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CULTURE TRIP MAR 27,2019

【Old to the New, New to the Old 石巻】海風が浜に描く、夢の形<はまぐり堂>

”小漁師”になりたかった子供が、大人になってその夢に追いついた。夢の前にはたくさんのことが立ちはだかったけれど、たくさんの仲間と、大切なものを守る力を見つけた今、その夢はもう目の前にある。


この日は薄曇りだったけれど、護岸から海をのぞけば、時折吹く風に小さな波がたち、それに太陽の光が反射してキラリと水面が光る。
あまりにも透明度が高くて、ずっと海の中を見つめていたくなった。

ここは牡鹿半島にある蛤浜。石巻市街地からは車で25分ほどのところにあります。

“浜”と聞いていたけれど、最寄りの駐車場やバス停に着いて最初に目の前に入ったのは小さな森でした。ここから下に降ると浜にたどり着くのだそう。

糸井重里さんの「東北に100のツリーハウスをつくろう」と言うプロジェクトの3番目に建てられたツリーハウス。自由に登ることができます。

バス停の横には自由に入ることができるツリーハウスもあってなんだか冒険心がくすぐられます。もし私が10歳の子供なら、ツリーハウスに1時間以上はこもって、そしてこの海へとづづく階段を全速力で駆け下りてしまいそう。時々転んだりしながらも。

そんなことを想像しながら気持ちだけは駆け抜ける風のように、実際はゆっくりのんびりと浜の方へ歩き出しました。

浜に行く途中のこの古民家が今から伺う<はまぐり堂>です。はまぐり堂を経営するのは<一般社団法人はまのね>。カフェ、SUP、カヌー、ツリーハウスなどなど「浜の暮らし」が体験できる場所でもあります。

“浜”というのは、ずっと同じ姿をしているように見えても波や風によって少しづつ形を変えていくもの。
<はまのね>もスタート時から今に至るまでゆっくりと少しづつ変化しています。今回伺った時期も、ちょうど新しい<はまのね>や<はまぐり堂>へチェンジするところでした。

「もともと“小漁師”になりたかったんですよ」と言うのは代表でありオーナーの亀山貴一さん。

養殖や大規模な漁業ではなく、例えば季節の魚を獲るような人をこの辺りでは“小漁師”と言うんだそう。

「暮らしの中で魚を獲る、というのが憧れだったんですがやっぱりそれでは生活できなくて、結局水産高校の教員の道に進みました」

ここ蛤浜は亀山さん生まれ育った地元でもあります。一時期は別の場所に住んでいたけれど、2018年12月にまたこちらに住まいを移したとか。

ここでの暮らしはどんなものなのでしょう。

「春はシャコ漁が始まります。ゴールデンウィークの頃は本当に天候もよくて、カヌーやBBQ、山菜も出てくる時期。

夏はやっぱり海ですね。ここでは夏シーズンにSUP体験も行っています。

個人的には今年は素潜りをやりたいと思っているんですよ。隣の区長さんが素潜り名人なので弟子入りして今年こそ挑戦したい。

秋は海から見る山の景色が綺麗です! この辺は杉が生えていますが、その上は広葉樹が広がっています。リアス式海岸なので、海崖と紅葉の組み合わせがとても美しいし、この時期はカヌーから紅葉見るのがおすすめです。
キノコも採れるので、猟師さんの中にはきのこ採り名人もいるんですよ。ただ去年学生と調査したんですが美味しいきのこはほとんど鹿が食べていました。

冬は…寒いのが嫌いなので、スタッフと冬季は休業してハワイで店をやりたいねなんて話したりも(笑)。海でいうと牡蠣の養殖がメインですね。あとアワビやなまこも取れて、海藻も美味しいです。冬は狩猟や林業のシーズンでもあります。山で言えばトレイルも冬がおすすめ。この辺りはあまり雪が積もらないので、スタッフは今後冬キャンプもやろうと計画しているみたいですよ」

小さな浜なのに、春夏秋冬それぞれに海の恵みや山の恵みが堪能できる場所であるということが伝わります。

少し前までは、ここは「Cafe はまぐり堂」として人気のカフェでした。美しくそしてどこか懐かしい浜の風景に見せられて県内外から年間1万人以上のお客さんが来たそうです。ですが現在はランチ営業は完全予約制、週3日のみの営業になっています(15:00〜17:00のお茶タイムは予約なしで入れます)。

「2世帯5人しかいないこの浜に、魅力を作り交流人口を増やしてここが良くなれば。最初はそんなところからスタートしたんです。震災でバラバラになった地元の人がお茶を飲みに来てくれる場所になったり、住んでいる人にとって良いものにしたかった。

ありがたいことに全国からお客さんがきてくれたのですが、この小さな集落のキャパを少し超えてしまいました。せっかく遠方から来てくださっても満席で入れなかったり、車があふれて住んでいる人に迷惑がかかったり。
そうなると浜の静かでのんびりとした良さを生かしきれないなあと思ったんです。スタッフもこなすのに精一杯で浜のことは全然できていませんでした」

