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CULTURE TRIP FEB 13,2019

【森と未来をぐるりとつなぐ 下川町】<下川町移住暮らし 1> 若園家 / 四季を楽しむ丁寧な暮らし

1年のうち半分は雪が残る北海道。厳しくみえる大自然の中で、丁寧にゆっくりと暮らしに向き合うご家族に会いに行った。お昼ご飯を食べに行った、ご家族のお気に入りのカレーレストランもまた先輩移住者。様々な人々が下川の自然に魅せられ集まっている。


一時期は過疎化が止まらなかった小さな町に、若い世代の移住者が増えている。

今回の「下川町」行きを決めたのは、そんなお話を聞いたからだった。
北海道のみならず、日本各地では地方の過疎化が進んでいる。「自然豊かなところで暮らしたい」と願う人は少なからずいるけれど、じゃあ仕事はどうする? 住むところは? 子育てはどうしよう? たくさんのハテナが浮かんで二の足を踏んでしまいがちだ。

実際に足を運ぶ事前に下川町をリサーチした時に、まず町関連のサイトが散れに充実していることに驚いた。町役場はもちろん移住交流サポートのWEBサイト「Tanoshimo(タノシモ)」NPO法人 森の生活には実際の移住者の声や、移住を希望する人への案内、仕事や子育てへのギモンへのアンサーがたくさん載っている。また移住者同士が交流できるイベントなどもあるそう。

そして下川町には「森ジャム」という初夏に行われるイベントがあり、このイベントが年々自然遊びが好きな人たちの間で評判を呼んでいる。
これからご紹介するのは<下川町移住者>であり、その森ジャムの運営にも携わる方だ。

あたたかい家

もともと北海道の豊頃町出身の若園佳子さん・岐阜出身で現在大工と家具製作に関わる拓司さん夫妻は、以前住んでいた四国の高松から下川町に移住してきた。

移住してすぐは集合住宅に住んでいたけれど、現在は近隣の方に譲っていただいたという昭和生まれの民家にお住まいだ。それを拓司さんがコツコツと半年かけてリノベーションをしたそう。
お家に一歩入るとあたたかな空気が流れている。
昭和の時代からこの家を支えてきた立派な梁をそのまま生かした室内には木製の家具が寄り添い、窓から見える外の景色は白一色にもかかわらず、家の中は常春のような優しい温かみに満ちている。薪ストーブの暖かさもあるけれど、ここでの暮らしひとつひとつがその「あたたかい家」を作り上げている。そんなことを感じた。

まずはお家の中を見せてもらう。

キッチンも拓司さんによるもの。

地元の広葉樹のナラ材を使用したそうでなんともいい色だ。
「下川町では以前、広葉樹はチップにすることが多かったそうですが、町内のNPO法人「森の生活」が低温乾燥機を購入したことで材料として使用できるようになり、家具やクラフトに使っています」

光が当たるとさらに明るく美しく輝くナラ材のキッチンと、飴色の先輩家具。

拓司さんが手がけた新しい家具に混じって、とても年季の入った飴色の食器棚があった。これはこの家の納屋にあったのを譲り受け、磨いて使っている。
どっしりとしたその食器棚と、ナラ材のテーブルがまるで“おじいちゃんと孫”のようで、作られた年代も全然違うのに家の中で優しく寄り添っていた。

室内も随所に工夫が散りばめられている。
「1階は以前は仕切られていた部分を取り払って、ワンルームにしたんです」

部屋の中央に壁代わりの本棚が並べられている。壁でもあるし、収納でもあるし、本の隙間から奥のスペース空間を柔らかにつなぐ役目もある。

そして1階を広く抜いたことにより、薪ストーブの熱が1階全体に回る。お家は2階建だが、夏は2階で眠り、冬の間はこの暖かい1階で生活するそう。

キッチンのお話を伺っていると、リビングのおもちゃで遊んでいる息子さんの楽しそうな声がすぐ近くに聞こえ、家族としての団欒の動線も暖かいものだった。

四国から北海道へ。下川を選んだ理由

高松在住時、佳子さんはライフスタイルを提案するショップのスタッフとして毎日忙しく働いていたそうだ。

「仕事では“暮らしを大切に”ということを伝えていたのに、仕事に没頭して忙しくなりすぎた結果、自分の暮らしと離れてしまったんです。それに違和感が出てきてしまいました。その仕事をしている間に結婚したけれど、彼とも時間がなかなか合わなくなってしまって」

