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FASHION APR 22,2022

Sonny Label Athletic Beauty presents
しなやかに美しく。彼女がいる風景
Vol.3 水野亜彩子さん

アクティビティに対応するスポーツウェアとしての一面をもちながら、ファッション性の高いワンマイルウェアとしても機能するサニーレーベル アスレチック ビューティー。こちらの趣向と親和性が高い人々にフォーカスした連載の第3回目は、ピラティスインストラクターとして活躍中の水野亜彩子さんが登場。現役のプロサーファー時代を経て、たどり着いた現在の居場所について、そして今も水野さんにとって大切な存在であるサーフィンへの思いなど、じっくりお話を伺いました。


※撮影時のみマスクを外しております。会話中はスタッフ全員がマスクを着用し、一定の距離を空けるなどコロナウイルス感染拡大防止対策を施したうえで取材を行っております。

PILATES
ストイックさを手放して「今日のベスト」を目指せるように

SLAB Bra-Camisole ¥3,960 (税込)
SLAB Print Leggings ¥5,500 (税込)

— ピラティスとの出会いを教えてください。

水野さん(以下、水野) 知り合いがピラティスのインストラクターを目指していて、その取得のための指導練習で私が生徒役になったことがきっかけです。当時、まだ現役のプロサーファーだったのですが、今まで経験したことのないような動きを求められたので、かなり驚きました。一見、地味な動作なのに、普段動かさないような筋肉を絶妙に刺激するんです。とても興味がわいて、そこから通常のトレーニングと並行してピラティスに定期的に通うようになりました。

— そもそもピラティスはどういうものなのでしょうか?

水野 もともとピラティスはリハビリ療法のひとつなんですよ。第一次世界大戦の頃に従軍看護士をしていたドイツ人のジョセフ・ピラティスさんという方が発案したメソッドで、激しい運動ができない人でも、無理なく行うことができるエクササイズになっています。当時は戦下で負傷した兵士が寝たままトレーニングできるように、ベッドのマットレスのスプリングを抜いたものを使っており、それが現代のピラティス器具のベースになっています。

— マットで行う動きもあり、一見、ヨガと似ているようにも思えますが。

水野 リハビリからスタートしているトレーニングなので、ヨガのように大きく動くというよりは細かく小さな動きで、いつもは使わないような筋肉を動かしていくようなイメージでしょうか。インナーマッスルが弱っていると、無意識のうちに得意な筋肉ばかりを使って、体に負担を与える姿勢で過ごしてしまうことが多いんです。ピラティスではできるだけ「今使うのはこっちの筋肉だよ」と体に覚えさせて、普段使われていない筋肉を目覚めさせていきます。呼吸法に重きを置いて心とバランスを整えるヨガに対して、ピラティスはもっと体幹や筋肉にフォーカスしたエクササイズになります。

— ピラティスを始めてから、何が変わりましたか?

水野 現役時代は、トレーナーに「何かしてる?」と言われるぐらい、並行していたトレーニングの効率がぐんと上がりました。さらに体幹が鍛えられたせいか、サーフィンをしていても着地がすごく安定するように。あとどこの筋肉を使っているのか、しっかり頭に入れながら動くので、筋肉痛がくると「ちゃんと使えていたんだな」と思えてうれしい。私はこれを勝手に「ポジティブな筋肉痛」って呼んでます(笑)。

— 現役を引退後、インストラクターに転身されて、気持ちの部分でも変化はありましたか?

水野 現役の頃は勝負の世界にいたということもあり、常に「絶対にこうじゃなくちゃいけない」と自分を追い込むことが多かった。できない自分にイラついたり、落ち込んだり、すごくストイックでした。でも今ピラティスと毎日のように向き合うようになってから、そういった固定観念から解放されて、できない自分も自然と認められるようになったんです。調子が悪い日は悪い日なりに「今日のベスト」を目指せるようになった気がします。

— 現在はインストラクターとして、どのようなペースで活動されていますか?