予約制にした理由を聞くとそんなお話をしてくれました。

ランチのメニューもそれにより内容を変えたそうです。現在は“浜の昼ごはん”という1種類のみ。固定メニューではなく、そのとき獲れたものや旬のものを提供するスタイルです。

「最近は畑でハーブ栽培も始めています。昔はこの辺りは米以外全部自給自足だったんですよ。もう1回そういったことをやってみたいなと思っています。
平日は畑をやったり漁に出たり。そして時間をかけて仕込んだものを、カフェで味わっていただければと思っています」

本来やりたかった「浜の暮らしに根付いた」カフェ。
予約制にしたことによりその理想に近づいている。

01.光の入る縁側
02.おしゃれなのにどこか落ち着くインテリア
03.一部で石巻など地元の方の作品が売られていた。少し前までここにいたという羊のイラストのてぬぐいを購入しました。

はまぐり堂の建物は、亀山さんのご実家を改築したものです。

今は穏やかな浜の景色ですが、東日本大震災で9世帯が2世帯まで減ってしまいました。二人が亡くなり、その中には亀山さんの大切なご家族もいました。

その後一時期は他の場所へ移った亀山さんですが、やはりこの大好きだった浜をもう一度再生したい。その思いでここへ戻ってきます。

集落から浜に行くまでの間は現在造成中。震災後、集落の下の方は新しく住居が建てられないエリアになってしまいました。

そうそう、「美味しい石巻をつくる、つなげる」でご紹介した<いまむら>の今村正輝さんを石巻に引き止めた縁の一つが亀山さんとの出会いだそうです。

亀山さんの「浜の再生」への思いを知り、今村さんは石巻に残ることを決意します。またリニューアルした<いまむら>の改装工事は、<はまのね>のものづくり担当のスタッフ島田さんが手がけています。

ちなみに亀山さんも<いまむら>の回で出てきた「魚嫌い」だった人の一人。あまりにも子供の頃から魚ばかり食べさせられていたので物心ついた頃からは苦手になったそうですが、「ホヤやなまこが食べられるようになったのは<いまむら>で食べてからです」とのこと。

浜がつないだ縁が、8年後もこうやって温かくつながり続けている。それは今回私たちが魅力を感じた“今の石巻”のひとつ。

“蛤浜再生プロジェクト”には、今村さんを始めボランティアで石巻に来た人などたくさんの人が関わります。浜の瓦礫などの撤去、カフェの営業、キャンプ場、自然学校などどんどん計画、実践していきました。

カフェを予約制に縮小したのは、そうやって最初に蒔いた種が大きくなってきたことも理由の一つだそうです。<はまのね>ではものづくりやアクティビティ、カフェなど様々な分野のスタッフも増えてきました。去年末までは法人で雇用する形態でしたが、今年からカフェスタッフ2名と亀山さん以外はそれぞれ独立してフリーランスとして活動することになったそうです。

「いままでは一般社団法人としてやってきたけれど、“会社”としてでは縛りが多くなったり継続して利益を上げなければいけない。もちろん一人ではやりたいことができないけれど、自由にそれぞれが自分らしい仕事ができて、それぞれが稼いで暮らすフリーランスの集団を目指そうかと思ったんです。

アクティビティのスタッフも、春から秋はここで働き、冬は別の場所で働いたり海外でダイビングツアーをしてみたり。ものづくりのスタッフも新しいチャレンジもやっていきたいし狩猟などいろいろやりたい。話し合いをするうちに、“そうなったらフリーランスのほうが動きやすいよね”、という方向になりました。

もちろんビジョンは一緒に共有し、これからもここで一緒にやっていきます」

震災後に支払われていた支援金・助成金なども、震災から10年後の平成32年には終了する予定だそうです。そのため以前から自立するための方法も模索していたそうです。ただ、予定外にそれが1年前倒しになります。

「実は今年の助成金の申請日が変更になったのをすっかり忘れていて間に合わなかったんです(笑)。でもそのおかげでやるべきことも見えてきました。一回縮小して、自分たちの足で立つ。予算があるからできることじゃなくて何がしたいか、何をすべきかいろいろ話し合いながら進む時期に来たなと思います。

今までは積極的に外から支援してもらっていたけれど、今度は自分で立ち上がる番。じっくり関わってもらえる人達と良いコンテンツを作っていきたい」

豊かな海と夢を実現するために

現在<はまのね>ではカフェやSUPなどの既存のプロジェクト以外にも森林の荒廃、鹿や水産の問題などにも取り組んでいます。

「牡鹿半島はここ数年で鹿の被害が深刻になってきました。お年寄りなど生きがい的に畑を作っている方も多いのですが、柵で囲わないと食べられてしまう。その対策もしたいんです」

去年クラウドファンディングで資金を集め、今年は女川に鹿の解体所を建築する予定なんだそう。当初は蛤浜に建設予定だったそうだけれど、復興工事遅延と若手猟師が増えたこともあり、広域的にシェアができるように女川を選んだそうです。

