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CULTURE TRIP JAN 23,2019

【なんかイイ、荻窪】第三話 ラーメンと商店街とペペロンチーノ

荻窪の駅前には、衣食住に関わるありとあらゆるものがある。それでも“平均化された街”ではなくてやっぱり「荻窪らしいなあ」と感じる雰囲気は確かにあった。さて、それは何故だろう。


荻窪はラーメン激戦区、なんて呼ばれている。

3話目にして、そういえばまだ荻窪の駅前から出ていないことに気づいた。
今回はもう少し足を伸ばそう。

さて、アド街ック天国よろしく、「荻窪といえば」と誰かに問えば多くの人が答えるのは「ラーメン!」であったりする。

これだけラーメン群雄割拠時代にもかかわらず、テレビや雑誌などに出てくる「ラーメン通」と呼ばれる人が選ぶ「美味しいラーメン」に荻窪ラーメンはかなりの確率で入ってくるほどだ。

ラーメンにさほど詳しくなくても<春木屋>、<十八番>、<丸長>、<二葉>といった名前には聞き覚えがあるだろう。

しょうゆ味の東京ラーメンの一種でありながら、「荻窪ラーメン」と名前がつくほどの存在感。

なぜこんなにも「ラーメンの聖地」などと呼ばれるようになったのか。

荻窪のラーメンは戦後の闇市から始まった。この辺りには日本蕎麦のお店が多くあったそうで、そこから蕎麦に使っていた出汁を利用したラーメンにシフトしていったお店が多かったそう。結果「出汁の美味い醤油味」が荻窪ラーメンの顔となったと言われている。

さらに荻窪は昭和の初め頃から文化人たちが多く住む街だったこともあり、美味しいものに目がない彼らの書くものに登場したりしてその知名度を上げて行く。今で言う有名ブロガーがこぞってSNSに投稿しまくった感じだろうか。

そんな風に「荻窪ラーメン」は名実ともに美味いラーメンの1種として今もなお人気を博している。

そもそも美味しいラーメンがたくさんある街は人に優しい街、とも言える。

例えば某ゴローさんでなくても、耐えられないほど「腹が減った」時にラーメンの存在はとてもありがたい。

最近は意識高い高級なラーメン店も多くあるけれど、ほとんどは安価であり、庶民の胃袋の味方なのである。さらにオーダーしてからすぐに出てくる安定感もいい。「急な空腹」「心もとないお財布」「店によって個性が違い飽きない」などこの飽食の時代でも幅広い人々にとってラーメンが食べたくなる理由があるのだ。

ちなみにアダチのお気に入りのラーメン店のひとつは<十八番>だそうだ。ニンニクの効いたパンチのある1杯は、泥酔した後に食べると格別の味だとか。そのパンチ力は、撮影後に十八番行く?と誘ったら「食べたい。食べたいけど…この後人に会う予定があるので…」とアダチが弱気になるほどらしい。

他にも<なないろ>、<丸長>、この間食べたという<鳴神>もお気に入り。

鳴神のラーメン。本連載担当カメラマンと寒さの厳しいある日に行ったとか。
01.あっさり味ですごく美味しかったそうだ。
02.完食。

ラーメンの話をするアダチの顔はとても幸せそうだ。話しながら脳内にその美味しさを再現しているのだろう。その顔を見ているうち、人気ラーメンを擁する荻窪ならではの、とても印象的な光景を思い出した。

十年以上前のこと。珍しく都内で大雪が降った日の荻窪では、超人気ラーメン屋の前でじっと傘をさして行列をなす人々の姿があった。

まだ店内に入れない人々の口元からは凍える寒さで白い吐息が漏れていたが、入れ替わりに店内から出てくる人は満足げな顔とともにラーメンで温まった口内から幸せの白い吐息が漏れていた。辛い吐息が、幸せの吐息に変わって行く瞬間を切り取った写真のようで、何故かその光景が忘れられない。
人気ラーメン店の数だけこういった幸せな光景が見られるとしたら、数多く有名店が軒を連ねる荻窪は“幸せになれる街”とも言える(かもしれない)。

荻窪はさらに商店街激戦区でもある。

新しい街に越す時に「周りに何があるか」はとても重要だ。

料理をする人はスーパーがないと生きていけないし、今時の若者ならコンビニが生命線という人も多いだろう。その他コーヒーがないと動けない人、毎晩飲みたい人、思い立ったらすぐカラオケしたい人。とまあその人の理想の生活に近い店があるのは絶対条件だ。

荻窪はなんでもある。
例えばコーヒーならスタバ、ドトール、コメダ、星乃珈琲店etc。
ミスドもあるし、牛丼系のチェーン店もほぼ勢揃い。ブックオフもカラオケもバッティングセンターもあるし、居酒屋は100店舗以上もあるとか。

