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CULTURE TRIP MAR 06,2019

【Old to the New, New to the Old 石巻】海の街からこんにちは<石巻こけし>

ある日石巻出身の友人のフェイスブックに、石巻生まれの「こけし」の写真がアップされていました。そのこけしは海を感じる色彩にちょっぴりファニーなお顔。それを見て、いっぺんで恋をしてしまいました。


自由で可愛い<石巻こけし>とは

こけし。

愛くるしい顔と、伝統的な色とりどりの衣装。
言わずもがな昔むかし(だいたい江戸時代ごろから作られ始めたのだそう)から多くの人に愛されている日本の玩具です。

おじいちゃんやおばあちゃんの家に行くと様々な大小のこけしがタンスの上に並んでいるのを見たことがある人も多いのではないでしょうか。またこけしの伝統的でシンプルなデザインが可愛くて新鮮とかで、若い世代にも人気なんだそうですよ(こけし女子、なんていう言葉も生まれています)。

さてこのこけし、もともと東北の温泉地などでお土産やご当地玩具として売られたのが発祥と言われてます。

諸説はありますが、寒さの厳しい東北では体を温める湯治がコミュニティの大切な場所であったこと、子供の流行病(天然痘)を赤いものが守ると伝えられ、赤い玩具が人気があったこと、主に仏具や椀などを手がけていた木地師たちが湯治場のお土産として作品を作り始めたこと。

そんな流れがあって温泉地で「こけし」が誕生したと言われています。

玩具としての可愛らしさもですが、“どうか病気から子供を守ってくださいますように”という「祈り」や、湯治にやってきた農民たちの五穀豊穣などの願いも込められていて、それが子供に与える玩具として、家に飾る縁起物として、全国に広まったと言われています。

さて、そのこけしですが、現在は東北各地の伝統を継承した「伝統こけし」(現在11系統あるそう)と、従来の型にとらわれない「創作こけし」の2種類があります。

特に創作こけしはキノコ型や動物型など自由な発想で、でもこけしらしい愛くるしさを生かした作品が多く、若い人中心に人気を博しています。

そして石巻にも、創作こけしのニューフェースとして<石巻こけし>が誕生しました。しかもそのこけしを作っているのは、なんと呉服屋さんの若旦那!

作品を手がけている林貴俊さんは石巻生まれ、石巻育ち。一時期仙台で働いていたけれど昭和5年から続く呉服屋を継ぐために石巻に戻ってきたそうです。現在は呉服業をしながらもお店の2階に構えた工房<Tree Tree Ishinomaki>で、日々こけし制作を手がけていらっしゃいます。

この石巻こけしは2014年ごろにスタートしました。

「震災前からこの辺りはシャッター商店街化が進んでしまっていて、それをどうにかしないといけない、そんな風にずっと思っていました。

そんな折に東日本大震災が起きました。最初はカフェや宿をやろうかとも思ったんですが、震災を機に視察などできてくださった方からも(応援したくとも)お金を使うところ・ものがないのがもったいない、という声もあって。かといって高額な商品はそうそうすぐには売れないし。

何か新しい石巻らしい産物を作れば、賑やかな街になるきっかけになるんじゃないかと思ったんです」

こちらが志田菊宏工人の作品。伝統こけしを作っている方ですが、こんなユニークで魅力的な作品も手がけています。

そんなある日、山形で伝統こけしを作る志田菊宏さんという方の「きのこを象ったこけし」と出会う。

「こけしってポップなものでもいいんだ、と。石巻らしいものが作れたらいいなあ」

そんな気持ちでこけし作りを決意するけれど、林さんには「こけし作り」に関する知識も「木工経験」もゼロだったそうだ。

それでも貯金を使い海外から木工施盤を輸入するなどこけし作りに着手。

林さんの熱意に打たれた伝統こけしの人たちからの応援や、そして現代人らしい文明の利器までも使いこなし、とうとう<石巻こけし>が誕生します。

「こけし祭りやこけしの展示があれば見に行ったり。こけし工房を訪ねて行ったり。蔵王の職人さんは“石巻のこけしが作りたい”と思いを伝えると特別に作り方を動画で撮らせていただけたんです。あとは…YouTube先生です(笑)」

