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CULTURE TRIP FEB 28,2020

<神山町暮らしのせんたく>
その2 森のそばの暮らし。<カフェ オニヴァ>を訪ねて

URBAN RESEARCH DOORS 2020春夏カタログ連動企画。
古民家を改築したレストランと、そこから広がる神山町の暮らし


どこで暮らせば一番自分がここちよいか。

現代ではネットや物流インフラの発達で住む場所の選択肢も増えています。それに伴い、仕事の利便性だけではなく、趣味を中心に考えたり、家にいる時間に重きをおく、つまりは「ここちよく暮らす」ことを選びやすい時代になったとも言えます。

住まいそのものにここちよさを求めるか。
家から見える風景になじみを持たせるか。
はたまた食べたいものが身近にあるか。

自分でやりたいこと、好きなことがあればあるほど「住みたい場所」を見つけられる時代なのかもしれません。

このサイトでも今までたくさんの移住者に会ってきました。
それぞれの「どこでどう暮らしたいと思ったか」のお話を聞くことが多くて、なんだかんだとまだ自分のここちよさが決めかねないわたしはそれが少し羨ましくもあります。だからこそ行った先々でそんなお話を聞きながら「ここに住むなら」を想像するのはとても楽しくあります。

北の国ならぬくぬくとした暖炉と春を待ちわびる気持ちを楽しめる生活を。
海のそばなら開放感と潮の匂いを感じる生活を。
成り立ちの古い町では、過去の歴史を現代に紡ぎ足すような暮らしを。

そして神山町では山あい、つまりは森の近くに住む生活をあれこれと想像してみました。

そしてそのお手本にしたいなと思ったのがカタログでも登場いただいた<カフェ オニヴァ>です。

カタログをまだご覧になっていない方に改めてご紹介しますが、神山町では美味しい野菜や美味しい水が豊富なので、移り住んで飲食店を経営する方も多いそうです。
<カフェ オニヴァ>も神山町に魅せられて移住してきた方たちが開いたレストランです。

お店を訪れるまでに、まずはその近くを散策したのですがその光景がまずキュンとするものでした。

町を散策しているとお店がいくつか集まった通りがありました。

豊かな緑の山々を背景に、木造の建築物が並びます。
ちょうどこの町に訪れた旅人たちとすれ違いましたが、開店しているお店を興味深く眺めたり、賑やかに笑い合いながら通り過ぎてゆきます。それにつられるようにわたしたちも負けずにその通りを一つ一つ眺めながら歩きました。

都内にも商店街はあるけれど、中身はどんどんチェーン店へと変わっていき、ここで見るような「このお店はなんのお店だろう」というワクワク感は減ってしまっています。だから、お店の数こそ少ないけれど、ついつい覗きたくなるようなこの通りはとても好きな風景になりました。

横道をふと見れば小川があり、冬でもたくさんの植物がふさふさと生えていて、そんな風景もしみじみと心に響きます。

そうして到着したカフェ オニヴァは古民家を改装したというしっとりとしたお店でした。店内は木のぬくもりに溢れ、やわらかな落ち着き。さらにところどころにあしらわれたカラフルなタイルが調和していてます。棚に置かれた小物や本も素敵で、こんな書斎があったらいいなあと思わずにいられません。

取材したのは冬時期でしたが、店内には薪で火を起こして沸かしたお湯を床下に巡らせているそう。顔がほてるような熱さではなく優しいその暖かさにじんわりします。

またお店は通りに面しているので、窓からは道を歩く人たちの楽しげな姿も見え、その“町との一体感”も心地よいものでした。(ほわぁ。本気でこんなお家に住みたい…)

左・齊藤郁子さん 右・長谷川浩代さん

オーナーの齊藤郁子さんは以前は東京のIT会社に勤務していたそうです。17年前に齊藤さんの旧友が神山に移住し、そのご夫婦に会いに行ったのがきっかけとなり、それ以来1年に1度はトレランや神山温泉に入りに訪れるお気に入りの場所になったのだとか。

「自分自身が自然の循環の一部だと感じられる丁寧な暮らしがしたい。東京では見識が広がり、インプットは多いけれど実践は伴いません。神山で元造り酒屋だった物件が売りに出されていタノを見つけてからは、もう(移住を)迷いませんでした」。移住のきっかけを聞けばそんなまっすぐな答え。

共同経営者でシェフの長谷川浩代さんはオーガニックワインの輸入に関わるお仕事をされていましたが、住み込みで働いたことのある南フランスの小さな村での経験から、よりサステイナブルな暮らしに惹かれていたそうです。「満月の日は灯りがなくても歩けるとか、全てが循環している…例えばどうしてもリユースできないプラスチック以外はゴミが出ない、そんな暮らしがしたかったんです」。それもまた都会ではなかなか叶え辛い暮らし。齊藤さんに誘われてすぐ神山移住を決断したそうです。

