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CULTURE TRIP MAR 01,2019

【森と未来をぐるりとつなぐ 下川町】<下川移住暮らし 3> 家具乃診療所 / “森のキツネ”の足あとの先に

家族とその日の出来事や美味しいご飯を共有し合うテーブル、嬉しい日も悲しい日も座る椅子。記憶と日々の暮らしと密接に関わる大好きな家具はともに長生きして欲しい。そんな大切な家具を診てくれる<家具乃診療所>がもうすぐ下川町にオープンします。


下川町の森のキツネに会いに行こう

キツネの足あとを見たことってありますか?
なんでも両手両足をそのまま前後に動かして歩く他の4足歩行動物と違い、キツネは器用にも“モデル歩き”をするそう。
だから雪道でこんなまっすぐの1本線を見つけたら、それはキツネたちの足あとなのです。

その“森のキツネ”の足あとを追ってみたら、雪の中に佇む素敵な診療所にたどり着きました。

しかも、この診療所の院長は、“森のキツネ”さん。

「あなたの大切な家具を、思い出を診療して直します」。そんな夢のような診療所が、もうすぐ下川町に開院します。

「診療所前」のバス停は前の時代から。これからはここの駅になる。

下川町にもうすぐ“家具”の診療所ができる。

診療所の院長になる河野文孝さんは「森のキツネ」という屋号で家具製作を手がけている方だ。

診療所ができるのは、もともと“人間の診療所”があった場所。

移住者の多い下川町だけど、人々の動機や、移住方法は様々だ。
理想の暮らしを叶えるために友人の紹介で移住してきた若園家、地域おこし協力隊を経て夢だったハーブ栽培と化粧品作りを始めたSORRY KOUBOU。

そして河野さんは「住んでいる土地の木でものづくりがしたい」と森の資源豊富で、製材の技術も進んでいる下川町へやってきた。

河野さんは関東出身で、一度は東京で就職していたそう。けれど東京の指物師さんと出会い、交流を深めるうちに家具職人を目指すようになり、仕事を辞めて北海道の職業訓練所に入学する。

ちなみに日本全国に目を向けてみると、面積の約7割は森林で囲まれているという特性上、森の豊かな県では学校や訓練所などを開校しているところは多い。様々な“森どころ”がある中で、なぜ北海道を選んだのだろう。

「長野などいろんな学校も探してはいたのですが、北海道の学校だけは2年制だったんです。他は1年制だったところが多かったので、ここではゆっくり学べるなと。
最初は“北海道といえば北の国から”、くらいの知識のまま飛び込みました(笑)。訓練学校では国家試験が受けられるので、在学中は建具検定、卒業してから家具検定を取りました」

その後最初に住んだ北見市から、さらに東川町、剣淵町、愛別町の様々な会社などで学び、腕を磨く。「森のキツネ」の屋号は愛別町時代から。

今でも愛別の人々との交流は続いているそう。
「愛別時代も面白かったですよ。アーティストも多かったし仲間と哲学的な話とか、生きるための仕事って何なんてことを語り合ったり。
チェーンソーの研ぎ方や薪割り、除雪の仕方なんかも愛別のじっちゃんだちから教わりました。この前、SDGsを取り上げたテレビの番組に出たのですが、それを見た人たちからすぐに「観たぞ。(こっちに)飲みにこい」って連絡がきました(笑)」

河野さんによると、“土地と合う木”と言うのがあるそうだ。
例えば北海道で作られたテーブルを東京に運ぶと湿気や気温、風などの条件により1センチもサイズが変わってしまったり、引き出しが開かなくなったりすることもあるんだそう。他にも湿気が多い土地はカエデの木は捻じれやすく、ハルニレは動きやすい。木によってそんな特徴も。
さらに「でも、実際に作っていてそういう一般的に言われることの反対になる場合もある」そうで、それほどまでに木には1本1本ユニークな個性がある。

そして下川町には種類豊富な木の種類があることも、移住の理由の一つ。

「トドマツ、カラマツ、ナラ、タモ、桜、くるみ。それに本州にはもうないと思われるバッコヤナギという高級な木もあるんです
森が近いここでは、よく鹿が木の皮を食べているのをみます。試しに食べてみたけれど、美味しくないし食感は最悪でした(笑)。
ちなみに同じ木でも場所によって特徴が変わるんですよ。例えば下川町のトドマツはまっすぐでおとなしい素直な木目のものが多い。でも別の街のトドマツはもっとワイルドな表情になったり」