スーパーもある。西友もあれば安い八百屋もある。タウンセブンの地下には魚屋さんだってある。

これだけみると、本当に「普通に便利な」街である。だけどその普通さに「やっぱり荻窪っぽいなあ」と言う味付けをしているのが数多くある商店街ではないだろうか。

日本各地、ある意味「便利に均された」街はたくさんある。再開発というなの元に似たような駅ビルが建てられ、チェーン店がどんどん街の入り口を埋めて行く。そこに街の個性を保ってくれる最後の砦が個人商店や、それらが集まる商店街である。

地方で“商店街が頑張っている”ところへ行くとお客さんがいるようには見えない古い金物屋、創業100年近いような漬物屋、若者が多い街であっても粘り続ける「おばあちゃん向けの洋服屋」などを見ることができる。客の入りとしては“大儲け”するほどではないのかもしれない。それでも地域の人との交流の場、街としての顔、そんなものを大事に守っているように思える。

さて荻窪の商店街に目を向けると、もちろんその中にはチェーン店も多数入り込んで入るけれど古くからあるお店もまだまだ健在だ。

そしてその商店街の数が荻窪は多い。

右を向いても、左を向いても、駅からずんずんと歩いて普通の住宅街かと思っても、至るところに各商店街のフラッグが飾られ、その通りの雰囲気を演出していた。

商店街といってもその全長は短く、数メートルで終わってしまうところもあるけれど、“通り”の名がつくとやはり特別な道という感じがし、個性の一つとなっているのは確かだ。

例えば<教会通り>。
その名の通り教会(通りの奥にある病院の地下にある)がある通りである。15年ほど前は少しお店があるな、程度の通りだったが今は個性あふれるお店がたくさんでき、荻窪の中でもちょっとハイカラな印象を醸し出している。

<荻窪北口駅前通商店>
闇市からスタートしたという荻窪の街の成り立ちを今に残す、駅前にある小さな通り。

<日の出街商店会>
北口にあるこの通りは渋い飲み屋さんが多かった。

そんな風に商店街ごとに独自のお店が並んで個性を出し続けている。

荻窪は戦後に闇市が集まり、そこから発展した街だそうだ。
闇市が暮らしを支えるマーケットになり、そして再開発という名の街の平均化を受け入れつつもこうやって商店街を通じて「荻窪」という街を支えている。

便利で、でも個性的な街の住み心地はやはり良いらしく「なんでもあるし、西友は24時間営業だし、少し離れているけど安い八百屋さんもあるし。スカッとしたいときはバッティングセンターに行ったり」

意外にも(?)自炊をよくするというアダチも、普段はスーパーで買うけれど鍋など野菜をたくさん取るときはちゃんと八百屋まで足を運ぶんだそうだ。えらいぞ。

01.ターコイズのあるあたりは荻窪銀座という名がついていた
02.北口の住宅街の方にある「なないろこみち」
03.駅前にある「ハクサンタウンズ」は飲食からカラオケ、ドラッグストアなど様々なものが集結。

荻窪の住人、アダチ

荻窪に住んで6年ほどにもなるというアダチ。
週に2、3回は自炊をしているそうだ。

この日は得意料理だというペペロンチーノを作ってくれた。
1Kの小さな台所で器用に野菜を刻み、麺を茹でる。その時ある野菜を入れるのがアダチ流。中でも大根はよく登場する野菜だとか。「大根は安いし美味しいし最強じゃないですかー」

なかなか回らない換気扇を応援しながら出来上がるのを待った。

出来上がったのはピリ辛、を少し超えたピリピリ辛の逸品。

麺をすすりながら6年もここに住んでいて、何か大きな出来事・事件などはなかったのか聞いてみた。

「うーん(しばし沈黙)
ないですね!! 6年間ずっと平和に住んでます!あ、そういえばラーメン二郎が休業して復活したんですよー。事件ぽいのはそれくらいかも(笑)」

お店も商店街も住宅もごちゃごちゃと入り混じるのが功を奏してなのか、荻窪駅周辺では大規模な建て替え工事なども少ないそうだ(お店の入れ替わりなどはもちろんあるけれど)。

「だから街の風景もほとんど変わらない。ずっと同じ風景を見てる」

PROFILE

松尾 彩Columnist

フリーランスのエディターとしてファッションからアウトドアまで幅広い雑誌・ムック・カタログなどで活動。現在はコラムニストとして主に旅紀行を執筆。小学館kufuraにて旅エッセイ「ドアを開けたら、旅が始まる」連載中

木村 巧Photographer

1993年茨城県生まれ。在学中より、写真家青山裕企氏に師事。春からURT編集部へ。

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