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CULTURE TRIP FEB 07,2020

〜光石研さんの熊本旅〜後編
飄々と、おだやかに。
強く暮らす熊本のひと。

阿蘇の山や天草の海。雄大な自然と、そこで暮らす人々。
俳優の光石研さんが旅する熊本、のんびりと歩いた2日目の記録。


仕事で旅をするとなると、たいがいは「あそこも行きたい、そこも気になる」と言って、たとえば一泊二日しか時間が取れなかったとしても、可能な限り(時にはキャパオーバーして)アポ入れをして取材先を詰め込むことが多い。
たくさんの場所を訪れ、ひとに会えて、それはそれでとても有意義ではあるのだけど、分刻みでスケジューリングされている行程に合わせることが優先されてしまって、そこでしか感じ得ない〝空気感〟みたいなものを、味わうことをすっかり忘れてしまう、なんてことがよくある。
よく〝暮らすように旅する〟と言うけれど、それを実行するには、持て余す時間をつくる勇気や覚悟が必要だよな、と常々思っていた。

その点今回の旅はありがたいことに「光石さんとゆっくり熊本を堪能してほしい」と言われていたので、空いた時間には街を散歩したり、気になった店をのぞいたり、ちょっと疲れたら休憩したり、という〝普通の時間〟を持つことができた(おかげでわたしが個人的に行きたい場所にもたくさん行けた!すみません!)。

前編で紹介した『湯らっくす』同様、熊本のリサーチを進める中で、どうしても気になったので、隙を見つけて絶対に寄りたい!と思っていた店のひとつが『珈琲アロー』だ。

熊本在住の友人に訪問したことを伝えると「ほんとに行ったんだ!(笑)」という返事が返ってきたほど、意外にもマニアックな店だったらしいのだが、ここもとても素敵な場所だった。

店内は7〜8席ほどのL字型カウンターで、メニューはホットコーヒーのみ。
80歳を超える饒舌なマスターが、店のことやコーヒーのことをいろいろと教えてくれながら、しなやかな手つきでゆっくりとネルドリップしてくれる。

琥珀色をしたコーヒーは、コーヒーの概念を覆す今まで飲んだことがないようなやさしい味。
極々浅煎りの豆にはポリフェノールもたくさん含まれていて、健康にもいいのだとか(たしかに翌日の肌の調子がよかった気がする)。
常連客もひっきりなしに訪れていて、そのうちのひとりのおじさんは、飲み会の前にここに寄ったと言っていた。
なんでもお酒を飲む前とあとにこのコーヒーを飲むと、悪酔いせず、調子がとてもいいらしい。

また熊本を訪れた際には、必ず寄りたい店のひとつになった。

やさしさとユーモアがぎゅうっと詰まった雑貨店。
【ミドリネコ舎】

トビラを開けてまずびっくり。
決して広いとは言えない店内に、ぐるっと見渡す限りのモノ、モノ、モノ!
色とりどりでポップな文房具や雑貨がひしめいている。
店主の伊牟田弘恵さんに話を伺った。

「今年の3月でちょうど12周年を迎えます。セレクトしているのは、日本と海外のものが半々くらい。オランダ、ドイツ、フィンランドなど、ヨーロッパを中心に年に数回、2週間ほどまわって、蚤の市やアンティークショップで買い付けも行っています。かわいいな、と思うものを集めていたら、膨大な数になっちゃって(笑)」

気に入ったものは、店に出しても途中で手放すのが惜しくなってしまって、「これは非売品なんです(笑)」というものも、ちらほら。

戸棚の中にもぎっしり。引き出しなども自由に開けて見ていい。

「好きなものを手放したくなくて、どんどんものが増えてしまう気持ち、わかるな〜」とさまざまなものを手に取りながら、光石さんが「素敵だな〜これ欲しいな〜」と言っていたデンマークのアンティークの椅子も、非売品。
ここでも、名残惜しそうに椅子を眺める光石さんなのだった。

これだけの物量がある店、震災のときはさぞかし大変だったのでは、と聞くと「もうお店のものはぐっちゃぐちゃでしたね。でも、みんなうちの物量を知っているから、たくさんの人が片付けを手伝いに来てくれたんです」と伊牟田さん。
街に根付いて、人に支えられている店。
それは伊牟田さんのほがらかな人柄あってこそのことなんだろうなと思った。

古き良きもの、そして静寂が生む美しさ。
【花と骨董さかむら】

初めて伺う際、実は一度、店の目の前を通り過ぎてしまった。
ただ、その時に「さっき素敵な雰囲気の古民家があったねえ」とみんなで言っていたのがまさに『花と骨董さかむら』だったのだ。
花人である坂村岳志さんが営むのは、その店名通り、花と、アジアを中心とした国の骨董品も扱う喫茶店だ。

