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CULTURE TRIP JUL 03,2019

【アオハルの迷宮、下北沢へ。】シモキタ・ダンジョン昔。

かつては小さな農村だった場所が気がつけばカルチャーの集まる街となった。急速に発展したせいで路地は細切れ、小さな建物が乱立することになったけれど、それすらも個性の一つとして今もなお人が集まる人気の街として存在する。


だいぶ昔の話だけれど、まだ地上に電車が走っていた時代の下北沢の駅はまるでダンジョンみたいだった。
平日でも乗客は多いのに、小さな家みたいなこじんまりとした駅舎。休日ともなれば待ち合わせの人たちで改札前はみっちりと埋まる。

京王線と小田急線がまるで絡み合っているような作りだったから、降り口を間違えることもしばしばある。そして降り口を間違えると2度と行きたい方向に行けないのではと思うような駅周辺の動線。あと本当になかなか開かない、開かずの踏切もあった。

駅横には戦後の闇市から始まったと言われるこれまた迷宮のような市場もあって、その中には飲み屋さんも多かったから、酔った勢いでその辺りを徘徊すればさらに異世界のダンジョンに紛れ込んでしまったような気持ちにもなった。

あの頃はありとあらゆる種類の若者がシモキタにいたような気がする。
バンドマンはボロボロのTシャツを着こなし、全身古着の人がいて、モードな人もいれば、アメカジもいる、フリフリのロリータドレスもいれば謎の着こなしをした和服の人もいた。もちろんサラリーマンも。

同じ東京の人気カルチャータウン、高円寺とも違う混沌。

だけどこの小さい街に行けば、自分好みの何かが必ず待っているという安心感もあった。好きな服を着ていい。好きな音楽を追っかけていればいい。酔っ払って歌いながら商店街を歩いたっていい(たまに怒られたけど)。1件目のお店が肌に合わなければ2件目を探しに行けばいい。ごちゃ混ぜの街がゆえに、そんなランダムでフリーダムな空気感があった。

古い話になるけれど、最初に下北沢に降り立った20年ほど前はようやくPHSや携帯が出回り始めた頃。今みたいにSNS越しにオンタイムで待ち合わせなんてできないから友人たちとの待ち合わせもアバウトだ。

「だいたい夜8時ごろ、駅前集合で」

降り口を指定しないなら、それはたいていは南口のマクドナルドあたり集合のこと。
もっともわかりやすい目印で、路上パフォーマーもたくさんいたから友人が遅れてきても暇を潰せた。

それに約束しなくても誰かにばったりと会う率も高い。
フラフラと商店街を歩けば必ず誰かに出会い、そのまま飲み会になる。
夜遅くまでやっているお店が多いから始発まで飲んで、明るい太陽と通勤するサラリーマンをみて伏し目がちで帰ったり。大好きだったバンドの人たちとライブ後に同じ居酒屋で遭遇し、気がつけば友達になったこともあった。

バンドマンだけじゃなくアーティストやデザイナーなどある意味特別な人たちがたくさんいたけれど、その特別な人たちとも自然と距離が近くなれる雰囲気もあった。

下北といえばDORAMA、は相変わらず健在だった。

当時はストリートファッション関係の仕事をしていたこともあって、常にシモキタにいることは刺激的であり、いわゆるコレクションとは違う若者の流行を探すのにももっとも適した街だったのだ。

それから月日は流れ、下北沢に滅多に足を運ばなくなってもう10年ほどになる。好きなバンドもとうに解散し、仕事先のファッション誌も大人向けに移籍したこともあってメインの街は渋谷や表参道に移っていた。電車ですぐ近くなのに「表参道的」なファッションを身に纏ったままシモキタに行くことがなんだか罪悪感があって、なんだか見えない壁に阻まれていたのだ。

シモキタ・ダンジョン今

それが今や。

なんということでしょう。

電車は地下にすっぽりと収納され、ホームはまるで都会の最新的な雰囲気じゃありませんか。

ちょうど駅が地上から地下に移動する工事の間、一度も下北沢に降り立つことがなかったので、取材で久々に訪れてみてお口ポカーンだったのだ。

こんな近未来な雰囲気、私の知っている下北沢じゃないやい!