お二人に神山のごはんがおいしい秘密を聞くと、齊藤さんは神山の水について語ってくれました。「ここの水はとどまることもなく、生命力にあふれています。空から降った雨が、様々な生物(植物も動物も)の中をすり抜けて海まで届く。その途中の土地にしみた水をいどで組み上げ、私たちの中を通り抜けていくんです」

そういえば、泊まった宿の“普通の蛇口”から出る水をコップで飲んだら美味しくてびっくり。この旅の間、いつも買っていたペットボトルの水を買わなかった気がします。

シェフの長谷川さんは神山町の農作物の“素材の力”について教えてくれました。「里芋や豊富な種類の柑橘類など四季折々の様々な農作物が採れて、どれも美味しい。だからすごく手の込んだソースじゃなくても、野菜の良さを引き立てる質の良い塩、オイル、ハーブなどで味付けするだけでとても美味しいんです」

それだけ食材が素晴らしく、そしてその素材に丁寧に向き合うからこその味。

夜はオニヴァさんでコース料理をいただいたのですが驚きの連続です。
「天然酵母のパンが香ばしい」
「野菜がすごく甘い!」
「お肉柔らかい!」
「美味しい」
「(美味しい…)」

絵画のような前菜盛り合わせ
スープを飲みながらブタさんカップに夢中!
子羊も柔らかく、付け合わせの野菜まで美味でした。このお皿も好み…。

パンは噛むほどに小麦の旨味が溢れだし、レンコンやニンジンは噛みしめるほどに甘く。その素材力に感動したせいでしょうか。“調理”されたものを食べているのに、頭の中ではするすると映像が逆再生され、風に揺れる小麦や、畑から引き抜いたばかりの人参が浮かんでいました。

コース料理なのでいろんなお皿が目の前に置かれるたびに美味しさにふるりと震えます。仕事柄、本来ならもう少しいろんな言葉を口にすべきところを最後の方は心の中でひたすらに((美味しい))とつぶやいていました。同席したカメラマンくんは前菜の椎茸とビーツのケークサレがいたく気に入ったそうで、感動のあまり隣でちょっとふるふるとしていました。

美味しいものを食べると器ごとじっくり見る癖があるのですが、スープの入った器もとても可愛くて、一口飲むたびにカップの豚さんの顔をあちこち向けてみたり。美味しいものだからこそそういうことを楽しむ気持ちの余裕が生まれます。

ここでもまた「ここでこんな風に美味しい素材を使って丁寧に作ったごはんを食べて暮らしたい」と気持ちが盛り上がります(自分の料理センスのなさを思い出してちょっと現実に戻りかけましたが)。

豊かな森と水がある土地はごはんが美味しい。当たり前ですが食べることに心を砕くことも「暮らす」ことのひとつです。料理の腕も大切ですが、住む町にはどんな美味しいものがあるのか。それを探したり見つけるのはわたしの住む東京では結構大変な作業。自信を持って「この町の食材は美味しい」と言えるのは素直にうらやましいなあと思います。

ちなみにカフェ オニヴァでは畑も手がけているそう。

「一番難しいのが土作りで、6年間やっていますがまだまだ試行錯誤の途中です。お米や野菜、ハーブに加えて、今年からはニホンミツバチと養鶏にも取り組みます」と齊藤さん。

将来的には可能な限りの自給自足がしたいと話してくれました。

そして森が近い暮らしの妄想が最高潮に盛り上がってしまったのは、サウナを作ったお話を伺った時のこと。

「暗い森を間伐し始め、森に光が差し込み風が吹き抜けた時に、自然と号泣したんです。心の底から湧くような喜びでした」

これはカタログ内でも紹介した、カフェ オニヴァのスタッフで作り上げたという森の中のサウナについて、齊藤さんがほろりとこぼした言葉。その言葉がとても心に残ったまま、翌日わたしたちもそのサウナに招いていただきました。

夜中に降った雨がちょうど上がった朝。サウナのある山の中は、蒸発し始めた雨の粒がふんわりとした霧のようになっていて、吐く白い息と混じり合うようなちょっぴり神秘的な状態でした。

少し山道を登ったところでふと顔を見上げると、まさに朝のやわらかい光が案内してくれたかのように小さな小屋を見つけることができました。
そこで齊藤さんの言葉をふと思い出して、「光が差し、風が吹き抜ける」のを体験しながらじんわりと感動に浸ります。まさにこの森自体が願ったような光と風の光景。
なぜか気分はもののけ姫に出てくるコダマになり、旅人にもかかわらずこの森を見守りたい気持ちでいっぱいに。

そして可愛い小さなサウナ小屋もとても楽しい体験でした。

小屋を建てるのも自分たちで手がけたというその小さなサウナ。汗がにじめばすぐ横の川で水風呂を浴び、またサウナでのんびり。

森の中で、自然と共に楽しむ。その距離の近さはなんとも言えないここちよさ。森にきた鳥の糞からシナモンが生え、それをシナモンティーにした時にまた涙が出たというお話もしてくれました。それは森では当たり前の循環ですが、当然森のない生活では見つけることができなかった体験。
以前取材したハワイのネイチャーガイドさんも同じようにして森に生えたコーヒーの木の芽をとても大切に慈しんでいたのを思い出して、そういえば自分はそういう「本来当たり前の自然の営み」に対して、慈しむどころか気づきさえしていなかったことにしょんぼりとします。我ながら<フシ穴>の目だったよう。