水野 週4ぐらいでスタジオでレッスンを担当、あとはプライベートレッスンで生徒さんに教えています。今はサーフィンの解説や大会のインタビュアーのお仕事もしているので、これからも上手くバランスをとってやっていけたらと思っています。

SURFING
「何が起こるか分からない」自然相手だからこそ面白い

— 15歳でプロデビューされたとのことですが、もともとサーフィンは身近な存在でしたか?

水野 そうなんです。実家が鵠沼のあたりなので、子供の頃は海で遊ぶことが日常でした。小学生の頃、サーファーだった友人のお父さんに教えてもらったのがきっかけでサーフィンに初めて挑戦。当時はフラダンスを習っていて、正直、サーフィンよりもそちらに夢中でした。私が通っていたフラダンスの教室が大会に出場するような熱心なところだったのですが、大会の子供の部でハワイに行くことになり、そこでなんと入賞したんですよ。そのときに体験した高揚感みたいなものが忘れられず、中学時代も何か夢中になれるものが欲しいなと、再びサーフィンを始めることにしました。

— そこからどういう経緯でプロになったのでしょうか?

水野 サーフィンをちょこちょこやるようになったときに「茅ヶ崎市の子供向けの大会に出てみたら?」と知り合いの方から勧められて出場したのですが、制限時間内に1本も乗れなくて。それが本当に悔しくて、そこで「サーフィンを本格的にやりたい!」と闘争心のようなものに火がつきました。といってもプロになろうという思いは当初、まったくありませんでした。日本ではJPSA(日本プロサーファー連盟)公認の大会で一定以上の成績を上げると、プロサーファーとして認定される仕組みなんです。とにかく波に乗るのが楽しくて、どんどん試合をこなすにつれて成績も上がり、気づいたらプロになっていました。

— 実際にプロになってみていかがでしたか?

水野 プロになったのは、ちょうど高校生になったぐらいの時期でした。正直サーフィンが好きで試合がしたい、いい成績を残したいという気持ちはあったものの、プロとしての実感はあまりなかったかもしれません。海外のツアーを回ることが目標だったので、プロになることは私にとってひとつの通過点でした。

— その後、21歳のときにJPSA年間ランキングで2位を獲得するなど、素晴らしい好成績を残しました。それだけ水野さんを魅了し続けたサーフィンの魅力とは何でしょうか?

水野 同じ波がひとつとしてないので、サーフィンは毎回、同じ状況ではできないんです。波によっては自分の技量以上のものを出して、レベル的にはかなわないトップランクの選手に勝てることもあるし、その逆もまたしかり。自然相手なので、そういった何が起こるか分からないところが、怖くもあり面白いところでもありますね。

— 25歳で引退を決意されますが、そのときの思いを聞かせてください。

水野 あと1回で日本チャンピオンになれるという試合で負けてしまって、そこから再び頂点を目指すべく努力をしていたのですが、なかなか思うような成績を残せませんでした。まわりの同世代の友人たちが、ちょうど大学を卒業して就職をするというようなタイミングだったので、私はこのままでいいんだろうかと2〜3年ぐらいは悩みましたね。ずっと大会に出場しながら、オフシーズンにはカリフォルニアへ行ってコーチングを受け、トレーニングに取り組んでいました。まわりからはサーフィン自体はよくなったと褒められたのですが、25歳のときに挑んだ大会で、やはり結果がついてこなくて。自分の中ではやれるところまでやりきったという思いがあったので、そこで辞める踏ん切りがつきました。

— 辞めどきを自分で決めるのは、アスリートの方にとって、とても勇気がいることだと思います。

水野 引退を決断したものの、10代のころからサーフィンしかやってこなかったので「これから先、何をしたらいいんだろう」「サーフィン以上に熱量を注げるものはあるんだろうか」と不安でいっぱいでした。だから自分が少しでも気になることは片っぱしからやってみようと思ったんです。

— それが現在のピラティスのインストラクターや耳つぼセラピスト、さらにはサーフィンの解説者につながるわけですね。

水野 一般的には「25歳でセカンドキャリアを築くなんて早い」と思われそうですが、サーフィンの世界はどんどん低年齢化していて、最近は12歳ぐらいでプロデビューをして、ピークが20歳前後だったりも。特に女性はキャリアが短いんですよね。

— 現役を引退した今、水野さんはどんな風にサーフィンと向き合っていますか?

