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LIFE STYLE&BEAUTY MAY 20,2023

<URBAN RESEARCH DOORS × PAPERSKY> 日本のつくり手 ~三重編~

全国各地で、その土地に根ざしたものづくりをしている作家や職人を紹介する、雑誌『PAPERSKY』との連動企画「CRAFTSMAN SERIES」。その拡大版として、取材に同行しているURBAN RESEARCH DOORSスタッフの思いや、ものの背後に隠れている物語を、より深くお届けする連載、3回目の訪問先は三重県伊賀市、伊賀焼の里として知られる丸柱地区。江戸時代から8代続く窯元に生まれ育ち、現在は伊賀では珍しい磁器を制作する、陶芸家の柏木円さんに会いに行った。


伊賀を離れ、迷っていたときに出会った磁器。
陶器の手法との融合が、柏木円さんの器を生んだ。

奈良時代まで歴史が遡るといわれる、伊賀焼。三重県伊賀市の北西部に位置する丸柱(まるばしら)は、山あいにひっそりと佇む里山で、伊賀焼の窯元が多く集まっている。柏木円さんは、江戸時代から続く伊賀焼の窯元・圡楽の三女としてこの地で生まれ育った。伊賀焼といえば「土もの」という表現がぴったりの、無骨な雰囲気の陶器をイメージする人が多いかもしれないが、柏木さんは伊賀では珍しい磁器をメインとした作家。なぜ伊賀で磁器を作るようになったのか気になるところだが、そもそも陶芸家になるつもりはなかったそう。

「私は四人姉妹の三女で、学生のときは学芸員になるつもりでした。しっかり者の長女がいるので、圡楽のことは何も心配していなかったのですが、大学を卒業する少し前に姉が結婚して家を出ることに。卒業後の仕事も特に決まっていなかった私が、家業を手伝うことになったのです」

といっても、陶芸家としてのキャリアがすぐにスタートしたわけではなく、長女の仕事を引き継ぐ形で事務を担当。歴史ある窯元だけに、ろくろ職人だけで6〜7人いて、若い人も多く活気があった。

「小さいころから、工房の隅で粘土遊びをさせてもらったりはしていたのですが、圡楽に入って職人さんがろくろを挽くのを改めて見て、楽しそうだな、やってみたいなと思ったんです。そして事務の仕事を5時くらいで切り上げてから、空いているろくろを使って練習を始めました」

職人が最初に作るという、ちりれんげの受け皿から始まり、見よう見まねで練習。少しずつ大きなものも作ることができるようになり、事務仕事をしながら作陶も行うスタイルが、10年ほど続く。独立のきっかけは、結婚だった。

「ある程度、ろくろを挽けるようになってきて、自分が何を作りたいのか迷いが出てきました。それで一旦家を出てみようと思い、益子の濱田さん(濱田窯。民藝運動の中心人物のひとり、濱田庄司が興した窯元)の下で修行をしていた夫のところに行きました。違う場所に行ったら何かが変われるかもしれないと思ったのです」

軽い気持ちで決断したわけではなかったものの、移住当初は戸惑いのほうが多かった。作業場が寒すぎて作りかけの器が割れ、釉薬が凍ってしまったり、伊賀とは異なる土質で、なかなか思い通りの形にできなかった。東京に近いぶん、販路を開拓しやすくなる期待もあったが、日本各地から作家が集まる一大産地のなかで個性を出すのは、簡単ではなかった。

「それでも益子でお世話になった方々のお手伝いをさせてもらったり、いろんな作家さんと知り合いになれて、とても勉強になりました。ずっと伊賀の丸柱しか知らなかったので」

益子では、柏木さんにとってもうひとつ、大きな出会いがあった。磁器土だ。

「悩んでいたころだったので、一度磁器もやってみようと思ったのです。それで豆皿を作り始めたのが、今から16年くらい前ですね」

現在に至るまで、豆皿は代表作といえるアイテムのひとつ。圡楽のころから応援してくれていた、京都・俵屋旅館の女将さんの「こういうかわいらしい豆皿は、あなたによく合っているから、もっと作りなさい」という言葉も大きな原動力になった。