「もともと東京の西麻布で10年ほど骨董屋をやっていました。花人として活動もしていましたが、東京ではふさわしい場所が少なかったり、時間にも追われなかなかに不自由で。そんなとき、熊本の立田自然公園内の細川家ゆかりの茶室を知って。東日本大震災が起こったタイミングで、家族で熊本へ移住したんです。こっちでは山や森などに自生している花々を生けたいときに生けることができるし、ストレスなく過ごせています」

スタイリング、撮影などすべてを坂村さんが手がける自身の作品集『野の花・四』。

自分は花人だから、花を見てもらう空間が必要だ。
花を生けるためには骨董が要る。
喫茶店でお茶を出していた経験もある(20年ほど前には老舗の某喫茶店で店長をしていたそう)から、すべてを一緒にやってしまおう。
そうして、この場所に店を構えたらしい。

決して口数が多いわけではないけれど、時折冗談も交えながら、こちらの問いかけには丁寧に応えてくれる坂村さん。
その適度な距離感が、この空間にも似合っていて、とても心地がいい。
「時間の流れを忘れてしまうような、静謐な空間。仕事と生活が地続きで、こういう暮らし方は憧れます」と光石さん。

熊本の震災時には、近所の建物などが被害に遭う中、不思議とというか、運良くというか、この場所だけは平気だった。
そんなところにも縁を感じている。

花や骨董を愛でながら、静かな空間に身を置いて、ゆっくりとお茶をする。
「五感で感じるって、こういうことなんだろうな」
そうぼんやりと思ったのだった。

今回の旅を終えて、光石さんはこう話してくれた。
「歴史なのか、土地柄なのか、熊本のひとはみんな控えめで飄々としている。だけど強い意志みたいなものを感じるというか。根っこの部分に圧倒的な〝センス〟があるんですよね。それから、5年ほど前に訪れたときより、なんだかひとの流れがあるように感じました。震災でとても大きな痛手を受けたけれど、熊本のひとたちは確実に前を向いているんだと思います」

光石さんはじめ、取材陣みんなで「また来たいね」と言い合ったのだった。

〜おまけ〜
帰りの飛行機の時間まで少しだけ空いたので、その間にもどん欲に熊本を感じたいわたしたちは『Quruto』の古賀くんにおすすめしてもらった『SANYO』へ行くことに。
昨年にオープンしたばかりの中華そばの店なのだが、おおよそラーメン屋とは見当がつかない洗練された佇まいにまず驚いた。
聞くと、ミシュランガイドに掲載された『KIJIYA』の系列店なのだとか。

化学調味料は一切無添加で、熊本の地のものをはじめとする、選び抜かれた食材を使用。
醬油や油などの調味料にいたるまで、きちんと生産者とのつながりを大切にしているそう。
言わずもがなだが、もちろんラーメンはスープを飲み干すほど美味しくて、「ちょっとだけ」と言っていたにも関わらず、あれもこれもとたくさん堪能させてもらったのだった。

ミドリネコ舎
熊本市新大江1-17-10 K2ビル1F 
TEL:096-342-8657

花と骨董さかむら
熊本市中央区南千反畑町5-15
http://sakamuratakeshi.com

光石 研(みついし・けん)

俳優。1961年9月26日生まれ。福岡県北九州市出身。1978年に公開された映画『博多っ子純情』の主演で俳優デビュー。以降、日本映画界に欠かせない名バイプレーヤーとして多くの作品に出演。テレビ東京ドラマBiz『病院の治しかた』(https://www.tv-tokyo.co.jp/byouinnonaoshikata/)放送中。2月下旬よりMBS・TBS系ドラマイズム 『死にたい夜にかぎって』 (https://www.mbs.jp/shinitai_yoruni/)放送予定。

http://dongyu.co.jp/profile/kenmitsuishi/

PROFILE

松本 昇子エディター / ライター

愛知県出身。雑誌やカタログ、書籍、WEBサイトなどの編集、執筆、ときどきコピーライティングも手がける。

〜光石研さんの熊本旅〜前編
飄々と、おだやかに。
強く暮らす熊本のひと。

もともとは九州の中心地として福岡よりも栄えていたとされる熊本。 東へ行けば阿蘇の山が。西へ行けば天草の海が広がる。 雄大な自然と熊本で暮らす人たちに、俳優の光石研さんと会いにいった。続きを読む 〜光石研さんの熊本旅〜前編 飄々と、おだやかに。強く暮らす熊本のひと。

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