アメリカ製の木工施盤を見つけたのもYouTubeだったんだそう。
「アメリカでは木工の趣味が定着しているんです。その機械でなんでも作品を生み出している映像を見て、これはこけしにも使えそうだと思って取り寄せました」

日曜大工にも使われている機械とはいえ、なにせご本人に木工経験はなし。最初はおっかなびっくりだったそうだけど1年間みっちりと練習し、今では1日20体ほど作成できるようになったとか。

01.こけしになる前の木の棒。1本から3、4体作れるそう。
02.顔とボディのバランスを取るために印をつける。
03.木工バイトを使って一気に削り出す。

石巻らしい特徴にもこだわったそう。スタンダードなものは赤・青、そして木地の白色を生かしたトリコロールカラーの3色を使い、海の街の石巻らしく魚や波などの模様を描く。そして既存の伝統こけしとは被らない、どこか今の子ども風なファニーで可愛らしい顔。

絵付け体験で、自分だけの石巻こけし作り

Tree Tree Ishinomakiでは事前に予約をすれば随時絵付け体験が行えるそうですよ。

時には子ども向けの絵付け教室ワークショップを行うこともあるそう。
「子どもの絵は面白いんです。顔とかデザインとか、こっそりこっちが参考にしたくなるものが多い」

ワークショップでは子どもが舐めても安心なように色は食品由来の染料を使う。アクリル絵の具では出せない色味もまた石巻こけしの“味”のひとつ。

URBAN TUBEでも短い時間でできる墨単色での絵付け体験をさせていただきました。取材チームの中で、なぜか“もっとも絵心のない”編集長がやる気満々でチャレンジ。

こけし型に成形された木の人形に、墨汁で絵を描いていきます。こけしのボディにはミズキを使うところが多いけれど、林さんは硬さがあって生地の乳白色が綺麗なイタヤカエデという種類を使っているとか。

面相筆という先の細いふでに墨を含ませ、先を尖らせるように墨を切る。まずはこけしの“眉毛”を描く練習から。

「筆の“入り”と“ぬき”が細くて尖っているとこけしらしい表情になります。山のような形にするのをイメージしてください」

林さんが見本として描いてくれたけれど、これが難しい。

絵心のない編集長、「そもそも細い線を描くのがもう難しい」と弱音をはく(そのあと私も描いてみたけれど確かに力の抜けどころのコツをつかむのが難しい)。それでも紙の上でなんども練習し、なんとかこけしらしい顔のコツがつかめたところでいざ本番。

書き順は眉毛、目、鼻、口、最後に髪の毛。

「コツは左から描いていくこと(右からだと手のひらで線が擦れてしまう)と、余白とバランスを考えながら描くこと。私も最初はとても下手でした。販売を開始したのは2015年からなのですが、当時のものと今のこけしの顔を比べると別人が描いたのかと思うくらい違います(笑)」

こけしの、あの童子らしいギザギザした前髪は平べったい筆を使う。少し墨をかすれさせてすっと撫でるだけであの可愛らしい髪型になった(林さんは簡単そうに筆を動かすけれど、これまた結構難しい。編集長談)

本当に絵心のない(失礼)編集長だけれど、なんとかこけしらしい顔になっていった。前髪がぴょんと長くなったけれど、それなりに可愛らしいこけしが完成。

「一笑千金」と書いてあるものは林さんが編集長の顔を見ながら描いた似顔絵こけし。(編集長的には)同じように描いたつもりでも、こんなに表情や個性が違うものができるのも手描きならでは。

ちなみにこのこけし達、今は編集長自宅の棚の上でニコニコ元気に暮らしているそう。

石巻から世界へ、そして宇宙へ!?