「暮らしに大切なこと」を扱っているのに、自分の暮らしでそれに向き合う時間がなかなか取れないモヤモヤを抱え、若園さんは「長いスパンで住める街」へ移ることを決める。

ここへ来るまでに候補地として岐阜(拓司さんの地元)や北海道の佳子さんの地元の方にも行ってみたんだそう。

そんな中、ある時下川町の友人に誘われ、この地を訪れる。その時に先に移住してきた人たちとの出会いもあったことで、下川町への移住へ大きく動く。

「その場で大工の仕事があるよ、とオファーをいただいたり、移住メンバーの話を聞いて、ここならやりたいことができるかも、と思ったんです。町の環境未来都市としての取り組みや、そこへ意識を向けた人が多いことにも魅力を感じました」

朝昼晩3食作る。そして家族揃って食べる。

佳子さんのやりたかったこと、望んでいた暮らし。それは言葉にするととてもシンプルだ。

「朝昼晩 3食作る、家族揃って食べる、早寝早起き、薬に頼らず自然治癒力をつける、健康でいる、たくさんの人が遊びに来てくれる家を作る」

シンプルだけど、どれも当たり前にできるようでいて、きちんと丁寧に生活に向き合わないと実はなかなか難しいものだったりする。

若園家では味噌や納豆やヨーグルトなど、発酵食を毎日食べるようにしているそうだ。

「朝は大体ごはん・納豆・お味噌汁+おかずの和食です。みそ作りは、夫と二人でやってきたのですが町内に自家製味噌を作るグループがあり、今はそこに参加させてもらっています。町内に町民が使える本格的な調理加工施設(廃校になった小学校を改装したもの)があり、大きな発酵機があるので、麹から手作りすることができます。
そういうことに興味のある人が多いというのも、下川の魅力です」

下川での暮らしもシンプルだ。
「娯楽要素が少ない分、普段の暮らしをするのが楽しみなんです。ちゃんと食べて、ちゃんと寝て」

もちろん不便な部分もある。

「高松では一年中野菜が豊富だったし無農薬も多かったんですが、この辺りは冬は近場野菜がスーパーでも手に入らないんです。その間は無農薬の野菜を週に1回届けてもらうようにしています。でも夏は逆に野菜豊富! もらうことも多いですし。そのギャップは激しいですね(笑)。冬はあまりにも欲しいものが手に入らなくて苦しいこともありますが、ないものを納得できる方法を探しています」

都会に長く住むと、「“(季節や流通の関係で本来は)ないもの”もある」のが当たり前の感覚になりがちだ。「ないもの」を「あるもの」にする過程で無理(過剰生産やコスト高や収穫量を増やすための農薬など)が生じているのに、その中に住んでいるとその感覚が麻痺していまう。だから佳子さんの「ないものを納得するできる方法を探す」という言葉にハッとする。

下川町の春夏秋冬

最後に「移住して以来、あっという間に4年半経った」というお二人に下川町の春夏秋冬の過ごし方について聞いてみた。

下川町の春
冬の時期が長い北海道。春の訪れは本州のそれよりもかなり遅い。
「5月くらいにならないと地元の野菜がなかなか手に入らないので、春になると野菜の代わりに山菜を採りに行きます! 普段着でふらっと入ってささっと採って。(雪で)リセットされて、春になってワンシーズンでぐんぐん伸びる生命力はすごいなあと思います」(佳子さん)

下川町の夏
拓司さんは下川町の季節の中で、夏が一番好きなんだそう。
「初夏の白樺林はとても綺麗なんですよ。それと夏の時期は大工仕事で屋根の上からの普通とは違う風景を眺めるのも好きです」
夏は佳子さんが大忙しになるシーズンでもある。実行委員をしている「森ジャム」が行われるからだ。

「夏は実行委員として準備で忙しいので、森ジャム終わると夏終わっちゃう!!って思います。それでも(短い)夏を楽しまないとと思い、近くの朱鞠内湖という湖でキャンプしたり。あとは下川町の名産品にとても美味しいフルーツトマトがあるんですが、たくさんもらって夏の間にソース作りをするのが夏のイベントです。子供もトマトジュースが大好き」(佳子さん)