余談だがその話をSDGsの回でお話を伺った下川町役場の蓑島さんにしたら、「ああ、(その特徴は)なんだか下川町らしいですね」と少し嬉しそうに笑っていた。

森のキツネの作品は、その種類を生かして「少品種、多樹種」のオーダーメイド家具が中心だ。組み立て式の家具の種類自体は少ないけれど、代わりに手触りや色、上で挙げた住む場所の土地に合わせて「木」の種類を選べる。

だからだろうか、「木製」と総称するより、「〇〇の木のテーブル」ときちんと名前を呼んであげたい。そんな雰囲気。

取材中、木の特性を生かした素敵なテーブルにパソコンを置いて話を伺ったが、このテーブルには無機質なパソコンより、紙と万年筆の方が合うなあ、そんなことを考えていた。

暮らしに合わせた家具のために

まだ使える家具を捨ててしまうのをみると心が痛い。でもその中には引っ越しなどで泣く泣く捨てざるをえない人がいるかもしれない。
実際に以前の職場で使い続けたい家具を直せないか、そんな相談をしてくる人もいた。

だから診療所では、家具を修理したりリサイズしたり、ライフスタイルに合わせた家具提案も行う予定だと河野さんは言う。

「修繕する際に、傷を残して欲しいと言う人もいるんです。なぜだろうと聞くと、その人は買ってきた当時の話をするんです。当時の給料はいくらくらいで、奮発して買った、なんて。そうやって受け取った情報がとても大事なんです。(そのお客さんが買った)20年前はどういう家具が流行ってたか、どういう木で作られただとかがわかる。
だから会話するうちに子供の話が多い人なら、子供がつけた傷を残してあげませんかと言うと、最初はそういう要望じゃなかったけど最終的にそうして欲しいとなる人もいる。
作ってるだけだとそういうものが薄くなるんです。
特注家具のお客様は、家に伺って採寸したり、部屋での使い方などの話ができるけれど、販売だけのお客さんはどうしても1度きりのやりとりになってしまうので」

ちなみに診療所がスタートするまでは、修繕などの相談はメールか電話でできるそうだ。成立すれば引き取りに行くか持ってきてもらう。家具の修繕依頼は(ものを大事にしてきた)年配世代の方が多いかと思ったが案外いろいろな世代の人が河野さんを頼って家具を持ってくる。

人が生きている間、その生活を支えてくれるのは<家具>だ。それを大事にすることは<生活>や<思い出>を大事にすることにつながる。河野さんに修繕を頼み人たちは、そんな風に記憶の染み込んだ家具を愛する人たちなんだろう。

話を聞くうちに、私が生まれる前から今に至るまで実家にずっとあるテーブルと食器棚のことを思い出した。父親の仕事の関係で様々な土地に引っ越ししたので、そのテーブルと食器棚がすっぽり綺麗に収まる家もあれば、収まりが悪くて使い勝手が悪くなる時もあった。子供たちが独立した老いた両親二人きりの今の家にはちょっと大きすぎる気もするので、いつかあの家に合うように診療してもらえたらもっと素敵な家具に蘇る気がする。

ちなみにこの<診療所>は、河野さんにとってはまだスタートなんだそうだ。
今後にやりたいことも決まってるそうだけれど、それはもう少し後のお話だから今はまだ内緒。
今のところは河野さんの心の中でひっそり花開くのを待っている。

さて、お話の後に院内も見せていただいた。本当の診療所だったこともあり部屋数も8部屋と多く、今は壁を壊したりしてもう少し使い勝手が良いように改装中。ちなみに開院にあたってはクラウドファンディングも利用したそうだが、リターンの項目の中には、この「壁を壊す権」もあり、このユニークな試みは好評だったそう。

入り口を入って左は家具の診療室、右は手術室(作業室)になる予定。奥には入院できるスペースもできるとか。

広めの廊下の奥には、くるみから油を絞る道具が置いてあった。ちなみに中国では家庭でも油を絞ることがあるそうで、置いてあったクルミ割り機も中国で実際に使われているもの。下川町の森の中では和クルミ(オニグルミ)が採れ、自然になっているものなのでもちろん無添加。採れたオイルは家具のメンテナンスに使われる。

取材中に「河野さんの“気になる木”はなんですか?」と聞くと
くるみの木、と言う答え。「くるみの木は利用価値がたくさんあるんです。今は実を利用していますが、今後は皮の利用方法も考えています」