何があるんだかよくわからなかったごちゃごちゃだった駅前も、綺麗な広場に。

むしろ最近のシモキタしか知らない若いスタッフ相手に、
「朝まで呑んだくれて、お気に入りのバンドのライブを追っかけて、意味もなく駅前のマックのドリンク片手にさまよって。そんな街だったのに!」
と、お酒も飲んでいないのに思わず絡む。

まだ駅前だというのに思い出迷子になるわたし。

引き気味のスタッフに「とりあえず街を歩きましょう」といなされ、駅から外に出てみれば。

あ、なんだ全然変わってないや。

01.下北にはレコードショップも多い。CDが売れない時代と言われているけれど下北ではまだまだ音楽の発信基地として存在している。
02.ここも変わらない風景。
03.記憶に在った場所からは移動していたけれど、大好きだったレコード屋にも再び会えた。

見覚えのある商店街には、見覚えのある店が並び、ついでに見覚えがないのになぜか知ってるような懐かしい感じのお店もあって。

相変わらず小さな建物がぎゅっと肩を寄せ合ってありとあらゆるジャンルのお店が揃い。小さなお店が多いから、商品が道にはみ出していたり。

変わっていたのは駅だけで、街中はむしろあの頃のままだった。

細い路地が多すぎて、一本筋を間違えると迷子になりそうになるのも変わらない。

とはいえよく見れば以前にはなかったマンションや、タピオカなどの流行の店もできていた。けれど多少新しい建物ができても、もともとある「下北沢感」が強すぎるせいか、さほど“タピオカ感”も気にならない。

「この永遠に変わらない感じがシモキタだよねえ」
と、さっきまで思い出迷子だったくせに、商店街を歩くだけで嬉しくなる。

渋谷や新宿など“若者に人気の街”は、主役になる若者がいつかは年を取り、その下の世代の若物が主役になって行く。悲しいけれどそれが街の新陳代謝にもつながることになる。

そうなると“かつての若者”はどうしたって隅に追いやられ、膝を抱えて「昔は良かった…」とつい愚痴を言いがちになるけれど、下北沢に関してはなぜか「昔も良かったけど今もいいね」と素直に思える不思議。

どちらかと言うと“昔”がいつまでも“昔”にならない感じと言うべきか。音楽などのカルチャーを通じて、世代交代というよりは世代交流が続く街ならではの年の取らなさ具合。いきなり古い角質がはがれるのではなく、新しい細胞と交わってゆっくり、のんびり代謝を良くしている。だからどの世代がいても心地よくいられるのかもしれない。

さて、タイトルを「シモキタ・ダンジョン」としたけれど最近のゲームのダンジョンはどんどん地下深くに潜る階層モノが多い。けれどシモキタのダンジョンは昔懐かしの平面なドラクエマップみたいだと思う。

広い(街は小さいけれど)フィールドを歩き、コインや経験値を拾っていくあの感じ。注意深く探せば、道と道の隙間にいいお店(ゲームでいうなら隠しエリアとか)があったり、よく探せば2階へ続く階段があったり。行きつけのバーは言うなればまさしくルイーダの酒場だ。

わたしの知っているダンジョンが、バージョンアップしつつも昔とほとんど変わらずにあることに安堵し、これを機に久しぶりにまたこの街を攻略して回りたいなあと思う。
10年前に置いてきた、わたしの青春のかけらを回収するために。

さて、メイン特集「下北沢Diary」では、RPGのお約束「村人に話を聞く」が始まる。

現在のシモキタ人と一緒に、「シモキタの町」冒険へ出かけてみよう。

PROFILE

松尾 彩Columnist

フリーランスのエディターとしてファッションからアウトドアまで幅広い雑誌・ムック・カタログなどで活動。現在はコラムニストとして主に旅紀行を執筆。小学館kufuraにて旅エッセイ「ドアを開けたら、旅が始まる」連載中

木村 巧Photographer

1993年茨城県生まれ。在学中より、写真家青山裕企氏に師事。春からURT編集部へ。

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