下川町の秋
「夏から秋のはじめにかけてはドライブがてら山へ行き、家の中に飾る花を探すのがひとつの楽しみです。お花屋さんで売っているお花より、森に自生している野生の花や植物のほうが好き。気にかけないとスルーしてしまうくらいの静かな佇まいのものが多いですが、よく見るとすごくかわいいお花がたくさん咲いています。水を入れたバケツとハサミを車に積んででかけ、切った瞬間に水に入れて持ち帰ると家の中でも1週間ぐらいは元気でいてくれます。

それときのこ採りも秋の楽しみの一つ。ちなみに野生のきのこはやはり師匠的な人がいないと危ないんです。自分で採りに行く時はメジャーなきのこだけにしています。ちゃんと本を持って行って。でもきのこって環境によっても姿が違うのもあって…もう毒と美味しいは紙一重ですよね(笑)。1年に1種類ずつでも覚えていきたいなぁ、と思っています。春から秋まで森には熊もいるので、熊鈴を鳴らしたりおしゃべりをしながら歩いています」(佳子さん)

下川町の冬
佳子さんの一番好きな季節が冬だ。
「私は冬が大好き。すごく綺麗なんです。もともと北海道出身で雪の風景には見慣れてたのに、それでも“全部白い”ってすごいことだなあと美しさに感動します。晴れながら降ってるときもあるし、朝焼けがすごく綺麗だったり。その朝焼けの風景が好きで、息子の名前に「暁」の文字を取り入れたほど。

それに我が家は薪ストーブを使っていますが、冬はストーブの上に調理器具を載せておくだけでおでんなどの煮込みができる。 薪は手がかかるけど持続する温かさなんです。ドアを開けても薪だと冷めないから味わい深い温かさで、家の中はあったかい」

この移住で初めて北海道に住む拓司さんも“北海道より本州の方が寒い”という。

「北海道は冬でも過ごしやすいんです。新しい家は断熱気密性も高いし、24時間温度調整ができるセントラルヒーティングもあるし。
以前住んでいた四国の家のほうがよっぽど寒かったです(笑)。マイナス20度を超えると寒さの質が変わるんですが、それもまたテンションが上がる楽しさ」

「むしろ寒いのが苦手な人はこっちにくればいいのにね〜(笑)」

下川町生まれの暁冬くんに好きな季節を聞けば、読んでいた絵本を指差して元気よく「カブ〜!」と答えてくれた。

後日、佳子さんから改めてこんなメッセージをいただいた。
「下川に移住して以来、「なぜ下川に?」ということを私たちもよく聞かれます。
そのたびに、なぜなのかをはっきりとお伝えすることがなかなかできなかったのですが下川には、自分たちの住む町を、暮らしを少しでも良くしていきたいと思って実際に行動している人がたくさんいる、ということがわたしにとっては一番の魅力かなと思います。それってたぶん、外からはほとんど見えないところではないでしょうか。環境未来都市やSDGsなど、町が取り組んでいることも魅力だとは思いますし。下川に注目するきっかけとしてはもちろん大きいのですが、実際に暮らしてみるとそれだけではない市民の力をすごく感じるんです」

先輩移住者の美味しいカレー屋さん

若園家を訪ねた日、お昼ご飯に、若園さんご家族がよく行くという「モレーナ」というカレーレストランに伺った。降り積もる雪の中にぽつりと佇む、童話の世界に出てくるような可愛くてこじんまりとした家。

なんとここのオーナーシェフは「下川町移住」の大先輩。

オーナーシェフの栗岩英彦さんはかつて世界一周を2周、日本一周もされた人。様々な国を歩き、楽しみ、最終的に「風景が気に入った」という下川にご夫婦で移住してきた。

「もともと長野県育ちで雪は大好き。ここらは便利でもないし観光地でもない場所だけど、ちょっと道を入ると人工物が見えなくなってとても静かなんです。それに特に冬のワイルドな自然が素晴らしい。
アイルランドやスコットランドに気候や自然が似ていて、それもいいなあと思ってここに決めた」そうだ。