診療所が始まれば、「処方箋」としてオイルを渡したり、オイルを絞るワークショップなども開く予定なんだとか。

「今後は自宅もこちらに移す予定です。現在はバイオハウスに住んでいるけれど、(集合住宅だから)友達来ても騒げないし。ここなら町はずれなので騒いでも大丈夫(笑)。」

自宅になる予定の部屋にお邪魔すると、手作りの新雪用の雪板が置いてあった。ふかふかの雪をこれで滑って楽しむそうだ。また田舎暮らしの三種の神器は「草刈り機、軽トラ、チェーンソー」だそう。それさえあれば苦労することは何もない、と笑って言っていた。

そんな風にさらりと下川町の自然を楽しんでいる。

河野さんの下川町春夏秋冬

愛別で雪との付き合い方をしっかり教えてもらったおかげで、下川町の越冬も苦労はないそうだ。下川の季節の中でも冬が一番好きだという。

「冬は香りがいいんです。他の季節は植物の香りが混じるけど、冬は川の匂いがよくわかる。綺麗でクリーンな山の香りが風にのってくるんですよ。あとはすごく静か。スノーシュー履いていろんなところに行って頭をスッキリさせるのも好きな時間です。それに冬は動物と距離が近い。雪が増えると道路も白く覆われるし、彼らが住むエリアがこちらに近づくので距離感が近くなる。うさぎはよく歩道を横断しているし、キツネのあしあとはすぐそばまできている。群れの鹿を見かけることも。それも冬が好きな理由です。でも今年雪が少ないせいかあまり見かけないんですよね。
春は山菜取りが楽しみなんです。自作のカヌーで湖へ行ったりも。湖は春が一番水質がいいんです。水も豊富。
夏は川の方でぼーっとするのが好きですね。頭がうまく働かない時に川の音を聞くと頭の中の洗濯ができる。
秋はくるみの採取に忙しい時期。油断しているとあっという間に動物たちに綺麗に持っていかれちゃうんですよ。リスやネズミ、カラスやクマ。いろんな動物がいるので気をつけながら彼らと競争して採るんです」

聞けば聞くほど、下川の大自然を楽しんでいる河野さん。
もともと自然豊かな下川町だけれど、その町の端っこにある診療所や工房ではより森の動物や自然との距離感は近くなる。

「森にいつでも入れたり野生動物がいるこの場所でものづくりをしたかったんです。山ごもりまでは嫌だけど、人々ともほどほどの距離感は欲しい。友達とも遊びたいし。自分のペースで生活ができる場所なんです。
野生動物は向こうに合わせないといけないけれど、人間ならお互いの都合を合わせられるし」

その後、診療所から少し離れた「森のキツネ」の工房も見せてもらった。

今後は工房も診療所に移る予定だけれど、今の工房はかなり河野さんの理想の場所だったんだそうだ。

工房内には大小様々な木と、作品のパーツなどが工具とともに所狭しと並んでいた。削った木の良い匂いがあたりに漂う。

「ここ(工房)は街灯も遠いから細かい星まで見えてとても理想的だったんです。冬は川の水の匂いがよくわかるんです。以前この辺りで大停電になった日があったんですが、みんな“星が綺麗だった”って言うんですが、この辺りだとそれがいつものこと(笑)。天の川が一年中見えるというのもここに来て知りました」

工房に、ボコボコとした大きな切り株があった。

「こういうコブは動物や虫に対して(食べられたり傷つけられたり)自己治癒したあとなんです。今は渋いデザインのものが多いけれど少し軽くしてあげれば人気が出ると思います」

木の香りに包まれた工房はずっと眺めていられそうなほど居心地が良かったけれど、
「これから家具椅子の修理をやって、パーツの組み立てをやって、あとはカッティングボードを仕上げて…今日は宿題がいっぱいです」
と言う河野さんの言葉に名残惜しく工房をあとにした。

取材した日は雪にすっぽりと覆われていたけれど、雪が溶け、北海道に花や木々が茂る初夏にいよいよ診療所がオープン!

大切な家具がある人、これから長く共に過ごせる家具が欲しいはぜひ下川町の町のはずれにある診療所のドアを叩いてみてください。

家具工房森のキツネ

〒098-1331 北海道上川郡下川町一の橋615
URL:http://morino-kitune.com/

家具乃診療所 (2019年6月オープン予定)

〒098-1331 北海道上川郡下川町一の橋240

PROFILE

松尾 彩Columnist

フリーランスのエディターとしてファッションからアウトドアまで幅広い雑誌・ムック・カタログなどで活動。現在はコラムニストとして主に旅紀行を執筆。小学館kufuraにて旅エッセイ「ドアを開けたら、旅が始まる」連載中

木村 巧Photographer

1993年茨城県生まれ。在学中より、写真家青山裕企氏に師事。春からURT編集部へ。

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