アーバンリサーチ バイヤー佐藤祐輔のココだけの話。
Vol.4 前編
〜SEEALLデザイナー 瀬川誠人のセンスを育んだもの 〜

僕が知るデザイナーの中でも、瀬川さんは間違いなくトップクラスのクリエーターだ。世界中を飛び回り、遊び、学び、仕事に活かしながら、また新しい分野へとその触手を伸ばしていく。一体どんな思考を持っていたらそうなれるのか。そして今は何に興味を持っているのか。それが聞きたくて、鎌倉にある瀬川さんのご自宅まで押しかけてしまった。
※撮影時のみマスクを外しております。会話中はスタッフ全員がマスクを着用し、一定の距離を空けるなどコロナウイルス感染拡大防止対策を施したうえでインタビューを行っております。
瀬川さんのご自宅は鎌倉の中でも少し山のほうにある。門から玄関までのアプローチを歩いていると「いらっしゃーい」という優しい声。いつもの瀬川さんだ。

瀬川 「ようこそ、遠いところまでありがとうございます」
佐藤 「久しぶりにお邪魔しましたけど、やっぱり素敵なお家ですね」
瀬川 「いえいえ。でもこの企画、面白いですよね。佐藤さんの人脈を活かして、普段じゃ聞けないようなこともたくさん書いてあって」
佐藤 「ありがとうございます。瀬川さんでようやく4人目。いろいろ聞きたいことがあったので、今回このタイミングで瀬川さんと会えてよかったです」

ロンドン、イタリア、そして東京

佐藤 「瀬川さんって、若い頃をヨーロッパで過ごしていらっしゃるじゃないですか。初めはロンドンの大学でしたっけ?」
瀬川 「そう。ほぼ毎日クラブに行ってました。ひたすら遊んでましたね(笑)」
佐藤 「90年代のロンドン、楽しそう・・・」
瀬川 「それで当時、イタリアの女の子と一緒に住むようになって、卒業した後、その子がイタリアに帰るっていうんで、そのまま僕も一緒にイタリアに行っちゃったんですよね」
佐藤 「追いかけて行ったんですね」
瀬川 「まあ、そういうことですね(笑)。それでしばらくイタリアで過ごしたあと日本に帰ってきて、ファッション関係の商社に入ったんです」
佐藤 「そこからファッションのキャリアがスタートしたんですね」
瀬川 「そうですね。英語とイタリア語が話せたので、当時は結構大きなブランドのマネージングもさせてもらっていました。遊んでいたことも無駄じゃなかったわけです(笑)」
佐藤 「で、商社を退社されて、名古屋でセレクトショップを立ち上げましたよね。それはどんなきっかけだったんですか?」

瀬川 「もともと商社の中にもセレクトショップの部隊があって、僕もそこで買い付けをずっとやっていたんです。その中のメンバーと一緒に独立したって感じですね。僕が30歳のときだから、もう16年前になるのか」
佐藤 「名古屋のgufoといえば全国的にも人気のある名店。僕も大好きです」
瀬川 「日本でブランドを展開したいという相談が当時結構あって、卸業なんかもしていたんですよね。僕もMDとして入らせてもらうことが多くなって、だんだんとモノづくりにも関わるようになっていったんです」
佐藤 「その後にMAISON FLANEURというブランドを立ち上げましたよね。それはどんなきっかけだったんですか?」
瀬川 「商社時代にお付き合いのあったイタリアのファクトリーから連絡があって、何か一緒にモノづくりができないかと相談を受けたのがきっかけ。昔はMartin Margielaの服も作っていたようなファクトリーだったんですが、下請けじゃなく自分達からも何かを発信したいっていうことだったんですよね。そこで一から立ち上げたブランドがMAISON FLANEUR。デザインもディレクションも撮影のスタイリングもやらせていただいて。今やっていることのベースはそのときにできた感じかな」

佐藤 「当時はもうイタリアに住んでいましたもんね?」
瀬川 「そう、5年くらいずっと。工場の中に自分の部屋があったんですよ」
佐藤 「住み込み(笑)!?」
瀬川 「通勤0歩。ファクトリーの上に空いているスペースがあって、社長が『ホテルに泊まるのもあれだから、そこに泊まったらいい』って。ほぼ監禁ですよね(笑)」
佐藤 「でもすごいですよね。モノづくりもデザインも特に勉強したわけでもないのにそこまでできてしまうって」
瀬川 「だから今でも“デザイナー”って言われると『えっ』と思ってしまう。僕の中では“デザイン”というか、エディションに近い感覚なんです。コンセプトを置いて、それに対してマーケットで必要とされるものとそうでないものを判断して、足りないものを足したり余分なものを引いたり。ヴィンテージに着想を得て、それをアップデートして作り方を変えたり、シルエットを変えたり。そういう作業が多いかな」