お店はもともと農家だった古民家を、夫婦と友人の協力で改装した。訪れたこの日は真っ白な雪ですっぽり覆われていたけれど、周りは畑になっている。

しばらくは旅の途中で描いた絵を売ったりしていたが、奥様のアドバイスもあり北インドで習得したカレーのお店を始めた。ちなみに北インドではギターを現地の人に教え、その代わりにカレーの作り方を教わったとか。

最初は「こんな町外れに誰もこないよ」と思ったそうだけど、味が評判を呼び、地元民だけでなく旅行者の中にもここを目指してくる人がいるほど。実は下川町取材が決まった時に、旅によく行く人たちに何かオススメの場所がないかを聞いたところ、アウトドアの仕事で日本全国飛び回っている友人が「絶対にモレーナでカレーを食べて!」と即答した。

01.カレーを待つ間、店内の様々な小物や写真、絵を眺めるのも楽しい。
02.栗岩さんの旅写真日記。世界中の、生き生きとした町の雰囲気が伝わる。
03.落ち着く店内。手作りの温かみを感じる。

カレーを待つ間、店内のあちこちに飾られている世界の小物を眺めたり、栗岩さんの世界一周写真日記を読んだり、もともと野良だったという看板猫ちゃん(とてもひとなつっこい)と戯れたり。

ちなみに猫は冬の日にふらりと迷い込んできてもう10年ほど居ついているのだとか。

初めて来たお店なのに、暖炉の暖かさと温かみのあるインテリアにほっと和む。

そうこうしているうちに、カレーが来た。
この日は具沢山の野菜カレーとオニオンとひき肉のカレーの2種。

野菜カレー。クミンの香りと野菜の甘みがあとを引く。
ひき肉のカレー。優しい玉ねぎと存在感のあるひき肉の組み合わせが楽しい。

ターメリックの香り高いライスに、野菜の甘みが溶けたコクのあるスープ。一緒に口に入れるとパッと香りが口の中に広がる。

野菜のうまさ、スパイスの妙、塩加減。美味しいのはもちろんなのだけど、そこになぜか“懐かしい”感情が入り混じる。
なぜだろうと考えたけど、きっとゆったりとした時間が流れる店内の中で食べているうちに、行ったことのない北インドの食卓に招かれたような、そんな気分になったからかもしれない。

食事を終え、栗岩さんが好きだという「窓からの風景」を眺めていたらこんなことを教えてもらった。

「この辺りの昔の家は暖房の効きが悪くて寒かったんだ。でもお客さんがくると暖房をたくさんたいてあったかくしてね。それがこの辺りのおもてなしなんだよ」

モレーナの店内も外の寒さとは別世界のあたたかさ。それに体の中からあったまるスパイスたっぷりのカレー。そうか、今日は下川町のおもてなしをいただいたんだ。

移住交流サポートWEB タノシモ

「下川町の暮らしや仕事が気になる方へ。「タノシモ」は暮らしの総合窓口です。
TEL : 01655-4-3511(下川町産業活性化支援機構タウンプロモーション推進部)
お問い合わせ : info@shimokawa-life.info
URL:http://shimokawa-life.info/

タノシモカフェ in TOKYO

場所:風土はfoodから
東京都千代田区神田錦町3丁目15番地
開催日時 : 2019/3/9(土) 18:30~(18:00開場)
TEL : 01655-4-3511
お問い合わせ : info@shimokawa-life.info
URL:http://shimokawa-life.info/tanoshimocafe-in-tokyo/
【参加費】 : 2,500円
【定員】 : 独身女性20名 *2/28締め切り

森ジャム2019

開催日時 : 2019年7月6日(土)と 7月7日(日)
URL:http://morijam.tumblr.com/
会場 : 桜ヶ丘公園(北海道上川郡下川町西町100番地)
美桑が丘(北海道上川郡下川町南町477番地)

モレーナ

〒098-1212 北海道上川郡下川町北町309
営業時間 : 11:30~17:00
定休日:月曜日
TEL : 01655-4-4110
URL:http://morena.minibird.jp/

PROFILE

松尾 彩Columnist

フリーランスのエディターとしてファッションからアウトドアまで幅広い雑誌・ムック・カタログなどで活動。現在はコラムニストとして主に旅紀行を執筆。小学館kufuraにて旅エッセイ「ドアを開けたら、旅が始まる」連載中

木村 巧Photographer

1993年茨城県生まれ。在学中より、写真家青山裕企氏に師事。春からURT編集部へ。

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