好きな作り方にこだわることが、強みになり、優しさになる。

より良い仕事場を求めて、伊賀に戻ってきたのは2010年。田畑と木々に囲まれた場所に立つ自宅兼作業場は、だんなさんが設計。居住スペースと作業場が緩やかにつながっていて、器という生活に欠かせないものを作る場所としても、ほどよい距離感といえる。広々とした作業場には、柏木さんとだんなさんのろくろそれぞれが窓に向かって配置され、外には慣れ親しんだ伊賀の自然が広がる。「圡楽は目と鼻の先。ここからも見えますよ」と、ろくろの前に座った柏木さんが微笑む。

ろくろで成形したあとの、「削り」の工程を見せてもらった。ある程度乾燥させた器を再びろくろに乗せて、適度な薄さ、形に削っていく。

URBAN RESEARCH DOORS プレス・大家孝文 「すごいなあ! ずっと見ていられますね」

PAPERSKY編集長・ルーカス B.B. 「僕は、東京と静岡・焼津の二拠点で生活しているんだけど、磁器を削った破片を見て、焼津のカツオ節を思い出したよ(笑)」

柏木さん 「磁器は通常、削ったときに粉が飛ぶくらいまでしっかり乾燥させるのですが、私は生乾きの状態で削るのでこんなふうになるんです。これは本来、圡楽で覚えた陶器の削り方です」

乾燥して硬くなった磁器を削る際は、金属製のヘラを使うのが一般的だが、柏木さんが使うのは松で作ったヘラ。これも圡楽流だ。

柏木さん 「昔は伊賀の職人はみんな、松のヘラで削っていたらしいのだけど、今もやっているのは圡楽くらいじゃないかな。私自身が松のヘラに慣れているので、磁器でも削りやすいっていうのもあるし、このヘラで削るのがやっぱり好きなんですよね。シューっていう音も心地よくて。金属製のヘラのほうが、より薄く仕上がるのかもしれないけど、木で削ると柔らかくて優しい雰囲気が出る気がするんです」

ほかにも成形のときに器のカーブを調整する、桜が原料のコテという道具もあるのだが、自分の道具は自分で作るのが基本。

柏木さん 「窯焚きの番をしている夜などに、眠くならないよう道具作りをして手を動かすんです」

大家 「道具も自分で作るからこそ、愛着がわくのでしょうね」

線で模様を描く「線引き」にも、柏木さんらしさが表れている。

柏木さん 「圡楽の商品に、麦わら手の飯碗があるのですが、その線を引くのを昔からほめられていたんです。絵はもっと上手い人がたくさんいるけど、線は自分も好きだし得意なので、磁器を始めたときからずっと線を引いていますね」

DOORS HOUSE 店長・岡宏樹 「線の細さや濃淡も筆一本の微妙な加減で表現しているんですね」

URBAN RESEARCH DOORS VMD・徳田涼 「これは焼くとどんなふうになるんですか?」

柏木さん 「これから釉薬をかけるのですが、白地に青がきれいに浮かび上がります。ひとことで呉須(青色の顔料)といっても、紫っぽかったり、淡かったり、いろんな表情があるのですが、私はこの呉須の色味が好きなんです」

大家 「柏木さんにとって、線を描く楽しさはどういうところにあるんですか?」

柏木さん 「ひたすら筆を動かしているだけで、無になれるんですよね。小皿も豆皿も大体一緒に線引きをするのですが、集中しているので一日100枚は描きます」

大家 「いろんな模様がありますが、どんなふうに思いつくのでしょう」

柏木さん 「古伊万里など、昔の器からヒントをもらうことが多いですね。今描いたのも、“角紋”や“片身替わり”と呼ばれる昔ながらの模様です」

そう言って見せてくれた古いタンスの引き出しには、陶片がたくさん入っていた。

柏木さん 「20年くらいかけて集めてきた、いろんな産地の陶片です。こういうのを見て、勉強しているんです」

「これは貴重! 博物館みたいですね」

「できるなら、作ることだけをやっていたい」

2階の展示室も案内してもらった。サイズや形を問わず柏木さんの器は、主張しすぎない凛とした佇まいに、かわいらしさと使いやすさが宿っている。

柏木さん 「ちょっとかわいいものが好きなんですよね。たとえばちょっとだけ赤が入っているとか、形がちょっとだけ変わっているとか。優しさも意識していますね」

大家 「たしかに、赤がさり気なく入るだけで雰囲気が変わります。これも赤が入ってますけど、ものすごく細かいですね」

柏木さん 「“頭がおかしい”って言われるような器を作ってみたかったんです。作り手にとっては最高の褒め言葉ですから(笑)」

料理も好きな柏木さん。だんなさんと1週間分のメニューを話し合って決め、夜はリビングがふたりの居酒屋と化す。

柏木さん 「お皿がテーブルいっぱいに並ぶのが好きなんです。“前に出ず、後ろに下がらず”というのが圡楽の教えなのですが、作り手として料理のじゃまをしない器を心がけています。器には、やっぱり料理を盛ってほしいので」