瀬川 「ただ、無いものを作らないと意味がないので、素材や生地、作り方に関してはゼロから開発していました。むしろそっちに時間を使うことが多かったと思います」
佐藤 「今手がけているSEEALLはまたちょっと違いますよね?」
瀬川 「かなり違います。MAISON FLANEURのほうが積極的なデザインでした。というのも、MAISON FLANEURは世界展開のブランドだったので。消極的なデザインは世界ではあまり受け入れられないんですよね。それよりも積極的で個性のあるデザインが好まれるし、評価されるんです」
求められてものを作るのではなく
純粋に作りたいものを

佐藤 「MAISON FLANEURを辞められたのは、やれることはやりきったから、って感じですか?」
瀬川 「疲れちゃったんです(笑)」
佐藤 「(笑)」
瀬川 「それはまあ冗談として、ブランドって大きくなるといろんな事情が絡んでくるんですよね。そういうところをケアすることに神経を使わなければならなくなると、ブランド自体がよくわからなくなってくるじゃないですか。これだったらもう自分がやるべきことはないなと感じて、辞めることにしたんです」
佐藤 「それでSEEALLを」
瀬川 「さっき佐藤さんも『パーソナルを感じる』と言ってくれましたけど、まさにそうかもしれません。自分が好きなものを素直に、そして日本の人だけに響けばいいブランドを始めようと思って立ち上げたので」
佐藤 「コレクションもずっとEDITION1、2という形でやっていますよね。まさに世界中を飛び回っていろんな経験をしてきた瀬川さんだからこそできる“エディション”。こういうブランドって他にないんですよね」

佐藤 「それに瀬川さんはバイヤー目線を持っているところもポイント。このデザインに対してプライスゾーンがここだったらお客さんが納得するんじゃないかとか、そういう所も的を射ている。それもほかのデザイナーと違うのかなと思います」
瀬川 「本当だったら倍くらいの値段にしないといけないものもたくさんあるんですが、それだとカスタマーに届かない。世に出なければ意味がないですから」
佐藤 「僕が今日着ている服のボタンも、陶芸家の山田隆太郎さんが作ったものですよね」
瀬川 「そう。昔のルーシー・リーのボタンみたいなイメージ。陶芸の人がボタンを焼いてもいいでしょ、みたいなアプローチで」
佐藤 「これだってかなりコストがかかっているはずなのに・・・。こういう一つ一つのディテールへのこだわりが、僕はすごく好きなんです」


Coordinate Point!!
今日はSEEALLの墨染めされたセットアップのコーディネート。フェード感のある絶妙なグレーがなんとも言えない独特のモダンさを醸し出しています。ジャケットのボタンには、陶芸家の山田隆太郎さんが手がけたセラミックボタンが使われているところがポイント。SEEALLのそういった独特な解釈の仕方が大好きです。ミリタリーのトラックスーツをぶった切ったようなデザインのパンツもこの生地とすごく相性がいい。足元をグレーのジャーマントレーナーでまとめた、現代版ミニマムミリタリースタイルですね。
JACKET: SEEALL
PANTS: SEEALL
TOPS: COSEI
SHOES: REPRODUCTION OF FOUND×URBAN RESEARCH
EYEGLASSES: GUEPARD
次は“自然農”
佐藤 「世界中を飛び回ってきた瀬川さんですが、今改めて住みたいところはどこですか?」
瀬川 「北杜市ですね。山梨県の。今、僕は自然農をやっていまして北杜市に借りている畑があるんです。今は通いながらなんですが、できれば向こうに拠点を持ちたいと思っていて、今計画中なんです」
佐藤 「前もおっしゃっていましたもんね。着々と進行中なんですね」
瀬川 「そう。そこで全部、自分の食生活から何から全部成り立てば、一番いいかなと。アートシーンも北杜市は強くて、いろんなアーティストがいたりギャラリーもあったり、結構刺激もあって楽しいんですよ。ただの田舎じゃやっぱり飽きちゃいますからね」

