はお見事。
「頭で考えてもなかなか進まないので、こればっかりは経験です。機械も使っていますが、“任せる”のではなく“利用する”という感覚ですね」

  • 大分県由布市湯布院町塚原4-84
  • 0977-84-5153
  • ショップ〈匙屋〉
  • 10:00~17:00
  • 第3水曜