作り手ではあるけれども、あくまでも大事にしているのは使い手の目線。

柏木さん 「売ることとか、数字のことは苦手なので、できるなら作ることだけをやっていたいんです。値段に関しても『安いからもっと上げたほうがいい』と言ってくださる方もいるんですけど、私は主婦でもあるのでそうは思わなくて。扱いやすくてかわいくて、みんなが嬉しくなるような器が一番いいんじゃないかな」

柏木さんからポジティブなエネルギーをいただき、取材の余韻に浸りながら感想を語り合った。

ルーカス 「きちんとしたものを作りたい、同時に優しさも足したいっていう彼女の姿勢は、僕がPAPERSKYを作るときの思いとも似ていて共感できたし、そのバランスを取ることの難しさもわかっている人だよね。作業場や生活空間も、いい意味で緊張感があるけど、緊張しすぎず、仕事に対する真面目な姿勢が伝わってきて、素敵な作家さんだなと思いました」

徳田 「雑貨担当として器はずっと扱ってきましたが、こういった取材に参加するのも、作家さんの工房におじゃまするのも初めての経験でした。柏木さんは親しみやすく、話していて楽しくなるような雰囲気をお持ちの方でした。お話を聞きながら、こんな方が作る器を使ってみたいと僕自身が思いましたし、商品の後ろに隠れている魅力をお客様に少しでも多くお伝えするのが、僕たちの役割なのだと改めて実感することができました」

「素敵な調度品や空間のなかでものづくりをされていて、作品にご自身の背景がしっかり乗っているのが細部に感じられて、わくわくしました。最近はプロモーションや販売、ブランディングまでされている作家さんが増えつつありますが、作ることに専念したいという言葉を聞けたのは、本当に嬉しかったですね。店頭で作品の魅力を伝えて販売する、自分の仕事に意味があるのだと思わせてもらいました。24時間のうちの使える時間をものづくりに向けたほうが、きっと面白いものが生まれるはずなので、その願いを叶えられるようにします! と僕自身の励みにもなりました」

大家 「“幸せ”という言葉はもともと“仕合せ”と書いて、仕事が合うことを意味するっていうのを、あるテレビ番組で知って感銘を受けたのですが、本当に楽しそうに働いていらっしゃるのが印象的でした。僕はこの連載でお会いする作家さんが、ものづくりの場所としてその土地を選んだ理由に毎回とても興味があるのですが、柏木さんは一度伊賀を離れ、慣れない土地で苦労しながら学んだことを今にしっかりつなげて、オリジナリティを生み出している。自分に合うもの、合わないものを客観的に理解していて、それが仕事の丁寧さに反映されているのを間近で見ることができ、とても楽しい時間でした」

Edit/PAPERSKY
Text/Ikuko Hyodo
Photo/Takashi Ueda

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「SHARE THE LOCAL 三重」開催

株式会社アーバンリサーチが“日本の地域はおもしろい”というコンセプトのもと地域の魅力を発信する取り組み「JAPAN MADE PROJECT」。その中で、地方や地域にスポットをあて、その土地ごとの特産品や作り手たちの想いを届ける期間限定イベントが「SHARE THE LOCAL」です。
今回のイベントでは、三重を拠点に活動する作家・企業の製品をご紹介。アーバンリサーチの視点で捉えた三重県の今の魅力を形作るプロダクトをセレクトしました。

SHARE THE LOCAL 山梨
【開催期間 / 店舗】
2023年5月20日(土)〜6月15日(木)
DOORS HOUSE (URBAN RESEARCH DOORS 南船場店併設)

2023年7月1日(土)~7月20日(木)
URBAN RESEARCH DOORS グランフロント大阪店

2023年7月29日(土)〜8月20日(日)
アーバン・ファミマ!! 虎ノ門ヒルズビジネスタワー店

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