「今は鹿が増えすぎて、庭先にまで出没するくらいなんです。と言ってもむやみやたらと狩るようなことはしたくないし、むしろ人間と鹿が共存していきたい。だから獲ったものはきちんとありがたくいただく。自分たちで食べたり、販路を見つけて売ってもいいし」

そんなふうに“浜”だけでなく、地域全体の未来をずっと考えている亀山さん
だけど大好きな海の話になるとますます話が熱くなってきた。

「とにかく地場水産をどうにかしたいなと思っています。漁師だったじーちゃんが“昔はすごいたくさん魚がいたんだ”とよく言っていたのですが、そんな豊かな海に戻したい。
実は震災後、1年間獲らなかっただけでスズキやヒラメがすごく増えたんです。高校から大学時代は栽培漁業を学び、ヒラメの種苗を放流してたんですが、あんなに予算をかけてやっても増えなかったのに(笑)。結局一定以上獲らなければちゃんと増えるんですね。でも日本はそういう対策が遅れているところもあります。今後漁業全体が変わっていけばいいなと思いますね。

魚が増えて、漁師も儲かって、食べる人もたくさん食べられて、集落も豊かになる。最終的にはみんながハッピーになれればいいなと思っています」

いまあるものを続くように獲る、食べる。それはまさに亀山さんの子供の頃の夢“小漁師”そのままでもあるし、まさにSDGsの目標そのものでもあります。

「漁師という仕事は、昔に比べれば儲けがないかもしれないけれど、今でも下手なサラリーマンより稼げる可能性があります。でも稼げるだけじゃなくて魅力がないと若い人はなりたいと思わない。楽しさ、豊かさを感じるような業態になっていかないと」

ずっと漁師になりたかった亀山さんだけど、様々なことを抱えていてしばらくはできない。だからその夢ややりたかったことを託すようにフィッシャーマン・ジャパンにも協力し続けてきました。

今回は取材に事務局長の長谷川さんも同行していただいていたのですが、
「亀山さんはフィッシャーマン・ジャパンの影の功労者でもあるんですよ。牡蠣漁師さんを紹介してくれたり、地区支所などにつないでくれたり。

それに自分の給料を削ってまで、いろんな人をここで受け入れてきたのも見ていたし。

ここに引っ越して、新しい業務形態になって…。
やっと亀山さんと“漁”の話ができるようになったね!」
と二人揃って嬉しそうに笑っていました。

逆に長谷川さんは亀山さんがずっとやりたかったツリーハウスと糸井重里さんをつなげて実現までこぎつけたそうです。

「最初亀山さんが“こんなことをやりたい”って絵に書いてきたんですよ。絵の中にツリーハウスがあって、キャンプ場があって、カフェがあって。もちろん最初は周りからボロクソに言われるんです。こんな田舎に、誰が来るんだって。
でもその絵に書いてたこと、結局全部叶えたよね」(長谷川さん)

「5、6年で全部叶えましたね(笑)。これでやっとフィッシャーマン・ジャパンと漁業のプロジェクトの話ができるー!(笑)。鹿も猟が好きなメンバーに渡していきたいし、今抱えているものもそれぞれの役割がふれるにようになったらいよいよ自分のやりたいことをやりたい!」

ようやく“小漁師”への道を進み始める亀山さんですが、

「カフェ経営は大変ですが、皆の想いがつまった象徴として続けていきたいと思います。お金は漁など他のことで頑張って稼いで、ここでは自分たちが何を表現していきたいか。それを伝える場になれたらな、と思います」

最後に、2017年に浜に新しくできた「海小屋」に案内してくれました。
ドアを開けると様々な遊び道具やハンモックが置かれ、気持ちのいいウッドデッキ付きの小さな小屋。

「毎日魚を獲って、お客さんが美味しいと食べてくれて。それが一番楽しいなあ」

嬉しそうにウッドデッキから浜を眺める亀山さんは“小漁師になりたかった子供の”顔になっていました。

一般社団法人はまのね はまぐり堂

〒986-2353 宮城県石巻桃浦字蛤浜18

営業時間 : カフェの営業は土・日・月(ランチは完全予約制12:00〜14:30 お茶時間は予約不要15:00〜17:00)

TEL : 0225-90-2909

URL:https://www.hamaguridou.com/

PROFILE

松尾 彩Columnist

フリーランスのエディターとしてファッションからアウトドアまで幅広い雑誌・ムック・カタログなどで活動。現在はコラムニストとして主に旅紀行を執筆。小学館kufuraにて旅エッセイ「ドアを開けたら、旅が始まる」連載中

熊谷 直子Photographer

幼少期より写真を撮り始める。20歳で渡仏し、パリにて本格的に写真・芸術を学ぶ。2003年よりフリーランスフォトグラファーとして雑誌・広告などでポートレートや風景など多ジャンルにおいて活動し、個展での作品発表も精力的に行う。主な著書/二階堂ふみ写真集「月刊二階堂ふみ」、杉咲花1st写真集「ユートピア」、熊谷直子作品集「赤い河」

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