水野 現役時代は勝負に勝つことが大前提だったので、それがなくなった今、たまに不思議な気持ちで波に乗ることがあります。でも上達したいという思いは、今も昔も変わらないかも。それに加え、ピラティスを本格的に始めたことで、ボードに乗っているときの筋肉の使い方に意識が向くように。自分の体としっかり対峙してサーフィンを新しい形で楽しめるようになったのは、ピラティスのおかげですね。

LIFE
無理をしない自分流の方法で、日々の体調をコントロール

— 日々の健康や美を保つために意識していることはありますか?

水野 起床時は腸内の脂質や毒素を吸収して代謝を上げると言われているチャコールパウダーを入れた白湯を飲むのがルーティンです。気持ちがスムーズに切り替えできるようにキャンドルやパロサントをたくことも。食事に関してはインターミッテント・ファスティングを取り入れるようにしていますね。これは食事と食事の間を12時間以上空けて胃腸を休ませるという、時間のサイクルを重視した断食方法。通常のファスティングよりも続けやすいところが魅力です。MCTオイル入りのバターコーヒーは燃焼効果があり、満腹感が得られるので朝食に代用することもあります。

— 現役を引退してからもやはり体調管理はしっかりされているんですね。

水野 といっても、実はそれぐらいしかやっていません(笑)。最近はヴィーガンの方も増えていますが、私は食べることがとにかく大好きなので、そこまでストイックに自分を追い込めないですね。普段使っているサーフボードは自分のサイズに合わせてオーダーしているため、少しでも体が重くなると沈んでしまうんです。それが一種のバロメーターでしょうか。ちょっと食べ過ぎたなと思ったら、そのぶん運動したり、食事を軽めにしたり。無理をしない自分なりのやり方で、体調をコントロールしています。

— 耳つぼに興味をもったのは、どのようなきっかけだったのでしょうか?

水野 現役時代、サーフィンの大会に耳つぼセラピーのお店が出店していたことがあり、そこでセラピストの方に施術してもらったんです。耳を触ってもらっただけで、調子が悪い場所を言い当てられ、的確なアドバイスをいただいたことに感激して、引退後に改めて耳つぼについて学び始めました。つぼを刺激するために装着する耳つぼシールは、スワロフスキーやラインストーンがついたジュエリータイプが種類豊富にあるので、ピアス感覚でつけられると女性にも人気です。今はイベントに呼ばれて施術することが多いですね。

— 最後に今後の展望があれば教えてください。

水野 今は人生100年時代と言われていますよね。だからこそ高齢になったときに体力不足で寝たきりになったり、歩けなくなったりするのは誰だって避けたいはず。ピラティスに限らず、運動は人生に必ずしも必要なものではないかもしれませんが、できるだけ多くの人に体を動かす必要性と楽しさを知って欲しいんです。サーファーからピラティスインストラクターに転身した人間は私ぐらいだと思うので、そこを強みにもっと邁進したいですね。サーフィンのお仕事に関しては解説などの形で携わりつつ、コンテストシーンがより盛り上がるように、ますます精進していきたいです。

撮影協力

THE NEST
さまざまなアクティビティを提供するスポーツコミュニティ。2階にあるスタジオではヨガやピラティスなどのプログラムを毎日開催。水野さんも週に3回、こちらでレッスンを担当している。

神奈川県鎌倉市腰越2-10-20
TEL:0467-37-5927
休館日:水曜日
https://www.thenest.jp

PROFILE

水野亜彩子
2008年に15歳(当時の女子最年少)でJPSA(日本サーフィン連盟)からプロサーファーとしてデビュー。 日本代表としても世界戦に4度出場。引退後は、ピラティスインストラクターやサーフィン解説者、耳つぼセラピストとして幅広く活動中。

Photo: Takuro Shizen
Composition & Text: Kumiko Nozaki
撮影:紫前拓郎
構成・文:野崎久実子

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