佐藤 「恵比寿から鎌倉、そして北杜へ」
瀬川 「僕は結構、影響を受けやすい人間なんですよ。東京は良くも悪くもいろんなノイズがあってパンクしちゃうような感じになって。それを一度シャットダウンして、自分が欲しいときだけ手に入れられるような環境に行きたかったんです」
佐藤 「でも海外のほうがその動きは進んでいた、クリエイターはみんな郊外に離れている感じはありますね」
瀬川 「そもそも“クリエイティブマインドは都市部でしか成り立たない”なんて思っていないので、むしろ積極的に田舎に住んでいる人も多い。もしかしたら日本のほうが特殊なのかもしれません。ブランドやるなら東京にいないと! みたいな。全然そんなことないんですけどね」

佐藤 「瀬川さんは影響を受けた人物はいらっしゃいますか?」
瀬川 「僕は1つのことでバーンと突き抜けている人より、何個もやっていて、それぞれがその人らしいみたいな人が好き。例えば音楽家であり俳優でもあり画家であるジョン・ルーリー。絵画も写真もやるゲルハルト・リヒター。ポール・ウェラーもそう。底の見えない人に感銘を受けますね」
佐藤 「“なんでもやっちゃう人”とは違いますね」
瀬川 「それだと、底が深いんじゃなくて浅く広いになってしまうからね。何をやるにしてもブレない哲学があってこそだと思います。自分の中に正確な羅針盤を持つことが大事なんだと思う」
佐藤 「僕もバイイングをするとき、そのモノ自体に惚れるというのはもちろんあるんですが、それをどんな人が作ったのかというところが一番の指針になることが多い。そこに、目に見えない価値の深さがある気がして」
瀬川 「誰が作ったとか、どうやって作ったとか、そういった情報が何もない中でモノだけ出していってしまう世界って、悲しい灰色の世界だと思うんですよ。そこには単なる物質的な満足しか残らないというか。それにいいものって世の中にたくさんあって、それらを並べて比べてみたとしても、見た目的には微差だったりする。だからその背景に隠されたストーリーを僕は知りたい。そうやって手に入れたものって、愛着も湧くでしょ」
インテリアの組み立て方は
コレクションの作り方に似ている
佐藤 「瀬川さんにはインテリアについてもたくさん勉強させてもらいましたが、インテリアの選択基準みたいなものはあるんですか?」
瀬川 「コレクションを作っているときと、感覚としては同じ。単品で選んでないんですよね。まずメインのものがあって、それに付随していろんなものが決まってくるというか」

瀬川 「ここだったらまずピエール・シャポーのダイニングテーブルと、ピート・ヘイン・イークのローテーブル。それに合わせて椅子を選ぶと、自然と相互関係が生まれてくるので、その間をつなげていくものを選ぶんです。ウッドがメインなら次にレザーが来てもいいかなとか、ウッドとレザーが揃ったら今度はアクリルでバランス取ってもいいかな、というふうに」

佐藤 「ディーター・ラムスの横にピエール・シャポーが並ぶバランスが、瀬川さんらしいです」
瀬川 「カテゴリーにハマりすぎるものというか、セオリーになりすぎてしまうのも苦手なので。系統が違うものをパズルのようにはめていく作業が好きです」




SEEALLとURBAN RESEARCHの別注アイテムが完成!

佐藤 「そういえば、別注でお願いしていたルミノアのバスクシャツ、完成しました」
瀬川 「おお。ぜひみたいです」
佐藤 「オーセンティックなルミノアのスタイルを残しながら、ワンツイスト入れる。ちょうどいい仕上がりになったんじゃないかと思います」
瀬川 「ルミノアのアーカイブにあった14ゲージのヘビーオンスの生地を使って、結構オーバーサイズにしましたよね」



佐藤 「ちょっとくすんだ茄子紺や変形のヘンリーネック、オリジナルのネームタグなど瀬川さんらしいアレンジが効いていると思います」
瀬川 「ミリタリーのスリーピングシャツ的な要素も少しだけあって。楽しみですね」
覚園寺、そして祖餐(そさん)へ
瀬川 「佐藤さん、この後時間があれば、僕の鎌倉の行きつけのお店をぜひ紹介したいんですが、どうですか?」
佐藤 「ぜひお願いします! そういえば近くにあるお寺も素敵だと聞きました」
瀬川 「覚園寺ですね。いいところですよ。では散歩がてらそこに寄ってから行きましょうか」

後編 〜SEEALLデザイナー 瀬川誠人さんに学ぶ、温泉とワイン。そして新しいプロジェクトとは!?〜 に続く!
Composition & Text: Jun Namekata
構成・文:行方淳
Photographer: Yuko Yasukawa
写真:安川結子
Instagram
佐藤祐輔(URBAN RESEARCH バイヤー) @ yskjohn
URBAN RESEARCH Men’s Official account @ urbanresearch_men