「今思えば、幼稚園から社会人になるまでいつも次々にやるべきことがあり、ゆったりとしたことがなかったと思うんです」という齊藤さんは、
神山町で得た暮らしを「深く眠り、愛情いっぱいの食事をし、太陽の下で体を動かしているので、体が“ごきげんさん状態”になり、本来持っている機能を発揮してくれるんです」と言います。

実際、お二人とも神山町にきてからは体の調子もとても良くなったとか。

齊藤さんは毎日10時間もパソコンの画面を見ていたので目が悪かったそうですが、「動体視力も上がり、見える範囲が広がりました。暗闇でも前より見えるし、気配にも敏感になりましたよ。ここへ来たばかりの時は茶色は茶色、だったけれど今はいろんな茶色が見えて来ます」。

長谷川さんも長年悩まされていた頭痛や座り仕事の腰痛が減り、筋肉がついてきたことを実感しているそう。

お店や畑、そしてサウナ。こんな風に齊藤さんたちがいろいろなことに挑戦するのは神山町では「時間の使い道を考えようという選択」をしたからだとか。

技術やコミュニティ、友情、知恵、つながり。そういったものを手に入れるには時間が必要だと気付いたそうです。

これもカタログで触れさせていただきましたが、オニヴァは週休3日だったり、夏期1ヶ月、冬季3ヶ月のおやすみをとります。その間は各々が学ぶ時間に充てるとか。その間はワインの醸造所を見に行ったり、畑を作ってみたり。この辺りは冬農作業ができない時期にわらじを編んでいた人が多いそうで、その編み方も教えてもらったり。そうやって「やりたい」と思ったことを時間をかけて実現していく。

齊藤さんは「私たちは年間160日だけ営業し、残りの時間で里山暮らしの知恵を学ぶことにしました。いつか、自分で育てた麦でパンを焼き、蜂蜜でデザートをつくり、釣ったお魚を前菜の一品ににお出しできればなと。ここには時間もエネルギーも先生も技術もいっぱいあるんです」と教えてくれました。

そしてその“時間”は、やりたいことだけではなく地元の人たちと関わる場にもたっぷりと使われます。

ひと抱えの薪を持ってくるとエスプレッソ一杯と交換できるという“薪通貨(現在は薪を提供する側になり終了)”から始まったユニークな通貨交流は、今では、椎茸通貨、庭のお手入れ通貨、農機具通貨へと展開しているそう。

そしてそういった交流が、齊藤さんたちの“やりたいこと”を叶える手にもつながります。

本来はどこに住んでいても「何かやりたいな」の気持ちは生まれるものですが、案外「暮らすこと以外」に気をとられるものが多すぎて、その気持ちは膨らむ前に消えてしまうことも多いです。もしくはやりたいことの材料となるものが手に入りづらかったりお金が余分にかかってしまったり。手伝ってくれる人を探すのもひと苦労です。

今回の神山町取材全体を通して、この「やりたいこと」を見つけて「やろう」とできる人たちがたくさんいて、さらにその「やろう」を助けてくれる人たちもいて。その仕組みやコミュニティの力強さに驚きました。 そして叶えられた「やりたいこと」は、そのまま町の宝物へと育っていきます。それはなんと素敵な循環なのでしょう。

ふわふわとしていた「自分にとってここちよい森のそばの暮らし」のイメージが少しだけ固まってきたような気がします。

北の国ならぬくぬくとした暖炉と春を待ちわびる気持ちを楽しめる生活を。
海のそばなら開放感と潮の匂いを感じる生活を。
成り立ちの古い町では、過去の歴史を現代に紡ぎ足すような暮らしを。

そして森のそばの町では、自然とひととの循環の輪にとけこむような暮らしを。

いつか叶えたいと思います。

ちなみに神山町であまりにも豊かな森に影響され、齊藤さんの言う<本来持っている機能>が少し上がったのでしょうか。東京の自宅に戻った後、近所の大型スーパーの前に1本の大きなもみの木が植えられているのに気がつきました。引っ越ししてから2年も経つのに全く気がついていなかったその大きな木。<フシ穴>だった目が少し開いたようで嬉しくなり、それから時々その木を眺めに行っています。そしてまたこの目が閉じた時には、神山の森の力をおすそ分けをしてもらいに行こうと決意したのでした。

カフェ オニヴァ
https://www.facebook.com/cafeonyvakamiyama/
徳島県名西郡神山町神領字西野間5-1
TEL:050-2024-4918
営業時間:18:00〜22:00
休業:水木金

PROFILE

松尾 彩Columnist

フリーランスのエディターとしてファッションからアウトドアまで幅広い雑誌・ムック・カタログなどで活動。現在はコラムニストとして主に旅紀行を執筆。小学館kufuraにて旅エッセイ「ドアを開けたら、旅が始まる」連載中

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