石巻を元気に賑やかな街にしたい。そんな願いが込められた林さんの作る石巻こけしは、なんだか懐かしいのに新しい。新しいのに懐かしい。そんな雰囲気があります。こけしとしての伝統力に、石巻らしいアイデアが詰め込まれているからでしょうか。以前東京の百貨店で行ったイベントでもそんな魅力に惹かれたこけし好きがたくさん集まり大盛況だったそうです。

また「創作こけし」というジャンルを生かし、自由度がとても高い作品が生まれています。ツール・ド・東北、石巻ラグビーフットボールなど様々な団体・イベント・企業とのコラボレーション作品や、なんと家具メーカーのカリモクとのコラボで、ベアブリックの初の手描き商品を手がけたことも。

呉服店の1階奥には、そんなユニークな作品がずらり。
こけしとマトリョーシカを組み合わせたような作品もありました。

01.全日本こけしコンクールに出店した作品。
02.木製の箱のハンドルを回すと小さなこけしがくるくると回りながら台の上を走り回るユニークな玩具。
03.店内では「こけしクリップ」などの雑貨も販売していました。か、可愛い(もちろん即購入)

そして林さんのこけしを“可愛い”と思うのは日本人だけではないようです。
すでに”日本旅行のお土産”としてこけしが定着しているのもあって、フェイスブックなどを経由して海外から作成オファーが来ることも。

また春先に台湾のインフルエンサーが石巻こけしをSNSにアップして以来急速に海外の方からのフォロワーが増えたそうです。

そんな風に新しい土産物として、アート作品として、この「石巻こけし」は石巻から日本各地だけでなく世界へと羽ばたいていっています。
もちろんその羽ばたきは、周りの人の支援もあったからこそ、と林さんは言います。

「復興支援のプロジェクトにも協力していただきました。例えばNPO法人ETIC.の震災復興リーダー支援「右腕プロジェクト」には、見せ方などのブランディングを手伝ってもらったりしました。

以前の石巻はどちらかというと保守的で、新しいものを拒んだりしがちなところがあったんです。でも震災後に様々な人たちが来てくれたりしてだんだん”新しいものを受け入れられる”風に変わったな、と感じています。こけしを作る時も周りの人が応援してくれたり手伝ってくれたり。若い人もアドバイスをくれたりと新しい文化が生まれやすくなったなあと」

石巻こけしは震災後に新しく生まれたものですが、魚やマリンカラーに彩られたその姿は、今や海の街にすっかりぴったり馴染んでいる様子。

現在はまだ「創作こけし」ですが数年後、数十年後と石巻の伝統として長く愛されてゆけば、いつか「伝統こけし」の仲間入りをして、こけし界の一旦を担うかも? そんな夢も膨らみます。

そうそう、作務衣を着て職人然としている林さんだけど、実はかなりユニークな人でした。最後にこれから先の夢は、と聞くとこんな答えが。

「ZOZOの前澤さんが月に連れて行くアーティストの中に入れたらいいな(笑)。道具を持って行けるなら宇宙船の中でこけしを作りたい」

Tree Tree Ishinomaki

宮城県石巻市立町2-6-26 林屋呉服店内

TEL : 090-6629-5151

URL:https://www.treetreeishinomaki.com/

ワークショップ : 所要時間:60分~90分
お一人様の体験料:¥2500/2名まで、¥2000/3名以上
受付時間:10:00~16:00(水曜日、12〜13時は除く)
1回あたり最大約6名様になります

PROFILE

松尾 彩Columnist

フリーランスのエディターとしてファッションからアウトドアまで幅広い雑誌・ムック・カタログなどで活動。現在はコラムニストとして主に旅紀行を執筆。小学館kufuraにて旅エッセイ「ドアを開けたら、旅が始まる」連載中

熊谷 直子Photographer

幼少期より写真を撮り始める。20歳で渡仏し、パリにて本格的に写真・芸術を学ぶ。2003年よりフリーランスフォトグラファーとして雑誌・広告などでポートレートや風景など多ジャンルにおいて活動し、個展での作品発表も精力的に行う。主な著書/二階堂ふみ写真集「月刊二階堂ふみ」、杉咲花1st写真集「ユートピア」、熊谷直子作品集「赤い河」

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